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何でも屋  作者: ポテトバサー
第七章・夏と合宿とワサビと雨と 第1シーズン最終章
48/56

41番に1番を絞って

 一日を終えた五人は、熊の案内で「地獄コース専用シャワー」なるものの為に、ライトの明かりを頼りに暗い山道を進んでいくのだった。

 夜行性の虫たちが唄う暗い山道を、熊と何でも屋はLEDのランタンとライトで進んでいた。


渡「当たり前だけど、真っ暗だね」


知哉「そうだな。キャンプ地と違って開けてねぇから、月明かりも入ってこねぇし」


渡「そうそう」


椎名「でも、ちょっと怖い感じもするけど、なんかドキドキするっていうか、ワクワクするっていうか…」


修「あー、椎名さん、それわかります」


椎名「だよね?」


修「しかも、こんな暗い山道を『地獄コース用シャワー』なんていう謎のもんの為に歩いてるんですから、余計にそう感じますよ」


重「どんなシャワーなんだろうねぇ?」


 修の後ろから重が声を出した。


重「やっぱり地獄っぽいんだろうか?」


渡「うーん、もしかしたらあれかな、シャワーと言っておいて、小さな滝なんじゃないの?」


椎名「あり得る話だけに怖いね」


修「シャワー室の内装が地獄ぽっいんじゃねぇの? 地獄絵図とか書いてあったり、シャワーヘッドが鬼の顔だったり」


重「出てくるお湯も血の色でさ」


知哉「気持ちわりぃな…」


重「そこらには舌を抜くペンチとか、斧とかノコギリとか飾ってあって」


知哉「気持ちわりぃな…」


重「汗だくのオジサンが『あえー、ぢめたくて気持ぢいい』ってタイルの壁にぺトぺト体をつけててさ」


知哉「気持ちわりぃ… じゃねぇよ! 地獄関係ねぇだろそれ!」


渡「まったく、やめなさいよ! 想像しちゃったでしょ!」


 もう一ネタ思いついた重はやめずに続けた。


重「それでオジサンはこう言うんだよ。『インテンションダムにはいくらか蓄えがあるが、どっかの反逆者(ネズミ)が壁をカジり、それこそ、()()()()と流れ出して、奴らの活動資源になってる』ってね」


知哉「気持ちわりぃ…  じゃねぇよ! 何の話だよ! 分からな過ぎて()ぇよ!」


重「でも、修はこういうSFっぽいの好きでしょ?」


修「まあな」


知哉「なにが『まあな』なんだよ」


修「察するに、人やそれに準じた生命体の意思、その在り処の特定に成功した世界で、意思をエネルギー体、もしくは有限と無限のちょうど間にある…」


知哉「いいよぉ! その話はよぉ! 勘弁してくれよぉ!」


 大自然の中に一日いた反動からか、修のSF思考は止まらなかった。結局、地獄コース用シャワーに着くまで、知哉は修の考察を聞かされ続けた。


熊「はい、皆さん到着です! この小さな小屋が地獄コース専用のシャワー室です!」


椎名「想像と違ったね」


渡「えぇ、普通の木造の小屋ですね」


重「海の家とかのシャワー室みたい」


渡「確かに。でも、どうせ中は訳の分からない… ねぇ、修と知哉(バカ二人)


 シャワー室に着いた後も、修は耳をふさぐ知哉に向かって考察を聞かせていた。


修「要は、新人類じゃなく旧人類の好奇心の質の低下が問題なんだよ。自分が今まで体験してきたこと、習慣、文化、文明。そういったものと比較して、著しく差異がある『何か』を見ると、不快感や嫌悪感を示して、理解をしようともせずに、見下したり、差別するようになる。最近ひどいのは、生命の生死に関わらない、人道的にも問題のない、風土からくる風習や慣習にでさえ…」


知哉「まーーーーーーー」


 耳を塞ぎつつ、声を出して対抗する知哉。


渡「おい! バカ二人!」


 渡はバカ二人のわき腹をつついた。


修「アウッ!」

知哉「アウッ!」


渡「いつまでやってんだよ! シャワー室に着いたぞ!」


修「おっといつの間に…」


知哉「はぁ、SF考察シャワーの次は地獄シャワーか…」


 渡が「まったく…」と首を振っていると、熊は小さな紙製の箱を一人一人に配り始めた。


熊「いま配っている箱の中身は石鹸です。これは私の知り合いが開発した『自然と衣服にすこぶる良い石鹸』というものでして、天然素材のみで作られた石鹸です。なので、シャワーを浴びつつ洗濯できるのです」


重「はい?」


熊「あ、失礼しました。なので! シャワーを! 浴びつつ! 洗濯…」


重「声の大きさじゃないですよ! 説明は聞こえていますよ! 聞こえている上での『はい?』なんです!」


熊「どういうことで…」


重「いやですから、シャワーを浴びつつっていうのは…」


熊「そのままの意味です。サバイバルウェアを着たまま、服や下着を見つけたまま石鹸で洗うことによって、洗濯も可能ということです。さらに、自然にも優しい成分で作られているので、サバイバルにはもってこいなんです」


