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何でも屋  作者: ポテトバサー
第2シーズン:第一章・南中高度成長期
53/56

本との縁談まとめます。

 昼時も過ぎた午後の二時半過ぎ。人で賑わう駅前の通りを知哉は歩いていた。暑い夏、せめて頭くらいはサッパリ涼やかにと、散髪に行っていたのだ。


知哉「……サッパリと髪を切ったところで相変わらず暑いな。いい加減、熱を持たないようなアスファルトの代わりができねぇかな」


 修と同様、知哉がアスファルトの照り返しにうんざりしながら歩いていると、突然に冷たく気持ちの良い風が横から吹いてきた。その冷たさに誘われ知哉が風上に視線を移すと、2階建ての大きな本屋があった。客の出入りで自動ドアが開き、少しばかりエアコンを効かせすぎた店内の空気が外へ流れ出ていたのである。


知哉「何が夏の読書感想文だよ……」


 本屋のウィンドウには『各校指定の課題図書あります』という、暑苦しい色使いの手作りポスターが張られていた。


知哉「読みたくもねぇ本を強制的に読まされる読書感想文。そいでもって感じたまま感想を書いたら書いたで怒られる読書感想文。間抜けな大人たちの理想通りに書ければ表彰される読書感想文……」


 知哉を本嫌いにさせた『読書感想文』のポスターは、相手の気持ちなどお構いなしといった具合に、厚かましく何枚も何枚も張られていた。ウィンドウ左側にはいたっては、同じポスターで大きな長方形を描いていた。

 知哉は遠く昔の嫌な記憶を思い出してしまいウンザリとしていたが、ポスターの長方形を眺めているうちにあることを思い出した。


知哉「そういや、図書カードをもらったんだよなぁ…… たまには本でも読むかなぁ」


 麦茶を飲みながら、風鈴の音を聞きながら、部屋でゆったり読書にふける休日も良いもんじゃないか。ふと、そんな浅い考えがよぎった知哉は、涼しい店内へと入っていった。

 吹き抜けが特徴的な2階建ての本屋。時に明るすぎる蛍光灯に照らされた新品の本たちは、所狭しと並べられていた。また、吹き抜け中央にはランキングや夏特集といった特設コーナーがあり、そこそこな賑わいをみせていた。


知哉「うわー、本屋」


 そそられないランキングコーナーに背を向けた知哉は、どのジャンルの通路に行こうか辺りを見回した。すると、二階へ続く階段脇にも特設コーナーが設置されていることに気がついた。


知哉「なんだありゃ?」


 知哉が特設コーナーへ近づいていくと、白く長いテーブルの上に小さな手製の看板が置いてあった。看板には『あなたと本の縁談まとめます』と書いてあり、知哉は近づいたのは失敗だったと後悔した。


知哉「こりゃ早く離れねぇと‥」


男「いらっしゃいませ! ご利用でしょうか!」


 特設コーナー奥から現れた店員。歳は二十代前半ぐらいで爽やかな青年だった。が、なぜか(はかま)姿で、片手には白の扇子を持っていた。知哉はやはり近づいたのは失敗だったと激しく後悔した。


