The Rainbow of Rainy Days
休み時間になっても席についたまま読書をしている女子生徒が一人。名前は高梨沙耶。
休み時間になるとすぐに仲良い子の席にすっ飛んで行っておしゃべりをする女子生徒が一人。名前は近衛美沙。
これは、俺―南智也と二人の少女による悲劇の物語。
◇
その日は珍しく寝坊した。自転車を使えばホームルームに間に合う可能性もあったが、今日の空はあいにく分厚い雨雲に覆われていた。さくっと着替えを済ませ、愛用の傘を片手に、誰いないリビングに向かって「いってきます」と一言小さく呟き、家を出る。
住宅地を抜け、大通りに出て右折、二つめの信号にある歩道橋で反対側の歩道に移る。あと二分くらい歩けば校門だが、歩道橋を降りたところで、同じく遅刻であろう同じクラスの女子とばったり出くわした。
「おはよう、南くん」
「おはよう、高梨さん」
「南くんが遅刻なんてめずらしいこともあるのね」
「時計の電池がちょうど切れちゃったみたいでさ、アラーム鳴らなくて」
「それはご愁傷様だわ。私は昨夜読んでいた本が面白くて、つい夜更かししてしまったのよ」
「高梨さんらしいや」
お互い苦笑しつつ、歩を再開する。他愛ない話をしていたら気付けばもう昇降口に着いていた。
二人そろって三年二組の教室に入り、教室中の視線を感じながら、一限目の現代文担当の国語科教諭に遅刻の報告を入れる。
「じゃあ二人とも席ついて。あとこれ」
授業プリントを受け取り、席につく。するとすぐに後ろの席の菅谷がヒソヒソ話しかけてきた。
「なあおい、智也」
「なんだ?」
「高梨さんと付き合ってんの?」
「はぁ? なんでそうなるんだよ。付き合ってないって」
「ちぇーっ」
「なに期待してたんだ」
「ほら、そこ静かに」
「「ごめんなさい!」」
◇
昼休みになってすぐ。
「ねえねえ智也」
「なんだ、美沙」
「あんたって高梨さんとどういう関係なの?」
「別にどうもこうもねぇよ、普通のクラスメイトだ」
「……ふうん、まあ何だっていいんだけど」
「……? そう」
近衛美沙。家も近所で親同士仲が良かったことから、幼稚園からの付き合いがある。腐れ縁のようなものだ。最近髪を薄く茶色に染めたらしく、話しながらずっと右手の指でチャームポイントのポニーテールをくるくるいじっている。
「でさ、本題。今日の放課後って暇?」
「特に用事は……ないな」
「じゃあさじゃあさ、数学教えてほしいんだけど。できればわたしの家で」
「………。お前正気か?」
「本気よ」
「………ふーん、ま、いいけど」
「ありがと」
こいつが自分から勉強すると言い出すとは、驚きだ。
◇
放課後、整備委員の仕事を終えて美沙の家へ向かおうとしていると、傘立てに自分の傘がないことに気付いた。
「まさかパクられたか……」
そう落胆していると、同じく帰るところだったらしい高梨が現れた。
「南くん、どうかしたの?」
「ん、高梨か。傘をパクられたらしい」
「……ああ、なんか最近多いらしいわね、雨の日の傘の盗難」
「そうなんだよな~、こんな時にやめてほしいってのに」
「この後何か予定でもあるの?」
「いや、何でもないよ」
「……そう。なら、私の傘入ってく?」
「や、それは悪いよ。そもそも家どうし遠いでしょ?」
「別にいいの、送っていくわ」
「いや、でも」
「入りなさいよ」
「はい」
◇
三〇分後、俺は高梨の家にいた。
なぜか。二人で歩いていた時の事だ。道路に大きな水たまりがあり、ちょうどそこを通過した大型トラックが激しい水しぶきを上げ、歩道の道路側を歩く俺に甚大な被害をもたらしたのだ。さすがの傘も、横からの攻撃には抵抗できない。そこで一度、その場から家が近かった高梨家にお邪魔したのだ。
「とんだ災難だったわね」
「だな、こんな目に逢うとは思わなかった。びしょびしょだよ」
「乾くまでゆっくりしていきなさいね」
「いや、悪いよ。ドライヤーでも使ってさっさと帰ることにする」
