三話 どうか杞憂であってくれ
芝田一は安アパートで、帰ってこない本宮咲の心配をしていた。
「なぜだ。なぜ帰って来ないのだ」
そんな問に答える者はいない。空を漂って、また戻ってくる。
「何かあったのだろうか?何か良くない事が」
彼は悪い予感を感じ始めていた。彼女は実家にも帰っていないらしい。彼女の携帯にいくら連絡してもつながらない。近所や会社近くを探しても見つからない。友人に頼んで探してもらってもいるが、それにも限界がある。飲みにでも行っているのならいいのだが、そんな話も聞いていない。そんなときチャイムがなった。
「よう、一。咲ちゃんを見たって人、見つけたぜ」
友人の飯田亮だった。
「それは本当か?」
「ウソなんて吐くもんか。だがな、ちょっとヤバい事は言うぜ」
「もったいぶらずにさっさと言えよ」
「覚悟はしておけ」
芝田は頷いた。
「咲ちゃんな、誘拐されたみたいだぜ。夕方頃によ、男に言い寄られて居るのを見たって人がいてな。それから咲ちゃんの行方が分かってないんだ。多分その男に連れ去られたって考えるべきだと思うぜ。まあ、最悪の事を想定しとけってこった」
「誘拐か。そうだな、そう考えた方がいい。別に間違ったって、後で笑い話にすりゃいいんだ。ところで、その男ってのは誰か分からんのか?」
「さぁね、そこまでは分からんかったよ。ただ、俺らと同年代だろうと。身長はそこそこ高いとも言っていた。180前後といったところだろう。それに服装が派手だったそうだ。そのままパーティーに行けそうなくらいだとよ」
「俺らと同年代で、派手好き。身長も高いって、なんか昔学校にそんな奴がいたよな?」
「そうだな、なんだったかな?織本だっけ?」
「そうだ、織本忠だ。思い出した」
織本忠。昔咲に言い寄ってた事も思い出した。奴なら有り得るのかもしれない。
「忠か、俺あいつのことはどうしても好きになれなかったよ」
「そうだな、俺もだ。あの人を常に上から見る感じがたまらなく嫌だったな。ありゃあ世界が自分中心に回ってると思ってるタイプだ」
「確かにな。それじゃあよ、織本が咲ちゃんをさらったのかね?」
「分からん。可能性だって無いわけじゃないが、けっこう低いと思うぞ。派手好きで身長高くて同年代なんて、そこら中にいるんじゃないか?まだ今の段階では決められない。とりあえず、警察には咲のこと話しておく。おそらく誘拐だろうってな。その後俺は織本に連絡取ってみるよ。確か連絡先交換した覚えがある」
「OK、じゃあ俺はもっと情報集めてみるよ。警察も事件が起きないと動いてくれないって言うしな」
「すまん、頼む」
「良いってことよ。咲ちゃんには幸せになって貰わなくちゃな!なぁ恋敵、お前がなんとしても幸せにするんだぞ」
「分かってる。こんな俺に惚れたって言ってくれたんだ。なんとしても幸せにしてみせるよ」
「さっすが!咲ちゃんが見込んだだけはあるぜ。誘拐なんて杞憂で終わると良いな」
「あぁ、まったくだ。そろそろひょっこり帰ってきてくれないもんかね」
「明日の朝二日酔いで気持ち悪い気持ち悪い言いながらな」
「二日酔いの薬、買っておくか」
本当にそうであって欲しかった。笑い話であって欲しかった。だが、より一層不安が深まった。織本忠、その名を聞いた時胸騒ぎがした。どうか杞憂であってくれ。どうか帰ってきておくれ。芝田はそう願った。