知哉「いや、何なんだろうなぁという感じで……」


男「そうでしたか! ではご説明しますので、どうぞお座りになって下さい!」


知哉「いや、ですから‥」


男「申し遅れました、私、八村(はちむら)と申します!」


知哉「あ、どうも……」


 恐らく知哉が初めての利用客なのだろう、八村は嬉しそうな笑顔を見せた。どんどんと断りづらくなっていく状況に、知哉は後悔先に立たずと諦め、イスに腰を下ろした。


八村「それでは早速、『本見合い』のシステムを説明いたします!」


知哉「本見合い? ってことは仮の見合いがあるんですか?」


 八村は持っていた扇子を開くと、口元を隠して肩を揺らし始める。


八村「違います違います! 本とお見合いをするので『本見合い』なんです! もう、冗談がお上手なんですから!」


 テンションが上り、思わず声を張る八村。知哉は辺りの視線を気にしながら、八村へ顔を近づけた。


知哉「八村さん、声が大きいですよ」


八村「あっ、失礼しました。えー、そういえば、まだお名前を伺って‥」


知哉「寺内です」


八村「寺内様ですね?」


知哉「あ、様は付けなくていいんで……」


八村「そ、そうですか? それでは寺内さん」


知哉「はい」


八村「本見合いについて説明をしますが、簡単に言えばお客様と本のお見合い。つまり、私がお客様にピッタリの本をご紹介するシステムなのでございます」


知哉「あぁ、なるほど。面白い本を探そうと思ってるんで、ちょうど良かったです」


八村「本当ですか。それは良かったです。それではこの私、本仲人(なこうど)が良い縁談をお世話いたしたいと思います!」


知哉「ということは仮の仲人もあるんですか?」


八村「またまたご冗談を! アハハハッ!」


知哉「す、すみません八村さん、声が大きい‥」


八村「えっ、あぁ、申し訳ありませんでした。それでは早速ですね、オススメの本を何冊か選んできますので、少々お待ちになっていて下さい」


知哉「えぇっ!? ここに俺を置いていくんですか!? 一人にするの!?」


八村「少しの間、お待ちになっていただくだけですから」


知哉「厳しい! この特設コーナーに一人は恥ずかしい!」


八村「もう寺内さん、照れちゃって!」


知哉「いやだから照れてるんですよ! それに選んでくるって、俺はまだ好みとか何も教え‥」


八村「私は第一印象だけで分かってしまうんです、その人にあった本が。でなければ…… あっ、寺内さん、ポケットから何か落ちましたよ?」


知哉「え? スマホか?」


 知哉は床を見てみたが何も落ちてはいないかった。「使い古された罠に騙された」と、知哉は急いで頭を上げたが、すでに八村の姿は無く、知哉は特設コーナーに置いてけぼりにされた。


