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もうここに君はいない

ひとつの終わった物語

作者: 沙羅泉



窓から纏わりつくような風が入ってきた


開いていた本のページを悪戯にめくり


挿んでいたはずの栞を攫って


嘲笑うかのように


未練がましく伸ばした手にはかすりもせずに


もう手の届かぬ世界へ


連れ去ってしまったんだ


あぁ、雨がふってきた








あの日は太陽が射して、うだるほど暑い日だった。









電車に揺られて三時間ほど。

いくつか電車を乗り継いで、窓から見えていた景色は鈍色から深緑に変わってしばらく、停車するごとに車内は物寂しくなっていった。

向かいに座っているその人は、飽きもせずに先程から変わらない景色を眺めている。

じっと見つめているのに気付いたのだろうか、不意にこちらを向いて笑いかけた。

もうすぐ着くよ。逸らされた視線の先、緩やかに曲がった線路の向こうに小さな駅舎が見えていた。


その駅で降りたのは二人だけだった。

無人の駅に降り立つと周りには何もなく、色あせた村の案内板とセミの鳴く音ばかりが訪問者を出迎えている。

薄っすらと案内板に残った土地の名前が記憶にあるままで、どうしようもなく黒々とした気持ちがこみ上げてきて、強く握りしめた手に、痛みに、誤魔化して。

変わらない、なんて懐かしそうに言うから、頭の片隅で揺れる過去がお前のせいだと責め立ててくるんだ。

そんなことを言いたかったのではないとわかっていたけれど、

頬を汗がつたい落ちた。


持ってきていた地図を頼りに目的地である山の頂上を目指していた。

ずいぶん畦道を歩いてきたけれど道中誰にも会うことはなく、民家はまばらに残るのみで、まるで時代に取り残されて、切り離されて、

あの頃に戻ったような、

あの時のような

錯覚さえしてくるんだ。


山の獣道を歩く。

村人は分け入ることはないのだろう、伸びた葉や枝をかき分けて辛うじて一人が通れる道を作っていく。

もう振り向いても、広がっていた田んぼやかやぶき屋根の家も、見えない。

進む方向すら惑わすほどの緑が広がっていて、どこも同じ風景に思えて、それでも、道に迷ったわけでもないのに、時々振り向いて確認してしまう。

代わろうか、なんて、そんな言葉を断る言葉は最初の一度きりで事足りた。

断ることを知っているはずなのに、代わろうかと聞かれたたのは、きっと、心配していると伝えたかったからだ。引き戻りはしないと伝えたかったからだ。


ずっと、ずっと、前に約束したから、

そうして、思いがけず再会してからその必要はなくなっていたけれど、ここに来なければならないと思っていたから、来ることを望まれたから、

本当は来たくなどなかった。

ここは、思い出の場所だけれど、未熟を噛み締め、無力を恨んだ、過去を祝福し、今に絶望して、未来を絶った、そんな場所だから。

向き合わねばならなかった。

もう一度奪われることなど望みはしないから。

だから、ここでもう一度誓うために。ここからまた始めようと思ったから。


木々の間から漏れていた太陽の光が分厚い雲に覆われていくのがみえて、急に暗くなってきた。

それでも、なにも言わずに進む。

もう少しで着いてしまうとわかっていたし、引き返す気はもうなくなっていた。

ただ道を作り、歩いて、一度もとどまることなく進んだ。


目の前に突然大きな杉の木が現れる。

樹齢千年を超えるほどの木を囲むようにして開けた空間が出来上がっているのだ。

ここがこの旅の目的地。あの時からなにも変わらない。約束の場所。

一緒にここまでやってきたその人は懐かしむように杉の木を撫ぜて、それを少し離れた場所から眺めていた。

互いに一人でいるような、不思議な気分だった。


まとわりつくような湿気はついに雨を呼び込んでしまったらしかった。

徐々に雨脚は強くなってきて遠くから雷鳴すら聞こえている。

こうなるのは薄々予想していたけれど、夜になってしまう前に山を下りてしまいたかった。こんなところで、また同じ場所で、こんなにもはやくに失いたくはなかったから。

そんな気持ちなんて透けて見えていたのだろうか。

杉の木の枝を雨よけにして木の根に座っていたその人はすぐそばを手のひらでたたいて、おいで、とからかうように笑う。大丈夫だと言わんばかりに。

あの時のようだと思った。初めて会った時のようだと。

だから、こうやって、ここからもう一度始まるのだと、そのために来たのだと、


躊躇うことなんてなかったのに


もしくはこんなところに来なければ


結果は違っていたのだろうか


もう一度誓えていたならば


今も希望を持っていられたのだろうか


否、否否否、


あの人の思惑を読むことなどできはしない


少しの不安と不吉な予感はもうなくなっていた。

許されたその人の傍で、これからを願うことばかり考えていた。

一瞬だったのか、それとも、もっと長い時間だったのか、

一歩を踏み出した時にはもう遅かったのだと後になってわかった。

一歩を踏み出した時、その人はからかうような笑みを消して、困ったように笑って、ぽつりとつぶやいたのが見えた。

意味が解らず、見間違えだと、そうでなければならないと、聞き返そうと口を開いた。

言葉にはならなかった。

その人とを隔てるように稲妻が走る、それは咄嗟に閉じた瞼を透かして網膜をやいた。轟音があたりを支配して、今まで聞こえていたはずの雨音を掻き消した。

ただ身を穿つ冷たさがその存在を示していて、閉じていた瞼を静かにあけたとき、心すら冷たく凍えていくのがわかった。

やっぱり、だなんて。初めに思ったのがそんなことだったのは、心が麻痺していて、拒絶することより受け入れることが楽だったからだ。


目を開けたそこにその人はいなかった


一か所だけ乾いていた地面は瞬く間に周りと同化してしまって、最後にあの人がいた場所はもうはっきりとわからなかったけれど、一歩踏み出した足はそのままに。あのひとが座っていた場所に座った。

頬をつたっては流れたゆくものがなにかなど、もうわかるはずもなかった。








雨は嫌いだ。

もう一度会えるのではないかと期待してしまうから。

毎年同じ日に同じ場所に向かうようになった。

でも、あの日からその場所で雨にあったことはまだない。

その日に雨が降ったならあるいは。

初めて会ったのも雨の降る日だったから。

望むときに降りはしない雨のむこうを睨んだ。


窓を閉じる


本はもう読み終わった


とばされた栞を探しに行こうか


雲間からは太陽がのぞいていた


その人は一体なにかんがえてんでしょうね。

もう一度の再会を願ったのは主人公の方です。願いはもう一度だったから、もう二度と会えないと分かっているのに、待つことしかできない主人公です。

昔は、”その人”に仕えていた武士かなんかで、その人を狂信する勢いだったとか、その人は転生常習犯だったとか。そんな設定があったり、あったりします。

何はともあれ最後まで読んでいただき有難うございます。

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