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39.笑う君と笑う俺

 どうして、つるっと口から出てしまったんだろう。

 言ってしまった。

 ほんとはベタに矢野を呼び出して、漫画みたいに、あるいはドラマみたいに告白したかった。夢見てるって笑われても構わなかった。決して、こんな勢いみたいに告白するつもりはなかった。

 でも、俺は思い知った。自分が思っていた以上に、俺は矢野がすごく好きだ。こんなに苦しそうな矢野の顔を見て、申し訳ないと思うと同時に愛しくなるほどに。

 足元に視線を下げて、そこから顔を上げることができない。矢野はどんな顔をしているだろうか。

 あまりにも矢野が黙ったままだから、もしかして聞こえなかったのだろうかと不安になって顔を上げるとそこには耳どころか、首まで真っ赤になった矢野がこれ以上ないくらい目を見開いて俺を凝視していた。


「や、やの……」


 大丈夫かと声をかける前に、矢野は背を向けた。

 ふっ……と漏れた声に鼻をすする音。ブレザーの袖を顔にもっていく動きを俺は信じられない思いで眺めた。

 もしかして。

 もしかして、矢野は泣いてるのか。

 俺が、告白したから?

 なんで?

 どうしたらいいかわからないなりに、俺はこらえる矢野の声がなんだか痛ましくて背中をさすることにした。この場合は、俺が泣かせたことになるんだろうかと考えながら。


「や、矢野、あ、あの、そのごめん」


 なんとなく謝ってみるものの、矢野は後ろを向いたまま首を横に振った。


「……顔。その、顔見せて」


 小さく上下する背中を撫でる。

 ゆっくりこちらを向いた矢野の目は真っ赤になっていた。透明で細い筋が頬に幾筋もできていた。眉を寄せて下を向いた矢野が、俺にはどうにも可愛く見える。

 矢野の背中を校舎の壁に追いやって、俺は矢野の頬に両手をそっと伸ばした。新しい雫が瞳からこぼれて、顎まで滑り落ちるのは、ものすごく。ものすごく綺麗だった。

 自然と顎の雫に舌を伸ばしていた。つま先立ちした俺の体を支える矢野の手は熱くて、気持ち良くて胸がドキドキした。


「和田、和田。すきだ。おまえが、すきだ」


 繰り返し言う矢野。


「俺も。おれも、やのが、すきだ」


 校舎の陰で何度もキスをした。音も立てずに軽く当てるだけのキスはくすぐったくて、今までで一番幼いキスだった。

 やがて涙の止まった矢野は、ブレザーで鼻水を拭って笑った。


「なんだ、俺ら」


 本当だ。

 吹き出して笑うと、矢野が言った。


「かわいい」


「……でも、お前が言ったんだぞ、最初に。俺の笑った顔が気持ち悪いって」


 俺じゃお前が言ったこと、一生忘れるつもりはないからな。たとえ好きだったとしても、あの発言だけは忘れない。

 すると、逡巡して真面目な顔で言い放った。


「覚えてない」


「は!?」


「だから、覚えてない」


「おっ、おまっえ……」


 あまりの衝撃に言葉が出てこない。

 お、覚えてない?


「誰だ、真琴を気持ち悪いなんて言うやつは」


 お前だよ!


「……もういい、もういい」


 なんだか馬鹿らしくなってきて、校門へ向かう。

 やってられるか、まったく。さっさと帰って、矢野に嫌がらせのメールでも送ってやろう。今まで俺に言ってきた暴言の数々を打ちまくって、うさ晴らししてやる。反省するがいい。

 すぐに追いついて矢野は後ろから俺の手を握ってきた。軽く握られた手は、振り払ったらすぐにほどけそうだったが人目につかないところまではいいかと諦めた。

 握り返すと、握った手の甲に唇を押しつけられる。

 ほっんと、矢野。お前、ほんとキザなやつだな! なんでやたら無駄にかっこいいんだ!

 悔しくなる。


「矢野! お前もな、切羽詰まって必死な時は、俺のこと『和田』って呼んでるからな!」


 真琴って呼べ! と叫ぶと矢野が大口を開けて、そのお綺麗な顔をくしゃくしゃにして笑った。


「真琴。俺のことも、始って呼べ」


「うるさい! は、始!」


 明日には、完璧に慣れてやると意気込む。

 校門を前にどちらともなく、握った手を離した。その代わり、矢野は俺のブレザーの端っこを握った。

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