知哉「マヌケだなぁ……」


 自分のポンコツ加減に嫌気が差した知哉は、足をだらしなく前に放り出した。と同時に、知哉は左足の先に違和感を感じ、上半身を少し引きテーブルの下を覗き込んだ。

 足の下に自分のスマホがあった。


知哉「………………」


 悲しい顔でスマホを拾い上げた知哉は、無理だと分かっていたが、でかい体が目立たないように肩をすぼめて大人しく待つことにした。

 それから十数分が経過。知哉の思う『少しの間』をとうに超えた頃、ようやく八村が戻ってきた。


八村「どうもお待たせしました!」


 本専用のワゴンを押しながら、八村は軽い声を出した。


知哉「遅すぎますよ八村さん! 勘弁してくださいよ!」


八村「すみません。ですが、寺内さんにオススメの本がたくさん見つかりましたよ!」


知哉「……本当かなぁ? やっぱり第一印象でそこまで分かるとは思えないんですけど」


八村「大丈夫ですよ! もちろん、個人的にオススメしたい本も数冊持ってきましたが、どれも気に入って頂けると思います!」


 八村はワゴンを長テーブルに横付けにすると、(はかま)に手こずりながら自分のイスに座った。


八村「……さて、それではさっそく本をご紹介したいと思います」


知哉「それじゃ、よろしくどうぞ」


八村「えー、本と言いましても小説や漫画、エッセイや実用書など色々ありますが…… まずはこちらです」


 八村はワゴンから一冊の本を取り出し、丁寧にテーブルへ置いた。


八村「世界の工具大全PART1です!」


知哉「あら? あらぁ、ちょっと八村さん!」


八村「はい、どうでしょうか?」


知哉「いいじゃないですかぁ! これは面白そうですね!」


八村「本当ですか!」


知哉「これ、ちょっと中を見ても……」


八村「えぇ、どうぞ」


 知哉はなかなかの厚みがある『世界の工具大全』を自分の方へ引き寄せる。『世界の工具大全』はそこらの工具より重かった。


八村「この本は、ありとあらゆる工具を紹介している本で、工具の使い方はもちろんのこと、材質や工具自体の作り方まで写真付きで紹介しているんです」


 知哉は八村の話を聞きながら、楽しそうにページをめくっていく。


知哉「面白いなコレ…… あの、PART1ってことは2もあるんですか?」


八村「あります! 来年の春に出ます! さらに、PART2でも収まりきらないと思いますので、売上が好調なら‥」


知哉「PART3もありえると。いやぁ、これは良いなぁ」


八村「それでは寺内さん。欲しい、又は興味があると思いましたらテーブルの左側へ。そうでないと思いましたら右側へ本を置いて下さい」


知哉「これはもう文句無しの左側ですよ!」


八村「ありがとうございます!」


 本ではなく図鑑のようなものであったが、とりあえず一冊目の紹介は成功に終わった。


八村「それではこの調子で二冊目に行きたいと思います」


知哉「えぇ、お願いします!」


八村「はい、二冊目はこちら『アスファルトはミミズを殺す』です!」


知哉「また、すごい急に(かじ)を切りましたねぇ。面舵(おもかじ)だか取舵(とりかじ)だかわかりませんけど、工具大全の次がミミズを殺すって…… あれ、本は……」


八村「あのー、まぁ、あれなんです。あの、表紙が少しばかり過激といいますか、苦手な人もいるであろうというものなので、寺内さんに確認をとってからお見せしようと思いまして」


知哉「まぁミミズですからねぇ。苦手な人もいるでしょうし、アスファルトってことは干からびちゃってるんでしょうから…… 俺なんか釣りに行く時、ミミズがそうなっちゃってるのを見かけますけど、気持ちの良いもんじゃありませんからね」