重「………自然と服に優しいんですか」


熊「はい」


重「それで、肌とか髪にはどうなんですか?」


 重と同じ疑問を抱いていた他の四人は、重と一緒に熊の返答を待っていた。


熊「……あ、それではどうぞ、シャワーを浴びてください!」


 あからさまに質問をスル―した熊に、何でも屋たちは下を向いて肩で笑った。熊も熊で、笑うのを必死にこらえながら話を続けた。


熊「そ、それでは皆さんがシャワーを浴びている間、本部に戻ってやらなければならない事がありますので……」


 熊は「しばらくしたら戻ってきます」と、シャワー室の鍵を椎名に渡し、足早に本部へと戻っていった。


椎名「いやぁ、思いっきりスル―したね」


修「スルーもスル―でしたね」


知哉「その『自然と衣服にすこぶる良い』石鹸、大先生は使わねぇほうがいいんじゃねぇか? それ以上、その天然パーマが大爆発しちまったら大変だぞ?」


大先生「どうするかなぁ。逆にサラサラヘアーになるってことはないかなぁ」


椎名「伸るか反るかだね」


修「おっ、椎名さんウマいですねぇ」


椎名「どうもどうも」


重「伸るか反るかって、嫌ですよ一発勝負は!」


渡「あのさ!」


 だらだらと話を続ける四人に渡が言った。


渡「いつまでワイワイやってんの? 順番決めて、早いとこ済ませようよ」


知哉「そうだな。まぁでも、順番は椎名さんが一番ってのは決まりだしな」


修「そうそう、年功序列だよ」


 その言葉に椎名は腕を組んで、修の方を見つめ、嫌味ったらしく言った。


椎名「そんなこと言って修君、僕を地獄シャワーのお試しで使う気じゃないの?」


修「……じゃあ、俺たちは外で待ってますんで」


 他の三人はまたも肩を揺らした。


椎名「ちょっと! スル―してるじゃにゃいにょ!」


修「はい、噛んだ人はダメでーす」


椎名「いや、ちょっと…」


修「いいから早く入れよお試しピエロ!」


 修は笑いつつ椎名からカギを奪い取ると、シャワー室のドアの錠を外した。


修「ほら! 早くしてくださいよ!」


 修は椎名をシャワー室へ押し込み、ドアを閉めた。


修「ったくピエロさんはよぉ」


知哉「ホント、面白い人だよな椎名さんは。頼りがいがあるときもありゃ、ポンコツな時もあるし」


重「それにしても、地獄シャワーに一人で行かせて大丈夫かね?」


修「平気だろ? 地獄コースの人が使うってだけで、普通のシャワーだろ」


渡「でも、汚苦多魔村だからねぇ。何があっても不思議じゃないよ?」


 そう四人が話している時だった。


椎名『えっ!?』


 シャワー室に響く椎名の声が、外まで聞こえてきた。


知哉「なんだ?」


重「なんだろ?」


 四人が互いの顔を見ていると、シャワー室からまた何かが聞こえてきた。


ピチャピチャッ… ピチャペチャッ……


渡「………ん? これってシャワーの音?」


修「んなわけねぇだろ? シャワーってもっとこう、シャーッとかジャーッって感じだ…」


椎名『ヒャッ!!』


渡「……ヒャッってのが聞こえてきたけど?」


修「……なんだろうな、ヒャッて」


 四人はシャワー室へ近づき、夜の虫や風で揺れる草木のざわめきの中、シャワーと椎名の声に集中した。


椎名『クッ…… ハァッ! ハアァーア……』


ピチャッペチャッ シャカシャカ


椎名『よし…… クッ…… ククグクッ……… ハ、ハァッ!!』


 とにかくよく分からない音と声とが、外にいる四人の耳に聞こえてきた。


渡「何かに耐えてる… のかな?」


知哉「なんか、そんな感じだな」


修「でも何に耐えてんだよ?」


重「っていうかさ、修の言う通り、シャワーの音がおかしいんだよね。だって水が滴るというか、落ちて床に当たる音しか聞こえてこないもん」


シャカシャカ シャカシャカ


知哉「これは洗濯してる音だよな?」


修「おう」


椎名『………よし』


重「ちょいちょい『よし』って言うのは何なの!?」


修「なんか、覚悟を決めるときの『よし』だよな」


渡「そうだね。なにか躊躇(ちゅうちょ)させるものがあるのかね?」


カタカタカタカタ…


修「おい、なんか新しい音が増えたぞ!?」


渡「不安にさせるな……」


重「ちょっと、椎名さん出てくるよ!」


 四人は急いで壁から離れると、もと立っていた位置に戻った。そして、四人が何気ないそぶりを見せていると、シャワー室のドアがゆっくりと開いた。


四人『………………』


 四人が静かに見ていると、中からカタカタガタガタと体を震わせた椎名が、自分自身を抱いて寒そうに出てきた。四人は見るなり笑った。


重「あははははははっ!」


修「アハハッ! どうし… アハハッ!」


 鼻を垂らし、あまりに寂しくなってしまった椎名。いつものおおらかで優しい椎名との差が、どうやら修の笑いのツボに入ってしまったらしい。


修「だ、大丈夫で… アハハハッ…」


 心配しながらも、指さし、笑い転げる修。


知哉「何があったんですか椎名さん!」


 知哉は笑い涙を拭きながら、椎名に歩み寄った。


渡「大丈夫ですか?」


 渡は腹をおさえながら、椎名に歩み寄った。


椎名「あろれ、もうれ、ちゅめたしゅぎるんらよれ。ちゅめチャイのよ」


 鼻を垂らしながら話す椎名の言葉が、修に追い打ちかける。


修「も、もう、勘弁して……」


椎名「いやぁ、おしゃむくんれぇ、ちゅめチャイのよ、みちゅが」


 修は一緒に笑ってた重の腕を借り、笑い涙を拭いながら立ち上がった。


修「ちゅめチャイって、インドの飲み物が混ざってますよ椎名さん!」


重「何がどうしたんですか?」


椎名「浴びゅればわかりゅよ… 浴びゅれば…」


修「よーし、それじゃ次は俺が浴びますよ! ちゅめチャイシャワーをね!」


椎名「あとね…… 二つ個室があるからね……」


修「あ、本当ですか? じゃあ知哉も入れよ。男らしくシャワー浴びようぜ」


知哉「よーし、カタカタ椎名さんに男らしさを見せてやるか!」


 二人は着替えや洗面道具の入った袋を片手に、意気揚々とシャワー室に入っていった。が、しばらくして外に出てきた修と知哉に、男らしさなんてものは見当たらなかった。


修「ガタガタガタガタッ……」

知哉「ガタガタガタガタッ……」


渡「カタカタどころの騒ぎじゃないだろ!」


 修と知哉は、椎名と同じく自分自身を抱きしめ、寒さに身を震わせながら、おぼつかない足取りで渡たち三人のもとへ近寄っていった。


渡「まったく…」


修「め、めんびょくねぇ」


知哉「みちゅちかじぇにゃくて…」


渡「なに言ってんのか分かんないんだよ! ほら、大先生、こんなの放っておいて俺たちもシャワー浴びるよ」


重「浴びちゃくにゃい…」


渡「浴びる前からバカ言ってんじゃないよ! ほら早く!」


 渡は重の腕を引きながら、シャワー室へと入っていく。そんな二人を、残された三人は心配そうに見ていた。


知哉「だ、大丈夫かな? 特にあの二人は痩せてるし…」


修「そうだな。っていうか、椎名さんはよく耐えましたね」


椎名「いや、耐えられないと思ったからさ、いかに無駄なく効率よくシャワーを浴びられるかを考えてから、実行に移したんだよ」


知哉「俺もそうすればよかった… あぁ、ダメだ、寒すぎる!」


椎名「うん、本当に寒い…」


修「こういう時はあれですよ、体を動かして血流を良くしないと」


 三人は暗い大自然の中でスクワットを始めた。


知哉「シャワーを浴びた後にスクワットするなんてよ、今日の朝、旅館で目覚めたときには考えもしなかったな…」


椎名「一日って長いようで短いよね」


修「んでもって、これからシャワーを浴びる二人は長く感じるんだろうな」


 修の言う通りだった。水色のタイルで統一されたシャワー室。その個室に入った渡と重は呆然としていた。


重「な、なーに、これは?」


渡「シャワーだと思うけど…」


重「壁からパイプが一本突き出て、そのパイプの先に笹が何本も刺さってるのが?」


渡「う、うん…」


 二人はそれぞれの個室にあるシャワーを黙って見つめ続けた。


渡「これは、その、どうやって使えばいいのかな?」


重「右側にある小さいバルブを回せばいいと思うけど…… うん、回したら出てきたよ」


渡「じゃあ、ちょっと…」


 渡は手作り感たっぷりのシャワーのわきに移動すると、バルブを少しずつ回し始めた。予想よりも簡単に回ったバルブが緩んでいくと、パイプから出てきた水が笹の葉を伝っていき、タイルの床に落ちていった。

 ピチャピチャと音を立てている水。湯気もないただの水。先に入って体を震わせながら出てきた三人の事を考えれば、かなりの低温が予想される水。それでも重は、毛ほどもない可能性を胸に、流れ落ちる水に手を伸ばした。


重「スッツ!」


 突然、隣から聞こえてきた重の『スッツ』という謎の言葉に、渡は驚き、体をのけぞらした。


渡「なによ大先生!? 変な声を出さないでよ!」


重「だっ… だってバカみたいに冷たいんだよ水が!」


渡「そりゃそうでしょ! さっきの三人を見ればわかるでしょそのくらい!」


重「それでもお試しでやったの! お試しで!」


渡「まったくもう! …あぁ、もう面倒くさい、さっさと浴びて、洗濯して、俺は出るよ! 早くキャンプ地に戻って寝たいんだ!」


重「浴びる気!? 寒いよこんなの!」


渡「大先生も覚悟決めて浴びなさいよ?」


重「でも…」


渡「でももヘチマもないんだよ! …まぁ、体を洗う小さいヘチマは持ってきたんだけどね」


重「寒いよ?」


渡「どっちの意味だよ!」


 それからしばらくして、渡と重もシャワーを浴び終えた。そして本部から戻ってきた熊と合流すると、何でも屋たちはキャンプ地に帰っていった。


熊「はい、キャンプ地に到着です!」


 相変わらずの元気な声を出す熊。


藍「みなさん、おかえりなさい!」


 もちろん、藍のほうも相変わらずだった。


知哉「あ、どうも……」


椎名「ただいま戻りました……」


 寒さと疲労感が、二人の声量を奪っていた。


藍「シャワーはどうでしたか?」


修「どうって…」


カチカチッ………


 修の耳にそんな音が聞こえてくる。


修「パイプだし、笹だし…」


ガクガク………


修「とんでもなく冷たいし…」


ガクカチガクカチッ……


修「うるせぇんだよ、さっきから!」


 そう修が叫んだ先には、自分自身をきつく抱きしめた渡と重が、カチカチと歯を鳴らしながら、寒さに震えていた。


修「いつまで寒がってんだよ!」


渡「い………」


重「ず………」


 絞り出すようにして声を発した二人は、首を横に振るばかりだった。


修「何が『いず』なんだよ? ここは汚苦多魔だよ! ったく、だらしのねぇ。あっ、とにかく藍さん、冷たくて寒かったです」


 修のシャワーを浴びた感想に、藍はもったいぶったような笑顔を見せた。


藍「そんな皆さんにプレゼントです! みなさんのシェルターを暖かシェルターにしておきました!」


 その言葉を聞いた瞬間、重と渡は月明りと焚き火だけの暗いキャンプ地を走りはじめ、あっという間に各々のシェルターへと横になった。


知哉「なんつー速さだよ…」


修「40ヤード走なら4秒切ってたよな?」


知哉「あぁ、確実にな…… じゃねぇよ! なんだよ40ヤードってのは?」


修「いや、アメフト……」


知哉「わかんねぇよアメフトで例えられても!」


修「これだから中華屋の息子は…」


知哉「はい、全国の中華屋の息子を敵に回しました」


修「うるせぇなぁ、これだから板前の孫は…」


知哉「よく覚えてんな俺のじいちゃんの仕事を!」


修「祖父が板前、父親が中華屋、なのに息子が味音痴つーのは… ククッ、笑えるよな?」


知哉「笑えねぇよバカ!」


 走り去った二人、言い合う二人の計バカ4人を放っておいたまま、椎名は藍に質問をした。


椎名「あの藍さん、暖かシェルターっていうのは、どういった構造で暖かなんですか?」


藍「説明しますのでシェルターの方へどうぞ」


椎名「あ、はい」


 椎名と藍はシェルターの方へと歩き始めた。


熊「あのー、修さんに知哉さんいいですか?」


修「え?」


知哉「はい?」


熊「暖かシェルターの説明をするので…」


修「あ、すみません」


 三人もシェルターの方へと歩き始めた。


知哉「それにしても熊さん、あのシャワーは冷たすぎますよ」


修「凍るかと思いましたよ」


熊「いやぁ、気に入っていただけたようで…」


知哉「人の話聞いてます?」


 三人がチグハグな会話をしながら歩いていると、藍の呼ぶ声がした。


藍「皆さーん! 早くしてくださーい!」


 三人は声を聞くと、駆け足でシェルターへと近づいていった。


修「いや、どうもすみません」


知哉「それで、どんな感じなんですか?」


藍「はい。シェルター寝台部分の下の地面に穴を掘り、たき火で出来た炭を入れて埋めたんです。そうすることによって、地面から程よく暖かい空気が出てくるんです」


椎名「なるほど」


修「どおりで気持ちよさそうに寝てるわけですよ」


 修の目線の先には、それは気持ちよさそうな表情で横になっている重と渡の姿があった。二人ともだらしなく口を開けたまま、暖かい空気に包まれていた。


熊「えー、シェルターの説明が終わったところで、明日からの説明を少し……」


 熊の言葉を聞いた知哉は、寝ている二人を起こしにかかった。


知哉「おい、大先生に教授さん。熊さんが説明してくれるってから起きろよ」


重「……ん?」


知哉「ん? じゃなくて起きろよ? 説明だって」


重「あぁ、説明ね…」


 体温を取り戻した重は、ゆっくりとシェルターから起き上がってきた。


知哉「ほれ教授さん! 起きろって! 説明があるんだと!」


渡「……………」


知哉「起きろって! そんなに(さみ)ぃなら、たき火にあたればいいだろ! まだあるんだから!」


 知哉の言葉を聞いた渡は、素早く起き上がると、辺りをキョロキョロ見回した。そして幾分規模が小さくなったたき火を見つけるや否や、ものすごいスピードで走り始めた。


渡「焚き火! 焚き火!」


 残された何でも屋たちと教官二人は、焚き火まで黙ったまま歩いていった。


熊「え、えっと、それじゃ皆さん、どうぞお座りください」


 言われた何でも屋たちは恍惚の顔で火にあたる渡を見ながら、焚き火を囲むようにして地面に座った。


渡「あら、お揃いで」


知哉「うるせぇよ! さっきから走りまりわやがって!」


渡「いやいや、最初から焚き火にあたってれば良かったんだよ。まぁ、天才がたまに見せる茶目っ気ってやつ?」


知哉「あぁ、インテリがたまに見せるマヌッケってやつな」


熊「あの…」


渡「あ、どうも、すみません」

知哉「あ、どうも、すみません」


熊「では、初めにですね…… 明日から我々教官は、皆さんからかなりの距離を取ってサポートしていくことになります! そうすることによって、サバイバル生活により緊張感が生まれますので!」


