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うぉくのふぉそみつ リターンズ  作者: ムッシュ志乃
4月編
1/185

【あわるもの 良しと嘯く 春浮かれ】第1話 ハイジさんいます

・主ナ登場人物

陣内(ジンナイ)一葉(カズハ)

??歳 178cm 男 東京都新宿区出身 蔑称:ハイジ、誇り高き高等遊民、平賀・キートン・ハイジ、ジンナー

 本作の主人公。大学在籍年数は不明。神通力を使える謎の一族陣内家の血を引く誇り高き高等遊民。偽江戸弁。運転が上手い。無駄イケメン。過酷なことをやりたがるが、一番最初にめげる。頑張ればスーパー陣内2までは変身できる。名前の由来は樋口一葉。


曾根崎(ソネザキ)(タダシ)

18歳 170cm 男 東京都練馬区出身 蔑称:曾根崎心中、語り手君

 本作の一人称の視点。大学在籍一年目。活躍しない。名前が出てこない月もある。さらにはセリフすらない月もある。だが言葉に出さないだけでツッコミの切れ味は意外と鋭く作者的には悪いキャラではない。名前の由来は松尾芭蕉の弟子、曾良の曾と『曾根崎心中』。


水原(ミズハラ)銀子(ギンコ)

20歳 160cm 女 東京都中央区出身 蔑称:水銀

 誰にでも分け隔てなく優しい万人に好かれる軍服(ブロッケンJr風)の女性。服装はおそらく何かの罰ゲーム。大学在籍三年目。ボケでもツッコミでもなく「被害者」というカテゴリ。実家は人形町のアンティーク喫茶の『アンティーク水原』。三鷹に親戚の家があり、そこから原付で通うこともある。得意料理は江戸前カルボナーラ。何気にカラオケが上手かったりハイスペックである。名前の由来は新潟県の水原町(スイバラマチ)


良崎(ヨシザキ)・リーベルト・アンナ】

18歳(本当は19歳) 165cm 女 東京都練馬区出身 蔑称:リーベルト、シュヴァインシュタイガー、バカ

 ノーと言える美人ハーフ。大学在籍1年目。天才的なリアクション芸とツッコミ、単純に頭が悪いボケを持つ。9月のミスコンで優勝し、学園アイドルとなる。大学入学当初は目立ちたい一心でゴスロリをしていたが黒い歴史になっている。4月編(2週目)では念願の舞台に立ち、『北斗の拳 乱世覇道編』でシン役を務めた。実は一浪している。名前の由来は松尾芭蕉の弟子、曾良の良と漫画『モンスター』の登場人物アンナ・リーベルト。


小林(コバヤシ)(サクラ)

??歳 172cm 男 東京都西東京市出身 蔑称:こばやっちゃん、ヒゲの笑い袋、ジャッジ小林

 無駄知識の多さとかゆいところに手が届くフットワークが持ち味のヒゲの笑い袋。ハイジさん信者でもあるが反ハイジ武装集団『演劇部』の長でもある。大学在籍年数は不明。記念撮影係として旅に同行することが多く、数々の場面で爆笑することで事故っぽいことでもハプニングの域に収めてくれる。名前の由来は漫画『ジャイアントキリング』の佐倉監督と小林一茶。


烏丸(カラスマ)椿(ツバキ)

19歳 174cm 男 東京都西東京市出身 蔑称:マスカラスマン、エッちゃん、マスコット

 なりゆきで『演劇サークル』マスコット“エッちゃん”の中身となってしまった男子学生。大学在籍2年目。ルチャリブレ(メキシコ流覆面プロレス)サークルの主将も務める真面目な男。いつだって真剣。熱血天然ボケと指摘の域にまでテンションダウンしたツッコミの二刀流。体を張った仕事もできる体育会系。プロレスの腕は既にプロクラス。初登場は10月編でのリーベルトに異様な執着を見せる女装の変態悪役レスラー「リーベルトスーパーフェニックス」だったが、本人はリーベルトに興味がないどころか自分よりも下の生物と認識している。11月編ではタッグトーナメントの数合わせ&噛ませ犬で再登場したが、その時の活躍を認められ、晴れて12月編からレギュラー入り。マスカラスマンレギュラー入り前と後で『ふぉそみつ』の評価が真っ二つに割れるほどの存在感を放つぞ。名前の由来はミル・マスカラスと村上春樹(春樹=春+木=椿)。


明星(アケボシ)真琴(マコト)

25歳 169cm 女 東京都中野区出身 蔑称:鬼畜お姉さん、ブラッディマリー

 大学職員。主に弁当売り。トレードマークはエプロンとバンダナ。在学時は4年連続学園アイドルを誇る美貌と笑顔、そして調理師免許と栄養士の資格を持ち、出来ないことは何もないパーフェクトなお姉さん。あまりにもスペックが高すぎるので現在は全力制限なるものをかけられており、「料理」「パチスロ」「高橋留美子トーク」以外で全力を出すことが出来ない。鬼畜と呼ばれているがさほど鬼畜でもなく、本人に悪意がないアクマイト光線がきかないタイプ。ペットは仔羊のラムちゃん。


