【馴染まねば 治りもしない 五月病】第6話 ゴールデンウィーク地獄旅行 その3
「待った?」
初心マークを付けたボロボロの軽トラに乗ってハイジさんがサークル棟前の集合場所に現れ、運転席の窓から明るい笑顔をのぞかせた。
確かに戦車でも神輿でもメカゴジラでもヘリコプターでもなく、確かに借りた車なのだろうが中古にもほどがある。サークルでドライブに行くのならもっといい車に乗りたい。あれは助手席と運転席しかないじゃないか。残りの二人は荷台か。高確率で私と水原さんが荷台であろう。そのメンツに文句はないが、それでよいのか。良崎もハイジさんからのセクハラから自分の身を案じるならば異を唱えるべきだろう。
ハイジさんはエンジンを止めて車から降りる。
「よし、じゃあ『演劇サークル』五月のレク、『チキチキマシン猛レース』再放送鑑賞会の開会をここに宣言する!」
『チキチキマシン猛レース』再放送鑑賞会!
「教習所キャンセルしたのにふざけんな!」
良崎が人差し指と小指を少し立てたふんわりとした拳をハイジさんの股間に叩きつけたが、ハイジさんは急所攻撃にも少しも怯まない。
「古代琉球空手の技を使ってるから俺には金的通じないぞ。つうか、普通に教習所の座学で『チキチキマシン猛レース』は観るだろ」
そうか。『チキチキマシン猛レース』で学べる程度の技術で車の運転が出来るのならば私は免許などいらない。ついでに私は『チキチキマシン猛レース』ではギャングの車が好きだ。
「と、まぁ『チキチキマシン猛レース』は観る。これは決定事項だ。ただし水原は助手席、良崎と曾根崎は後部座席のシートで、になるがな!」
ハイジさんはもったいぶって高らかに宣言した。
「いでよ! 俺の車!」
ハイジさんがまるで生涯に一片の悔いもないかのように拳を高く突きあげると、軽トラから左に10メートルほど離れた場所の地面が真っ二つに裂け、カタパルトに押し上げられて地中からメルセデスベンツが現れた。
「ちゃんとした車!」
「ベンツ!」
おぉー! 新車ではないか! しかもベンツ! 一介の学生(なのだろうか?)に手が届く代物ではないだろうに!
「今日はドライブだヒャッハー! みんな、乗り込めぇい!」
拳を突き上げたままハイジさんはベンツの運転席に座った。指定された通り水原さんは助手席、私と同じく興奮で鼻息を荒くした良崎が自分が先に、とでも言いたげに後部座席の扉に手をかける。高級車でのドライブでテンションを上げるとは、良崎も見た目意外に可愛いところがあるじゃないか!
「ちなみに、あのガンセキオープンはこばやっちゃんの私物です。後々こばやちゃんが回収に来るのでご心配なく」
小林氏……。水原さんに続き、新たに従順な奴隷を見つけたハイジさんは早くも奴隷をフル活用している。彼にも自分の生活と言うものがあるであろうに。ましてや部外者なのに。そこまで酷使しておいて私物の車をガンセキオープン呼ばわりされたのでは、ハイジさんは小林氏に対する配慮は少しもないのか。
「だっさ……」
後ろから良崎の反対側の扉に回り込むと、あのベンツに、誰もが憧れる高級車に、燦然と輝く初心者マーク。そして後部にペイントされた「アンティーク水原」の文字。
「なんか、アンティーク水原って書いてあるんですけど」
座席に座ってハイジさんに問うと、水原さんが「きゃあああ」とシートベルトを締めたまま顔を覆って身を縮みこませてしまった。
「わたしの実家じゃないですか!」
「このドライブは、歴史の素敵な思い出アンティークと、通も唸らせるブレンドコーヒー、誰もがとろけるスイーツが自慢のアンティーク水原の提供でお送りいたします!」
「やめてください! 恥ずかしいじゃないですか!」
おいおい水原さん。あなたの実家、ハイジさんに高級車買い与えてますよ。こんな学生のレクリエーションのスポンサーなんかになって元は取れるのか。天然ボケ、もしくはハイジさんの奴隷の体質はその血統か。
「水銀、お前のお父さん相変わらず面白かったなぁ」
「本当にやめてください!」
「お前の弟、『ウチの姉ちゃんの写真見る?』って友達に見せびらかしてたぞ」
「もうお父さんと金吾のバカー!」
「まぁ、骨董品はさすがと言わざるを得ない慧眼だったな」
ハイジさんに実家を知られるとこういうことになる。家族にだけは手は出させないと心に誓い、私も良崎も早くもエチケット袋が必要なのではと疑ってしまうほど青い顔をしたまま、地獄のレクリエーションが始まる。
『この作品は 歴史の素敵な思い出アンティークと、通も唸らせるブレンドコーヒー、誰もがとろけるスイーツが自慢のアンティーク水原の提供でお送りいたしました』
アクセス:東京メトロ日比谷線・都営浅草線人形町駅 A3出口から徒歩五分 水曜定休日 10:00~18:00




