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子育ての定義-前

ここからステージががらっと変わり……?



――浮上。

真っ暗な闇に包まれていた意識がどんどん浮き上がり、覚醒を促す。

黒から、白へ。雲の上に乗っているような、肉体ごとふわふわと浮いているような心地よい感覚。私はその流れに逆らうことなく乗り、流されていく。

『見つけた』

そんな言葉が、耳の奥で響いたような気がした。



******



「目が覚めた?」


ぱちっと目を開けて最初に視界に飛び込んできたのは、人の顔。

それがものすごく近い距離で自分を覗きこんでいるのに気付き、私は飛び上がった。


「――っ!な!なんですか!?」

「お、そこまで話せるなら大丈夫かな。」

「は?」

「成功だ。」


私の叫び声を無視し、満足げに笑う…謎の男。

―成功?何が?



「まあ、とにかく落ち着いてよ。」


混乱を全面に押し出している私に、ヒラヒラと手を振る青年。

やたら馴れ馴れしい態度が鼻につくが、まあごもっともだととりあえず深呼吸し心を落ち着けた。


―そこで、私は初めて自分がおかれている状況を把握する。

暗い箱のような部屋の中心、簡素な台の上に寝かされていたようだ。

あと見えるものといえば…白いシーツ、対照的に黒い天井、同色のドア。側にあるのは洗面器、薬瓶、ぶ厚い古ぼけた本などなど。

だが、視線をあちこちに向けても全く自分の居場所が掴めない。

…ここは、どこだ。



「…ここ、どこですか。」


今度は冷静に、少し緊張しながら聞いてみる。



「ここ?地獄。」


男は、こともなげにそう答えた。


………。

思考停止。数秒の後、私は中途半端に開いた口を動かす。



「は?」

「だからここ、地獄。」

「いやいや、…は?」

「物分かりの悪い子だなあ。」


あきれたように肩をすくめてみせる男性。

いやいやいや。待て待て待て。

普通の一般ピーポーはみんな等しくこんな反応だと思いますよ、オニーサン。

地獄?なにそれ一体何処の地名?


「いや、地名じゃないよ。人間が死後訪れる場所。天国と真逆の、地獄。英語で言えばHell。おーけー?」

「おーけー、じゃありませんよっ!心読まないで下さい!つーか、アナタは誰なんですかっ!?」

「あれ、俺のこと忘れちゃったの?」

「は!?」


パニックになりながらもにやりと笑みを見せる男を見上げ、私はぴた、と動きを止める。

口角を上げ、爽やかに笑う長身の男。


――違う、知ってる。

そうだ、この人。この声。



「俺、3年C組の藤田。日當閨乃(ヒトウネヤノ)さん、だろ?」



彼は私と出会ったときのセリフを、当時と全く同じ言葉を、言ってのけた。

私は驚きに目を見開く。



「フジタ、センパイ……?」

「うん、そー。当たり。」


読めない表情で軽くそう言う男性。

呟きながら、私はあらためて彼の顔をまじまじと覗きこんだ。

なるほど、よくよく見れば髪や瞳の色以外はまんま先輩の顔だ。あの時、屋上で見た時のまま―――


「…あ、…ああ!!」

「なに、今度は。」

「お、思い出した!!」


がばっと急ぎ体を起こす私を迷惑そうに見る先輩(確)。

しかし私はそれに目もくれず、自分の記憶を呼び覚ます。

――そうだ、私はあの時、学校の昇降口で先輩に会って、屋上に呼び出されて。

それから、それから手紙を――……手紙、を?



「手紙をもらって……どうしたっけ?」



頭を絞ってもどうもそこだけが、思い出せない。

その手紙の内容も、その後どうなったかも。


「なんだ、そこまで覚えてるんだったら、話が早い。」

「―!」

「まあ、最初から説明してあげるからさ、今度は黙って聞きなよ。」

「…ハイ。」


冷たい視線を感じ、縮こまる私。藤田先輩はふっと笑って。



「まず、君は死んだ。」



笑えないことを言ってくれた。



******



先輩の話によると、どうも私はあの屋上でぽっくり死んでしまったらしい。

…そう、先輩が手渡してくれた『ラブレター』によって。

そして魂を切り離し、地獄まで連れ帰ってきた…とか。そんで魔術だの秘薬だのを駆使して、肉体を再構築・魂の挿入。色々紆余曲折を経て、今ようやく『私』ができあがったんだとか。

