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うぉくのふぉそみつ リターンズ  作者: ムッシュ志乃
4月編
3/185

【あわるもの 良しと嘯く 春浮かれ】第3話 登場! ゴスロリハーフ美女リーベルト その2

十五、


 賽銭箱からは『スペースビーム鳥居』のスペースビームよりも明るい色の光線、狛犬の目からは黄色い光線。屋根の両脇の銃身からは残渣の煙がもくもくと上がっている。

 バーベキュー会場と『神輿戦車シェリダンM.G』の間の空間には攻撃を受けて植物が吹き飛び、クレーターが出来ている。ホーミューショットは名前負けか、一発も敵に命中していない。あれだけ怒っていても、人を巻き込まずに威嚇射撃だけで済ませるところがハイジさんの良心の最後の砦か。

 というか、あんな本格的な武力で被害者が出るようでは困る。

 ボシュウ……

 燃料切れか、『神輿戦車シェリダンM.G』のジェット噴射が弱まり、ついに着地する。あの忌まわしい爆音もついに途切れ、ハイジさんの声も『演劇部』の面々の罵声も当事者である良崎=リーベルト・アンナの主張もお互い聞こえるようになったという訳だ。


「よぅ。先に言っておくが、俺の一声でまだメガバスターはいつでも発射可能だからな」


 先手を取って牽制し、ハイジさんが勇ましく吠える。


「よくもリーベルトさらったな! 責任者呼べ! 与謝野呼んで来い!」


 この一声で『演劇部』の面々の騒がしさはハイジさんに向けた者から内面へと向かう騒がしさへとチェンジした。


「えーと、陣内一葉さんですよね」


 メガネをかけた腰の低い男が、手を挙げながら『演劇部』を代表するように一歩前に出る。半袖のポロシャツに、下はジャージ、無精ひげ。部屋着にする分には構わないが、あくまでもここは新歓コンパ、そんな日曜日のお父さんのような出で立ちで本当に良いのか。


「そうだ俺がハイジだ!」


「えぇと、与謝野さんは……」


「おぅ、どうしたあのクサレひざかぶはどこにいる!」


「卒業しました」


「ん?」


 ……ん?


「陣内さんのことは先輩方からよくお話は伺っていたのですが、確かリアルタイムで陣内さんと争っていた方は皆卒業されたはずでは」


「え、マジで?」


「はい。私、『演劇部』第31098代目会長の小林桜と申します。陣内さんのことは噂でしか伺ったことがなく」


「え、与謝野いないの?」


「はい」


「そんなことないでしょ」


 とハイジさんは呆れたように手を振った。


「だってアイツ、サッカー日本代表が本選出場したら北京にオリンピック観に行くとか言ってたよ? この間オリンピックがどうのやってたじゃん」


「それはロンドンのでは?」


「でたらめを言うな!」


 今度は口角泡を飛ばしながら小林さんに詰め寄る。小林さんは腰こそ引けているものの、足は一歩も退かずに代表としてあのハイジさんと話し合いで渡り合う気だ。本当に先輩方から話を聞いているのならばそれが徒労に終わるのは目に見えているのに。


「陣内さん、落ち着きましょう。まずはこれで落ち着いてください」


 小林さんが穏便な様子で袖の下から何かを渡すのが見えた。


「くっ、てめぇ心底腐ってやがるな! ……シェリダン、メガバスター安全装置!」


 シュン、とどこか寂しげな音を立てて、賽銭箱があるべき場所に収まってしまう。


「陣内さん、今日は、どう言ったご用件で?」


 あれだけの威嚇射撃、前回はステージの一部を破壊されたというのに小林さんは穏便を貫き通す。間違いない。あの人、先輩方からハイジさんの攻略法を教わっている。だから渡すべき袖の下も知っているのだ。


「そう堅苦しくするな、こばやっちゃん。ハイジでいい」


「では、ハイジさん」


 ハイジさんは小林さんに馴れ馴れしく肩を組む。それを好機ととらえたか、『演劇部』でも小林さんと違ってタカ派とみられる構成員の一部がピッケルだの薪だのを物々しく構えて『神輿戦車シェリダンM.G』に襲いかかる。屈強な男たちの攻撃により、これまで八面六臂の活躍をしてくれた我が『演劇サークル』の主力兵器『神輿戦車シェリダンM.G』は激しく炎上している。