藍「皆さん、頑張ってくださいね!」


熊「次に、ナイフの没収ですが、代わりに石器をとお考えになっていましたら、河原の石をご自由にお使いください!」


藍「皆さん、お使いくださいね!」


 焚き火の光に照らし出されながら、淡々と説明を続けていく熊と藍の姿が、何でも屋たちには鬼に見えた。


熊「最後に、皆さんが回収した食材カードの結果発表です!」


 ただ、サバイバル生活において、少ない楽しみの一つである食事の話になると、否が応でもテンションが上がってしまう何でも屋たち。


重「忘れてたね食材カードのこと!」


知哉「おう! なんだろうな!」


熊「えーそれでは、アルファチームが回収した食材カードの3番は……」


渡「知ちゃんが池で見つけたやつだね」


知哉「おう。んで、なんですか熊さん」


熊「3番は『海苔』です!」


 ほんの少しの間の沈黙の後、知哉が小さい声できいた。


知哉「ノリ? ノリッて、おにぎりとか餅とかに使うあの海苔ですか?」


熊「はい! 一人当たり、全型一枚です」


知哉「全型?」


熊「縦21センチ、横19センチのサイズの海苔です」


知哉「あぁ、あのデカいままの一枚ですか」


熊「本当はアサクサノリで作った海苔が美味しくていいんですけど… アサクサノリも絶滅危惧種でしてね? まぁ、私たちも干潟の環境改善や保護活動をして頑張ってはいるんですが、最近のヒトの無関心というのは環境汚染を招く傾向に…」


藍「あの所長、今は食材カード…」


熊「そう、贖罪ではすまされない…」


藍「違います! 食材カードです! 食材カード!」


熊「あ、あぁ、そうでしたそうでした。ということで海苔です!」


知哉「どういうこなんですか!」


 やり取りを見ていた修が隣に座る重に言った。


修「聞いたかよ?」


重「絶滅危惧種だってねぇ」


修「いや、それも大事だけどよ、やっぱり水の中で見つけたものは、海川関係なく水の中の食材なんだよ」


重「あぁ、そうか。じゃあウチらのは果物かねぇ?」


修「たぶんな」


 二人が自分たちの食材カードの事を考えていると、熊が二つ目を発表した。


熊「はい、次。アルファチームが見つけた175番は……」


渡「これは椎名さんが見つけたやつですね」


椎名「うん、帰り際の原っぱでね。なんの食材かな?」


熊「175番は『イナゴ』です!」


 熊の声が元気に響いた。


知哉「おいピエロ!」

渡「コラっ! ピエロ!」


 知哉と渡の間に座っていた椎名は、大声に挟まれた。


椎名「な、なに!?」


渡「なにじゃないですよ! 何を拾っちゃってくれてるんですか!」


知哉「イナゴですよ、イナゴ!」


椎名「イナゴって知ってたら拾わないよ僕だって!」


 修は三人の言い合いを指さし笑いだした。


修「ったくポンコツだよな」


知哉「ポンコツはお前だ! お前も食べるんだぞイナゴを!」


修「………………ピエロがコラァ!」


椎名「だから! 知らなかったんだってば!」


修「ったく、シゲもなんか言ってやれよ!」


重「俺は別にイナゴ食べられるから平気」


 四人は黙って重を見つめる。


熊「まぁ、皆さん、イナゴは(ふん)出しをして羽根も脚も取って佃煮にしてありますから、心配にはおよびませんよ」


知哉「い、いや、そういう事でモメてるんじゃないんですけど……」


熊「さぁ、それでは藍ちゃんのほうからブラボーチームの食材発表です。藍ちゃんどうぞ」


藍「はい!」


 四人は「なんだかなぁ」と静かになった。


藍「それでは発表します!」


修「えぇ、もうポンコツアルファチームに発表してやってくださいよ!」


藍「はい! まず一つ目の74番は『オレンジ』です!」


 オレンジと聞いた途端、修は素早く立ち上がってポンコツチームを指さした。


修「聞いたかポンコツズ! オレンジだぞオレンジ!」


 そう言うなり、修は腕を組んで笑い出した。


藍「二つ目の85番は『蜂の子』です!」


 蜂の子と聞いた途端、ポンコツズは立ち上がって修を指さした。


渡「おいヒゲ!」

椎名「ちょっとちょっとぉ!」

知哉「このバカ!」


修「………」


 修はポンコツズから目をそらすと静かに座った。


渡「偉そうに、自分も虫じゃないの!」


知哉「お前もポンコツだろーが!」


椎名「ほら重君もなんか言ってやってよ!」


重「あ、俺は蜂の子も食べたことあるんで、平気です」


 四人は黙って重を見つめる。


熊「まぁ皆さん、イナゴの佃煮とかぶらないようにバター醤油炒めにしてありますから、心配にはおよびま…」


知哉「だからそういう事じゃないんですよ!」


 その後、熊と藍は本部へと戻り、何でも屋たちは明日に備え、焚き火の始末を済ませると、シェルターへと横になった。


渡「はぁ、朝食が海苔と二種の昆虫とはね……」


椎名「デザートにオレンジがあって良かったね」


渡「不幸中の幸いでしたよ、オレンジは」


修「オレンジのカードを見つけた俺自身にありがとうの言葉を贈りたいね」


重「でもねぇ……」


 四人がダラダラと話している中、知哉だけは一人ガサゴソとやっていた。ただ、疲れていた四人は知哉を放っておいた。


修「でもなんだよ?」


重「食べ合わせがどうかねぇ」


修「食べ合わせ?」


重「そうそう。ほら、焼いた餅を食べた後に、リンゴジュースとか飲むと苦いじゃない?」


修「あぁ、あれな」


椎名「そうかそうか、海苔とイナゴの佃煮と蜂の子のバター醤油炒めの後のオレンジだもんね? どんな味になるか想像もできないねぇ」


渡「確かに、その組み合わせじゃちょっと……」


修「まぁ、イナゴは俺も成田の参道で試食してさ、佃煮の味しかしなかったから大丈夫だとは思うんだけど、問題は蜂の子だよな」


椎名「蜂の子とオレンジ?」


修「そうですそうです」


渡「いや、餅の件があるから、佃煮の醤油とか、海苔も下手したら下手するよ?」


修「それもあ…… さっきっからガサゴソ何やってんだよ鬱陶しい!」


 急に話しかけられた知哉は、驚いた拍子にシェルターから落ちかけた。


知哉「バッ… バカ! 急にでけぇ声出すなよ!」


修「()()()が落ち着きねぇからだろ! 何やってんだよ!?」


知哉「寒いんだよ!」


修「寒い? でかい図体のくせによ…」


知哉「図体関係ねぇだろ!」


修「ったく……」


 修はシェルターから身を乗り出すと、自分のボストンバッグから何かを取り出した。


修「ほら! 新しいやつだから使えよ!」


 修は未使用のバスタオルを知哉に差し出した。


修「無いよりはマシだろ?」


知哉「修………」


 知哉はバスタオルを受け取ると、すぐさま体にかけた。


知哉「……なんで修は女子にモテねぇんだろうな?」


修「余計なお世話だ!」


渡「…バカだからでしょ?」


 渡はボソっとこぼした。


修「聞こえてんぞ!」


渡「聞こえるように言ったんだよ!」


椎名「それにしても何でモテないかねぇ?」


修「その話を広げなくていいんですよ椎名さん!」


知哉「本当にねぇ……」


修「いいから寝ろよ! 明日も忙しくなるんだからよ!」


渡「はいはい、わかりました……」


椎名「じゃあ皆、おやすみなさい」


修「おやすみなさい…」

渡「おやすみなさい…」

知哉「おやすみなさい…」


 そう言って静かになると、虫の声が辺りを包んだ。


重「……………………………修君、あたしもさ・む・い」


修「寝ろってんだよコノ野郎!!」


 合宿二日目の朝。初日の疲れと緊張感でぐっすり寝ていた何でも屋たちは、ニワトリにも負けない騒がしい声で起こされた。


熊「おはようございまーす!」

藍「おはようございまーす!」


 二人の朝の挨拶に、何でも屋たちは目をこすり、あくびをしながらノソノソとシェルターから起き上がってきた。


熊「おはようございます! 皆さん、朝食を用意いたしましたので、焚き火をしていた場所に集まってください! それと、水筒もお忘れなく!」


 そう言うと、熊と藍は焚き火跡へ軽快に歩いていく。


修「きのう… 殴り合いをしたっけか?」


 修は半開きの目のまま、ボソッとこぼした。


知哉「うーん…… 確かにそんな感じで、体が、こう、バッキバキだもんな……」


 バスタオルにくるまったままの知哉が答えた。


渡「まったく疲れが取れてない……」


 渡は水筒に手を伸ばすと、フタを開けて水をゆっくりと口に含んだ。


渡「あぁ、沁みるなぁ湧き水…」


椎名「んー、すごく気怠いなぁ……」


 椎名はシェルターの外に出ると、ゆっくり体を伸ばした。


椎名「重君は大丈… うわっ!?」


 椎名の声に、他の三人が重の方へと目をやると、髪の毛を爆発させた重の姿があった。山の朝日に照らし出された重の頭は、黄金の旋盤屑(せんばんくず)のようだった。


渡「重さん…」


重「…なんでしょう?」


渡「昨晩、パーマあてました?」


重「えぇ、天然のを少々。それにしてもどうです? 少壮気鋭(しょうそうきえい)としてますでしょ?」


渡「……まぁ、重さん事態は周章狼狽(しゅうしょうろうばい)としてますけど」


重「では、焚き火跡へ向かいましょうか皆さん」


 おぼつかない足取りの重を先頭に、何でも屋たちは焚き火跡へと移動した。


熊「す、すごいですね重さん……」


重「いえ、それほどでも」


修「たかが寝癖だろ!」


 修は重の髪の毛を、優しく、かつ大胆に右手でかき回した。


熊「そ、それではどうぞ、お座りになってください、朝食をお渡ししますので」


 何でも屋たちは、焚き火跡を半円を描くようにして囲み、ゆっくり腰を下ろした。すると、藍が笑顔で海苔を配っていった。


藍「まずは海苔になります!」


 きれいな四角形に切られた全型サイズの海苔を、何でも屋たちはまじまじと見つめた。先ほどの重の髪の毛ではないが、朝日に照らされた海苔の光沢は、海藻の加工品ということを忘れさせるほど見事だった。


