【然るべく 水玉模様と 雨粒と】第11話 対決大学 その9
「この技は……」
小林氏がカメラに収めた良崎vs『冥府の王』の映像を見て、正気に戻った良崎は唸りを上げた。
「ジャンピングダイヤモンドカッターですね」
自分の戦闘ビデオに冷静な解説を入れる良崎。ハイジさんの愛するオーディオコメンテーターの素質は十分か。
「ものすごくおおまかに分類すればジャンピングダイヤモンドカッターですが、直前にポーズを入れたことでジャンピングダイヤモンドカッターの亜種『R.K.O』になってます。素早く叩きつけるように腕を回し、さらに敵の頸部を締め上げることで酸素と血液の循環を止め、頸椎椎間関節も極めてます。もはやジャンピングダイヤモンドカッターでも『R.K.O』でもないですね。この体勢からできる打撃、投げ、極め、締めの髄を集結させた禁じられた大技『オキシジェンデストロイヤー』。女性の体重と体力でも大の男を一発で沈められる禁じ手です」
「そもそもジャンピングダイヤモンドカッターすらショー以外の実戦では使える機会等ないというのにそれを二段階も強化したものをあの『冥府の王』に対して使ったか。そうか、記録者の僕と使用者のリーベルトさんの名前が歴史に残るなぁ。それはともかく、もうお酒は飲まないでおこうか」
青ざめた顔で小林氏はビールの缶のふたを開け、中身を地面にぶちまけた。そうすれば飲まれることもあるまいと思った末での判断だが、考えてもみてほしい。飲んでほしくない、酔ってほしくないの一心であなたは酒を土に吸わせることが出来るだろうか。缶を隠せばいいとか渡さなければいいとかそういう次元ではないのだ。この世の全ての酒を良崎=リーベルト・アンナという一個人から遠ざけたい一心なのだ。もちろん、酒好きの水原さんもそれに倣うしかない。人類の禁じ手『オキシジェンデストロイヤー』を酔った勢いでかけるかもしれない人間がいるのだ。暴力の脅威の前には、呑兵衛二人が酒というお楽しみを放棄することも止むなしなのだ。それがどれほどの大事件なのかおわかりだろうか。『冥府の王』が微動だにしなくなるほどのダメージなのだぞ。酒は飲んでも飲まれるな。
「そうすることにします。『Don`t Try This. At Home,school or Anywere.』ごめんね、オートン。わたしSchoolでTryしちゃったよ」
良崎は深く反省の色を浮かべ、荷台で横になった。
「さて、果報は寝て待ちます。ついでに聞いておこうと思うんですが『冥府の王』の生け捕りは何ポイントですか?」
「基本的には無機質だから0ポイントだね」
「ハイジさんを寝て待ちます」
かくしてMVP争いから良崎=リーベルト・アンナは脱落することとなる。捨て身のものまねと『冥府の王』討伐はあったものの対決としての獲得ポイントは0、目立った特徴もない。
「705-0だから点差はかなりあるんだけどね。でもハイジさんももうかれこれ数時間潜ってるんで何を捕ってくるかわからないし」
水原さんが弱気な言葉。確かにあのハイジさんなら何を捕ってくるかわからない。さっき良崎は「沖縄の守護神が子持ちザリガニなんかに負けるわけがない」と言ったが子持ちザリガニですら700ポイント、沖縄の守護神やマッコウクジラなら1000ポイントは固いだろう。サバ5ポイントが低すぎるだけかもしれない。そして審判はあのハイジさんびいきの小林氏だ。フェアな戦いを尊重する精神の持ち主ではあるだろうが、贔屓や尊敬は無意識に発動することもある。ここでリードを広げたいところだ。
私はするめを糸の先に結び、再び暗水の中に糸を垂らす。
ピシュンッ
「ただいまー。待った?」
背後からハイジさんののんきな声がする。
「乾燥!」
ハイジさんが声をかけると、服の内部から温風が噴き出してびちゃびちゃに濡れた服が一瞬にして天日干ししたように乾いてしまった。しかしポケットの内側が貝の足のようにはみ出し、伸びきった服の袖はだらしなく手首の先までぶらさがっている。
「2015年の最新モードはすごいなぁ。本当に一瞬で乾いたよ、ドク。マイケル・ジャクソンがコーラを出してくれる日が楽しみだ」
水原さんの隣に腰を下ろし、貯水池を眺めるハイジさん。
「水原、あっちの方にすごい魚が釣れる島があったぞ。マグロにサンマ、タイにヒラメの舞い踊り。俺はあの島を魚釣島と名付けることにした。という訳でこばやっちゃん、マグロ2尾にカツオ1本、ヒラメが2枚にタイ1尾」
「証拠がないと獲得ポイントは0です」
フェアなジャッジだ。勝てるかもしれないぞ。
「俺のこの海の幸を堪能した満足な顔じゃ証拠にはならないか?」
「悔しいのでマイナス5です」
ビックリ人間チーム -5ポイント ― 705ポイント 努力家さんチーム
我々に帯同している小林氏も腹の虫抑えはもちろん夕食すらも食べていないのだ。そんな空腹の中で撮影と審判を兼任しているのだから、海の幸で満腹など虫唾が走るだろう。腹も立つ。