彼は充実感をたっぷりと顔に浮かべ、うんうんと頷く。


「いや~実際、大変だったんだよ?生前の記憶を一切なくさずにそのまま地獄に持ってくるとか。死人でも稀に記憶が残る人はいるらしいけど、大体は亡くなった時点で消えるからね。」

「………。」

「あ、大丈夫。死人っていっても生きてる人間と感覚、ほとんど変わらないから!ちゃんとものは食べられるし、五感もある。」

「………。」

「まあ、痛覚がないってことと、ちょっと丈夫になったことくらいで問題はないと――」

「問題、ありまくりですよ!!」


とうとう我慢の限界がきた私は噴火した。

がばっと台から飛び降りて彼に向き合うと、おお、と先輩が大げさ気にのけぞる。



「何がどーして私、いきなり死んでるんですかっ!?」

「あ、それはほら、あの『呪いの手紙』だよ。対象が自ら手にとって中身を読むと呪い殺される超便利な道具。」

「そんな物騒なモン、なんで持ってるんですか!?そんで如何にも意味ありげに私に渡したりするんですか!」

「ああやって渡すのが一番てっとり早いからね。実はアレ、俺らがよくやる常套手段。」

「どんだけ最低なんだ、アンタ!」


純粋な乙女心を利用しやがって!と、勢いに乗せて食ってかかる私。

混乱する頭はすでに理解することを拒否していた。


…意味がわからない。ホントに、意味がわからない!!

私、つい最近まではちゃんと人間やってたのに、ある日突然、死にました?だって?

冗談じゃない。ラブレターと思い込んだ手紙を読まされて死ぬなんて、そんな愉快な死に方、認めないっ!


「あーもう、予想はしてたけど、うるさいなーホント。」

「なっ!?……んぐっ」

「だから、黙れってば。」


わーわーと騒ぐ私の口を見る間に塞いでしまった大きな手。先輩はもがく私を難なく抑え込み、羽交い締めにした。大きな肢体に包まれて、びくりと体が強張る。

動きが止まった私の方を覗く先輩が、耳元でささやいた。


「いい?俺はある目的のために君を殺し、死人となった君を地獄に連れ帰ってきた。」

「…っ、む」

「そんで、俺も人間じゃない。実は人の命を喰らう悪魔なんだよ。」

「―!!」


――あくま?


またも信じられないような話に、大きく目を見開く私。

彼は真っ赤に染まった両眼をこちらに向け、ニヤリと笑った。


「だからさ、大人しくしてないと食べちゃうよ?」


褐色の顔をゆがめ、長い舌を出して凶悪に笑うフジタセンパイ(元)。

それはまさしく悪魔的、というかなんというか……


…目が、本気です先輩。


捕食されるという危機を感じ、私は青ざめた顔でこくこくと頷いた。頷くしかなかった。

それを見た先輩は、よし、と言って雰囲気を和らげる。


「―じゃあ早速行こうか。」

「…えっ!?」


手を離されたと思ったら、今度はひょいっと肩に上げられ抱えられてしまう。

そしてすたすたと歩き始める先輩。箱のような部屋をさっさと後にした。


「っちょっと、先輩!どこ行くんですか!?」

「あ、俺もう『先輩』じゃないから。本名はデレクって言うんだ。」

「そんなことどうでもいいです!今からどこにっ!?」

「…閨乃ちゃんって意外と失礼だよね。」


じと、と私を顧みる先輩…いや、デレクさん?ああ、もう先輩でいいわ面倒くさい。

か、顔がやたら怖いけど自重はしない!礼儀を重んじている場合ではありませんからねっ!こっちも必死なんだってば。


「…まーいいや。今から行くところだっけ?」

「そ、そうです!」

「そりゃ、決まってるでしょ。あそこ。」

「え?」


やけに面倒くさそうに答える男が心底ムカツクが、まあ答えてくれるだけマシかと思いながら、私はぱっと顔を上げて彼のその指の先を仰ぎ見る。


―地獄だというこの場所の空は、血のように赤い。そしてそれより遥か上空には闇と光が混じった不思議な色合いの空間。

まるでなんかの境界線のような――?