円谷(ツブラヤ)栄治(エイジ)

23歳 175cm 男 東京都杉並区出身 蔑称:神童、神の子

 本物の超能力者。テレパシーと電気を司る能力を持つ。職業は悪霊退治。水原、全力制限ナシの鬼畜お姉さんと渡り合えるクラスにカラオケがうまい。気のいい爽やかイケメン。名前の由来は特撮の神様・円谷英二。ルックスの良さ、メンタルの強さ、話術からか謎のカリスマ性があり、みんなに一目置かれている。別の大学に通っているが、通算取得単位は8単位。中退は秒読み状態。


梶井(カジイ)基九次郎(キクジロウ)

??歳 内緒cm 男 秘密 蔑称:ドクターK

 前枠後枠担当。いい声。大学在籍年数は不明だが医学部らしい。名前の由来は梶井基次郎。





Walk Now For So Meet



春の句


【あわるもの 良しと嘯く 春浮かれ】

一、


 入学初日のオリエンテーションにして私が悟ったのは、私が思い描いていたような大学生活はあり得ないということだ。皆、まずはお互いを庇いあえる味方を探している。往来ではそれを友人と呼ぶのだろう。そして安心できる味方を基点とし、今度は異性に深く踏み込む。時にそれはセックスフレンドと呼ばれるだろう。四年間ないしは数日の使い捨ての関係。まずはその確保に躍起になり、その結果浮足立っている。まずは基点を作りたいという、ほぼ全員の利害が一致しているからだ。だから、みんな上っ面の関係になってしまう。心底の友人、恋人というのは、そこから篩にかけられたほんの一握りの最後の残渣だ。その一握りの残渣こそ、心底わかりあえる、という人間だ。

 模試を以て偏差値という形で己の身の丈を測り、その身の丈にあったいくつかを選び出して志望校として書き込み、センター試験を受けただけの私。入学式までキャンパスがどこにあったのかも知らない。そんな動機も志もない者が、同志を持てる訳もなく。そもそも使い捨ての関係も今生の付き合いも、全てを得ようなんて思いを持つことがそもそも身の丈に合わないと私は考える。心底の人間が数人いれば、それで良い。

演じるということは人間関係を手っ取り早く築く上で最も有効な手段だ。下心を隠すにも演じ、真心を隠すにも演じ。しかし、知った顔がない中で不安で孤独だという本質を他人に見抜かれないための目くらましを得るために気さくな人間を演じるような人間との関係は、私はいらない。

 要するに、私は友人を作るのが苦手だ。


 この背広のような、身の丈に合った心底わかりあえる人間を探そう。この広い大学で。

 だから私は、同じ学部学科だからと目に入ったもの全てを食事の誘い、まず篩にかけるような輩とは縁がないだろう。

 在学生を代表した生徒会の人間が教壇から捌け、それを解散の合図として、新入生たちは磁石と砂鉄のように一か所に集まる者とまばらになる者の二つに別れた。磁石の先に集まった砂鉄たちが、早くも……

 寂しくなんかない。寂しくなんか……

 私の腹には一物があった。調べによると、この大学には演劇部とは別に演劇サークルが小規模ではあるが存在している。演劇など観たこともないが、初心者歓迎の言葉に偽りがなければ私は歓迎されるはずだ。演じる、ということが日常化している彼らは、その分日常で本質をさらけ出しているはずだ。舞台の上では役になっていても、それを降りればただの役者だ。

 本質を語る上で、演じることと素でいること、本音と建て前、台詞と言葉の境界が手に取るようにわかるということは大きなことだ。それは私が人の本質を見極める以上に、自分の本質を改めて理解しなおすということにも繋がる。各々動機に違いはあれど、ひのき舞台に立つという志が同じならば、私の想う心底の関係も築くことが出来るだろう。

 また、巨大すぎる本家演劇部と違い、部員数数人の演劇サークルの方には派閥などもなく、数的に不利な中、より一層研ぎ澄まされた人間関係が展開されているのだろう。


『ハイジさんがいます』


 桜の花びらと共に踏みつけられて道端にへばりついていたそのチラシを拾い上げて以来、私がそうと決めたことだ。

 要するに、私も青春がしたい。サークルをしてこそ、青春だ。


『ハイジさんがいます 演劇サークル』


 恐らく、演劇の題名か何かだろう。演劇サークルの固有名詞が『演劇サークル』なのは少し気になるが、私はそのチラシに書かれた彼らの本拠地、部室へと向かう。




二、


 我が大学は日本有数の生徒数を誇る巨大校。付属の中学まで存在することからその名門っぷりはうかがえると思うが、その偏差値は中堅かやや中堅、名門の称号はその栄えある伝統と歴史のみを指すものへと落ちてしまった。歴史は大切なものだ。積み重ねた歴史は日本一の広さを誇る敷地面積からも伺える。この東京キャンパスも、都心からは少し遠ざかってはいるものの町一つがキャンパスのようなもの。文系理系問わず様々な学部が点在しており、政治、流通、加工、生産、娯楽を自力で賄うことのできる『日本一籠城戦に強い大学』である。その肩書はどうなのだろうか、といささか疑問に思いつつも、視界の一角を占める広大なキャベツ畑を見ればなるほど頷ける。

