3.知らない顔見えない顔
放課後、さてさて部活見学に繰り出そうと準備をしていると眉間にしわを寄せた矢野が振り向いた。
「お前、あんなこと言われて平気なのかよ」
「あんなこと?」
「さっきの。お前が表情変わらないって」
ああ。さっきの先生に、和田は本当に表情が変わらないなと言って皆が軽く笑ったことか。俺としては先生の冗談に大笑いしていたつもりだったのだが。
「平気なのかよ」
なんでお前が不機嫌なんだ。
「別にそんなひどいこと言われた訳じゃないし」
ほんのちょっと皆から笑われて、コンプレックスは刺激されたが大したことじゃない。そのお陰でクラスにはちょっと表情が変わらないだけの普通のクラスメイトとして徐々に受け入れられつつある。
それにお前の顔気持ち悪いと言われたのと比べればなんでもないだろう。お前が言ったんだけどな!
「和田。運動部の見学に俺ら行くけど一緒に行くか」
「ごめん、俺文化部の見学に行ってくる」
せっかく牧君達に誘ってもらって申し訳ないが、運動は苦手なのだ。そして競争心が欠けているのだ。競争しようとすると全身から力が抜ける。
教室を出て行く三人に手を振る。それを大人しく見ていた矢野が突然言い出した。
「見学、俺も行く」
「文化部だけど?」
来なくていいのに。っていうか来ないでほしい。こういう時は表情が出にくいのは役に立つ。死ぬほど嫌そうな顔をしても気づかれにくい。
「んだよ。そんな嫌そうな顔すんな」
「…してない」
「いいや、してる。お前表情がない分、目で感情がだだ漏れなんだよ」
そんなの初めて言われた。親にもたまに分からないと言われるほどなのに。
「おら、どっから行くんだよ」
悔しいほど長い足で尻を軽く蹴られる。心なしか楽しそうに見えた。
無愛想なくせに表情筋はよく動くようだ。…ちょっと笑ってみてくれないだろうか。
こいつが笑うところを今のところ見たことはないが、生きている上で笑わないなんて無理だろう。もしかしたら笑った顔が信じられないくらい汚くて見るも絶えないとか、せっかくの顔も台無しとか、俺はそんな面白い展開があることをひっそりと期待しているのだが。好奇心が騒ぐ。
矢野の顔を見ながら想像してみる。こう、口角が上がって目もゆったりと弓形になって。
「おい、見んな」
がっしり顔面を片手で掴まれる。
「ちょっ、ちょっと!」
「ほんと、顔ちっせ」
バタバタしても外れない。喉奥でククッと音が聞こえた。笑っているのだろうか。おい手を離せ!顔が見れないだろ!見せろ!
やっと離してもらって周りを見渡せば二種類の表情に分かれていた。恐ろしいものを見たような青ざめた表情と蕩けるような見惚れる表情。
なに、皆何を見たんだ。俺だけ見ていない。矢野は澄ました顔で、どこからと再び聞いてくる。
「…まず吹奏楽部から」
「俺、興味ねーんだけど」
じゃあ来んな!と叫ばなかった自分を自分で褒めたい。