「君たち……なんてことを」


 そして爆発四散し、悲しくもスクラップとして散ってしまった。


「なんてことを!」


 小林さんが諌めるように怒鳴る。


「あのさぁ、リーベルト返してくれ」


 しかし、当のハイジさんは意にも介していない。むしろ、驚いていたのは仲間たちの勝手な行動を目の当たりにした小林さんの方だ。


「あ、あのハイジさん! 申し訳ありません! こら、君たち!」


「いいよ気にすんなこばやっちゃん。歩いて帰るからさ。あれ、維持費とか結構高くつくから処分するタイミングも計りかねてたところだ」


 いったい何をもらったらここまで丸くなれるのだろうか。まさかここまで上手くいくとは思わなかったのか、やはり困惑しているのは小林さんの方だ。


「武器としても、まぁ、どうせ衛星からのアルキリアン砲はここに照準合わせたままだから困んないしな」


 凶器を持った屈強な男たちも、ハイジさんの乾いた笑い声で一瞬で青ざめ、武器を放棄してもとの場所へとバツが悪そうに戻って行った。


「という訳で、与謝野いないならリーベルト出せ」


「リーベルトとおっしゃいますと」


「良崎=リーベルト・アンナだよ。あそこの返り血まみれ」


 ハイジさんが良崎=リーベルト・アンナを指さすと、自然とそこに注目が集まり、人垣が割れて良崎=リーベルト・アンナの前に道が出来た。

 良崎=リーベルト・アンナは覚悟を決めたような顔をし、その道を威風堂々と歩く。私としては、固く握られた右の鉄拳の方が気になるがまぁこの際どうでもいい。




十六、


「君が良崎=リーベルト・アンナさん?」


 小林さんが訊くと、良崎=リーベルト・アンナは何も言わずに頷いた。それを肯定とし、小林さんはハイジさんの方を向くが肝心のハイジさんは姿を消している。私もほんの一瞬、良崎=リーベルト・アンナを見ただけなのに、もうハイジさんを見失ってしまった。


「あ、ごめん。肉いただいてるよ」


 『演劇部』で後衛を務めていた女性の構成員たちが悲鳴をあげ、なにかから逃げて輪が出来る。その中心には生肉を頬張り、バーベキューソースを一気飲みした後、真っ赤に加熱された炭を食うハイジさんがいた。


「陣内さん大丈夫ですか!?」


 小林さんがハイジさんを案ずる声を上げる。


「口の中で焼くか外で焼くかの違いだろ。それに胃の中では全部ゲロだ。さすがにゲロは食えないが」


 本当にデリカシーがないなぁ。そんなこと言われたらもうおいしくものを食べられないじゃないか。それにおいしくものをいただく気がないのなら今食わなくてもいいのに。


「と、いうことでスナメリジャパン条例に基づき、良崎=リーベルト・アンナへの交渉権は俺の『ザ・フレンドシップ ~嗚呼、素晴らしき哉、愛と青春と友情の演劇サークル~』が優先される、で異論ないな?」


 ごくんと肉と炭を飲み込み、ハイジさんは小林さんと良崎=リーベルト・アンナに歩み寄る。口から血のようにソースが垂れている猟奇的な姿が余計に恐怖心を煽る。本当に正しい食べ方かどうかはともかく、パフォーマンスとしてあのバーベキューの食べ方は有効だったようだ。もうハイジさんを襲撃するそぶりを見せる者すらいない。むしろ、この状態でハイジさんと渡り合う覚悟があるのは小林さんと良崎=リーベルト・アンナだけのように思える。私でさえ、未だにサトウキビの陰に身を隠したままなのだから。


「ええ、それに関してはこちらもバンドウイルカのパラダイムを踏襲していますから」


 小林さんとハイジさんは固く握手を交わす。それを横で冷たい目で、睨むのではなく見ている良崎=リーベルト・アンナ。


「つー訳で、とりあえず話し合おうぜ良崎=リーベルト・アンナ」


 生肉パフォーマンスが成功したからか、落ち着きを取り戻したハイジさんが優しく丁寧に良崎=リーベルト・アンナをエスコートする。そして驚いたことに、良崎=リーベルト・アンナもその手を掴んだのだ。

