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ブロバオ2

作者: mg

どうぞ御笑味くださいッヒヒ~~

匙を投げるというのは性に合わず、合理を成すには頭が足りず、別の策を講じるだけの労力は割に合わず、さて如何なるものかと往生する男の、目の先にあるものはただの街路である。無論、比喩でも思想でも、また哲学というわけでもない。この舗道の人通りというとごく少ないが、敷かれている手頃の大きさの石は、想定より遥かな頑丈さをもって地に張り付いていた。あるいは踏みしめる人の少ないからこそかも知らん。端的に述べると、非常に剥がしにくいのである。その上へどかりと腰を落とし、あれやこれやと試せどびくともせず、遂にあぐらをかき頬杖をつくまで思い悩んだ末、ちぇ、ちぇ、ととんがらせた唇の先に、茶の色をした靴が見えた。


「これはこれは、久しぶりに会うたなバオレル君。講義には出ず、このような公道へ赴き平たい石めくりに励むとは、なかなか大層なことだ。流石大学10回生と言わざるを得ん」


「いやあ、お褒めに与り光栄で」


「やれ皮肉も判らんとは驚いた」


「ハハハわたしには勿体のないお言葉で」


「いよいよわずらわしいな君」


「しかし敷石はやめます」


「ほう、気が済んだのかね」


「いえそれはまた明日にでも」


教授は口の端を余り快くない形で歪めさせ、ハハアと笑ったがそれは愉快からでなく、青年はよっと腰を上げて、ズボンの前後ろをポンポンとはたきながらヘヘと笑ったが、それもまた愉快からではなかった。愉快からでないなら何処からきたものか、というような問をかけたものは、恐らく大変な野暮である。なぜなら教授が猿であるからして、青年はまさしく犬に違いなかった。相容れぬからいがみ合うというのがいつも正しいとは限らない。


「では教授、わたしは失礼して今晩の宿を探しにゆきます」


「彷徨好きは変わらんな、西へふらり、東へふらり、西とも東ともつかんほうへふらり、私の眼前を度度ちらつきおって、今日に至っては私宅の前の敷石をめくりに来るときた、君はいつまで呑気を絵に描いているつもりかね」


私宅という語を口にされ、若者の脳裏に浮かぶは、只ひとつの符号である。真ん丸になりそくねた、かぎのようにくねる糸と、その足元についてまわる一個のほくろ、それ等に挟まるる僅かな虚無のうちには、はっきりとした不明瞭の意思が覗く。はっきりとした不明瞭というのは歴とした矛盾であれども、今日我々の使いうる利なるもののうち、この種の便利をそなえ含むるのは二つとない。第一、不透明の感を極めて明らかに提示せらるるという点において、既に常とは異なるかとも思われる。さりとてその真価は如何にも解せぬ。はてな。


その利なり徳なる一字が頭上に、ひらめくか、否かという、その否を言い終わるか、否かというくらいの刹那的沈思は、青年の合点という形で終止された。すぐそばの住居に驚いた目を向けへえと唸る。


「成る程ここは先生のうちというわけですね」


「そうとは知らずに無礼を働こうとしたわけかね」


「つまりわたしは今宵の宿を見つけたというわけです」


今度ばかりは年長者の脳裏へはて、という符号が浮かばれる。浮かぶはただひとつかと思えばそのうち三つ四つと増える。増えたかと思えば急に顔を俯けるのでそれきり表情は伺えなくなった。青年はちぇ、と繰り返す。けちだ、こせこせ者だ、非情極まりない、と胸中でひとしきり罵り終えた頃、すぐ近くに何か不穏な音が起こった。


ゴリン、ガリリと、硬く鈍く、それでいて乾いた物音が聞こえた、それを耳に入れたときの彼はまだ落胆のうちにあり、視野は酷く狭く、殆ど自棄になっていた。故に、視線を教授の足元まで降ろし、つい先程まで自分の苦戦していた敷石が、まさに今敷石の上に横たわっているのを見、また教授お得意の見慣れたにやにや笑いのうちに、してやったりといった調子を見受け、ただ腰を抜かさんばかりに驚いた、驚くより他はなかった。開いた口はよし閉じようと思ったところで少しの開閉運動すらままならない。彼の頭上にひらめくは、真直の針とほくろひとつの縦に並ぶ符号のみである。


「これを是非枕としてここへ寝くたばるといい」


続けて教授は、寝床は特別に親しきもの又は極めて愛しきものと共にすべきだろう君、と言う。いかにも非力そうなその細っこい身体のどこに、と目を白黒させるこの生徒の様が、余程気に入ったと見えて、しめた、しめたと、いっそ珍しいほどに微笑みを濃くしている。ついにはハハハハと高笑いを繰返しながら歩き去り、扉を閉める音さえやけに機嫌良く響いた。そして扉の開かれる音もまた直後に響いた。教授は真面目くさった表情をして、足早に青年の目の前まで来ると、突如無言のまましゃがみこんだ。程無く立ち上がった彼の足元では、敷石がまた整然と並んで居る。律儀は敷石と敷石の間を流れ、のりのようにそれ等をくっ付けたらしい。未だ呆然とした面持ちのバオレルに一瞥を、のち再び扉へ向かおうとした教授は、背後より追いかけてきたこの文句に足を止める。


「しかし先生、貴方の言を繰り返せば、尚更わたしを泊めていただかなくちゃあなりませんよ!」


君は何をと言いたげな顔が一瞬間ののちぎくりとして、そそくさと扉の向こうに消えた。消える間際にこの大馬鹿者と聞こえた。消えた後には中からくたばれと聞こえた。青年は暫く扉を見つめ、単なる愉悦でもってにこにことし、その後悩んだ末に嵌め込まれたそれをまた持ち上げ、街路に横たえてみてはううむと唸っていた。



mgです読んでくださり誠にありがとうございますです~~

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