渡「それじゃ… いただきましょうか?」


知哉「おう。じゃあ、いただきます」


 知哉に続き、いただきますを済ますと、四人も海苔を頬張った。


修「フッ……………」


 芳醇な磯の香りが口に広がった瞬間、修は思わず笑ってしまった。


修「いや、海苔ってこんなに美味かった?」


 修の言葉に共感した他の四人は、笑顔で数度うなずいた。


重「ホントホント、すごく美味しいね、この海苔」


知哉「湿気ってないからパリパリしてるしよ」


椎名「たまにある生臭い感じもまったく無いしね」


 よほど気に入ったのか、何でも屋たちはあっという間に海苔を食べ終えてしまった。すると、タイミングを見計らっていた藍が、次なる朝食を配り始めた。


藍「次はイナゴの佃煮と蜂の子のバター醤油炒めになります!」


 藍は手際よく、ピンク色と緑色の小さなタッパーを渡していく。


渡「来たよイナゴと蜂の子」


重「来たねぇ。何年ぶりかなぁ食べるの」


 遠い昔の記憶を探しつつ、重がピンク色のタッパーのフタを開けると、佃煮特有の甘辛い香りが漂ってきた。


重「いやぁ、懐かしいフォルム」


知哉「佃煮見て言うセリフかよ?」


渡「やめてよね、その… 遠回しにイナゴの事を言うの」


 重以外の四人は、気後れしながらもフタを開けた。中には、飴色に輝くイナゴたちがきれいに並べられ入っていた。


修「フッ……………」


 修はまた肩を揺らした。


修「可愛らしいピンクのタッパーに、飴色のイナゴってのは… 斬新というか新鮮というか……」


椎名「僕の想像が間違ってたのかわからないけど、煮たわりには、その、サイズがあるんだね……」


重「前に食べたときのより大きいですよ、このイナゴ」


椎名「あ、やっぱり?」


修「ま、とりあえずいただきましょうよ」


 再び、いただきますを済ませると、何でも屋たちは指でイナゴを掴み、口へと運んだ。


知哉「あははははっ!」


 佃煮を飲み込んだ知哉は、急に笑い出した。


知哉「待て待て、ウマすぎるだろ!」


 またしても共感した他の四人は笑って相槌をした。


修「疲れってっから、こういう味付けがいいよな」


渡「うん、美味しいね。椎名さんはどうですか?」


椎名「うん… 美味しく… いただいてます…」


修「いただいてますって、イナゴを一切見ずに食べてるじゃないですか」


椎名「イナゴが恥ずかしいって言うもんだから……」


修「……………………」


 修は黙ったままウンウンと頷いた。


修「まぁ、謝るか歯を食いしばるかのどっちかですね」


椎名「ゴメンゴメンゴメンゴメン!」


修「ったく、朝から下らないこと言って…… それじゃ蜂の子にいくか」


 修が緑色のタッパーを開けると、佃煮のそれとは違った、香ばしい匂いが漂ってきた。修はその匂いを吸い込みながら、空を仰ぎ見た。


修「あぁ… バター醤油を考えたやつは天才だな……」


 修は目線をタッパーに戻した。


修「ただまぁ、蜂の子に絡められるとは思ってもみなかったろうな」


知哉「いや、蜂の子のほうがバター醤油に絡められるとは思ってないだろ?」


修「それもそうか。まぁいいや、それじゃいただきます」


 修が蜂の子を口に入れると、他の四人もそれに続いた。


渡「あ、これは美味しい」


修「おう。もう俺の中ではあっさりイナゴを抜いてったけどね」


椎名「すごくクリーミーな感じなんだね」


知哉「なんかトロっとしてますよね」


椎名「うんうん」


 そのとき、ずっと黙っていた重がボソっとこぼした。


重「ヘボだねぇ」


知哉「なに?」


重「ヘボだねぇ、っていったの」


知哉「何がヘボなんだよ?」


修「お前がだよ」


知哉「横からうるせぇな! 俺は大先生に聞いてんだよ」


重「ヘボってのはね知ちゃん…」


 重は指でつまんだ蜂の子を知哉の方へ突き出した。


重「蜂の子の事を言うんだよ」


知哉「あ、そうなの?」


修「あと、知哉の事を言うんだよ」


知哉「だからうるせぇって!」


 そんなこんなで、何でも屋たちがメインの三品を食べ終えると、藍がデザートのオレンジを配り始めた。オレンジは半分に切られており、それぞれラップでくるまれていた。


藍「お待ちかねのオレンジになります!」


 何でも屋たちが、受け取ったオレンジのラップを取り外すと、辺りに柑橘特有のあの爽やかな香りが広がった。


修「おぉ、みずみずしい…」


重「おいしそうだけど、食べ合わせはどうかね?」


知哉「食ってみりゃわかるだろ」


 そう言って知哉はオレンジにかぶりついた。そしてまたバカそうに笑い出した。


知哉「あははははっ! 世界で一番ウマい食べ物発見!」


 情緒のない大声がキャンプ地に響き渡る。


渡「………本当にバカってのは声がでかいですよねぇ」


椎名「本当にね。どうしてなのかなぁ?」


 インテリ二人はバカを見ながらオレンジを口にした。


知哉「その急な嫌味タイムは何なんだよ?」


重「まぁ、いいじゃないの知ちゃん。褒められてんだから」


知哉「何を聞いてたんだよ!? バカにされてんだよ俺は!」


修「ったく、さっきからうるせぇんだよ! こっちは気持ちよく故郷の味に浸ってるってのによ!」


知哉「故郷だぁ?」


修「そうだよ! このバレンシアオレンジの酸味は、スペインでの甘くほろ苦い青春時代を思い出させる」


知哉「いつからスペイン人になったんだよお前は!」


修「Que te mejores pronto.」


知哉「なんっつたんだよ!? 何語だよ!?」


修「スペイン語に決まってんだろ!」


知哉「嘘つけ!」


修「バッカ! この間、テレビのワンフレーズなんちゃらってので見たんだよ!」


知哉「その時点でお前はスペイン人じゃねぇだろ! つーかなんて言ったんだよ?」


修「早く良くなってね」


知哉「喧嘩売ってんのか!」


 ちょうどいいフレーズを放送しやがってと、知哉は笑いつつ文句を言った。


藍「あのう、久石さん」


修「あ、はい、なんでしょう?」


藍「そのオレンジ、バレンシアじゃなくて、カリフォルニア産のネーブルオレンジなんです」


修「…………………」


 食べかけのオレンジを黙って見つめる修。


修「Oh,California……」


知哉「黙れバカ日本人!」


 その後、朝食を済ませた何でも屋たちに、熊がいくつかの事を説明していた。


熊「えー、昨晩お話しした通り、本日から我々教官は皆さんから距離を置いてサポートしていきます。また、キャンプ地入口の所に、食材カードを入れるための白い木製の箱を設置しましたので、カードを見つけた際にはそこへお願いします。その箱に食材を入れておきますので」


 熊は笑顔で説明を続けていく。


熊「また、最終日に間に合うようイカダを作ってください。そして椎名さん!」


 急に名前を呼ばれた椎名は驚いて返事をした。


椎名「は、はい!」


熊「椎名さんは何でも屋さんを辞め、大道芸人として活動されているんですよね?」


椎名「えぇ、そうです」


熊「よって、椎名さんには大道芸人特別合宿コースを用意しました!」


椎名「へっ!?」


 驚く椎名を置いてけぼりにしたまま、熊は続けた。


熊「もちろん、担当教官がマンツーマンで訓練を行います! ではその教官をご紹介しましょう。荒木(あれき)君、どうぞ!」


 熊がそう言うと、どこからともなく一人男が現れた。熊や藍と同様、爽やかな笑顔を見せている。


荒木「どうも! 私が椎名さんを担当します、もうすぐ三十代の荒木善人(よしひと)です!」


 大きく目を見開かせた椎名は、荒木や熊、そして何でも屋たちの顔をキョロキョロと交互に見た。事情を知っている修以外の四人は、その椎名の表情に笑うのを必死にこらえていた。