八村「そのミミズはミミズなんですけど、ちょっとこう、少し過激で。というよりミミズそのものではないといいますか……」


知哉「え、自然環境についての本じゃないんですか?」


八村「いえ、ミステリー・サイコ・ホラー長編です」


知哉「ミステリー・サイコ・ホラー長編?」


八村「はい」


知哉「で題名が?」


八村「アスファルトはミミズを殺す」


知哉「誰が読むか! んなおっかねぇ小説! 出版どころか世に発表しちゃけいない本でしょ!」


八村「一部の国と地域では販売禁止……」


知哉「なんて小説を紹介してくれてんですか!」


八村「ですから、表紙を伏せた状態での紹介……」


知哉「……表紙は写真ですか?」


八村「一応、絵でして。物語の中で非常に重要になる絵画の一部なんですけどね」


知哉「それなのに伏せるんじゃ絶対に見ない! ふらっと寄った本屋でトラウマを増やされてたまるか!」


八村「そうですか…… 夏にピッタリのホラー小説なんですけどねぇ、残念です。ただ、次に紹介する本も夏にピッタリで……」


知哉「またホラーですか!」


八村「いえ、今度はもう爽やかですよぉ! あれです、あれくらい爽やかですから、今の時期によく見る…… あれのやつです……」


知哉「全然、言葉が出てきてないですけど」


 八村はモゴモゴと言いながら三冊目となる本を取り出した。


八村「あれのやつと同じくらい爽やかな小説がこちら『サマースイング』です!」


 表紙にはトランペットを吹く女子高生が写っており、奥には汗をかきバットを振る野球部員の姿があった。


知哉「うわぁ………………」


 知哉はこの場に修がいなくて良かったと心の底から思った。


八村「あれ、『うわぁ』ということはダメでしたか?」


知哉「そういうわけじゃないんですけど、これってジャンルというか、その……」


八村「青春学園ラブコメディです」


知哉「あぁ、やっぱり」


八村「吹奏楽部部長の女子生徒と、野球部の万年補欠の男子生徒。高校生活最後の夏を迎える二人の甘酸っぱい恋を描いた作品です」


知哉「はぁーん。これはまた(いか)ついのを放り込んできましたね」


八村「厳ついですか!? ラブコメですよ!?」


知哉「題名からして厳ついですよ。バットを振るスイングと、吹奏楽のスイングをかけてのサマースイングですよね?」


八村「おっ! 寺内さん、気づかれましたか! いやぁ、見かけによらず鋭いですね!」


 知哉は思わずプッと吹き出した。


知哉「俺だから笑ってますけど、気の短いやつだったら今ので胸ぐら掴まれてますよ?」


八村「すみません! そういうつもりで言ったわけでは‥」


知哉「わかってますから大丈夫ですよ。でもラブコメはちょっと……」


八村「寺内さん、食わず嫌いなんて言葉がありますが、読まず嫌いってこともありますよ? サマースイングを読めば、寺内さんの高校時代の甘酸っぱい青春が蘇るかもしれませんし」


 言われてみればそうかもしれない。そう思った知哉は高校時代の青春が甘酸っぱいものだったか少し思い出してみた。そして直ぐにやめた。驚くほど直ぐにやめた。


知哉「…………男子校ってことも関係してるのか、甘酸っぱい青春じゃなかったですね。なんというか苦味と爆笑の繰り返しみたいな、高校生活でしたから」


八村「あっ……………」


知哉「それに、いま気分ではないってことで、保留……」


八村「そうですね、保留にしましょうか。では、気を取り直して!」


知哉「あ、お願いします」


八村「今度の本は、男子校出身の寺内さんにもオススメの、男の荒々しい冒険小説なんです。孤独な男が亡き親友との約束を果たすべく、様々な危険が待ち受ける未開の地へと足を踏み入れていく話なんです」


知哉「いいですね。男の生き様が見れそうですね。なんて本なんです?」


八村「はい……」


 八村が見せた本は、丘の上で一人うなだれる男の姿が描かれた、なんとも悲しげな表紙の本だった。


八村「それがこちらの『さらばブーメラン』です」


知哉「戻ってこい! 投げたら行ったっきりかよ!」


八村「このブーメランは戻ってくるオモチャではなく、投擲(とうてき)武器の方のブーメランでして。主人公が親友との約束を果たしてジャングルから帰還。丘から見下ろすジャングルを見ている内に、主人公は親友の形見のブーメランを取り出す」


知哉「いやいや、ダメだよ! 戻ってこないタイプのなんだから!」


八村「親友のことを思い出した主人公は空に向かってブーメランを投げる。ユンユンっと回転しながら飛んでいくブーメランは、ジャングルの中へ消えてしまう」


知哉「頭の悪い……」


八村「そのブーメランを探すのか、そのままにしておくのか。物語はそこから始まります」


知哉「行けよそれは! 一回行って帰ってきたジャングルなんだから行けよ! ブーメランなんだからそう遠くへは行ってないだろ!」


八村「命懸けで約束を果たした今、もう一度ジャングルに入るのも何か違う。そんな葛藤から始まる冒険小説です」


知哉「ある意味、終わってるよもう! まったく、どこも荒々しくないじゃないですか! 荒々しかったのブーメラン投げたところだけでしたよ」


八村「あぁ…… ということはこの本も興味を持ってはいただけなかった……」


 知哉は八村の手から『さらばブーメラン』をヒョイと取ると、テーブルの左側へ置いた。


八村「えぇっ! 興味を持っていただけたんですか!?」


知哉「もう気になってしょうがないですよ、始まりも終わりも。今のところ工具大全を抜いて一位ですね」


八村「な、えぇっ! 抜きましたか工具大全を!」


知哉「まぁ紙一重ですけど」


 八村は嬉しそうな表情を浮かべ、何度も頷いた。知哉が『本の分かる客』ということで嬉しそうにしたのか、自らの『客の好みを見抜く才能』というやつ満足して頷いたのか。それは八村にしか分からない。