 しかし、サークル棟がこうも遠いのはどうだろうか。度を超えた広さを誇るのであれば、鉄道の一本でも引いたらどうなんだ。

 その電車にでも乗りたくなるような距離を歩き切り、たどり着いたのは白い鉄筋コンクリートの建物。歴史ある、だの、人数が多い、だのと言えば、サークル棟は古い木造の小汚い建物と相場が決まっている。

 各サークルの扉には各々のサークル名、その脇には新入生を寄せるための色とりどりの看板。様々なユニフォームや単語が飛び交い、まるで西部劇もスペースオペラもアニメーションもごったまぜにしたような映画館のような無国籍な活気を感じさせる。


「演劇サークル」


 私は目当ての扉の前に立ち、改めて読み上げる。明朝体で印刷された紙が内側からテープで張ってあるようだ。

 わたしはちょうどその紙のあたりに拳に軽く二回ほど当てノックをした。何が出てきても顔を伏せてしまわないように、目線を少し上に構えて動かさない。


「開いてるよー」


 あくまで目線を動かさず、私は硬直した。

 開いてるよー。生憎、私は『心底』を求めるこの信条を持ち始めて数年、人との会話が著しく少なかった。開いてるよー、と言われてそう入れるものではない。少なくとも勧誘のチラシを配ったサークルなら、新入生が来る可能性を加味してもう少し気を使うべきではないのか。初心者歓迎も文字は嘘だったのか。歓迎をしてくれないじゃないか。


「お、お邪魔します」


 あくまで目線を動かさず、私はドアノブを握るべく手を……

 カサ、と何か軽いものが手に当たる感触を覚えた。ついに私は目線を動かしてしまい、その『軽い何か』を検めた。


『ハイジいます。』


 ハイジいます。と書かれたメモ用紙に紐が通され、札のようにドアノブから垂れ下がっている。

 ハイジがいるからなんなんだ。鉄筋コンクリートの室内じゃ口笛は遠くまで聞こえないぞ、と、脳内でアルプスの少女にケンカを売り、その強気で少し心を持ち直し、扉を開ける。


 テレビ、冷蔵庫、パソコン、本棚、室内干しされた洗濯もの、畳にちゃぶ台、土間と、部室と呼ぶには少し生活感が過ぎる九畳ほどの室内。その室内にぽつんと、顔をテレビに向けたまま寝転がる、室内でランプシェードのような形の青い帽子を被った細身の男。


「お邪魔します」


「それはもう聞いた。新入生?」


「はい」


 よっこらしょい、とその男はこちらに振り返り、胡坐をかいた。背中だけを見てはわからなかったが、男は和装だ。その特徴的な帽子もあってか、その姿は日本ミステリーの金字塔のあの名探偵、往年の石坂浩二を髣髴とさせるファッションだ。


「じゃあ、まぁかけなよ」


 と、自分の目の前のスペースを指さす。

 わかった。

 そっちがそういう態度で臨むのはわかったが、私はこの演劇サークルに青春の一縷の望みをかけてやってきているのだ。ダイヤモンドのように固い頭で意見を変えずに環境に適応せず、人と話すときはついダイヤモンドのように固く硬直してしまう弱気な心と体を、ケンカ腰な姿勢でなんとか打ち消してここまでやってきたのだ。弱気は全てを台無しにする。ここでケンカ腰をやめたらダメだ。また弱気に呑まれてしまう。だから、お前の言うとおりにそのスペースに座ろう。そして金田一ファッションが似合わないその無駄に美形な顔を殴らせろ。


「お、お邪魔します」




三、


「そ、曾根崎忠です」


 まずは先手を打つつもりで自己紹介。この現代によみがえった青い金田一、奇抜すぎる風体からならば何を言われても私は一瞬ビビって停止してしまうだろう。

 ならば、先手を打つしかない。渇望するものが最も欲しいものは先制点だ。


「忠、ってどんな字?」


「ちゅ、忠臣蔵の忠です」


「じゃあ、かんむりとあしを入れ替えて名前を縦に並べれば曾根崎心中になる訳だ」


 曾根崎心中?


