卑しき日々よ
「ダイヤモンドは貴金属じゃないんだ」
「え、なんで?」
「ダイヤモンドは金属じゃないからさ」
「金属じゃないのは、確かにそうだな。宝石だもん。それはわかる気がする」
「そう。だから貴金属じゃないんだ」
「うーん。それはちょっと引っかかるなあ。ダイヤモンドは貴金属でいいんじゃないの?」
「だから、金属じゃないから貴金属でもないんだって」
「いやまあ、それはそうなんだけど、つまり学術的には貴金属じゃないとしても、一般の通用概念からいったら、やっぱダイヤモンドは貴金属でしょ?」
「違うよ」
「なんで」
「一般にいってもダイヤモンドは貴金属じゃなくて宝石だからさ」
「え、じゃあなに、おれが間違ってるっての」
「そうだよ」
「へー、あーそう……、てかなんだよお前! ダイヤモンドなんか見たことも触ったこともないんだろ、どうせよう。おれだってそうだけどよ。なんだっていいじゃねーかそんなこたあ。いちいちうるさいよ。まったく」
「ふふん。まあまあ、そう怒るなって。おれだって実際のところは知りゃあしねえよ。ただ何となくおもしろいだろ。そんな違いがあるなんてさ。おれたち、ついこの間までそんな違いがあるなんて知りもしなかったんだぜ。でも今はもう知っている」
「だからなに?」
「金とかプラチナを貴金属っていうんだよ」
「質問の答えになってねえ気がするな。だけど確かに金なら貴金属と言い切ってもダイヤモンドのときよりもすっきりするな」
「卑金属ってのもあるんだぜ」
「え、ひきんぞく?」
「ああ、卑しい金属って書くんだ」
「なんだよそれ。俄然興味が出てくるじゃんか。卑しいって字を使うところになぜか親近感がもてるなあ。貴金属のほうはどことなく取っつきにくい感じがしてたもんだけど」
「卑しい一般大衆には卑金属がお似合いなのさ」
「まったく。お前だってその卑しい一般大衆ってやつそのものだろ」
「まあそうだ。だからこれはおれのことでもあるのさ」
「それで、卑金属ってのはいったいなんだ」
「つまりこういうことさ。貴金属を熱い焔の燃えたぎる坩堝のなかに投げ入れると、燃えて溶けだす。その燃えて流れる貴金属のスープを人間がごくごく飲みほしたら、その人間の腹の中に入った貴金属と人間の肉体とが溶けあって混じりあい、生命を獲得した新しい金属、生きた金属がうまれる。それが卑金属ってやつなんだ」
「ふざけんな」
「ふざけてなんかいない。本当だよ」
「え、この猿芝居いつまで続くの?」
「ごめん。本当はリンゴのことを卑金属って言うんだ」
「え」
「リンゴだけじゃないよ。木になる果実はみんな卑金属でござるよ」
「ござる?よ」
「うそ。ごめん。卑金属の定義はネットでも見てみろよ。実際ネーミングほどにはそうわくわくするようなものじゃないんだよ。おまえが卑金属って言葉にすごい勢いで食いついてきたから言いだしづらくなっちゃってさ。じゃーまたな。バイバイ」
「え」