「この地獄の王様の所に、だよ。」



彼はこともなくそう言うと、私が結論を出す前にばさりと音を立てて翼を開いた。



******



「さて、着いたよ。」

「…………!!」


先輩の真黒い翼で赤い空を飛空し(ここでようやく彼が悪魔だということを再確認した)、

朱色の柱が立ち並ぶでっかい社を通り過ぎ、現在。


どどんっと威圧感のある大きな扉の前で、立ち尽くす私。両端には屈強な鬼の門番が槍を構えて立っていたので、私は目をあげることができずガクブルしながら俯いていた。今できるのは、隣で先輩が何やら門番に声をかけているのを盗み聞くくらい。


…何だろう。この、もういっそ気絶したくなるような緊張感は。

つーか待ってよ、先程の説明でも全然不十分だったんですけど。まだ私が何故こんな所に拉致されたのか聞いてないんですけど。

でもこの人(?)、質問受け付けてくれないっぽいし、あんまり聞きすぎると食われるかもしれないし。…随分と不親切な案内人だなあ、全く。


内心で不満をつらつらと並べていると、どうやら先輩の手続き的なものが終わったらしく、『入れ』と中から重い声が響き、重厚な扉が自動的に開いた。


…ここにいる人たちは思考する暇すら与えてくれないらしい。私は先輩にせっつかれ、これまた豪奢な部屋の中へと歩みを進めた。

…あ、上手く歩けないと思ったら足が震えてるわ。



よたよたと生まれたての小鹿のような足取りで部屋の赤いカーペットの上を歩き、中心で立ち止まる。

―広い広間の中央、玉座に座っていたのは赤黒い着物を着た、髭面の大男だった。

どことなく粗暴で荒っぽい感じがするが、その風貌は凛々しくまさしく王と呼ぶにふさわしい感じ。

その存在に圧倒されていると、男の大きな目がぎらりとこちらを見下した。


「…デレクよ、それが例の。」

「いかにも、そうです。」

「………。」


先輩が恭しく頭を垂れ、礼をする。大男の方は私をじっと見つめた。


…何を凝視しているんでしょうか。見てもそんなに価値はないですよ。ああ、しかしプレッシャーがホントに半端じゃないわ。流石は地獄の王様らしき方。

……あれ。地獄の、王様?って、もしかして。



「よくぞ来た、人間。…いや、今は死人か。儂は第5142代悪羅王だ。」

「…あくらおう?」

「そうだな、人間どもは閻魔大王と言っていたか。」

「!!」


びしっと顔に戦慄が走る。

…え、えんま、さま?って死んだ人を死後天国に送るか地獄に落とすかを決定する、あの?

昔、本で彼についての逸話を読んだことがあるがその挿絵がとても怖くて、できれば一生会わずにいたいと子ども心にも思ったものだ。

…あ、そうか。私は、その『一生』が終わったからここにいるのか?


私は改めて自分がもう死んでいるということを再確認し、やるせない気持ちになった。そして、浮上してきた次なる疑問。

すなわち何故、今、閻魔様の前に立たされているのかということ。

私はぐるぐると現在進行形で混乱する頭をまわして考える。

そうしていないと気絶するほど緊張していたからに他ならないがしかし、自分の中で答えはすでに出ていた。


自分は死人。そして閻魔大王さまの前に連れてこられて『用』だと言われれば、そう。

―天国に逝くか地獄に落ちるかの審判しかない。


震える体を制し、すがるように隣を見ると先輩はにやにやと笑っていた。その表情で、私の考えは確信に変わった。


―そうですか、そういうことですか、先輩。

私を閻魔様に会わせて、正式に地獄に落とそうってそういう魂胆ですね。人を殺しといてさらにどん底に貶めるなんて、なんて意地の悪い。大体もともと接点なかっただろうが、バカ野郎。

…ああ、まったく。普通の日常を送っていたはずなのに、何をしでかしたらこんな事態になるのだろうか。思い当たる悪事といえば優先席に率先して座ったこととか、落ちている100円をこっそり自分の財布に仕舞ってしまったことくらいしか覚えがない小市民なのに。


「――い、おい、聞いているのか。」

「あ、す、すいません!」


私がこうなるんだったらいっそ仏壇の饅頭も食べたらよかった、とくだらないことを考えていた矢先、閻魔大王が声をかけてくる。彼はびしっと居住まいをなおした私に呆れたように頬杖をついたが、


「それで、早速だが。」

「―はい!」


すっと彼の表情は真剣になった。私も、身体をこわばらせる。

―やっぱりこれはあれか、もう判決が出るか。

ふう、と緊張に息をこぼす私。…しかし、私は元々無理やり連れてこられた者だ。申請しておけば少しは判決の融通をきかしてくれるのではないか?