「あら、新入生?」


 突然、私と男の会話に割り込んできたのは女の声だった。その声のした扉の方を振り返ると、女軍人がいた。苔色のジャケットに輝く勲章のようなバッジ、光る軍帽。ベージュのミリタリーブーツ。これだけ軍、を主張されては、軍人ではないかと疑うのも馬鹿馬鹿しく思えてくる。


「ハイジさん、ちゃんとしてくださいよ。せっかくの新入生なんだからお茶でも出さないと。ごめんなさいね、すぐ出すから」


 と言いつつも軍人はブーツを脱ぐのに手間取っている様子で未だに土間から上がってこない。


「い、いえお気遣いなく」


 と無理に口角を上げてみたが、軍人の目はブーツの紐をほどくのに集中しているため別に私の笑顔は見ていない。しかし、私はこの場合どうしたものか。今まで会話(と呼ぶには少しおぼつかない)をしていた男―おそらく彼がハイジ――を向くか、まともに話しそうな軍人――恐らく部員と向き合うか。前門の虎、後門の狼。前門の金田一、後門の軍人。


「曾根崎忠だってさ」


 と金田一。


「曾根崎くんね。水原銀子ですよろしく」


 やっと土間から上がった軍人は、凝りを解すようなにっこりと浮かべ、握手を求めて手を差し出してきた。生まれてこの方体育祭のフォークダンスでしか女性の手を握ったことのなかった私のファースト握手はこの瞬間に水原さんに奪われてしまった。すごく柔らかい。


「俺ハイジ」


 と金田一。おおよそ予想はついていたが、その自己紹介は曾根崎心中の件より前にするべきだったのではないだろうか。


「曾根崎くん、こちらがハイジさん」


 と水原さんはにこり。どうやらハイジさんは会話に適していない人間と認識されているらしい。


「で、あちらが水銀」


 と間髪入れずにハイジさん。


「水原銀子です」


 さっきからハイジさんが無理やり撃ったシュートのこぼれ球を水原さんは悉く拾う。彼女の中ではその仕事はもう当たり前のことなのだろう。軍人の恰好をしている割に随分と穏やかで気の利く優しい人ではないか。そんな人に対して水銀なんてあだ名はどうだろうか。


「そ、曾根崎忠です」


 ハイジさん伝のみで知られるのもむず痒い。自分で名乗らないとハイジさんと同じ心象を受けさせるような気がする。


「曾根崎くんは入部希望?」


 不意に言葉に詰まってしまう。チラシを拾ってこの演劇サークルを知って以来、自分が大学の四年間を演劇サークルで過ごすことは決定事項となっていたのだ。是非を問うことすら頭になかった。が、ハイジさんのせいでその姿勢も崩されかけている。水原さんのおかげで少し持ち直したものの、まだ水面に浮かぶ葉のように揺れている。


「……はい」


 しかし、ここで私は言い切ることにした。あくまで強気のケンカ腰、押して押していく。ハイジさんはともかく、水原さんとは末永く、心底のお付き合いをしていきたい。仮にこの笑顔が新入生歓迎営業スマイルだとしてもだ。

 心底なんて関係は、まずはお互いを知ってから踏み込んで知っていけばいい。ハイジさんとだってきっとわかりあえるだろうと思案の舵を切る。


「よかったわぁ。ねぇ、ハイジさん」


「あぁ、うん」


 どうやら、ハイジさんとしては私の入部は歓迎できるものではないらしい。あの初心者歓迎のチラシは水原さんが制作したものだろう。そして、あの一文。


『ハ イ ジ さ ん が い ま す』 。


 あれはうかつな新入生たちへの警告だったのだ。初心者は歓迎するけど、ハイジさんがいます。それでも入りますか? と。


「じゃあ、とりあえず入部届け出すから」


「え?」


 ハイジさんは立ち上がり、膝の皿を押さえて屈伸運動をし、その後腕のストレッチを行った。


「提出するって意味じゃないよ。しまってあるの出すだけだから。とりに行くのめんどいだろ。おい水銀、手伝え」


「あ、はい」


 『心底』に対する意識は変わっても、今後の人生の信条が強気であることに代わりはない。しかし、元が所詮私なせいで結局ハイジさんに押されてしまっている。いや、それ以上にハイジさんの行動一つ一つに圧倒的な凄みがあるのだ。だが、ここでハイジさんに負けてしまってはダメだ。ここで意地を張りとおしてこそ、むしろこれだけ強力なハイジさんに勝つことが出来れば、私はより一層強気に取り組む姿勢の正しさを知れるだろう。


「まだ正式に入部してない人間には見せられないものもあるから。一回外に出ていてくれ。水原、手伝え」


「え、はい」


 水原さんの頭の上にも疑問符が浮かんでいるのがわかる。先ほどまでのおっとりっぷりが少し損なわれてしまっている。


「えぇと、じゃあ曾根崎君ちょっと外で待っててもらえる?」


 とあくまで私には笑顔の水原さん。その後ろでハイジさんがまだ真剣な顔でストレッチをしている。


「あ、はい」


 私はあくまでも聞き分けの良い、良くできた後輩の顔を作り、急いで踵を返して扉に向かった。一連の動作を少し素早く行ったのは、やはりハイジさんの室内での本格的な準備運動が不気味だったから目を背けたかったのもある。

 再び明朝体で印刷された『演劇サークル』の文字と『ハイジいます』の札と向き合う。扉が完全に閉まったかちり、という音の後、学生たちの声が蚊柱のように飛び交うサークル棟の廊下で私は室内の物音に耳を澄ませた。


「よし、水原、やるぞ。せーの」


 ダンッ!

