【馴染まねば 治りもしない 五月病】第8話 ゴールデンウィーク地獄旅行 その5
ひっかるくーもをつきぬーけーフライアウェー
「フライアウェー!」
車内でカラオケとは、私も憧れていなかった訳ではないがまさかこの曲とは思わなかった。私が女子のカラオケに求めるものはこんな逞しい戦士の鼓舞ではなく、甘酸っぱい恋心とポップでキュートな歌詞、巻き舌も駆使した力強くも甘い声。そして変態と言わざるを得ない無茶苦茶にハイレベルな演奏力。例えばジュディアンドマリーとかJUDY AND MARYとかジュディマリとか。いいじゃないか良崎、ジュディアンドマリーで。ジュディアンドマリーはロリータポップだ。四月のお前を思い出せ。
「スパーキング!」
ブツン……
「ッ!」
停車をしたわけでもないのに思い切りつんのめったのは良崎だ。
「映像切れた!?」
「あぁ、俺CM挟むの嫌いだから、CMの度に逐一停止して再開するたびに録画しなおしてたんだ」
随分と芸の細かいことだ。多分、ビデオ録画→DVDにダビングなのだろう。にしても。
「なんで映像が切れるんですか?」
「ビデオテープには往々にしてそういうことがあった」
『マイアミの太陽より熱い男 鬼警部ホレイショ・ケイン』
「番組変わってますよ!?」
「あれ、上書き録画しちまったかな?」
丸まって動かなくなってしまった水原さんに続き、良崎も口から涎を垂れながら白目を剥き、だらりと首をもたげて屍になってしまった。暴力の一つ、暴言の一つも発することなく撃沈してしまったところに、いかに『ドラゴンボールZ 劇場版』を観ることが出来なかったのが無念かを物語っている。
「まぁ、しょうがねぇ」
「ええ、僕もこの程度ならしょうがない、と思えるようになりました」
ハイジさんはははっと笑った。
「カッコいいじゃねぇか曾根……」
『デデーン、陣内、アウトー』
スコーン! と良く響く音を立て、ハイジさんの額に何かが激突した。
「ハイジさん!?」
「あぁ、これ吹き矢だ。昔はケツしばきじゃなかったんだぜ?」
いや、そんな歴史を聞きたいのではなく。そもそもそれは私が持ってきているDVDで知っているのだからどうでもいい。運転中に吹き矢を食らうことは大丈夫なのかを聞きたいのだ。
「さすがに運転中にケツしばきはきついから吹き矢にしてくれと懇願したら渋々許してくれたよ」
誰が? 額の矢を抜き、ハンドルを握りなおすハイジさん。
「……僕も笑っちゃいけないんですか?」
「お前は別にいい。俺だけ。それに女子には吹き矢もケツしばきもきつすぎる」
あぁ、女芸人でもそこまで体を張らないだろう。今が一番脂ののっているうら若き乙女たちにそんなことを強要するのはセクハラどころか一発懲役ものだ。
「どうせ俺もあと二時間でその罰も終わる。あんまり気にするな」
「……流れ弾とかは」
「衛星軌道修正システムにより誤差は0.0001m以下だ」
そうか。
「よし、一軒目到着。曾根崎、手伝ってくれ」
まだ1時間も走っていないのだが。そもそも、このドライブでどこに行くのかもまだ私も知らない。『チキチキマシン猛レース』鑑賞も終えてしまったというのに、確かにどこへ行くのか?
「ここ、どこですか?」
「西東京市で俺が一番懇意の古本屋だ」
ハイジさんは駐車スペースに起用に車を停め、シートベルトを外し、私にもそうするように指示した。
「しょうがねぇから水銀とリーベルトは置いていく。屍を二つも背負えない。乳触るなら今のうちだぞ」
「僕はまだ死にたくありません」
「そうかぁ」
『デデーン、陣内、アウトー』
シュピーッ、ッカーン!
空気を切り裂く鋭い音と同時にハイジさんの頭が揺れた。額にはまた矢が刺さっている。一体どこからどんなスナイパーが狙っているんだ。もし本当に吹き矢で狙撃しているならスナイパーの肺活量はマッコウクジラ並だろう。
「トランクに紙袋に入った全18巻の古いコミック本がある。俺の宝だから丁寧に扱って店に持ってってくれ。俺は先に店主と挨拶をしてくる。水銀とリーベルトを残したままだからそんなに時間は取らないようにしないとな」
後輩思いの一面を見せつつ、と思ったがそれは人間として普通の懸念だ。危ない、危ない。基準がずれるところだった。




