【馴染まねば 治りもしない 五月病】第13話 ゴールデンウィーク地獄旅行 その10
この旅の目的についてわかったことがある。本当に北海道に花見に行く旅なのか、それとも七体の贋作を手に入れる旅なのかどうかについてだ。少なくとも、北海道で花見に行く線は消えたとみていいだろう。なぜなら、ハイジさんは関越自動車道に乗ったからだ。関越自動車道は日本の背骨を横断し、日本海側へと向かう道路だ。東京から北上することに変わりはないが、いかんせん緯度経度が違いすぎる。北海道ほど北に行きたくとも、関越道でたどり着ける最北端でもその向こうは日本海、そのままではロシアか中国についてしまう。途中で乗り換えるにしても方向が違いすぎる。空港から飛行機で北海道を目指すにしても羽田にも成田にも向かっているとは言い難い。ゴールデンウィークで混雑が予想されるからその関東の窓口は避けたという考えは、そもそもゴールデンウィークに行楽に出かけようという気持ちと矛盾している。どこだって混雑している。もちろん、高速道路もだ。何かの間違いではないかとも疑って、後方でガンセキオープンのシートに座る小林氏にアイコンタクトを試みたがどうも間違いではないようだ。
北海道には、行かない。
高速道路に乗り早2時間。渋滞で車は一向に動かない。高速道路は動脈とか血管に例えられることが多いが、ここまで停滞していたのではとうの昔に動脈硬化で日本は死に至っているだろう。
前の座席に座る水原さんは一言も発することなく押し黙って前を向き、ハイジさんも無言のままハンドルを片手で支え、もう片方の手でシート横の箱からクルミを取り出しては片っ端から殻を砕いてストレス解消と時間つぶしをしている。良崎はストレスに耐え兼ねてか、せめてキレないようにと目をつむって窓にもたれかかっているが眠れていないのは時折つくため息からも一目瞭然だ。
この居心地の悪い空気はどうしよう。せめて、あのカーナビが『チキチキマシン猛レース』でも良いから映してくれればこんなに渋滞のストレスばかりに気分が向いてしまうこともないのに。
「チッ」
ハイジさんの舌打ち。
「まだ進まないんですかねぇ」
目を閉じたまま、良崎が不満げな声を上げる。
「そもそもどこへ向かっているのかもわからないのに」
「群馬。俺の昔の知り合いが帰省してる」
「北海道には行かないんですかねぇ」
「行かないよ」
「今、どこなんですか?」
「やっと川越。これはおかしいぜ。こんなことは許されない。こんなに混んでることってあるのかよ」
「地図で、地図で言ったらどこなんですか今は」
緊張の糸が切れつつある良崎が少し苛立った声をあげると、水原さんがダッシュボードから地図帳を取り出し、体を反転させて良崎に広げて見せた。
「今この辺りね」
水原さんが指さしたのは川越。埼玉県だ。出発地点からほとんど動けていないことになる。
「で、えーとハイジさん、どこに向かってるんでしたっけ」
「前橋」
ハイジさんの声にも若干苛立ちの色が見え始めてくる。
「前橋は……ここ」
まだ随分と先のようだ。
「出発地点はここ」
水原さんが練馬ICを指差すと、まだ半分も進んでいないことを理解したのか良崎は自分の膝を平手でバシンバシンと音を立てて叩きはじめた。
「無理無理」
「おいリーベルト」
「コントロールできません! ロンドンコーリング! ロンドンコーリング!」
狂ったように高速道路で名曲とは言え『クラッシュ』の代表曲と言うあまりにも縁起の悪い歌を歌いながら膝を叩き続ける良崎。
「おかあさーん! わたしは今高速道路にいまぁーす! 高速道路は今日も渋滞でーす!」
窓から顔を出し、喉が枯れんばかりの声で叫ぶ。私達も渋滞でストレスは蓄積しているが、それは周りの人々も同じだ。渋滞で車が動かずに苛立っている時に緊張の糸が切れた大学生の叫び声を無理やり聞かされれば誰だって緊張の糸が切れてしまうだろう。私と水原さんは必死に良崎を車内に引っ張り込むが、良崎のパニックは未だ続いたままだ。
「水銀! 頭維を突いて気絶させろ! このままじゃ迷惑だ!」
「迷惑だなんてあなただけには言われたくありません!」
今度は泣きながら良崎がハイジさんに掴みかかるが、先ほどの力強さはない。
「水銀ハンドル持て!」
の声と同時に助手席から体を伸ばした水原さんにハンドルを渡し、ハイジさんは
「発!」
と叫びながら掌を素早く良崎に向けた。ぽこんと気の抜けた音の後、良崎は気を失ってしまった。
「なんですか今の!」
「押し出した掌で空気の密度を変えることにより声の速度を音速から微妙にずらし、極小のソニックブームを発生させる技だ。理屈がわかれば簡単な技だから、そんな騒ぐな」
「どちらかと言うと理屈は分かっても実行が難しい技じゃないんですか!?」