まるで特大の布団を親の仇のように思いっきり叩いたような轟音だ。

 室内の様子が明朝体の演劇サークルの字で全く見えないのが残念だ。私は半歩扉に近づき、首を傾げて拾える音を拾う。

 デデーン、ギャピギャピ。

 ……なんだ、今のセルの足音みたいな音は。


「きゃあああ!!!」


 突然の水原さんの悲鳴に鼓膜を突かれ、私は思わず顔をしかめた。


「なにしてんだ早くしろ水原!」


「これはなんなんですか陣内さん!」


「いいから早くしろ!」


「うぅ……きゃあああ!」


「もういい代われ!」


 今度は慌ただしく畳の上を駆ける音。


「オラァッ!」


「ハイジさんもうやめましょうよ。わたし取ってきますから!」


「ここまでやったんだからやりきるぞ! オラァ!」


 キュイィ……ン。

 本当になんなんだぁー!!


「よし、取った! 早く戻せ水原! 違う、踏め!」


「ひぃっ……」


 キュイイイイン、デデーン!


「よくやった。あ、ダメだこれ。平成18年って書いてある」


「……もう無理です」


「……わかった」


 そして再び扉が開く。


「ちょっとごめんね、いろいろとってくるものあるから」


 笑顔ではいるものの、頬にくっきりと涙の跡が残し、未だに涙をたたえている水原さんのその目でも見えただろう。顔面蒼白になって立っている私が。水原さんが開けっ放しにしていった扉の向こうでは、ハイジさんが片膝をついてうなだれていた。その鮮やかなまでの青色だった服もこころなしか灰色に見える。




四、


 三人分の茶碗と菓子の載ったちゃぶ台をなにごともなかったかのように囲んだ。先ほどの怪しげな物音も、水原さんの涙の跡も追及しないのが利口なはずだ。部室はあれだけの騒動が起きたというのに、平成18年と書かれた古ぼけた冊子が部屋の隅に打ち捨てられた骸のように転がっている以外は何も変わりはない。


「では、正式に署名をいただく前にこの演劇サークルの長を務めている、この水原銀子からいくつか説明事項があります」


 私は声に出さずに頷く。しかし、長はハイジさんではないのか? 普通は年長者が務めるものではないのだろうか。ハイジさんは水原さんを呼び捨てにしているし、水原さんはハイジさんに敬語を使っている。先ほどの騒動の中でも垣間見えたように、水原さんの裏の顔は本当にミリタリーファッションがよく似合う鬼軍曹、という訳でもなさそうだ。


「一つ。毎月、2000円かかります。二つ。他のサークルとの掛け持ちは認めます。三つ。ハイジさんが書くまで、お芝居はしないです。ハイジさんはこの演劇サークル唯一の作家さんなんですよ。優秀で一番偉いんですよ」


 水原さんの言葉で気分がよくなったのか、ハイジさんは腕組みをして、少し嬉しそうに口角を上げた。


「じゃあ、その……ハイジさんの出来次第ってことですか」


 やっと最初の一言でつっかえずに喋ることが出来るようになった。まだ声量もテンポも測りかねるが、相手に必要以上に気を使わせるようなことはないだろう。


「そうなります」


「『ロミオとジュリエット』だの『ガラスの動物園』だのコテコテのものがやりたいんなら、『演劇部』に行った方がいい。伝統だのなんだのってヤツらな。あいつら、この劇は毎年やるのが恒例なんだ、とか言ってその恒例が毎年増えてくもんだからそれじゃあ新作の入る余地がないってんだ。まぁ。曾根崎が行きたいなら行けばいいけどさ」


 と、より一層強く、そして明らかな敵意を孕んだその声に一瞬たじろぎ、ハイジさんが今、こうやって『演劇部』ではなく『演劇サークル』にいるのは、かつて『演劇部』にいたことがあったからではないかと勘繰る。だからこんなに詳しく、明らかな敵意を持っているのだと。しかし、何があったのかを訊くのは野暮だ。そういう話も追々、聞いてゆけばいいだけの話。


「ふふ、ハイジさん、昔は『演劇部』でもすごく優秀な部員だったのよ。でも、学内にある豊穣の神社の御神輿にキャタピラをつけようとした咎が原因で」


「はい?」


「本当よぉ。今はちょっとスランプだって言ってるけど……」


 と、水原さんは目を伏せる。ハイジさんはスランプ状態にありながらも、さもありなんとせんべいをバリバリと食べている。ヒモ男とそれを切れない女の図が小さいながらも。

 しかし、そんなことは主題ではない。


「御神輿にキャタピラ?」


「だってさぁ、あいつら薬だの機械だの経営だの、農業の効率化を図るくせにあんな重いものわざわざよいせよいせと運ぶんだぜ? だったらキャタピラつけちまえよってさぁ。よっぽど効率的だろ」


