【然るべく 水玉模様と 雨粒と】第1話 沖縄土産ドラフト会議 前
衣替え、という言葉を耳にしなくなって久しい。推移の時期は終わったようだ。
私も薄手の服、水原さんも薄手の軍服にはしたものの、良崎は元から薄着なのでさして変化はなく、ハイジさんの頭にもあのランプシェードのような紫陽花色のチューリップハットが梅雨前線のように鬱陶しくうろつく。
「降り出したな」
乾いた土に一つ落ちると、途端に地面は水玉模様に染まり、やがて水玉に覆われてこげ茶色に変わっていく。私は部室への足を速めた。階段を駆け上がり、部室の扉を開くと私以外は勢揃い、ハイジさんと水原さんは和やかに談笑しているが、良崎は規律正しい正座をし、うつむいて激しく反省している。恐らく、畳の縁をうっかり踏んでしまったのであろう。その横には1m強四方の段ボール箱が。
「お、曾根崎も来たか。じゃあ、開けるか」
ぉぐあああ……るるーん。
段ボールの中から虐げられた犬の断末魔のような切ない鳴き声。
「いや、開けるのはやめましょう。変な音がしてます」
私は右手を大きく突き出してハイジさんを制止する。何が入っているかわからないが、何か危険なものが、例えば今の怪音があの箱の中に入っている生き物の鳴き声で、閉じ込められていることに対して抑えがたい怒りを感じているとしたら危ないのは正座から動けない良崎だ。
「大丈夫だ。俺が3月に沖縄行った時に買ってきた土産だ。届くのには時間がかかったが」
私の忠告などどこ吹く風、ハイジさんはベリリと引き裂くようにガムテープを剥がした。
「ぉぐあああ……るるーん!」
段ボール箱からベージュ色の何かが飛び出し、その逞しい二肢で一度畳を踏んだ後、その二足歩行の狛犬のような化け物はばねのように飛び跳ね、窓ガラスを突き破ってそのまま戻ってくることはなかった。良崎と水原さんは一度身を震わせたものの、下手に声を上げて刺激すれば、その何かが逆上する可能性を考えてか一言も発することなく、逃げもしなかった。
「な、なんですかあれは!」
「グランドシーサー」
「シーサーは四足歩行じゃないんですか!」
「グランドシーサーは二足歩行だ。やばいなぁ。あいつ怒ってるかもなぁ」
ははは、と気の抜けた笑みを浮かべるハイジさん。
「わたしがお土産はシーサーがいいなんて言ったからですね」
と水原さんは自主的に正座を始めた。
「いいよ、しょうがねぇ。シーサーが欲しいとは言われたが勝手にグランドシーサーを連れてきたのは俺だ」
ハイジさんは箱に頭を突っ込み、中をがさがさと探り、何かをつかみ取って頭上高くに掲げた。
「沖縄土産は当時在籍していた三人分しか用意していない。俺、水原、ネルソン。お前らの加入はイレギュラーだったが俺の分の土産はやる。ネルソンは今日は欠席だからお預けだ。シーサーは逃げちまったが、俺はいらんから残りの二つは曾根崎と良崎で持ってけ。ほら、良崎。これ知ってるか?」
「ち」
妙に意識するな良崎。見たままに読み上げれば間違いはない。全国的な知名度の沖縄土産なのだから、そのままで卑猥な言葉ではないのだ。やれ、良崎! 難しく考え出すと結局すべてが嫌になる!
「いえ、知らないです」
おぉ、上手い躱しだ。
「チッ」
ハイジさんは舌打ちをしてちゃぶ台の上にちんすこうを置く。
「で、もう一つがこれ」
ちょうど腕の長さほどの短い槍と、ウミガメのものと思われるまだら模様の亀の甲羅の盾だ。
「ティンペーとローチン。で、ティンペーローチンって良崎、言ってみ」
「ティンペーローチン」
「ありがとうございますッ!」
良崎の冷たい声に感動したのかハイジさんは敬礼のポーズをとる。もう茶番には慣れたが、私が腹に決めたことはこの沖縄土産ドラフト会議においては、競合を覚悟してでもちんすこうを取りに行く、ということだ。強奪指名だの強行突破だの言われようと、ティンペーローチンとちんすこうではちんすこうだ。100回やろうと私は1回もティンペーローチンを指名しないだろう。




