【馴染まねば 治りもしない 五月病】第17話 ゴールデンウィーク地獄旅行 その14
「あっちゃぁ~『エクシオン』の飛行能力がぶっちぎりすぎたなぁ。追って行こうと思ったんだけどまさかこんなに速いとは」
フロントガラスから上空を覗きつつ、ハイジさんが苦笑を浮かべる。あの贋作『エクシオン』とやら、迷惑な騒音もなくあれだけ滑らかに飛行する挙句、後光のような光を帯びる中性的イケメン。本物の性能はどんなだ。さては主人公さえ食ってしまうような最強+人気のキャラなのではないだろうか。勝てたはずなのに子供とかを庇って死にそうだ。
「もう無駄なのは嫌ですよ。さっさと帰りたいんです」
不屈の心でハイジさんに命令する良崎。しかし、まだ笑っていられる分ハイジさんには余裕があるようだ。
「仰せのままに、お姫様。大丈夫、他の機体の飛行機雲だの排気ガスだのが残ってるから道はわかる。まぁ、燃費すごく悪くて乗り心地悪くなってもいいんならコレでも」
と、車のギアを指さす。裏コードと書かれている辺り、非常に危険なにおいがする。私のこの一か月で培われた危機回避の勘が全力で回避を提示している。
「『エクシオン』に追いつけないでもない」
「乗り心地が悪くなるんならいいです」
「僕も遠慮しておきます」
乗り物酔いの吐き気は一度吐けば気分がよくなるなどと抜かす輩は数多くいるが、それは本当の乗り物酔いを知らないから言える。一度は吐いた良崎でさえもまだ気分は悪そうなままだ。それにまだ私は吐いていない。これ以上の刺激はご勘弁願いたい。
「まぁ、そんなに遠くもないよ。この屍が目を覚ます頃にはもう着いてる。あ、そうだお前らに言っておかなきゃ」
信号待ちの際にハイジさんは大きく体をひねって後部座席に顔を向け、真剣な顔をした。
「これから行く先で絶対に俺が水原に技使ったって言うな。これは命令じゃない。お願いだ。わかるな?」
命令ではなくお願い。つまり、車内、という限定されたシチュエーションでなければ、ハイジさんの頭の標高がハイジさん自身の意思で私の頭よりも下に来るのだ。
これは来てるぞ。俺の時間が来るぞ。この旅で溜まった鬱憤、そろそろ反撃してもいいですか? と言いたかったところだ。
「誠意次第ですね」
しかし、恨みが強いのか、良崎が私に先んじてジャブを入れる。
「本当に頼むよ。お願いだ」
「誠意は言葉ではなく金額」
「くっ!」
すげぇ。この一言最強すぎる。
「プロレスラーカードチップス3つで……」
ハイジさんが切ったカードは、交渉相手がつい数時間前にこの一か月で最もご機嫌だった瞬間を演出したあれだ。それが効いたのか良崎は少し身震いをした。
「ショックで震えるってことがあるんですね。お願いをされている気にならない。ブチ切れてもいいですか?」
そう考えるとハイジさんも馬鹿だ。下手に出れば絶対に許される訳がないのに下手に出てしまうのは最悪の手段だろう。むしろ上から屈服させる姿勢を貫けばよかったのに。孫悟飯(青年期)の得意技コマンドだって強行の交渉カードとしては有効だったろうに。
「8月の日本公演のチケットではだめか?」
「それでも最低ラインに達していないですけど、百歩譲って礼儀の部分が改まらないと絶対に了承できないです」
「ついでに言うと僕はそれで得をするわけでもないのですが」
ここは便乗するべきだろう。戦局を見ればわかる。現状では良崎は圧倒的すぎるほどに有利だ。二転三転する状況を見極めたもののみが勝利の美酒に酔いしれる。
「おぃ曾根崎。お前は最低なヤツだな」
「それはわたしも思いましたが、今はハイジさんの問題ですよ。人にお願いをする立場で、相手が納得できない程度の誠意しか見せられないことは恥ずかしいことです」
「じゃあ、日本公演+本場アメリカに同時通訳付きではどうだ?」
「いいでしょう」
「良崎=リーベルト・アンナさん、プロレスラーカードチップス3つと日本公演と本場のチケットを是非譲らせてください。その代わりと言ってはなんですが、この陣内一葉が水原銀子さんにしたことは黙っておいてはくれませんかねぇ」
「しょうがないですね、よいでしょう」
どうやら良崎は交渉成立のようだ。しかし、まだ私の交渉は終わっていない。最低と呼ばれようとどんな手段を使おうと得をした者の勝利だ。
「さて僕は……」
「最低なてめぇには後で然るべきプレゼントをくれてやるよ」
急に空気が凍りついたかのようだ。既に顔を前方に向けている辺りが交渉の余地のなさと取り返しがつかないということを私に教えてくれる。