「それが発端で、ハイジさんは厳しく追及されることになったの。中には陰湿なものもあって、当時のハイジさんは大変だったと聞いたわ」


 それはそうだろう。信仰の対象にキャタピラをつけられたのではありがたみがない。120倍速で早送りできるお経や重くない十字架のようなものだ。信仰とはある程度の苦しみがあるものだろう。その信仰を踏みにじるような行為では、追い出されるのも仕方がない。


「元々、『演劇部』に不満はあったっていうし、その陰湿な追及についに我慢できなくなったハイジさんは、ついに他人の脚本の文字を全て墨で塗りつぶして五・七・五と五・七・五・七・七に書き換えてしまったの」


 なんとも言い難い話だ。神輿にキャタピラ、台詞を川柳と短歌に書き換える。全面的にハイジさんに落ち度があるようにしか思えない案件だ。そして、そんな話を美化されたノスタルジィな記憶のように語る水原さんも少しずれている。水原さんのハイジさん信仰の苦しみは、ヒモになるということか。


「全部に季語を入れるのは大変だったぜ」


 じゃあ川柳じゃなくて俳句か。


「そしてついたあだ名がハイジだ。俳句の『俳人』と廃れた人『廃人』のダブルミーニング」


 ハイジさんは嬉しそうにピースサインを私に見せた。随分と気に入ったあだ名のようだが、蔑称のつもりで命名されたに違いない。


「当時はヤツらが嫌がればどうでもよかったのさ。手段も理由もな」


 と、少し声量を下げ、遠い目をして落ち着いた声でハイジさんは言った。まるで後悔しているかのように。




五、


「まぁ、昔のことだ。俺は他人に寛容だし、過去を反省することはあれど無駄に引きずったりはしないし」


 仕切りなおすようにハイジさん。


「気さくだし、人には頼られるタイプだしデートの時は車道側を歩くし後輩には気前が良いし、恋愛にも真剣で真摯な姿勢を見せる」


 そうか。


「だが、拘りはある。信頼できないやつには俺はそんなクリーンハイジにはなれないぞ」


 声に他人に寛容でも気さくでもない、凄みを利かせる。


「取るに足らないことでも恥ずかしがって親しい人間にも心を開こうとしないやつは認めない。なりふりかまうヤツは土壇場で逃げ出すからな。俺はそういうヤツとはやれない」


 耳が痛い。確かに私は『心底』の関係を求めるあまり、人を遠ざけてきた場面も少なからずある。その結果、人に対してカッコをつけては、いる。まさにハイジさんの言う、信頼できない人間だ。


「そういうヤツは往々にして自己紹介が長い。自分に対するキャラ付けがたくさんあるからな。普段から演じまくってるようなヤツに演じることなんかできねぇよ。水原見てみろ。似合わないのにミリタリーファッションだぞ。でもコイツは正直なんだよ。着たいから着る。恥ずかしくてもな。だから俺はコイツに対してクリーンハイジでいられる」


 自己紹介が長いだと。なんて見事に私のことを掴んでいるんだこの男は……! しかし、人は恥を避ける生き物ではないのか。あと、水原さんのことを恥とかいうのは非道が過ぎる。


「それでも、入部届けにサインできるか?」


「も、もし僕がハイジさんの言う信頼できない人物だったとしたら……」


 ペンに手を伸ばすことが出来ない。ハイジさんの言葉に動揺しきっているのがわかる。迷いがあるまま臨むことは、彼らにとっても失礼だし、私自身も納得できないだろう。

 しかし、恥ずかしくてもなんでも、この『演劇サークル』に入りたいという気持ちは嘘ではない。逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ。


「侮蔑する。足を引っ張るようなら、サンドバックに詰めて空手道場にぶら下げる」


 逃げちゃダメだ! 強気の私になれ!


「僕は、『演劇サークル』新入生、曾根崎忠です!」


 いっけぇーーー!!!

 入部届けにペンを走らせる。曾根崎忠!


「よし」


 ハイジさんは満足げに頷き、水原さんは祝福の拍手を私に送ってくれた。私が無意識のうちにとっていたのは左拳を突き上げた『ガッツポーズ』の姿であった。


「おめでとう。これで曾根崎は俺たちの仲間だ」


「やっと部員が増えたわぁ」


 そう、私は彼らの後輩になれたのだ。強気とか心底とかどうでもよりも先に、私は人との繋がりが出来たことが嬉しかったのだ。これは理詰めではない。無意識のうちにとっていたガッツポーズがいい証拠だ。


「これで俺も安心できる。俺の勝ちだ」


 ……勝ち?