荒木「それでは椎名さん! さっそく向かいましょうか!」


椎名「へっ!?」


熊「椎名さんにはこれから三日間、別行動で訓練をしてもらいます。もちろん、そのあとは合流し、最終日にはイカダで脱出してもらいます」


荒木「さぁさぁ椎名さん! 荷物を持って出発です!」


 荒木は椎名の手を取って強引に立ち上がらせると、荷物のあるシェルターを手でさした。椎名は相変わらずキョロキョロとやりながら、シェルターへ向かった。


椎名「あの、荷物って全部ですか!」


荒木「いえ! バックパックだけで十分です!」


椎名「あぁ、はい……」


 椎名はバックパック片手に小走りをして戻ってきた。


椎名「どうも、お待…」


荒木「さぁさぁ! それでは参りましょうか椎名さん!」


 荒木は椎名の肩に手をかけると、森のほうへ向かって歩き始めた。


荒木「この生命あふれる森の中で、世界一の大道芸人を目指して頑張りましょう!」


椎名「は、はい、頑張り… ましょう…」


 次第に遠くなっていく椎名は驚きの表情のまま、何度か振り返った。そのたびに、何でも屋たちは笑顔で手を振り見送った。そして椎名と荒木は森の中へと消えていった。


知哉「すんごい驚いてたな椎名さん」


重「キョトンとしてたよね」


修「すっかり忘れてたんだろうな、別に合宿があること」


渡「というか、別に合宿があるって言ってたっけ?」


修「言ったよ俺は」


渡「そうだっけ?」


知哉「つーかよ、合宿じゃなくて訓練って言ってたぜ荒木さん」


熊「いやそうなんですよ」


 熊が笑顔のまま説明を始めた。


熊「私も最初は合宿と呼んでいたんですけど、荒木君が作ったリストを見せてもらましたら訓練と呼ぶのがふさわしいかと思いましてね」


知哉「それじゃ相当キツイ内容なんですか」


熊「普通の方なら泣いて帰りますね」


渡「えっ!?」


熊「ただ、進んで地獄コースをお選びになった皆さんの事ですから、源二さんも大丈夫でしょう!」


渡「………………大丈夫かなぁ椎名さん」


修「大丈夫だって。前にも修行だって言ってボロボロになって帰ってきたじゃねえか」


渡「それはそうだけど……」


修「人にやさしく自分に厳しい椎名さんなら、乗り越えられるって」


重「そうだよ教授さん。椎名さんは何でも屋を辞めて一人で頑張らなきゃいけないんだから、この訓練を乗り越えることこそが世界一の大道芸人になる第一歩なんだよ」


修「そうそう、世界一、世界一」


知哉「いや別に、椎名さんは世界一を目指してねぇし、世界を匂わすようなことも言ったことねぇぞ?」


重「……………大丈夫かな椎名さん」

修「……………大丈夫かな椎名さん」


熊「大丈夫ですよ!」


藍「それでは、朝食のタッパーとゴミを回収しますね!」


 藍が手際よく片付け、回収したところで、熊は姿勢を正して声を張った。


熊「ではでは、椎名さんも訓練に出発したことですし、皆さんも最終日の脱出に向けて頑張ってください!」


藍「頑張ってください!」


 二人は敬礼をすると、マーチに合わせて行進するかのように元気よく歩き出し、キャンプ地を後にした。


重「…………大丈夫かな、俺たち」

修「…………大丈夫かな、俺たち」


知哉「さっきから、うるせぇよ」


 二人の教官と椎名がキャンプ地からいなくなり、何でも屋たちは久しぶりに四人だけとなった。そしてなぜか、何でも屋の四人としてより、幼馴染四人としての感覚が強まった。


渡「なんかヤダなぁ」


修「ん? 何がだ?」


渡「最終日の脱出とかの不安もあるんだけど、自分がちょっとワクワクしてる感じが嫌なんだよ」


修「何言ってんだよ。人間、ワクワクがあるから生きてて楽しいんだろうが」


渡「俺たち四人はそのワクワクのせいで、今までどれだけ… じゃなくて! 早いところ今日の予定を立てないと!」


修「あぁ、そうだな。一旦、シェルターに戻るか」


 四人はシェルターの方へ戻ると、各々腰を掛けた。


知哉「それで、今日はどうすんだ?」


渡「うーん、まず気がかりなのは、さっきまで出てた太陽がいつの間にか隠れてることだね」


重「あ、ホントだ。曇っちゃってるよ」


渡「このままの調子で、雨が降り出したりしたら最悪だよ?」


修「だな。湧き水のとこも荒れちまうだろうし、焚き木なんかも濡れちゃうしな」


知哉「あとあれだぜ? 川も増水して近づけなくなったら、石器用の石も探せなくなるぞ?」


渡「だから…… うーん、優先順位をふまえると、今から小一時間の間に、きのう持ってきた竹で水筒を作って、水を汲みに行こう。雨の影響がどこまで響くかわからないからね」


重「それじゃ、ササッとやっちゃう?」


渡「うん、やっちゃおう」


 四人は、珍しくバカを言わずに集中して水筒製作に取り掛かった。水という命の維持に直接かかわるものを手に入れる為には、ふざけてもいられないのが普通だろう。

 暫くして、すっかり曇天となってしまった山のキャンプに、知哉の声が響いた。


知哉「よし! 完成!」


渡「ふぅ、思ったより早く出来たね」


修「やれば出来る子だからな、俺たちは」


渡「その『俺たち』の中から、俺のことは抜いておいてもらえる?」


修「……はいはい」


重「じゃ、湧き水の場所まで案内しましょうか」


 四人はバックパックを背負うと、標準の水筒、竹製の水筒を手に抱え、湧き水の場所を目指し出発した。もちろん、詳細な位置を把握している修と重が前を歩いた。


重「森の中って、なんか気持ちいいんだよねぇ」


 森の中を順調に進んでいると、重がわざとらしく言った。デジャブを感じた修は反応しなかったが、渡は素直に答えた。


渡「植物たちが空気を綺麗にしてくれてるからね。フィトンチッドのおかげって話だよ」


知哉「へぇー、いろんなもんがあるんだな」


 重は渡の言葉を聞くと、一つ大きく息を吸い込んだ。


重「ふぅー、しぜんと歌が出てくるね。The other day I met a bear A great big bear…」


渡「何で英語で歌ったの?」

知哉「何で英語だよ?」


重「諸事情あり、と言っておきましょうか」


修「きのうと同じことをやんなよ!」


知哉「おい、二度目かよ!?」


重「はぁ?」


知哉「何が『はぁ?』なんだよ!」


重「諸事情あり、と言っておきましょうか」


知哉「どんな諸事情だ!」


渡「いいから先に行くよ! 時間がないんだし、さっきよりも雲が濃くなってきてるんだから!」


 渡の言う通り、雲は濃くなっていて、森に木漏れ日はなかった。


重「こりゃフザけてる場合じゃないね……」


知哉「早いとこ済まそうぜ?」


 四人は、教官たちの教えを実行しながら、迅速に進み、湧き水の場所までたどり着いた。そして、まだ澄んでいた湧き水を丁寧に汲み終えると、踵を返し、キャンプ地を目指して進み始めた。


知哉「やっぱ… 水を入れると重いな」


修「おう。教授さんと大先生は大丈夫か?」


重「うん、これくらいならまだね」


渡「大丈夫だよ。けどあれだね…」


知哉「うん?」


渡「さっき修が言ったことは確かだよ」


知哉「修が言ったこと?」


修「なんか言ったったけか?」


渡「俺たちはやれば出来る子って言ったでしょ? あれは本当にそうだよ」


修「まぁ、小学生の時から言われてきたからなぁ」


知哉「つーか、やれば大体の奴だって出来るんだけどな」


重「やらない時もあれば、やりたくない時もあるからねぇ。無理強いされたら反発もしちゃうし」


修「ただ、俺たちの場合、やるにはやるんだけど、どうしてもフザケたくなるんだよなぁ。まぁ、フザケるというか、笑いが欲しくなるんだよ」


渡「修は笑いを欲しがりすぎるんだよ。特に学生時代は欲しがりすぎだったね」


修「うーん、普段なら言い返すけど、その言葉が見当たらねぇもんなぁ…… ズバッ!」


 修の謎の奇声に、三人は体を仰け反らせるほど驚いた。


渡「なんだよ!」


重「水筒、落としちゃったでしょ!」


修「わりぃわりぃ。食材カードを見つけたもんだから……」


知哉「あ? どこだ?」


修「あそこだよ、腐れかかった切り株のとこだよ」


 修の言う通りにの場所に食材カードを見つけた知哉は、足元に注意しながらカードを取りに向かった。


知哉「はい、ゲッチュー」


 知哉はカードを拾うと、番号を確かめながら戻っていった。


修「おう、ありがとな」


知哉「おう」


修「で、何番って書いてあった?」


知哉「41番」


重「41かぁ… じゃあ何だろう?」


渡「じゃあってのは何?」


重「いやさ、85番が蜂の子、175番がイナゴで、語呂合わせになってるでしょ?」


修「でも、74番は梨じゃなくて、オレンジだったぞ?」


渡「3番は海苔だったし」


重「74は一応は果物だったし、3で語呂合わせじゃいろいろ出来ちゃうでしょ? サンマ、サンチュ、山椒、山東菜、山菜、サンドイッチ、三杯酢とか」


修「最後のは少し違くねぇか?」


知哉「山東菜なんてよく知ってるな……」


重「だから、数字が二桁三桁になってくれば、語呂合わせの傾向も強くなるんだって」


知哉「そうかぁ?」


重「そうだよ」


渡「じゃあ41は何だろうね?」


知哉「よん、いち… し、いち……」


修「しいちゅう… しちゅう、わかったシチューだ!」


渡「食材じゃないでしょ、シチューは」


修「あ、そうか。じゃやあれだぞ? イナゴとかは……」


渡「あれは素人が下手に調理できないからでしょ?」


修「じゃあ、色付きのカードで41番ならシチュー可能性があるな」


渡「そうだね」


修「ズバッ!」


 また仰け反る三人。


知哉「やめろよそれ!」


渡「いい加減にしなさいよ!」


修「ゴメンゴメン、またカード見つけたから、つい……」


重「また!? どこどこ?」


修「そこの木に普通にくっついてる」


渡「木にくっついてるってのは、ちょっと不安だねぇ」


知哉「あぁ、虫の可能性大だよな」


修「わかんねぇだろ?」


 修は気に近づき、張り付いていた食材カードを手に取った。そして数字を確認すると思わず声を漏らしてしまった。


修「うっ………」


知哉「なんだよ、何番だったんだよ?」


修「…………64番」


知哉「()()じゃねぇか!」


渡「勘弁してよもう!」


修「虫じゃないかもしれないだろ!?」


重「虫だって絶対! そっと戻しちゃいな!」


修「でも貴重な食糧だぞ?」


渡「もっととんでもない虫だったらどうすんの!?」


修「わかったよ、戻すよ」


 修がそう言ってカードを貼り付けようとしたその時だった。どこからともなく声が響いてきた。声色を変えているものの、明らかに教官の熊のものだった。


熊『取ったカードはぁ… 戻すことはぁ…… 出来ません………』


修「えっ!? 山の神!?」


渡「熊さんだよ!」


重「The other day…」


渡「歌うな!」


 結局フザけてしまった四人は、食材の話からイカダの話に変えて、熱く議論している間にキャンプ地へと帰ってきた。


修「これでよし」


修は熊に言われた通りに食材カードを設置された箱へ入れると、三人の待つシェルターへと走っていった。


修「入れてきたぜ」


渡「ありがと。それじゃ…… 修と知哉チームでイカダの材料集め、俺と大先生チームで川原へ石探しでいいね?」


修「オッケー」


知哉「竹はあれか? とりあえずは20本でいいんだな?」


渡「うん。あそこの竹の太さならたぶんそれで足りると思うんだよね」


知哉「まぁ、足んなきゃまた持って来ればいいもんな。よし、行くか修」


修「おう、道案内頼むぞ」


重「二人とも水筒持った?」


知哉「持ったよな修」


修「あぁ、大丈夫だよ。それじゃ行ってくる」


渡「うん、気を付けて」


 修と渡が出発した後、簡単に準備を済ませた渡と重は、石器用の石探しに川原へ出発した。渡と重は、道中、食材カードを探すも全く見つからず、すぐに川原へとついてしまった。


