【馴染まねば 治りもしない 五月病】第22話 ゴールデンウィーク地獄旅行 最終夜
「やぁ、実はずっと後ろで待機していたんだよ」
ガンセキオープンから弾かれるように勢いよく小林氏が運転席を飛び出し、手を振った。
「そうだったんですか! ご苦労様でした」
水原さんが頭を下げると、小林氏は笑った。
「せっかくのゴールデンウィークだからね。芝桜の夜桜もオツなものだよ」
足元には芝桜が咲き乱れている。確かに、木の上で咲くソメイヨシノを見上げるのだけが花見だと思い込んでいてはできない花見だ。
「頭の上の桜ばっかり見てたら、気の合うやつらの顔も見えねぇからな。花より団子、団子より友だ」
ハイジさんが楽しそうに笑い、小林氏と二人でブルーシートを敷いた。ここに来てハイジさんは株を上げ過ぎじゃないだろうか。旅前半の畜生にも劣る所業の数々を打ち消すような良い先輩っぷり、心を許してしまってもそれは自然の摂理とさえ言える。
「わぁ、素敵ですね」
水原さんは純粋に楽しんでいるように見える。しかし、ヤツは……。
「リーベルトさんもほら、おいでよ。せっかくの花見なんだから」
良崎はまだ、先のバーベキュー襲撃事件を引きずっているのだ。小林氏と『演劇部』に対する罪悪感はそう簡単に払拭できるものではないだろう。なにせ自分の大学の構内の一部がハイジさんの凶悪な兵器によって吹き飛んでしまったのだ。
しかし、小林氏は微塵も気にしていないようで、穏やかな笑みを良崎に向けた。小林氏、彼もまたハイジさんによって人生を狂わされた一人だ。もし、ハイジさんに心酔していなければ。もし過激派セクトみたいな『演劇部』の長でなければ、彼もまた良きリーダーとなったであろうに。
「はい!」
その呼びかけが嬉しかったのか、良崎はリーベルトと呼ばれたにもかかわらず満面に近い笑みでブルーシートに駆け寄る。挙句の果てにはブルーシートの端に石を置く献身ぶりまで見せる。
あの襲撃の時には私もいたのだが、記憶に残るような何かをしていればもっとあの輪に入りやすかったのではないだろうか。
「よし、じゃあ全員手元に飲み物は行き届いただろうか!? 堅苦しい挨拶は抜きだ、飲めぃ! かんぱーい!」
ハイジさんの掛け声で全員がそれぞれの飲み物を一気に飲み干し、ハイジさんと良崎は我先にと料理の取り合い、水原さんと小林氏はそれよりも大人しく談笑を交わす。私が夢見ていた、青春の大学生活が今目の前にある。ニセ金田一と軍人とハーフと日曜日のお父さん。十人十色のそれぞれ肩身の狭い生き方をしながらも、一か所に集まり、ただ純粋に楽しいということを共有し、バカになれる心底の付き合いがここにはある。
「ははは」
気が付くと私も笑っていた。自分でも気づかず腹の底から笑っていることが、私は大学に入ってからもう何度もあるような気がする。当然、大学に入ってからも主にハイジさんのせいで苦汁を舐めることはあったが、それを差し引いても楽しいと言える日々。今までの虚無の苦汁とは違う。
「あれ? ハイジさんお酒飲んでるじゃないですか!」
「こういう時に酒飲まないでどうするんだよ! ほらこばやっちゃんも水銀ももっと飲め!」
ハイジさんが紅潮した顔でビールを小林氏と水原さんの紙コップに注ぎ、楽しそうに二人もそれを飲む。
……あれ?
「ハイジさんと水原さんと小林さん、三人ともお酒飲みましたよね?」
私の心から笑える余裕がすべて消えた。
「帰り誰が運転するんですか……」
良崎もことの重大さに気づいたのか、口に入れかけた鶏のから揚げをポトリと落とした。
「無礼講無礼講! お前ら飲んでないじゃん。つうか飲めよ! そして酔え! リーベルト酔え! そのエロい体を俺に委ねてエロいことをさせろ!」
と良崎に抱きつこうと飛び掛かるハイジさん。良崎はそれを手刀でいなすが、空中で迎撃・撃墜できないところに心理的ダメージを感じる。
「いえ、わたしお酒飲まないですから。免許もないですよ」
「僕もないです」
……。
「リーベルト! ここをキャンプ地とする」
野宿決定!