 金田一帽子をちゃぶ台の上に置き、ハイジさんは代わりに水原さんの軍帽被って凛々しい顔ですっと立ち上がった。


「じゃあ、ちょっくら出かけてくるわ。水原、ハイジいますの札下げとけ。曾根崎、水原を頼むぞ」


「え、どうしたんですかハイジさん」


 困惑気味に水原さんが声を上げた。水原さんでもわからないということは、私にも何が起きているのかわからないということだ。


「今年『演劇サークル』に新入生が入るか入らないかで『演劇部』の連中ともめたんだ。俺の言った通り、新入生が入ったって伝えに行く」


 土間のつっかけを履き、ドアノブに手をかける。


「ハイジさん……」


「言うな水銀。男にはやらなきゃいけない時がある」


 と、背中で語り、背中で水原さんを制した。たまらず水原さんは立ち上がった。


「来るな水銀。お前は今、畳の縁を踏んだ」


 水原さんの足元を見ると、確かに踵が畳の縁を踏んでいる。だからどうした。


「畳の縁を踏んだら五分正座。俺たちはあの時、そう決めたはずだ」


 膝元から崩れ落ちるように水原さんは正座した。背中で語っているハイジさんには水原さんどころか畳の縁も見えていないはずだが、それでも馬鹿正直に正座する水原さんも水原さんだ。


「じゃあな」


 ぺこぺこと奇妙な足音をたててハイジさんは部屋を出て行った。水原さんのすすり泣くような声だけが木霊する。私は先輩たちとの自分のあまりの温度差で口をあんぐりと開け、混乱状態に陥っていた。何が起きたのか、何が起きるのかは全く分からないが、ハイジさんがああ言っていた以上、この原因は入部してしまった自分にあるのではないだろうか。

 しかし、次の瞬間、火山の噴火するような爆音で私は目が覚めるように混乱状態から抜け出した。そうだ。私は、水原さんと違って畳の縁を踏んでいない! 水原さんと違ってハイジさんを追うことが出来るんだ!


「ハ、ハイジさんを追います!」


 勇ましく立ち上がり、畳の縁を踏まないように足元に目を配りながら土間に向かった。


「お願い。ハイジさんを……」


 嗚咽交じりの悲痛な声の水原さん。私はドアノブを掴み、ハイジさんのように背中で返事をした。自信はないと。




六、


 扉を開けると。

 ブロロロロロロロ、と横隔膜に響くような重低音のエンジン音。飛び交う悲鳴。

 ギャルギャルギャルギャルと耳を塞ぎたくなるような音と、何もかも踏みつぶすような重厚なキャタピラの轍が部室棟の前を横切っている。早くもサークル棟近辺は阿鼻叫喚の地獄と化している。

 その轍の先に目を向けると、空をどす黒く染める排気ガスをマフラーから馬の鼻息のように噴出しする煌びやかな御神輿がどこかへ向かっている。その上には、青い金田一、即ちハイジさんが仁王立ちしている。

 あ、あれが例のキャタピラをつけた御神輿か……。しかし、そんなことに感心するよりもハイジさんを止める方が先決だ。既にいくつかのサークルの看板があのキャタピラの犠牲になっている。そしてハイジさんがあれで『演劇部』のいるどこかへ向かうのなら、被害はさらに拡大するだろう。

 ハイジさん追放のきっかけになった「御神輿にキャタピラをつけようとした咎」が実行されてしまったとなれば、『演劇部』の面々も黙ってはいないだろう。義憤に駆られ、ハイジさんが反撃されることは火を見るよりも明らかだ。

 私は全力で駆けだした。御神輿は重すぎる装飾品のせいか、幸いにも私の走る速度よりも少し遅いくらいだ。思い切り走れば追い付ける。轍の上をなぞるように激走するとだんだん御神輿の車体後部に取り付けられたナンバープレートが見えてきた。


『神輿戦車 シェリダンM.G』


 神輿戦車シェリダンM.G――!!!


「ハイジさーん!」


 走行音にも悲鳴にも負けないように精一杯の声を出した。私がこんな全力で声を出すのはいつ以来だろうか。あまりにも久々で声を涸らしてしまいそうだが、排気ガスで喉を痛めてでも叫ばなければならない理由が私にはある。多少変わり者でも、せっかく出来た先輩を失う訳にはいかないのだ。


「どうした」


 『神輿戦車シェリダンM.G』の上からハイジさんが返事をした。


「何やってるんですか!」


「連絡ついでにお披露目だよ。見ろよこの機動力。世界最速の御神輿だ」


「御神輿は担ぐものです」


「その概念を払えってことだよ。お前もヤツらも。固定観念を払わないと大人になれないぞ」


 クソッ! 何が無駄に引きずらないタイプだ。何が反省はするタイプだ! 思いっきり根に持って反省していないじゃないか! それに私の入部の連絡よりも『神輿戦車シェリダンM.G』のお披露目がメインになっているではないか!


「とにかく止めてください! 人のもの勝手に改造したら捕まりますよ!」


「はは、お前のそういう真面目なところ、俺は好きだ。昔の俺にそっくりだ。安心しろよ。神輿から自分で作った戦車だから」


 何がここまでハイジさんを駆り立てるんだ! 戦車と言うからには重火器も装備しているのだろう。ならば銃刀法では済まないはずだ。公になれば、国と国の話し合いでも問題になってしまう。日本は軍事力を持ってはならないはずだ。

 軍……?