重「着いちゃったねぇ」


渡「ま、昼食分はあるんだし、石を探そ」


重「探しますか」


 なだらかに曲がった川の内側。大小さまざまな石や岩が転がっている川原には、以前の増水で流されてきた木などもあり、道具の材料であふれていた。


重「あれかね教授さん」


渡「うん?」


重「やっぱり丸い石が多いから、手ごろなサイズのを割ってみる?」


渡「そうだね、その方が手っ取り早いね。うーんと、それじゃ……」


 渡は辺りを見回し、岸に近い大きな岩を見つけると、指をさして言った。


渡「あの岩に向かって上から石を落とせば、割れるんじゃないかな。岩の上の場所には、来た道を迂回すればすぐに行けそうだし」


重「そうだね。にしてもどんな石がいいの?」


渡「石器は大体、黒曜石だったと思うけど、この辺りにあるかなぁ… ま、他の石とかで叩いて、おおよその硬さを判断して、上から落とそうか」


 二人は文字通りコツコツと石の仕分けを始め、良さそうな石を数個ずつ持って、岩の上の足場に向かった。


重「あれだね、落ちないように気を付けないとね」


渡「だからロープ持ってきたよ」


重「あれ? まだ余ってたっけ?」


渡「シェルターのロープを(つる)と交換して持ってきたんだよ」


重「いつ交換したの!?」


渡「さっき大先生が用を足しに行ってるとき」


重「早業だね!」


渡「大先生のトイレが長いんだよ!」


重「はい、それじゃロープを結びましょうか」


渡「…………まったく」


 二人は落下防止の準備を済ませ、石は重が落とすことになった。


重「それじゃ… まずは教授さんの石から落とすよ?」


渡「あいよ」


 重は一人で落とすのにも関わらず『せーの』と言って石を落とした。すると、すぐに下の方から、石の砕け散る音が聞こえてきた。


渡「おっ! うまくいった?」


重「うーん、砕けたのは砕けたんだけどね…」


渡「何?」


重「木端微塵ってやつだね、あれは」


渡「うわー、石が柔らかすぎたのか……」


重「ま、気を取り直して次!」


 重は先ほどのより大きな石を手に取ると、『せーの』と言って石を落とした。今度は石と岩とがぶつかる豪快な音が聞こえてきた。


渡「す、すごい音だね…」


重「いや教授さん! ある意味うまくいったよ!」


渡「ある意味?」


重「石じゃなくて、岩のほうがうまいこと欠けてくれたよ!」


渡「石は?」


重「石は無傷」


渡「難しいな、石ってのは」


重「よしよし、この調子でどんどん割ってくよ!」


渡「そうだね。天気も心配だし、急ごうか」


重「せーの…」


渡「せーのせーのウルサイなぁ! 一人でやってるんだからいらないでしょ!」


 その後、持ってきた全ての石を落とした二人は、川原へ戻って石の破片を調べた。辺りにはかなりの数の破片が落ちていたが、石器として加工できそうなものは少なく、6個ほどしかなかった。

 渡と重は、もう少し石を割りたかったが、雲が一段と濃くなって来たので、安全を考慮し、川原を離れてキャンプ地へと向かった。


重「うーん、食材カードとか焚き木を集めて帰った方がいいね」


渡「石の収穫が悪かったからね」


重「それでさ、イカダは何となくはイメージ出来てるの?」


渡「出来てるよ。とりあえずは、竹を十本横に並べて縛ったのを二段にして更に縛って固定。底の方には竹を保護するための緩衝材として植物を取り付ける。それで、乗る部分の中央に一本竹を立ててそこに一人、四隅に一人ずつ配置して、四隅の方にはロープで取っ手を付ける」


重「結構あれだね、大掛かりだね」


渡「まぁ、大人五人を運ぶイカダだからね。そうそう、後ろの方にかじ取りの棒を付けて、オール二本に姿勢制御と障害物を避けるための棒二本も用意しないと」


重「じゃあ、ナイフが没収される前にできるだけ作業を進めておかないとダメだねカード」


渡「はい?」


重「カード見つけました! カードを見つけましたよぉ!」


 わざとらしい口調の重は、朽木のそばに落ちていた食材カードを拾いあげた。


重「おっ! 1番だよ!」


渡「おぉっ! 1番ってのは期待ができるね! ……朽木のそばだけど」


重「大丈夫でしょ? なんたって1番なんだから」


渡「でもさっき言ってたじゃない、語呂合わせがどうとかって」


重「言ったよ。1だからライチとか?」


渡「朽木のそばでライチ?」


重「………イチゴ?」


渡「だから朽木のそばでイチゴはないでしょ」


重「朽木イチゴ」


渡「はい、もういいです」


重「朽木イチジク」


渡「もういいっつーの!」


 一時間後。重と渡の二人はキャンプ地に到着した。


渡「やっと着いた…」


重「早いとこ焚き木とかを置いちゃおうよ」


 二人は帰り道の途中、焚き木やロープの代替品などの材料を手に入れていた。特に、朝から曇天が続いていたので、乾いた焚き木をしっかりと確保していた。


渡「それじゃ、どうしよっかな。椎名さんのシェルターに焚き木を置かせてもらおうか。このあと雨が降ると木が濡れちゃうから」


重「そうさせてもらおうか」


 二人は手に抱えていた焚き木を、椎名のシェルターの寝台に丁寧に並べていった。そして重が最後の一本を置いた時だった。


渡「あれ!?」


 渡がシェルター近くの大木の方を見て、驚いた声を出した。


重「なに、どうしたの?!」


渡「木の横で、修と知哉が座り込んでるだよ!」


重「えぇっ!? あ、ホントだ!」


 あの元気が取り柄のバカ二人が、木の下で座り込んでいる。渡と重にとっては、それだけでも心配の種になるのだ。


渡「ちょっと、大丈夫!?」


声を掛けながら駆け寄る二人。修と知哉はその声に少しだけ反応した。


知哉「お、おう……」


修「大丈夫……」


渡「なに、どうしたの?」


知哉「いや、まぁ、あれだよ」


重「あれって何?」


 重はさらに近づき、しゃがんで聞いた。


知哉「意地の張り合いというか、競争というか…」


重「はぁ?」


修「その、なんだ、理由は忘れちゃったけど、竹を運んでるうちにお互いムキになってさ、どっちがより多く、より早く竹を運べるかになって……」


渡「それで竹運び競争して、結局、勝敗もうやむやになって疲れて座り込んでたってこと?」


知哉「あと…」


渡「あと? あと!? まだあるの!?」


知哉「競走したとき、水を大量に消費しちゃったから、大急ぎで湧き水を汲みに行って…」


修「だから、ストック分の水も新鮮だお」


重「なにが『新鮮だお』なんだよ? ねぇ、ねぇ?」


 重はバカ二人の肩を交互に掴んでは、交互に揺らした。


修「揺らすなよ… ちょっと言葉噛んだだけなんだからよぉ…」


知哉「そうだよ… それに、ロープ代わりになる(つる)も結構集めてきたんだからよぉ… 勘弁し…」


 とその時、知哉の言葉を遮るように、キャンプ地入口の方から笛の音が響いてきた。


知哉「うわっ、なんだ!?」


 音に驚いた四人が、キャンプ地入口の方を見ると、食材カードを入れる箱の上に何かが置かれているのが見えた。


知哉「あっ、昼食の食材が届いたのか?」


修「たぶんそうだろ。さっきカードを入れに行ったときには、箱の上には何もなかったからな」


 修は気怠そうに立ち上がったが、フッと一息吐くと、小走りで箱へと向かった。


修「んん? なんだ?」


 箱へ近づいていく修の目に、袋状の青いネットがはっきりと見えてきた。その箱の横に置かれたネットは、一般的なごみ袋ほどのサイズで、中は何かでいっぱいになっていた。また、箱の上部に置かれていたのは濃い緑色のビニール袋だった。


修「おっと、これは……」


 箱の近くまで来た修は小走りを止め、中が透けて見えているネットへ歩み寄った。


修「おぉ、椎茸だ! にしてもこんな量をもらってもいいのか?」


 大小さまざまなサイズの椎茸が、スーパーで見かける『詰め放題』のごとく、ネットに入れられていた。ネットの隙間から出てしまっている椎茸の茎が、修には何か気味悪く思えた。