八村「寺内さん、この調子でドンドン行きましょうか!」


知哉「ドンドンでもユンユンでもいいですよ!」


八村「はい、お次はこちらの『シーン別・必ず役立つロープワーク』です!」


 知哉は本を見るや否や、右の口角を上げ、いやらしい、いや、ヤラシイ顔を見せた。


八村「いやだなぁ寺内さん、そういう趣味のロープワークは載ってませんよ?」


知哉「どういう趣味の事を言ってんだ! ったく、すでにその本は持ってますよっていう顔ですよ!」


八村「そうですかぁ? しかしながら知哉さん、この本をすでに持っているとはお目が高いですねぇ」


知哉「そりゃもちろん」


 結局、ヤラシイ顔して頷きあう二人。


八村「これでしたら次の本も気に入っていただけるかと……」


知哉「越後屋、お主も悪よのぉ……」


八村「あ、本屋です」


知哉「そうかそうか…… お主も悪い本屋よのぉ」


八村「それだと意味が変わっち‥」


知哉「いいから! 早く次の本をお願いしますよ!」


 わかったわかったと、八村が取り出した本はピンク色にもほどがあった。それはもう憎たらしいほどに。もちろん、知哉は八村越しにピンク色がチラッと見えたときから、これはハズレだなと思っていた。


知哉「………………」


八村「一部の女性たちに熱狂的な人気があるエッセイ……」


知哉「いやもう、その時点で‥」


八村「その名も『私がダメ男に冒険()する瞬間(トキ)』でございます」


知哉「いやだから! どこがどう気に入ってもらえると思ったんだよ!」


八村「まぁ冒険あり、ヒモあり……」


知哉「何を上手い事を言ってやったみたいな顔をしてんだ! ヒモの意味が違うだろ!」


八村「ヒモと呼ばれる中で、最も価値のないものですからねぇ」


知哉「冒険を恋と読ませる辺りも‥」


八村「キュンとしちゃいましたか?」


知哉「してたまるか!」


八村「あらぁ…………」


知哉「なにが『あらぁ』なんですか!」


八村「うーん、ダメ恋が失敗となると……」


 八村はワゴンを眺めながら、ブツブツと独り言をこぼし始める。小出しにしようか、畳み掛けるのか。知哉に聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量で、八村はつぶやき続ける。

