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うぉくのふぉそみつ リターンズ  作者: ムッシュ志乃
5月編
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【馴染まねば 治りもしない 五月病】第19話 ゴールデンウィーク地獄旅行 その16

 ハイジさんが重たそうに店の奥から引きずってきたのは、ギロチン、石抱きにならぶ世界三大処刑道具クラシック、鉄の処女ことアイアンメイデンだ。簡単に言うと中に大量の棘がついた箱であり、中に入れられたまま扉を閉じられると棘が刺さって命を失うことになる。


「あ、それわたし見たことがある!」


 水原さんが凶悪な処刑器具を指さして声を上げた。


「銀子ちゃんのお父さんから昔譲り受けたものだからね。昔は人形町のお店にあったんだよ」


 と店長。ハイジさんはその間にアイアンメイデンをしっかりと立て直し、扉に手をかけた。


「さてと、約17年ぶりに御開帳だ」


 ガギギギと錆びた金属を無理やりこじ開ける重い音。ハイジさんの腕には血管が浮き上がっている。どうやらかなり重たいようで苦戦しているが、こんな時こそさっきのアレを使えばいいのではないか。


「どっこいしょお!」


 壊しかねないような不快な音を立てて扉を開くと、棘だらけのアイアンメイデンの中に、特用クッキーの古ぼけた缶が一つ置いてある。


「嘘……」


 水原さんが目に涙を浮かべ、口に手を当ててアイアンメイデンに駆け寄り、缶の蓋に触れる。埃を払うと、ひらがなで、しかし子供には書けない達筆、つまり小学校一年生のランドセルの名札に保護者が書いたような文字で「みずはらぎんこ」とある。


「こんなところに……」


 水原さんが缶を持ち上げようとした瞬間に、その涙ぐましい光景を眺めていた私の視線は窓の外へと向けられた。ハイジさんの腕が私の肩に回されているのだ。もう片方の腕は同じように良崎の肩に回されている。


「なぁ、曾根崎リーベルト。あそこのコンビニでアイスでも買わねぇか?」






「ハイジさん、いいところあるんですね」


 言うまい言うまいと思っていたが、ハイジさんが買ってくれたアイスを舐めるよりも先につい口をついて言葉が飛び出た。


「なんのことだ?」


「しらばっくれて」


 ハイジさんはニョホホ、と不気味なのにどこか嬉しそうな笑い声をあげた。


「最初からこのつもりだったんですね」


「どういうこと?」


 まだ状況が呑み込めていないのか良崎。


「ハイジさんは、昔水原さんがなくしたおもちゃ箱を水原さんに渡すためにこの旅を計画したんだよ。ハイジさんは、水原さんが昔『チキチキマシン猛レース』の絵本をしまったおもちゃ箱をなくしたと言っていた。水原さんもそれを否定はしなかった。きっと水原さんも本当になくしたと思って諦めてたんだ。でも、ハイジさんはそのおもちゃ箱が『アンティーク水原』から『クリーデンスクリアウォーターフィールド』に譲られたアイアンメイデンの中にあると突き止めた。でも、きっとそのアイアンメイデンは貴重なものだから、それを自分のものにするには対等のものが必要だった。その対価が、七つの贋作ロボット。それを手に入れるためにハイジさんは神を呼べる古書や陣内文庫お墨付きまで手放して七つの贋作ロボットを手に入れた。自分の人生の師匠で宝のはずの『MASTERキートン』初版全18巻セットの代わりに、水原さんの宝物を取り戻した」


「……七つの贋作?」


 そもそもそれを知らなかったか。落としどころのわからないまま連れてこられて渋滞に巻き込まれ謎の技で意識を奪われた挙句瞬間移動酔いで人の庭で吐くのは、それはそれは辛かっただろう。そこは同情しよう良崎。ある程度知っていたから私は正気を保つことが出来た。


「とにかく、ハイジさんは水原さんにいいことをしたってことだよ」


「そうなんだ。いいとこあるじゃん、ハイジさん。でも」


 ドスッ……


「うっ」


 良崎の拳が私の肋を捉えている。肺が一瞬機能を止めた。


「お前がそれを得意げに言うのは気に食わない」


 そうか。


「なぁにを大げさに言ってんだ、バカたれ共。俺の本当の目的はこの錠だよ」


 ハイジさんはポケットから、やけに凝ったつくりの南京錠を取り出し、手の上で投げて弄んだ。一部が焼き切れている。


「これもまた曰つきの一品。これを作ったのは鍵職人じゃなくて金属フェチの芸術家だった。金属を加工することに快感を覚えたこの技師は、彫刻やアートじゃ飽き足らず日用品まで金属で自分好みに作り始めた。さしずめマイ・フェア・メタルってとこだ。それがこの錠だよ。芸術品でありながら錠としての機能は文句なし、絶対に開けることはできない。ただ、一つ問題があった。この錠は開ける鍵が作られなかった。技師が死んじまったからな。元々そんな超レアものでありながら閉じることのなかったこの錠、それを閉じちまったのが水銀の親父さんだ。絶対に開けられることはないが閉じられることもなかったこの錠の価値は、閉じられることでさらに上昇したって訳だ。何せ一度閉じたら壊さない限り開けられねぇんだからな。その価値ったるやもう、七体の贋作ロボットが必要なくらいだ。俺はそれだけ貴重なもんをぶっ壊してみるってのはさぞかし気持ちがいいんだろうなぁと思っただけだ」


 さっきガラクタって言ってたじゃないか。


「照れ隠ししちゃって。本当にちょっとカッコイイじゃないですか」


「ならリーベルト、その美巨乳触らせろ」


「それはダメですけど」


「それに、あくまで俺が店長から受け取ったものはこの錠だけで、あのアイアンメイデンとかは店長のもののままだ。俺のものではない」


 ん?

 私は眉間に皺を寄せた。


「とか、って、それじゃあ水原さんにあのおもちゃ箱は戻らないってことですか?」


 だとしたら、過酷すぎる。あのアイアンメイデンも結構な代物のはずだ。水原さんに払える代価はあるか?


「それはどうかなぁ。まぁ、親父さんが店長にアイアンメイデンを譲った理由とか、そういう無償の理由ってもんは数えきれないほどある。思いもよらぬ何かに、思いもよらぬ価値がついちまうようにな。誠意は言葉ではなく金額。正論っちゃ正論だ。でも、言葉も金額も誠意をも上回るもの無償の理由ってのがあると俺は思うね」


 ハイジさんは溶けて手に垂れたアイスを舐めた。


「そうだなぁ、例えば、親しい間柄にのみ成立する情、とかね」


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