修「茎が出ちゃってまぁ…… んで、ビニールの方は……」


 すでにお馴染みとなっていたタッパーが入っていた。


修「タッパーね…… あ、紙が入ってる」


 修は、ビニール袋とネットの袋を右手で持ち、紙を左手に取ってシェルターに戻り始めた。


知哉「おっ、やっぱり昼の食材だったのか?」


渡「そうじゃないの? でもなんか紙を読んでるね」


重「そりゃ、説明が書いてあるんでしょ。41番はコレ、64番はコレって… ああっ!」


 何かを思い出した重は声を上げた。


知哉「な、なんだよ大先生」


重「1番の食材カード、お昼に間に合わなかった!」


知哉「おー、食材カード見つけてたのか」


渡「しょうがないよ、夕食の食材にまわそう」


重「あーあ、失敗したなぁ」


修「なーに騒いでんだよ?」


 戻ってきた修は、紙を袋にしまいながら言った。


重「いやぁ、見つけた食材カードがお昼に間に合わなかったって話」


修「なんだ、見つけてたのかよ」


重「うん」


知哉「それよりさぁ…」


 知哉は立ち上がると、修の持っている二つの袋を興味深そうに見つめた。


知哉「それ昼の食材だったんだろ? 早く説明してくれよ」


修「あぁ、えっと、まず41番はこれだ」


 修はネットの袋を三人の前に静かに置いた。


渡「なにこれ?!」


 ネットの隙間からいくつも()み出ている椎茸の茎が何だか判らなかった渡は、一歩後ろに下がりながら聞いた。


修「椎茸だよ」


重「そうか! ()()たけってことか!」


渡「椎茸?」


 渡は半信半疑のまま、ネットにゆっくり近づいた。


渡「あぁ、椎茸の茎が食み出してるのか… またなんかの虫かと思っちゃったよ」


修「俺もさっき思ったよ」


知哉「にしても大量に入ってるな」


重「結構な量だよね。まぁ、量が多いことに越したことはないんだけど」


修「まあな。んで、こっちのビニールに入ってるのが64番の…」


 修はビニール袋の中から黄色いタッパーを一つ取り出し、渡に差し出した。渡は少し嫌そうにしてタッパーを受け取った。


渡「64番の何?」


修「んー、とにかく虫って書いてある」


渡「()()まんまかよ! 種類も書いてないの!?」


修「そう喜ぶなよ」


渡「鈍感かお前は! 誰が喜んでるんだよ!」


知哉「まっ教授さん、とりあえず開けてみろって」


重「そうそう」


渡「……まったく」


 渡は眉間にシワを寄せたまま、おっかなびっくりでフタを開けた。


渡「うっ… なん…… ん? あっ、なんだ、蜂の子だよ! 蜂の子の佃煮! あぁ、良かった良かっ…」


 渡は言葉を途中で止めると、両手を腰に当てて、少し首を傾けながら空を仰ぎ見た。その表情は何かに呆れているようだった。


修「なにを一人でやってんだよ? 訳わかんねぇ虫じゃなくて良かったじゃんか」


渡「良くないよ… 蜂の子で安心を感じてる自分の変化が嫌なんだよ」


重「バッカだなぁ教授さん、天災が多い日本なんだから、虫を食べられるようになったってことは、いざってときに…」


渡「バカは大先生だよ。虫とかをなるべく食べなくて済むように、常日頃から備えておくんでしょ?」


知哉「バッカだなぁ教…」

渡「バカは知ちゃんだよ!」


知哉「何で俺の時だけ『バカ』返しが早いんだよ!」


修「おい、もういいから飯にしようぜ? 椎茸を焼くのに火を起こさなきゃならないんだしよ」


渡「わかったよ、それじゃ準備しようか」


 手際よく火を起こし、焼き椎茸と蜂の子の佃煮で昼食を済ませた四人は、そのまま火を囲み、渡と重が集めてきた石について話していた。


知哉「それで使えそうなやつが、この6個の石ってことか」


渡「そうなんだよ。良いのが少なくてさぁ」


知哉「でも、あるだけ良かったよ。まるっきり無いんじゃ、どうしようもねぇんだから」


渡「うん。まぁ、少し形を整えれば、ナイフみたいに使えるとは思うんだけど」


知哉「つーかさ、この1個だけデカイのはどう使うんだ?」


 知哉はその大きな石を手に取った。大きさはよくある国語辞典ほどで、厚みがあり、それなりの重さもあった。


知哉「なんかケーキみてぇな形してるけど。なぁ修」


修「あぁ。レアチーズケーキみたいだよな」


知哉「別にレアチーズでもチョコレートケーキでもいいんだけどよ… こう、ホールから切り出したカットケーキみたいだよな?」


修「あぁ。けどテカテカしてるからレアチー…」


知哉「はいはい、そうだね! レアチーズケーキみたいだね!」


 知哉はレアチーズ石を強引に修へと手渡した。


修「んで、どう使うんだ?」


渡「その尖った方を木に当てて、上から棒とかで叩く感じかな」


修「ナイフで木を切るときと同じ感じか」


渡「うん。石斧みたいにしようかと思ったんだけど、作るのが大変そうだからさ」


修「それもそうだな」


 修はレアチーズ石を置くと、他の石を手に取って調べ始めた。


知哉「……で、午後はどうするか」


渡「まぁ待ちなよ、いま大先生が戻ってくるから」


知哉「あ、そっか」


 重は、ビニール袋に戻したタッパーと1番の食材カードを、箱へ入れる為に焚き火から離れていた。


知哉「おーい、大先生! 午後の予定…… あれ?」


 箱に背を向けて座っていた知哉は振り返ってみたが、重の姿は見当たらなかった。


知哉「どこ行った?」


重「ここだよ」


 声に驚いた知哉が体勢を戻すと、重は元いた場所に座っていた。


知哉「いつの間に戻ってきたんだよ!?」


重「知ちゃんが振り返った時、ちょうど後ろを通ってたんだよ。それで、午後の予定だって?」


知哉「あぁ、そうそう、午後の予定」


渡「えーっと午後はねぇ… この先、雨が降るとやっかいだから、修と知ちゃんは焚き木をもう少し集めてきてもらえる? 濡れると燃やすのが大変だし」


知哉「焚き木だな?」


渡「悪いね、食後すぐなのに」


修「別に構わねぇよ。なぁ」


知哉「おう」


渡「それじゃ二人が焚き木集めしてる間に、俺と大先生でシェルターの雨対策と焚き火位置を変えておくから」


 四人は二手に分かれると、さっそく作業に取り掛かった。が、作業自体は単純なため、ものの十数分で終わってしまった。さらに、喧噪な都会と違い、集中力を妨げるようなものが少なかったことも、時間短縮につながっていた。


修「本当、仕事がはかどるよな。いっそこの村で何でも屋をやった方がいいんじゃねぇか?」


知哉「無理だよ。汚苦多魔村(ここ)は住人と企業とが支えあって生活してるし、若い世代も多いから、俺たちのとこまで依頼がまわってこねぇよ」


修「急にまともなこと言うなよ」


知哉「俺はいつもまともなことしか言ってねぇだろ?」


修「うーわ、つまんねぇ奴がよく言うセリフ」


知哉「うるせぇよ」


重「いいからシェルターから出てこいバカ二人!」


 焚き木集めを終えた修と知哉は、渡と重が雨対策を施したシェルターで横になっていた。


修「なんだよシゲ、試してるだけだろ?」


知哉「そうそう」


重「試してるって、ただ寝てるだけだろ?!」


渡「まぁまぁ大先生」


 重の肩をポンと叩いた渡は、自分のシェルターへ座った。


渡「昼休みついでに、イカダの説明するからさ、大先生も座ってよ」


重「あぁ、イカダね」


 重がシェルターに座ると、渡は自分の地図の紙を広げてみせた。


渡「地図の裏で申し訳ないんだけど、これがイカダの完成図ね」


知哉「相変わらずの画力だな…」


修「あぁ、お世辞でも下手くそが精一杯だもんな」


渡「イカダの舳先にくくりつけてやろうか!」


重「まぁまぁ、天は二物を与えないって言うじゃない。まぁ一物もない奴もいるけど」


修「明らかに俺を見て言ってんだろ?」


重「そうだよバカ」


修「なんだよ! 今日はやけに(じか)に言ってくるじゃねぇか!」


渡「いいから絵を見なさいよ! 今日の午後で、この土台部分というか乗る部分を…」


知哉「午後だけで作れるか?!」


渡「作れるわけないだろ! 一本一本、穴がないか傷がないか調べて、仮で並べて、隙間を見たり、バランスを考えるんだよ! それで全部に数字を振っておけば、川原で組み立てるとき楽だろ!」


知哉「なんだ、そういうことか」


渡「とりあえず見てよ、ちゃんとね!」


 渡は下手くそ完成図を知哉に渡した。横になっていた知哉は起きて座り直し、新聞を広げるようにして完成図を眺め始めた。すると、修は自らのシェルターから降りて、知哉の横に腰を掛けた。


修「あっ、乗る部分は二段なんだ」


渡「うん。もし浮力が足りなかったら、少し大きいサイズの丸太か何かを探して、一番下に二つか四つ並べるつもりだけどね」


知哉「丸太ってのは入手が難しいな…」


渡「そこなんだよねぇ」


修「丸太二本を両脇に一本ずつ付けても良いんじゃないか? 少なくともイカダが横転して転覆ってことはないだろうし」


渡「なるほどね。良いかもしれないね」


知哉「なぁ、これって、正方形?」


渡「いや、長方形に作るよ。それで中央に一本支柱を立ててね」


修「あぁ、真ん中に立つ人はその支柱をつかむ感じ?」


渡「そうそう。あとは四隅にロープとかで持ち手を作るしかないかなって」


修「うーん、真ん中はやっぱ椎名さんだな。あとは体重で決めて… これ、オール…」


渡「オールも作るよ。あと障害物避けに、普通の竹を二本。だから、オール二本に、竹二本でイカダの姿勢制御を四人でこなして、後ろの中央に(かじ)代わりの板をつける予定」