「ハイジさん! 水原さんのためですか?」


 さっきまであれほど饒舌だったハイジさんは返事をしない。水原さんから借りた軍帽のバッヂが少し光っただけだ。間違いない。御神輿にキャタピラをつけるだけは足らず、戦車と名付けたのもミリタリー好きの水原さんのため。『神輿戦車シェリダンM.G』のM.Gは『水原銀子(Mizuhara-Ginko)』のM.Gだ!


「……散る桜 残る桜も 散る桜」


 ―何?


「先人の残したものの解釈は自由だ。ただ、咲きもしねぇ桜は散りもしねぇんだ」


 『俳人』と『廃人』。なんて的を射たあだ名だ。ハイジさんの弁を借りれば先人の解釈は自由だが、あまりにも正確過ぎる。「恋愛にも真剣で真摯な姿勢を見せる」というハイジさんの主張も、水原さんへの想いもわかったが、いかんせんやりすぎだ。


「ハイジさんのバカヤロー!」


 私の渾身の怒声が届いたのか、『神輿戦車シェリダンM.G』は減速を始め、停止した。私は肩で息をしながら『神輿戦車シェリダンM.G』のキャタピラの横で膝に手を突いた。


「オラァー降りてこいクソ野郎ども! これが次世代の機動神輿だ!」


 とハイジさんはにわかには信じがたいほどの声量で怒鳴った。先ほどまでのけたたましい走行音にさらされていた耳でも大声と認識できるほどなのだから、まともな音量ではないのだろう。


「ハイジだ! ハイジが出やがった!」


「あの野郎ついに神輿にキャタピラつけやがった!」


「討ちとって名を上げろ!」


 物騒な言葉に驚いて顔を上げると、『演劇部 公開練習 “カムイ伝”』の札が下がったステージから、小道具の鍬やら刀やらを携えてと怒りに満ちた顔の男女が飛び出してきていた。

 それを見たハイジさんは不敵に微笑み、左手をピンと伸ばしてプレハブ小屋を指さした。


「『神輿戦車シェリダンM.G』! スペースビーム!」


 ハイジさんが叫んだ瞬間、『神輿戦車シェリダンM.G』の最前部に設置されていた鳥居から一対の、鮮やかな七色の光線が発射された。光線のすさまじい衝撃は鳥居の横に仁王立ちしているハイジさんのかぶっていた水原さんの軍帽を吹き飛ばし、七色の軌道はステージの屋根部分を少しかすめ、上空へと消えていった。

 これには血気盛んな『演劇部』も参ってしまったようだ。忍法飯綱落としが使えるならまだしも、鍬や刀では光線を放つ戦車には敵う訳がない。私を含め全員が目をかっ開き、その場でただ呆然とするしかできなかった。


「『演劇サークル』に新入生が入ったぞ。今日はこのぐらいにしてやるよ、この、バカヤロー! バッキャロー!」


 『神輿戦車シェリダンM.G』から飛び降り、水原さんの軍帽を拾い上げて昔話の化け物も弟子入りしたくなるような高笑いをあげた。


「よし、帰るか曾根崎。ちなみに、『神輿戦車シェリダンM.G』のM.Gは水原銀子(Mizuhara-Ginko)じゃなくてメカゴジラ(Mecha-Godzilla)のM.Gだ。別に水原はミリタリーファッションが好きなだけで戦車の名前なんか一つもわかりゃしねぇからな。そんなヤツの名は与えられねぇわ」


「うっ、ハイジさんのばかー!」


 私の後ろから涙目の水原さんが肩で息をしながら飛び出し、助走をつけてハイジさんの頬を思い切り殴り飛ばした。


「これ以上『演劇部』の人を怒らせてどうするんですか!」


 いや、怒るべきポイントはそこではない。水原さんも『神輿戦車シェリダンM.G』の轍を辿ってきたのならば、ハイジさんの暴挙っぷりは私同様見てきたはずだ。被害を受けたのは『演劇部』だけではない。せっかくのかき入れ時に戦車に襲撃されたサークル達には詫びの一つでは済まないだろう。


「はは、帽子返すよ。それよかお前足大丈夫なのかよ」


 ハイジさんは微笑みを浮かべながら帽子を水原さんに返した。


「まだ痺れてビリビリしてますよハイジさんのバカー!」


 畳の縁を踏んだら五分正座。


「じゃあ、帰りはお前乗っていいよ」


 水原さんをお姫様だっこし、軽々と『神輿戦車シェリダンM.G』に駆け上がり、


「『神輿戦車シェリダンM.G』! 旋回!」


 の掛け声とともに再び耳をつんざくエンジン音が周囲に響き、排気ガスが噴き出した。


「帰ろうぜ、俺たちのホームへ」







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