「…閻魔様。」


思い立った私は、ぽつりと小さな声で大男に呼びかける。


「む、何だ。」


閻魔さまは発言を止められたからか、少し不機嫌そうにこちらを見下した。

私は若干緊張しつつも、ここで言わなければ自分の今後が勝手に決まってしまう、と自分に言い聞かせ、口を開いた。



「現世で何が悪かったか知りませんが、地獄に落とすんだったら一番痛くないところにしてください。」

「…は?」


私が彼の眼をまっすぐ見てそう言うと、閻魔様は目を丸くした。


「地獄に落とすために呼んだのでしょう?私は自傷主義でもなければドM属性もない一般人です。針地獄とか釜ゆでは遠慮したいのですが。」

「………。」


私が切実にそう言った途端……何故か爆笑された。

部屋が揺れるほど豪快な笑い声。わあ、閻魔さまって笑い上戸なのね。


…って違う。何でだ。こっちが腹くくって(ヤケになって)申し出たっていうのに、急に何なのこの人。しかも隣に立っている悪魔まで笑ってるってどういうことなの。あれ、よく見りゃ門番の人たちも肩震わせてるじゃない。

…ウケ狙いのつもりはなかったんだけど。地獄って笑いの沸点低いのかな。


「…くくく、違うぞ、死人よ。」

「え?」

「そなたをここに呼び出した理由を聞いておらんのか。」

「…はい。」


悪魔にはぐらかされましたが、なにか。だから詳細なにも聞いてないのよ、私。

おいこら、隣でまだ笑ってるお前のせいだよ、お前。

ギロリと先輩を睨む私に、なんとか笑いを抑えた閻魔様は『では教えてやろう』と前おいた。顔を上げて目を合わせると、打って変わって真剣な表情が私を見下している。私はごくりと唾を飲み込んだ。




「そなたに、儂の息子を育ててほしいのだ。」

「―は?」




―が、私が身構えつつ待った言葉は、その仰々しい表情とはまったく合ってなかった。むしろ、真逆。まさかの依頼に、私は思わず気の抜けた返事を返してしまった。

…不躾な態度で申し訳ない。しかし、当然の疑問だと思う。


「閻魔様の、息子?」

「そうだ。」


首を傾げると、王は鷹揚に頷いた。


「え、でも、何故?」

「息子は先日生まれたばかりなのだが、儂の妻はそれを産んだ後亡くなってな。だが儂も公務で忙しい。育てる者がおらんのだ。」

「い、いやそれなら私じゃなくても…!」


乳母とか使用人とか!それがだめなら施設に預けるとか!そうでなくてもわざわざ私を選ぶ必要がどこに……

抗議の言葉が浮かび口に出そうとしたが、閻魔様は目を細め静かに言った。


「それが出来れば、とうにやっておる。」

「え……」


重苦しい雰囲気に、私は一気に閉口する。

閻魔様は大きく息を吐き出し、事の重大さを語った。


「誰に世話を任せようとも息子は拒み、遠ざけた。近づいた幾人もの使用人が灰へと化した。」

「……!」

「それほど強大な力を持つ赤子なのだ。扱いを間違うと、この地獄ですら危うい。」

「そ、んな……」


生まれたときからチートって超厄介じゃないの。

そんな、化け物みたいな赤ん坊を私に。…って明らかに無理。いや、私が死ぬ。



「日當閨乃。そなたは、息子に選ばれたのだ。だからわざわざ人であるそなたを現世で亡きものとし、魂を此処まで運ばせた。」

「…え。」



えら、ばれた?



「では、会ってくるがいい。」

「え。」

「息子を、頼んだ。」



無責任にもそう言い放つ閻魔様。

彼が手を振ると同時に足場が消え、言及する暇も与えられないまま、私は二度目のトリップをすることとなった。







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