 知哉は仕方ないと静かに待っていた。が、すぐに耐えきれなくなり、イスから少し腰を浮かせて身を乗り出し、八村の見つめるワゴンを覗いた。


知哉「そんなにいっぱいあるんですか!?」


八村「あっ! ちょっと覗かないでくださいよ! お楽しみが減っちゃうじゃないですか!」


知哉「だって遅いんですもん!」


八村「……それじゃ、お次はこちら『シソノミ』です」


 真っ白な背景に一枚の大葉が写っているだけの本。それがシソノミだった。


知哉「………………」


八村「………………」


知哉「……いや、説明してくれなきゃ分かりませんよ!」


八村「すみません。あのー、こちらはですね、全編シソです」


知哉「全編シソ?」


 八村はシソノミの目次のページを開いて知哉に見せた。


八村「基本的には、どんな酒もシソだけで十分に呑める、という事が(つづ)られています。俗に言う『シソ呑み』というやつですね!」


知哉「俗に言うシソ呑み?」


八村「シソ呑みがいかに素晴らしいかが七割。実用法が二割。作者のプラモデルの話が一割」


 ツッコミを入れてやろうと知哉は意気込んでいたが、プラモデル一割で吹き出し笑ってしまった。


知哉「我慢をしろよ我慢を! 趣味のプラモデルの話はまた別に本出しゃいいだろ!」


八村「私もそう思います」


知哉「なら紹介するな!」


八村「変わり種というところで」


知哉「まぁ、たしかに一風もニ風も変わった本なのは間違いないですよ」


八村「えぇもう変わった本で…… 値段が3200円。さて次は‥」


知哉「値段設定ポンコツだなオイ! シソノミ3200円で売れるわけないだろ!」


八村「えぇもうウチも頭を抱えてまして……」


知哉「仕入れるな! んな訳の分からねぇやつ!」


八村「まぁ支店長の独断での失敗ですから、少しお灸をすえられて良かっ‥」


知哉「いいよもう! ここの人間関係を漏らすなよ、今度から来づらくなるから!」


 知哉はテーブルに置いてあった八村の扇子を手に取りあおぎ始める。


八村「……寺内さん、ここで少し相談がありまして」


知哉「相談しに来てるやつに相談事がある?」


八村「いえ、あのう、今から紹介します三冊の本は、まぁ寺内さんには期待薄かなと思うんです。ですから、サッサッと……」


知哉「あぁ、なるほどサッサッとね。じゃ、それでお願いします」


八村「ではいきます。まずはこちら、異世‥」


知哉「トォッ!」


 表紙を見た瞬間、知哉はテーブルの右側に本を伏せた。それは網で焼いている煎餅を職人がひっくり返す動作に似ていた。


八村「…………次です。次は魔法学‥」


知哉「ぬぅい!」


 一切の無駄なく、右側に本を伏せる知哉。せめてタイトルを最後まで言ってやろうと気合いの入る八村。


八村「二周目最強‥」


知哉「…………」


 知哉は音もなく本を伏せた。


八村「やっぱりダメかぁ! ダメなのかぁ!」


知哉「ダメというより、合わないというだけです。その手のジャンルは」


八村「先程も言いましたが、読まず嫌いということもありますよ!? 良いんですね、その可能性をも捨てて!」


知哉「はい!」


 あまりに男らしい知哉の返事に、八村はうつむき笑いを堪えると、三冊の本をワゴンに戻した。


八村「まぁ寺内さん相手には勝算の低い三冊でしたから」


知哉「二冊目を踏み台にして三冊目を切ってやった感じかな」


 腕を組む知哉に対し、八村は瞬きをするかの如く、ごく自然に次の本をテーブルに置いた。


八村「これはどうです?」


 知哉が本に目をやると、『イギリス流マナーのススメ』と美しい装飾をされた本があった。


知哉「ここは日本で、イギリスいく予定も無い!」


 その言葉に八村が『イギリス流マナーのススメ』をどかすと、その下から新たな本が出てきた。


八村「MIKUMIKUの美BODY-EVERYDAY」


知哉「そこまで英語なら『の』と『美』も英語にしろよ!」


八村「それは同感です」


知哉「……なんか道がそれてきた感じがするんですけど」


八村「そうですかねぇ。あっ、寺内さん、夢はお好きですか?」


知哉「夢? 叶える夢の話ですか?」


八村「そうです! 諦めずに夢に向かって進んでいく。そんな人のために書かれた本なんですけど」


知哉「良いじゃないですか。夢あってこその人生ですからねぇ」


八村「ではご紹介します!」


 八村がテーブルにそっと置いた本。フィギュアスケートの小説らしく、タイトルは『明日には出来る! 七回転ジャンプ・銀盤夢物語』。本当に許可を得ているのか疑わしい無理に引き伸ばした実在のスケート選手の画像が表紙だった。


知哉「夢物語って言っちゃってるじゃない! それに七回転は無理だって。小説だろうが七回転は無理だよ。っていうか、回転数上げるくらいだったら芸術性を上げろ! なんだそのいっぱい回転して跳んだやつの勝ち、みたいな考えは!」


