【馴染まねば 治りもしない 五月病】第9話 ゴールデンウィーク地獄旅行 その6
「やっさん、例のものです」
壁紙と見まがうほど本が蓄えられている店内。空気の含有成分に史上初『本』が観測されるのではないかと思ってしまうほどだ。そして、壁と見まがうくらいだから当然、本にも年季が入っている。
「曾根崎、こちらがここの店長の生八ツ橋緒太兵さんだ。やっさん、こちら俺の学び舎での後輩の曾根崎心中」
「曾根崎忠です」
私があいさつをすると、レジの前の生八ツ橋氏は頷くように挨拶をした。あまりにも年老いた生八ツ橋氏には、私のような若輩の新参者に割ける体力がもう残っていないのかもしれない。
「約束のものです。『MASTERキートン』初版18巻。保存状況は良好、私物ではありますが陣内文庫の一員としての私の折り紙つきです。ご期待に添える品かと思います」
ハ、ハイジさんがちゃんと喋っている……!
その事実に驚きながら私がレジの台に紙袋を置くと、生八ツ橋氏は冬の古枝のような手を伸ばし、袋の中の本を一冊ずつ取出してパラパラと確認するようにページを流し、本の最後部の発行日時を全18巻分確認した。
「確かに確認致しました。持って行ってください、『ブライドン』と『ヘラクロス』、そして『萬斎抄』」
「ありがとうございます。やっさん、体を労わってな」
ハイジさんが口調を崩して一礼をし、私もつられるように一礼をするとプルプルと震えながら生八ツ橋氏も立ち上がり、最敬礼をした。
「陣内文庫の書を収めることを大変喜ばしく思います。一葉さんもご自愛ください」
年波で震える声で生八ツ橋氏もハイジさんを送る挨拶をする。
「ではこれで失礼いたします」
ハイジさんがもう一度頭を下げ、店の敷居をまたいだ。一気にカビの匂いと充満した情報量から解放される。しかし、解放されて初めてあの空間に漂う先人たちの遺した魂や熱意が改めて身に染みた。
「『ブライドン』と『ヘラクロス?』」
「かつてかの手塚治虫が執筆し、浦沢直樹がペンを執って現在に蘇らせた『史上最大のロボット』に登場する世界最高水準のロボット七体、いや、七人のうちの二人だ。その贋作が有志によって七体つくられた。もちろん、贋作だから作中のような能力はないし、贋作であるが故に作中の正式名称とは異なる贋の名前を付けられている。しかし、また有志による贋作であるが故に流通を目的として作られておらず、趣味としての意味合いが強く、簡単に言うと、オリジナルが1セットしかないから希少価値が高い」
「希少価値、ですか」
「あぁ。戦闘を目的に制作された格闘王ロボット、トルコの『ブライドン』とギリシャの『へラクロス』はライバル同士だが熱い友情で結ばれている。スイスの山岳地帯で案内人を務める情緒豊かな『モリブデン』、六本の腕を持つイギリスの『ポーラ』、世界最強の金属でつくられたドイツの『ゲシュタルト』、光子エネルギーにより最強の性能を持つが争いを好まないオーストラリアの『エクシオン』、そして心優しい科学の子、日本の『アツム』。この七体の贋作は現在別々の場所に保管してある」
「それを集める気ですか?」
「あぁ」
「貴重なものなのに?」
「集めちゃいけないとは言われてないからなぁ」
「あのマンガで二つも手に入るものなんですか?」
「入るさ。ライバルってのは一緒にいないと意味がないからな。戦う相手のいない格闘王は格闘王じゃなくてただの格闘好きだ。だからあの二つはセットなんだ」
ハイジさんは『アンティーク水原私物5号機』の運転席に座り、シートベルトを締めた。水原さんと良崎はまだ屍のままだ。
「コイツらが死んでるうちに話しちゃうとさ、俺の実家は割と有名な名家なんだ。その筋ではな。やっさんも言ってたろ、陣内文庫。あれは俺の家に続くライフワークの一つだ。陣内家の人間が読破した本が名作と認定されると陣内文庫に追加されて捺印される。陣内文庫にはマニアがいるからそれでまたブランドとなり、貴重品となる訳だ。そもそも、俺が差し出したあの本。『MASTERキートン』は諸事情に増刷されずにいる。その全巻が初版で、あの保存状態でしかも陣内文庫ってのはそこそこにレアものだ。お釣りも来るくらいな」
「そうなんですか」
「あぁ。俺の原点だ。俺があのマンガから教わったことは数えきれない。チョコレートで爆弾を処理できること、犬は構造上舌を掴むと動けなくなること、セロテープとスプーンで拳銃を持った相手に勝つことが出来ること、砂漠ではスーツの方が生き残る可能性が上がること、血液は完全栄養食だということ」
んん?
「そして、人はどこでも学ぶことが出来るということだ。俺の人生の教科書だ。だから俺はあのマンガに倣ってマスター・オブ・ライフ、即ち人生の達人になるために今の研究をしている」
「ん? ハイジさんって研究してるんですか?」
「キートンとは違うが、俺も考古学に近いことを研究してはいる。まぁ、何を研究していても結局のところそのものの持つ歴史ってものには鑑みなければならないし、その歴史を紐解くのが考古学。すべての学問は考古学に通ずるから、何かを学ぼうとする意志を持って行動する以上、俺もお前もキートンと同じ穴の貉と言えば同じかもしれない。確実に同じと言えるのは俺もキートンもフィールドワークの達人ってところだ」
「なんで……そんな真面目なこと話すんですか。らしくないですよ」
「キートンに誓って俺は嘘をつかないのさ。よし、『アンティーク水原私物5号機』発進!」




