【馴染まねば 治りもしない 五月病】第10話 ゴールデンウィーク地獄旅行 その7
このハイジという人間は一見どうしようもない馬鹿に見えてしまうのだが、馬鹿にも種類がある。ハイジさんの馬鹿は所謂「なにも考えていない」馬鹿ではない。常に思案を巡らせ、その思案の末に起こした行動が悉く常識から外れているタイプの馬鹿である。その馬鹿がこじれてしまって現在は手の付けられない暴君になってしまってはいるが、あの行動力も含め、由緒ある書庫の血族と言う言葉にも偽りがないのであれば、もし彼が常識の枠に収まるまともな人間だったらどれだけ大成していたのだろうかと考えざるを得ない。
「そういえば、その例の贋作二体、持ってきてないけど大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。こばやっちゃんのガンセキオープンに積まれている」
じゃあ雨ざらしになるのではないのか? そんなぞんざいな扱いでいいのか?
「『萬斎抄』と『スーパー武田信玄 聖!風林火山!』はちゃんと持ってるしな。唯一気掛かりなのはせっかくやっさんにいただいた『萬斎帳』をすぐにトレードに出さなきゃいけないことだ。さすがに心が痛むな」
「……なにが気掛かりですか。なにが心が痛むですか!」
恨みをぶつけるような声で水原さんが呻いた。目を覚ましたらしい。
「セックスセックスFAX! 深夜ですからお間違いのないように!」
どうやら今までのことを聞かれていて恥ずかしかったのはハイジさんも同じらしい。誇り高い過去でも、自分が聞かせたいと思う相手に自分が望むタイミングでなければ凶器になる。その恥ずかしさから逃れるには狂気に走るしかない。バックミラーから真っ赤な顔をしたハイジさんが唾を飛ばして照れ隠しに叫ぶのが見える。
「そんなのでごまかされませんよ! なんですか! どこに連れて行く気ですか!」
どうやら、七体のロボットを巡る話は聞いていなかったらしい。しかし、ハイジさんからしたらその後の自分のルーツを長々と語ってしまったことの方が恥ずかしいだろう。少なくとも、現在のハイジさんにはいつもの意味不明行動のよりも凄みも説得力もキレもない。何も考えずにただ叫んでいるだけだ。
ハイジさんは近くのファミリーマートの駐車場に駐車し、水原さんからの激しい追及の声に耳を塞いで良崎の服の襟から自分の手をその内部へ潜り込ませた。
パキッ
「いってぇ……左手の関節全部外れた」
プランプランと左手をだらしなくぶら下げ、痛痒の面持ちのハイジさんの頭部に良崎が襲いかかった。
「なぁ、死ねよ! 死にたいんだろ死ねよ!」
激しい呪詛の言葉を吐きながら良崎は全身を使ってハイジさんに攻撃をしている。しかしその攻撃の動作や空振りが一発も私や水原さんに当たらず、車内のものを壊さないところを見るとただ単純にハイジさんへの殺意だけで目を覚ましたと言っても過言ではないだろう。
「すぐそこにツタヤあるから……」
「殺す」
許す気もないようだ。年貢の納め時だろう。
「アンナちゃん、今回ばかりは加勢するわ」
女性二人に袋叩きにされている姿を見ると、髪の毛一本ほどでも尊敬の念を抱こうとしたことが後ろめたく感じられる。
「曾根崎、『萬斎抄』だけ持って逃げてくれ!」
宙を舞う古紙の束、その後に聞いたこの声がハイジさんの断末魔だった。




