【然るべく 水玉模様と 雨粒と】第6話 対決大学 その4
ばしゃーんと飛沫をあげ、あぶくがぶくぶくと水面に浮いては弾ける。
確かに編集でインチキをしないのであれば、フルに日没~日昇までの制限時間でフル稼働しなければMVPを獲得することは困難を極めるだろう。MVP……金一封のMVP!
「イチ、ニ、ノ、サーン!」
声だけは出します、と私は声を張り上げ、竿を振るった。私は他の三人と違って出オチではないのだ、声を出して目立つしかない。
ピシュンピシュンと竿がしなる。水原さんと良崎も竿を振るったようだ。この際、ハイジさんの安否など案ずる方がマヌケだろう。
「本当に釣れるんですかね」
グランドシーサー狙いの良崎はともかく、私と水原さんが釣れないようでは困るだろう。ブラックバスなど、かつて読んだエッセイでは着水すれば釣れるとまで書いてあった。釣れなくては困る。
「なんとかインチキしてくれるんじゃないですか?」
良崎が身もふたもないことを言う。確かに、良崎がグランドシーサー狙いのままならば日昇までただひたすらゴスロリが糸を手繰るだけの映像になってしまうだろう。
ばしゃ……
「ダメだ。マテバと東セラ製3302式熱光学迷彩と思考戦車しか取れなかった」
ズ、ズズーンと重い音を引きずる音の後、ブゥーンとサイバーな音を立ててハイジさんが突然現れた。どうやら光学迷彩に身を隠し、すでに上陸していたらしい。
「思考戦車は何ポイント?」
「生き物じゃないので0です」
審判は小林氏なのか、小林氏がその問いに答える。
「隠れ蓑って……ハイジさんには絶対与えちゃいけないものじゃないですか。便利なものほどハイジさんの手に渡していけないような気がします」
開始数分にもかかわらず、既にストレスの溜まった声で良崎が愚痴るように言った。
「情報古いぞ。3302式は隠れ蓑とは呼ばない」
水を吸った熱光学迷彩をその場で脱ぎ、ついでに腰に差した拳銃もその熱光学迷彩の上に投げ捨てた。
「僕らはみんなーいーきているー! いきーているから投げるんだー!」
ハイジさんは大きく振りかぶり、思考戦車を貯水池に投げ込んだ。轟音と飛沫が私の顔にも飛びかかる。これはきっとDVD特典の『タチコマな日々』でネタにされるだろう。
「ちょっと、魚が逃げるじゃないですか!」
「うるせぃ。妨害しちゃいけねぇとは一言も言われてねぇンだよ」
そう言い残し、再び入水する。
「……ハイジさんがいないと会話が成り立たないですね」
良崎がポツリとつぶやく。いるかどうかもわからない怪獣を釣り上げようとするのは私の想像以上に集中力を消費するようだ。無駄口が矢継ぎ早に飛んでくる。
「いや、会話も成り立ってないんですけど、話題がそもそも出ないんですね。困りました」
確かにそうだ。私と水原さんと良崎、出オチの出で立ち以外は何の面白味もない。先月訪問したひふみんこと柳一二三女史の面白サイトはただくだらないことをやっているだけ、それこそ無意味な釣りのようなことを延々とやっていたがそれでも面白く感じられた。あれはやはりプロの技術なのだろう。取るに足らないことを面白く見せるというのは。一介の大学生には無理だ。
そういえば柳女史会社のライバルの面白サイトに佐藤祐佑樹(別名『ハンカチ王妃』)というとんでもない美人がいたが、その美人はネタが外れたつまらない記事でも美人、というだけで見どころがあった。例えネタは悪くともその美人がどんなことをするのかと期待に胸を膨らませることが出来たのだが、そういえば我がサークルには良崎がいる。ネタはダメでも見た目で稼ぐことはできる顔面セーフがあるはずなのだが、しかしこの薄暗さではその白皙の美貌も通用しないだろう。
「どうします? 今週の『ぶらりおっさんサンデー』のハイライトでも語り合いますか?」
「え、『ぶらりおっさんサンデー』再開してたの!?」
自嘲気味に良崎が呟くと水原さんが魚も逃げるような声を上げる。
「してますよ。ペリー浦賀は流石に降板してハリス下田に交代しましたけど」
「えぇー再開したんなら教えてよアンナちゃん!」
「あ、僕今週分はまだ録画残してありますよ」
カメラマンにも拘らずその立場を放棄したのか小林氏が会話に加入する。なんの権限もない私に発言が許されるのならば、この対決大学は『演劇サークル』が抱えた問題にピリオドを打つものなのだからそれに外部の人間が関与すると『演劇サークル』の手柄にはならず、ハイジさんの言うクソ狸の条件にそぐわなくなるのではないか。
「DVDに焼けますか?」
「やってみます」
「みなさぁーん、おはようございまぁーす。『ぶらりおっさんサンデー』」
声を裏返して聞き馴染んだ大御所タレントおっさん口調をうら若き乙女良崎=リーベルト・アンナが捨て身でモノマネするが悲しいほど似ていない。これは拾うべきなのか。拾うとこのネタが続行されることになる。むしろここで無視して見殺しにする方が良崎のためなのではないか。
「今日は人形町の『アンティーク水原』からスタァートです。日曜日の、朝ですよぉ」
何故続ける。心の中で糾弾するが、つい水原さんが噴き出してしまった。
「またわたしの実家……」
OK。みんながそのつもりなら続けようじゃないか。
「素晴らしい甲冑ですねぇー。こちらは娘さんですかァ。将来の三瀬百合子ですなぁ」
「似てない」
私は暗闇で首を横に振る。小林氏と水原さんの笑い声は良崎が裏声で発言する長さに比例して大きくなっていく。
「栄華を極めた過去の宝と、次なる栄華を築く未来の宝、美しさがここにはァあります。『アンティーク水原』! 是非、人形町にお越しくださぁい。日曜日のぉ、朝でぇすよぉ」
ふっ、と私もつられて笑ってしまった。
「何笑ってんのよ」
「日曜日の朝ですよを言うと似てるんだよなぁ」
つい素直な感想を述べてしまう。
「釣り開始約30分、未だ釣果ナシ、日曜日のぉ、朝でぇすょ」
「朝じゃないのに!」
水原さんがついに体を屈めて笑い出す。竿が連動してぷるぷると揺れている。
「日の出まで約8時間! にぃちよぉうびのぉ、あぁさでぇーすぉー」
「ははははは!」
ウケたことで調子がついたのか、頼まれてもいないのに良崎が続ける。しかも、モノマネがオーバーになっている辺り、このネタへの自信がうかがえる。
「もう日の出までやったことにしませんかぁ? 木曜日のぉ、夜でぇすよぉー」
「それはそんなに面白くない。日曜日の朝じゃないとダメだな」