知哉「それは椎名さん操作?」


渡「うん。でまぁ、底の竹の保護に、葉付きの竹の細い枝を…」


知哉「あぁ、川の中の岩とかにぶつかったときの緩衝材代わりか。結構あれだな、大掛かりだから、急がないとな」


修「オールとかの材料も集めなきゃならないしな」


 三人は少しの間、黙って完成図を見つめた。


知哉「………よし、そうと決まったら、ササッとやっちゃおうぜ? な、大先生」


重「すぅ……… すぅ………」


 寝息を立て眠る重。それを見てのしかかる知哉。


知哉「何を寝てんだよコラ!」


重「なにすんの… 人が気持ちよく寝てんのに」


知哉「イカダ作るんだよイカダを! イカダ!」


重「イカダイカダうるさいね! エコを自慢してる人じゃないんだからさ!」


知哉「はぁ?」


重「排ガスも出なきゃ燃料もいらない。イカダはまさにエコ。イカダが私のマ()()()()! ってね」


知哉「大先生の晩飯抜きでいい人」


修「はい」

渡「はい」


知哉「はい、可決」


重「ちょっと、待ってよ!」


知哉「待ちたくない人」


修「はい」

渡「はい」


知哉「はい、可決」


重「待ってって!」


 昼休憩を取った四人は、さっそくイカダ作りに取り掛かった。が、先ほど渡が言った通り、材料となる竹のチェックから始まった。

 二十本ほどある竹を一つ一つ丁寧に調べていった結果、ひび割れや穴があったものはわずか一本だけで、残りは良好だった。太さや長さも申し分なく、イカダの土台部分の竹の並べ方も、予想より簡単に決めることができた。


知哉「これが11番で…」


そして、知哉が赤ペンを使って竹に番号を振っている時だった。再びキャンプ地に笛の音が響き渡った。


知哉「うぉい! ビックリした……」


修「わかるけど、どうにかなんないのか、あの笛の音は!」


知哉「ホントだよな。もう、すっかり忘れてたから、かなりビックリしたよ…」


重「集中してるときに……」


 重はなぜか途中で黙ってしまった。


修「してるときになんだよ?」


 修と知哉が重の方へ視線をやると、重は別方向を見ていた。修と知哉は仕方なく、重の向く方へと更に視線を動かした。


知哉「……………」

修「……………」


 三人の視線の先には、水筒のカップを片手に、びしょ濡れになって地面に座っている渡の姿があった。どうやら、カップで水を飲んでいるときに笛の音が… ということらしい。


修「大塚さんのとこだけ雨降った?」


 修がおばさん口調で聞くと、言い返そうとしていた渡も、くやしいかな、笑いを堪えることが出来なかった。


修「大塚さんのとこだけ雨降った?」


渡「二度聞くな!」


修「だってねぇ、大塚さんだけびしょ濡れでしょう? 雨降った?」


渡「いいよもう! しつこいねぇ修は! しゃがんで水を飲んでるときに笛が鳴ったもんだから驚いて… あれだよ、こぼしちゃったんだよ!」


修「あらぁ、そうなの? でもねぇ、雨だったらねぇ、代わりに洗濯物を取り込ん…」


渡「昭和か!」


修「うん、たぶん、私が話してる時代っていうのは、うん、昭和で間違いないと思う」


 渡はウンウンと頷くと、カップに少しだけ残っていた水を修にひっかけた。


修「冷っ! なにすんだよ!」


 笑いながら顔を拭う修。


渡「まったく。というかさ、なんの笛なの? まだ夕食の食材には早いし」


 すると、渡の問いに答えるかのように、熊の声が遠くから聞こえてきた。


熊『間違いでしたぁ!』


渡「…………………」


 渡は黙ったまま、持っていたカップを見つめていた。


渡「………じゃあ何? 俺は間違いの笛でびしょ濡れになったわけ?」


 また、熊の声が遠くから聞こえてきた。


熊『そうなりまぁす!』


 渡は声が聞こえてきた方向を、うんざりした顔で見つめ続けた。


重「……今日は厄日だね、教授さん」


知哉「そうだな……」


修「まぁ、こういう日もあるよな……」


 と、修が言ったすぐ後だった。


知哉「…………雨、降ってきちゃったな」


修「お、おう。しかもすんごい霧雨」


 ギリギリ雨と呼べるような霧雨がキャンプ地に降り注いできた。いや、降るというより、宙を漂うと言ったほうが正しいかもしれない。


重「これ、今は風がないからいいけど、この状態で風が吹き出したら、雨対策したシェルターでも意味がなくなっちゃうよね」


渡「……はぁ」


 疲れたようにため息をついた渡。


修「まぁ、なんだ… とりあえず焚き火の位置をずらしておいたのは正解だな」


知哉「そうそう、土を盛って石で囲んで、前より雨風に強くなってるし」


渡「良し!」


 急に声を張った渡は、パンッと手を叩いた。


渡「天気が悪くて光量が少ないんだから、夕方まで気合い入れて作業するよ!」


 先ほどとは打って変わり、元気を出す渡。


渡「明日、川の近くの林までイカダの材料を持っていくから、イカダの土台部分を四つのパーツに分けて縛っておこう!」


修「分けるって、6・7本ずつまとめて縛っておくってことか?」


渡「そう!」


修「けどまだロープが足りてない…」


渡「竹を細く裂いて、ロープ代わりにすればいいんだよ。そうだ、ナイフがあるうちに、竹のロープもたくさん作っておこう! あとは明るいうちに林へ行って、二股になってる枝を探さないとね。オールと舵を作るのに必要だからね!」


 渡はどんどんテンションを上げていく。終いには、


渡「いやぁ、霧雨のキャンプ地ってのも、なかなか風情があっていいねぇ」


 という始末。


修「………ポジティブシンキングで乗り越えようって腹だな」


知哉「まぁ、塞ぎ込むよりはいいんじゃねぇか?」


重「ただ、あぁいう感じになったら、教授さんはこっちにも強要してくるよ?」


 まさに重の言う通りだった。霧雨のキャンプ地を楽し気に眺めていた渡は、三人のほうへ振り返って言った。


渡「ほら! 何してんの! 気合を入れて作業を進めるよ! こういうのは気持ちが大切だからね、気持ちが!」


重「……………ねっ?」


修「うん」

知哉「うん」


 降り続ける霧雨の中、太陽のように明るくなった渡と焚き火に照らされ、三人はおとなしく作業に集中した。

 数時間後、予定していた作業がほとんど終わり、四人で明日以降の話をしているときだった。すっかり暗くなったキャンプ地に、例の笛が鳴り響いた。


渡「おっ! 食材補給の笛の音だ! 大先生の見つけた1番のカードの食材は何だろうね!」


 未だ続く渡のポジティブ。


渡「………さぁさぁ、大先生! 確認してきて!」


 ただし、限界がすぐそこに迫っている。


重「……あいよ」


 重は未だ降り続ける霧雨の中、食材が補給された箱へと走っていった。


渡「…………あっ、一番のカードは何だろうね?」


 焚き火のおとなしく見つめていた修と知哉に、渡は笑顔で質問した。もちろん、笑顔は少し引きつっている。


知哉「う、うーん、見当もつかないなぁ…」


修「1番だから、逆に考えちゃうよなぁ…」


 渡の事を考え、二人は当たり障りのない答えをだした。


渡「確かに、変に考えちゃうよね!」


 とその時、左手に青いビニール袋を持った重がシェルターへと戻ってきた。


重「ただいま」


渡「おかえり! 食材はどうだった?」


重「……スが6個だった」


渡「え? 何って言ったの?」


重「…ボスが6個だった」


修「ボスが6個ってなんだよ?」


知哉「コーヒーが飲めんのかよ?」


重「だから! 1番の食材カードは、カボス6個だったっての!」


渡「カボス? あの柑橘類のカボス?」


重「そうだよ!」


 重はそう言うと、焚き火近くの乾いた地面の上でビニール袋を逆さにした。すると、ビニール袋から出てきた可愛らしい大きさのカボスが、コロコロと地面を転がった。


渡「カボス……」


 渡は足元へ転がってきた一つのカボスを拾いあげた。


渡「………………。まだ霧雨が降ってるし、今日は地獄シャワー行かないで、焼き椎茸にカボスを絞って食べて寝よ。それでどう?」


 渡は笑顔で三人に聞いたが、すでに目は死んでいた。


修「そう… しようか?」


 修は苦笑いのまま知哉と重に聞いた。


知哉「うん」

重「うん」


 二人は精一杯の笑顔でこたえた。

 結局、期待をしていた1番の食材カードは、四人にとってはカボスという渋めの食材となってしまったが、イカダ作りの作業は(はかど)っていた。とくに、竹を細く裂いてロープ代わりにするという渡の提案で、ロープ不足が解決されたことが大きかった。

 合宿三日目の朝。昨日の鬱陶しい霧雨はすっかり止んで、夏らしい爽やかな太陽の光がキャンプ地を照らしていた。しかし、修・知哉・重の三人は、朝から驚かされるはめになってしまった。


渡「……くあっ、だぶ、落ちるぅっ!」


 清々しい山の朝に渡の叫び声が響いたかと思うと、ドスンという鈍い音が聞こえた。


修「な、どうした!」


知哉「なんだよ今の音!」


重「教授さん!」


 三人は飛び起きると、渡の寝ているシェルターを見た。しかし、シェルターの上に渡の姿はなかった。その代り、シェルターの下で驚いた表情のまま固まっている渡の姿があった。


知哉「…………教授さん、グッドモーニング」


渡「あ、どうも、グッドモーニング……」


重「落ちる夢見て本当に落ちちゃったの?」


渡「そう…… みたいです……」


 渡は自分に呆れて笑い出した。


修「まぁ、シェルターから落ちただけで良かったよ」


渡「ゴメンゴメン、驚かしちゃって」


修「いやいいよ。一番驚いたのは教授さんなんだから」


渡「いやー、ビックリしたよ、本当に」


 渡はゆっくり起き上がり、シェルターへ腰かけた。


渡「それじゃ… 朝食にしようか」


重「そうだね」


知哉「……あれ? つっても俺たちまだ食料あったっけ?」


修「あっ! 今日の朝食分のカード探してねぇ!」


渡「しまった! 大先生、きのう余った食材まとめておくって言ってたけど、どれくらい残ってるの?!」


重「………………今日の朝食は、椎茸一本とカボス二個です」


知哉「椎茸一本って…」


重「四人で一本です」


 四人で一本という悲しい言葉は、セミたちの声にかき消されていった。

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