「……そう。とりあえずこれ、弟のシャツだけどいらないらしいからあげるわ」
「いいのか? 色々とありがとうな」
「傘は今度返しなさいよ?」
「わかってる」
その後、お茶を一杯だけいただき、ある程度服を乾かしてから彼女の家を出た。まだ靴や靴下は濡れていたので一度自宅に帰って着替えないといけない。さらに遅くなりそうだ。
◇
「遅い!!」
「悪い。委員会が長引いた」
「まあいいわ、とりあえず上がって」
「おう。久しぶりだな、お前ン家来るのも」
「小学校以来だよね」
「そんなにか、なんだか懐かしいな」
「だよね。雨強かったでしょ? 濡れなかった?」
「大丈夫、大したことない」
階段を上がり、美沙の部屋に入る。
「この部屋は……初めてだな、入るの」「どう? 女の子の部屋に入った感想は」
「お前にしては女らしいっていうか、整理されてていいな」
「最初どういう意味よー」
ぷくりと頬を膨らまされても困るが、実際昔の彼女からは想像できないほどの清潔感があった。わざわざ俺が来るってだけで掃除することもないだろうし。
そのあと夜の十時まで、途中近衛家の家庭料理をいただきつつ、美沙の勉強に付き合った。
◇
変化に気付いたのはそれから一週間後のことだった。
どうやら高梨がいたずらをされているようなのだ。主に美沙の友達グループによって。
「なあ、美沙。高梨に何かしたのか?」
「知らないわよ、智也には関係ないでしょ。ただのクラスメイトなんでしょ、あの子」
「いやそうだけど、そうじゃなくって」
日に日にあからさまになっているように見えた。高梨が教室に入ってこないうちに彼女の席でおしゃべりをしだして、いざ教室に入ってきてもそこを退かない。「ここ私の席だからどいてもらえない?」と聞かれてもまるで聞く耳をたてていないようだった。俺は思い切って高梨に聞いてみたが、「大丈夫よ」の一言。美沙グループも教師側にバレないようにやっていたし、俺もやめておけよと注意したものの状況が多きく変わることもなく、何も出来ぬまま期末試験の時期を迎えることとなった。
◇
その日はいつもより早く目覚めた。今日から期末試験が始まる、ということで、一足先に学校へ向かうことにした。外は多少の雨が降っている。これくらいなら自転車でいいかと思い、バッグに折り畳み傘を入れ、まだ寝ている母に「いってきます」と告げ、家を出る。
ひとつも信号に引っかからず、あっという間に学校に到着した。教室に入ると、驚くことに高梨がいた。
「早いんだな」
「そちらこそ」
「たまたま早く目覚めたんだよ」
「そう」
「……何してるんだ?」
「何でも。ただ、思うところがあって。教えないけど」
「そうかよ」
「そういえば忘れ物があったから一度家に戻るわ」
「そっか、またあとでな」
最後に見たのは何だっただろう。雨粒だと思いたい。
◇
知らせは突然だった。ホームルームで先生が告げたその内容は――高梨の突然の転校――。信じられなかった。だってさっきまで話していたのだ。学校側も高梨の転校の話は今朝突然されたらしい。後から美沙のグループが職員室に呼び出されていたので理由は大体予想がつく。試験が終わるや否や、俺は美沙の元へ行き、説明を要求した。美沙はこう言っていた。
「智也が傘盗まれてたことあったでしょ? わたしの友達が見たのよ。あの子がロッカーに隠していたのを。あの日は一緒に登校してたもんね、あんたたち。どの傘かなんてすぐに分かったんだろうね。そして無理やり一緒に帰ろうとした。それも、私と智也の勉強の約束を知っていた上で、ね。この話を聞いて私は我慢できなかった。智也が、どこかへ行っちゃう気がして……」
その場で泣き崩れた幼馴染を、俺はtただ無言で胸に抱きとめることしかできなかった。結局悪いのは誰だったのだろう。いや、何もできなかった自分だ。二人の思いに気付くこともできず。何もうまくいかなかった。幸い高梨のメルアドは知っていた。それが唯一残された希望だった。
雨上りの雲の隙間から日差しがあふれ、空には虹がかかっていた。