 もちろん、生肉パフォーマンスの効果もあるだろう。そしてついさっき再起不能なほどまでに叩きのめした挙句目までつぶした男が今、マンチェスターシティのユニフォームを着てピンピンしているのだから、良崎=リーベルト・アンナにも少なからずインパクトは与えているのだろう。しかし、あの鉄拳をひらりとハイジさんの手に重ねたのは衝撃的だった。


「じゃあ、ありがとうこばやっちゃん。シェリダンの処分、金かかるようだったらこっちが持つから水原銀子に請求してくれ。肉おいしかったよ」


 親しい友人にするようにハイジさんは小林さんに手を振り、良崎=リーベルト・アンナと共に歩きだす。二人の顔は、初めてハイジさんが良崎=リーベルト・アンナを連れ去った時と同じ、王子様とお姫様の顔だ。もしかしたら良崎=リーベルト・アンナは、こうなることを望んでいたのかもしれない。自分の攻撃を受けきり、そして自分をどこまでも追いかけて連れ去ってくれるような、強引な王子様を待っていてのかもしれない。


「曾根崎ー。帰るぞ」


 やっと私も安心できる。サトウキビの陰から飛び出し、ハイジさんに駆け寄ろうとした瞬間。


「ちょっと待ってください陣内さん」


 小林さんがハイジさんを呼び止めた。


「『演劇部』に眠る秘伝の本『アイ・キャン・ノット・ギブアップ ‐全身全霊肉弾戦闘宣言‐』。あれを書いたのは陣内さんですか?」


 ハイジさんは歩みを止め、少しの間の沈黙の後、振り向かずに言った。


「……あぁ。俺だ」


「『アイ・キャン・ノット・ギブアップⅡ ‐人類が初めて到達した強さ‐』も?」


「『アイ・キャン・ノット・ギブアップⅢ ‐神速の拳vs鋼鉄の肉体‐』も俺だ」


「……あなたに会いたかった。私はあなたを尊敬し、ここまでやってきました」


 小林さんの頬を一筋の熱い涙が伝う。


「会えてよかった。僕ぁいつの日にか、あなたを超えて見せる! この『演劇部』で!」


「ハッ、熱いねぇ。いいねぇ、変えてみな、こばやっちゃん。『演劇部』を」


 あ、熱すぎて私も良崎=リーベルト・アンナも置いてけぼりじゃないか。いや、合流するタイミングを逃した私の方が良崎=リーベルト・アンナよりも状況が悪いではないか。


→『Walk Now For So Meet外伝 アイ・キャン・ノット・ギブアップ ‐全身全霊肉弾戦闘宣言‐』



「ジョン! ジョーン! 助けてくれー!」


 チャーリーが敵兵士に追われている。早く助けなければ……ヤツはついこの間、結婚したばかりだ。そんな幸せの絶頂にいるヤツを戦場に連れてくるのは気が退けた。この小隊を預かるものとして、隊員の家族の幸せを奪う訳にはいかない。


「クソッ! 持ちこたえてくれチャーリー!」


 ジョンは銃を構え、敵兵士に狙いを定めてリンゴを紙風船のように握りつぶすのをイメージし引き金を絞るが、カチャンと心地の悪い音がジョンに不吉の象徴のように襲いかかった。


「弾詰まりだと!?」


「うわぁあああ! ジョーン!!!」


「チャーリー!」


 チャーリーを打ち倒した敵兵士が雄たけびを上げる。ジョンはショックでその場に膝をつき、そのおぞましい光景を目に焼き付けることしかできなかった。


「チャーリー……」


 チクショウ! もし、銃が詰まらなければ……常日頃からもっと銃の手入れをしていれば……

 もっと俺が強ければ!!!


「うぉおおおおお!!!」


「ジョン、大丈夫?」


 妻のグレースがジョンの肩にやさしく触れる。


「うなされていたの?」


「あぁ、またあの夢だ」


 ジョンはベッドの上で息を切らし、シャツは冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

 あの日から、ジョンの脳裏にはチャーリーの最期の姿と自分の非力さが焼き付いて離れなかった。戦場を離れてもベッドの中で眠りに落ちるたび、あの光景が悪夢となってジョンに襲いかかるのだ。