八村「同感です」


知哉「いやいや八村さんねぇ、同感ですじゃないんですよ。ちょっと聞いてます?」


八村「やっぱり寺内さんにはこっちだったかな?」


知哉「……なんですか、次は?」


八村「オールド・ホワイト・ストーリー完全攻略!」


知哉「持ってねぇよそのゲームを! いるかそんなもん!」


八村「モンスターデータや装備品のデータリスト付きですよ!?」


知哉「だから持ってねぇんだって! 意味ないだろ!」


八村「同感です」


知哉「ちょっと待て!」


 謎の同感の連続に笑ってしまった知哉は、次の本を紹介しようとしている八村を止めた。


知哉「急に同感シリーズが始まりましたけど」


 八村は一度頷くと、パンと手を叩き、強引に仕切り直しに入った。


八村「さっ、寺内さん! 冗談はここまでですよぉ!」


知哉「作者がいたら張り倒されてますよ?」


八村「何を言ってるんですか、作者と本屋は持ちつ持たれつの関係なんですから!」


知哉「だから言ってんだよ! っていうか、もう終わりですか!?」


八村「いえ、あと四冊……」


知哉「四冊も!? もう本屋に来て小一時間は経ってるんですよ!?」


八村「すみません! ただこの四冊は本当にオススメできる本ばかりですから!」


 今までは嘘のオススメだったのかよと、知哉はイスに座り直した。


知哉「じゃ俺も気合い入れて聞くので、八村さんも気合いを入れてお願いしますよ!」


八村「もちろんです! では参ります!」


 そういって八村が取り出したのは文庫本だった。


八村「人気若手俳優の処女作にしてベストセラー。そして全日本純文学珠玉(しゅぎょく)大賞の受賞作品でもある『桃の花は咲く』です!」


 八村の気合いに応え身構えていた知哉だったが、本のタイトルを聞いた途端、気まずそうな顔になってしまった。


知哉「……あぁ、桃の花は咲く、ですか」


八村「あれ、すでに読まれて……」


知哉「いや、そういう訳じゃないんですけどね。あのー、同僚というか友人にですね、本好きがいまして」


八村「えぇ」


知哉「……その友人が言うには、あくまでその友人が言ったことなんですけど」


八村「はい」


知哉「この本が全日本純文学珠玉大賞を獲った時点で、審査員たちがこの本を選んだ時点で、日本の純文学は終わった。と言ってまして……」


修「俺の言ったことよく覚えてんな」


 突然、横から聞こえた修の声に驚く知哉は素早い反応を見せた。


知哉「なんで本屋にいんだよ!」


修「こっちの台詞だバカ!」


知哉「あん?」


修「あんじゃねぇんだよ! 本好きの俺が本屋にいるのは当たり前だろ!」


知哉「にしても本屋の似合わない男だな、お前は」


修「だからこっちの台詞だバカ!」


 修は文句を言いながら知哉の横のイスに腰を降ろした。


修「ったく。それで袴姿のおたくさんは?」


八村「あ、はい、私は本とお客様の縁談をまとめます、本仲人の八村です」


修「こりゃどうも俺は久石っていいます。本仲人ねぇ。あっ、そうかそうか。あれか知哉、この前もらった図書カードがあるから、たまには本でもってわけか」


知哉「まぁそんなとこだよ。んで何冊か面白い本を紹介してもらってよ。いまは『桃の花は咲く』だよ」


修「なるほどなぁ。でも八村さんでしたっけ?」


八村「はい、八村です」


修「純文学なら他に良いのがあるでしょ。最近の純文学なんてナルシストだダンディズムが自己陶酔の為に使う道具になっちゃってるんですから。芸術的価値なんてありゃしない」