リーベルトと名前を呼んだだけですごい性的な危険性を覚える!
「ただの……ただの道ばたじゃないですか!」
道ばた!
「道ばたで寝るんですね!?」
下戸で飲めていない分、良崎はより強く焦りを感じているようだ。最初からキャンプごとき苦にしないであろうハイジさん、なくしたはずの宝と再会できていい気分の水原さん、ハイジさん信者の小林氏はそれぞれ酒も入っていい気分だろうが素面の私たちは無理だ。
「いい宿泊めろ馬鹿野郎ー!」
「リーベルトそん中見てみろ、テント入ってるぅ!」
テント!
ハイジさんが指さした、ガンセキオープンに積まれた鞄の中を良崎が覗き込むと、彼女は膝から崩れ落ちた。あと、いちいち名前を呼んでやるな、あまりにも不憫で性的だ。私以上にこのキャンプに危機を感じてしまうではないか。次はもう許してもらえないぞ。次に二人が顔を合わせるのは大学ではなく法廷になるだろう。
「俺たちは、ここにキャンプを張るって言ってるんだ!」
馬鹿笑いを続けるハイジさんに良崎もついにキレた。
「カマを掘られて死ねサノバビッチ!」
先のアイアンメイデンの錆びた扉をこじ開けるような耳障りな歯ぎしりの音を立て、人の顔とは思えないの怒りに満ちた顔で良崎がハイジさんの喉笛を狙って掴みかかった。
ピシュンッ! ピシュンッ!
「旅の恥をかき捨てられないとは野暮だなぁ」
この旅最悪の悪夢の音が二回響いたかと思うと、額に二本指を当てたハイジさんがブルーシートより3mほど外れたところで笑っている。
「夜のリーベルトがお預けなのは痛いが、これ以上のアプローチは訴えられかねないからなぁ」
「陣内! てめぇ良崎をどこへやったー!」
きっと良崎が畳の縁を踏んだ時のハイジさんはこうだったのだろうと思うほど怒りが沸き立つ。きっとハイジさんのような超人でなくても目ぐらい光るだろう。
「自宅に送り帰したよ」
「それは……」
いや、怒るに怒れない……のではないか? ここをキャンプ地とすることで一晩中良崎が怯える(もしくは激怒する)よりも一瞬で自宅に帰り、自宅で吐く方が楽と言うか良心的、ベストの判断ともいえるような気がしてくる。
「……キャンプなら、事前に言っておいてくださいよ。それなりの準備ってものがあるんですから」
ハイジさんの行動が実はベストな判断だと分かるとつい怒るに怒れなく、歯切れが悪くなってしまう。声のトーンも落としてしまった。ここでハイジさんを責め、「じゃあ連れ戻すよ」と良崎をあのピシュンで連れ戻されたら良崎が気の毒すぎる。
「そうだったな。次から泊りの時は事前に水銀とお前とリーベルトにも言っておくよ」
「そうした方がいいでしょうね。私はてっきり皆さんご存じなのかと」
ハイジさんが珍しく反省の色を見せるが、今の私に許せないのは小林氏だ。あなたも人の良さそうな顔して、なんで黙り続けているの?
「わたしもびっくりしましたよ。本当に、事前に言っておいてくださいよぉ。今日はもう、しょうがないですけどね」
あはははと水原さんは一人で楽しそうに笑っている。あなたも人のよさそうな顔をしてなんで飲んでいるの? いざという時に備えて飲まないって言ったじゃん!
「つうことで、今日の振り分けは『アンティーク水原私物5号機』に水原。テントに俺とリーベルト、の予定だったが俺一人。ガンセキオープンに曾根崎とこばやっちゃん」
「異議なーし」
水原さん一人を『アンティーク私物5号機』を割り振るのには誠意を感じるが……
「まぁ、曾根崎も飲めよ」
ハイジさんがにっこりと歯を見せて笑いながら、缶チューハイを投げて渡す。
「はぁ。じゃあ、いただきます」