「大丈夫だ。少しランニングをして頭を冷やしてくるよグレース」


 ただ一心不乱にランニングを続けるジョンの足取りは重かった。戦場で失った仲間、幸せ。それはジョンがそれまでに戦場であげたどの手柄や勲章、そして故郷で得た幸せよりも大きく、彼の心に影を落としていた。最強の兵士として祖国の英雄になったのはもはや昔の話。現在のジョンは、部下であり親友でもあった男の命と、幸せを自らの落ち度で失い、そのトラウマから銃を持つことが出来なくなり役立たずの烙印を押され、軍を退役し生きがいすらもなく心に負った傷を苛まれるただの無職だ。

 その現実から逃げるようにジョンは夜のアスファルトを駆ける。

 もう一時間ほど走っただろうか。

 ジョンは24時間営業のコンビニエンスストアでグレースに何かお土産を買って帰るつもりだった。彼が安眠できなくなった日から、グレースも安らかに眠ることができなかったのだ。そんな妻に何か買って行っても罰は当たるまい。

 しかし、ジョンの予想だにしないことが起きたのだ。コンビニから覆面を被った数人の男が、人質を連れて飛び出してきたのだ。


「ジョン!」


 人質はなんと彼の妻、グレースだった!


「グレース!」


 男たちはグレースに銃を突きつけたまま黒いワゴン車に乗り、急発進した。


「クッ!」


 歯を食いしばり、ワゴンを追うジョン。しかし、ジョンの意識は背後で爆発したコンビニエンスストアと共に吹き飛んでしまうのであった。




『ジョン! 助けてくれー……』


「うおおおお!」


 いつもの悪夢を振り払うように雄たけびを上げると、体の自由がきかない。どうやら、ベッドに縛り付けられているようだ。そして、目の前にはゴワゴワした長い金髪を後ろで結んだ、丸太のような太い腕を持つ男。


「お目覚めかね、ミスター・ジョン・マクレガー」


「畜生、ここはどこだ! お前は誰だ! どうして俺の名前を知っている!」


「質問は一つずつにしてくれるかね? 縄は今ほどこう。君は寝ている間ですら暴れん坊大佐だったからね。私の名前はブロッケン・テキサスJr」


 ブロッケン・テキサスJrはジョンの体を窮屈にしばりつけていた縄を一本一本ナイフで切っていった。


「そしてここは私のアジト。君の噂はかねがね伺っていたよ。やたらと腕っぷしは強いが銃は全く使えない。今は一線を退き、警備員の仕事をやっているが眠れない日々のせいでジャンキーにまでバカにされてまともに続かない」


 クソッ!


「ブロッケンとやら! 貴様何のつもりだ!」


「なぁにジョン。君の力を借りたいだけだ。君ならあのカーチス一味を倒せるのではないかと思ってね」


「カーチス一味?」


「君の妻を誘拐したならずものさ。ヤツらは銃では倒せない。しかしプロレスラーでもマイク・タイソンでも倒せない」


「どういうことだ!」


「ヤツらの戦いはルール無用のファイトだ。ボクサーやレスラーはルールに守られている。だから君のようなひたすらに強く、カーチスと戦う動機を持つ男を探していた。……俺の家族もカーチスにやられたんだ」


 そして、利害と目的が一致したジョンとブロッケンは手を組んでカーチス一味のアジトに乗り込み、二人はその腕っぷしで一味を制圧。しかし、最後の最後でグレースを道連れにビルから(アジトはビルだった)飛び降りようとするカーチス! それを未然に防いだのは、銃への不信感を克服したジョンの正義と怒りの弾丸だった!

 自信を取り戻したジョンには再びよく眠れる安息の日々が訪れるのだった。

 ……しかし、それも長くは続かない。ジョン! 君はカーチスを倒した男として裏の世界の住人達に目をつけられてしまったのだ! 頑張れジョン! 負けるな、ジョン!




十七、


「三畳紀ー、ジュラ紀ー、白亜紀ー、明治維新ー」


 そんな歌を口ずさみながら、せっかく獲得した交渉権を行使しようともせずにハイジさんと良崎=リーベルト・アンナを先頭に私、そして亡霊のようにどこかから現れた水原さんが、それに続き、『演劇サークル』は夜闇のサトウキビ畑を往く。