知哉「その話を本屋の中で口に出すなバカ! 楽しんでる人だっていんだろうが!」


修「わかってるよ、人それぞれなことくらい。それじゃまぁ、お次の本を紹介して下さいよ八村さん」


八村「えっ、あ、はい。それでは残りの三冊を紹介します。まずは最近海外でも人気のあります『誰でも楽しめる折り紙の世界』です」


 八村が取り出した折り紙の本。どこにでもあるような普通の折り紙の本だったが、修は身を乗り出した。


修「これもしかして、スッタモンダ書房から出てる……」


八村「はい、そうですけど……」


修「やっぱり! 八村さん、これ買います!」


八村「あっ、お買上げですか! ありがとうございます!」


修「いやぁ、これの上級編を先に買っちゃいましてね。最後の関連書籍のページで存在を知りまして」


八村「そうだったんですか。偶然とはいえ、ご紹介できて良かったです」


修「いやぁ、もしかしたら八村さんと趣味が合うのかなぁ。さっきの純文学も店としてのオススメなんじゃないですか?」


八村「……え、えぇ、実を言いますと」


修「やっぱり。八村さんのオススメを教えて下さいよ」


八村「私のオススメは何と言っても『今日も満月は浮かぶ』ですかね」


修「さすが本仲人! いい趣味してますねぇ。もう何度読んだことか」


八村「久石さんもお好きでしたか!」


 急な盛り上がりを見せる二人に、知哉は面倒くさそうに割って入る。


知哉「イチャついてないで、残りの二冊お願いしますよ! 本屋にもう一時間はいますよ!」


修「一時間もいんのかよ! 本嫌いのお前が!?」


知哉「いやだから、八村さんの縁談が……」


八村「すみません! 随分と長くなってしまって! それでは残り二冊を紹介します!」


知哉「お願いします!」


八村「これはもう、本当にオススメできます世界経済の解体新書、『バカにも分かるというけれど……』でございます!」


知哉「でございます! じゃねぇ! 俺がバカだってのをバレないように薄めて言っただけだろ!」


八村「い、いえ! 決してそういう事では‥」


知哉「ウソをつけウソを!」


 半笑いのまま文句を言い続ける知哉の横で、修は『バカにも分かると言うけれど……』を手に取り、簡単に中身を確認していく。


修「いやぁ八村さん、ナイスチョイス!」


 サムズアップしてみせる修。


知哉「言ってる場合かコラ! 親友がバカにされてんだぞ!」


修「なに言ってんだよ。八村さんはお前のために良い本を選んでくれたんだ。外見も落ち着いた感じで、中身の方だってしっかりした良い()さんだぞ? 色白で……」


知哉「大抵の本は白い紙なんだよ!」


修「気立ても良いし……」


知哉「気立ての良い本なんかねぇんだよ!」


知哉「八村さんも笑ってないで、最後の本を紹介してくださいよ!」


 八村は笑いながらテーブルの上を整理すると、一つ咳払いをした。


八村「長くなりました『本見合い』も最後の本になります!」


 八村は無駄に勿体ぶり、臭い演技を交えながら、すっかり本が無くなってしまったワゴンに手をのばした。

 知哉と修は静かに見守っていたが、八村の手から銀色の塊がちらっと見えると、落ち着きを失った。


知哉「……まさかだよな?」


修「そりゃそうだろ……」


知哉「考えすぎだよな、俺の」


修「その通り。お前の悪い癖だぞ、その考えすぎってのは」


 しかし、結果から言えば、知哉の考えすぎは正解だった。


八村「二年前、世を驚かせ賑わせたUFO騒動。その中心人物となったUFO研究家・灰田(はいだ)小次郎(こじろう)氏が、UFO研究家になるまでを赤裸々(せきらら)(つづ)った自伝記『真実は再び闇へと()す』です!」


 ギンギラギンに光り輝く銀色の本。黙り込む二人をよそに、八村は自信たっぷりに話しを続ける。


八村「お二人も覚えていらしゃるのではないでしょうか! この若松市に日本中が注目したあのUFO騒動! あの灰田小次郎さんの自伝ですよ! 噂ではUFO騒動の話も盛り込んだ第二弾を現在執筆中だとか!」


修「だ、出してたんだな、あの人……」


知哉「……あぁ。しかも第二弾をってことは、俺たちの所へまた来るんじゃないか?」


修「いろいろと許可を取りに来るだろうな」


知哉「また灰田さんに引っ掻き回されちゃうのか……」


 ふらっと立ち寄った本屋で思いがけない悩みの種を見つけてしまった二人は、今日という夏の休日を恨むのだった。

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