「明治大正昭和平成チェケラッ!」


「陣内さん?」


 ハイジさんの歌がラップパートに入ったところで、最初に口を開いたのは良崎=リーベルト・アンナだった。


「どうした?」


「ありがとうございます」


「なんのことだ」


「助けてくれたんじゃないですか?」


「なんのことだ」


 ハイジさんはしらばっくれる。良崎=リーベルト・アンナは乱暴に靴を地面にたたきつけた。


「そうじゃないと、わたしはついてきた意味がないじゃないですか」


「そうなのか?」


「そうですよ」


「そうか。でも、お前がついて行ってみようと思ったんなら、それは別に俺が誘おうと誘わなかろうと結局お前の意思ってことで変わらないんじゃないのか?」


「そうかもしれないです。『演劇部』の人たち、陣内さんくらい下心はあったかもしれなけど、陣内さんより度胸はなかったし」


「学生なんてみんなそんなもんだ」


「ハイジさんの言葉に突き動かされたりもしましたし」


 良崎=リーベルト・アンナが、ハイジさんをハイジさんと呼んだ。それより、聞こえていたのか、ハイジさんの言葉は。何故だか、心が温かくなるような気がする。あれだけ真剣な言葉が、届かなったのでは私は凍えたままだ。本当に、伝わってよかった。


「思っていたよりも真剣にわたしのことを考えていてくれたのはハイジさんの方だったのかもしれません」


「そうだろうなぁ。もう、一秒で48パターンくらいのエロいことが……」


 良崎=リーベルト・アンナの拳が一閃。しかし、ハイジさんは軽く払いのけてしまった。


「やっぱり、さっきまで食らってたのもわざとですか?」


「真剣に食らう、ということもあるんだ。痛みなくして乗り越えられないこともある」


「……」


「水原ー、リーベルトがもし後輩になったら、かわいがる?」


 ハイジさんが振り向いて私の隣を歩く水原さんに尋ねた。水原さんは嬉しそうに


「もちろんです」


 と答えた。


「だ、そうだ。浮いてしまうけど自分が着ていたい服との付き合い方は水原から教わればいい。ダサい服と生きていく生き方って言うのもある。周囲からの冷ややかな目線にさらされつつも、自分の好きを貫き通す生き方って言うのがな。まだ若いんだ。早まって開き直るようなつまんない生き方をするなよ、リーベルト」


「じゃあ、ハイジさんの好き、は、その生き方なんですか?」


 幾らでも質問をするということは、幾らでも答えてくれると相手を信用している証拠なのかもしれない。そして、相手のことを知りたがる真剣さの証。良崎=リーベルト・アンナとハイジさんは、今そういうレベルの会話をしている。

 くそう、私だって。私だって……。


「そうだ。俺は生きているのが楽しくて楽しくて仕方がない。でもまだ足りない。俺の生き方はひたすら楽しいことに貪欲な生き方だ。俺はお前がいれば、もっとこの人生を楽しめる気がする」


 あはは、と良崎=リーベルト・アンナが笑う。


「でも、わたしは四年で卒業しちゃいますよ?」


「じゃあ、俺はその四年間を楽しむまでだ」


「じゃあ、わたしも少しでも楽しめるように頑張ってみます」


「そうか」


「もっと喜んでくださいよ」


「正直に生きるのも俺の生き方だ」


 水原さんの足取りがどんどん悪くなる。大丈夫ですか、と形式ばって問うても、水原さんは死んだような声で「大丈夫です」とオウム返しにするだけだ。しかし、そのあんまりな歓迎の仕方が、『演劇サークル』の新たなメンバーの誕生を私に確信させてくれたようだった。


「と、まぁ俺の生き方は楽しく正直に、だから」


 ハイジさんはまたひょいと良崎=リーベルト・アンナを持ち上げ、お姫様のように抱きかかえた。


「さっさと帰ってみんなで『水曜どうでしょう』の再放送見ようぜ。今日はヨーロッパ・リベンジ第三夜、過酷な旅路で『宿よりメシ』に走った大泉洋、12時を回ってもついに宿が見つからずどうでしょう班ドイツの道端で一泊、藤村Dのあの有名な『ここをキャンプ地とする』が! 車中泊の大泉、窓開けっぱなしでドイツで凍死寸前! の回だぜ」


「なんでネタバレしちゃうんですかハイジさーん!」


 と水原さんが涙ぐみながらハイジさんの背中にむかって突進していった。


「……なんか俺、すごい楽しみだ」


 私はその水原さんの背中を見て呟いた。


「すごい、楽しいよ。ネルソン」


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