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何でも屋  作者: ポテトバサー
第七章・夏と合宿とワサビと雨と 第1シーズン最終章
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地獄のプランB

合宿所所長の網焼熊に少し運座入りした何でも屋たちは、寝床になるAフレームシェルターの材料を探しに出かけた。

重「森の中って、なんか気持ちいいんだよねぇ」


 ブラボーチームは森の中を順調に進んでいた。


重「きれいな空気が木の間を抜けてくるから、爽やかに感じるんだろうね」


修「あぁ、薫風(くんぷう)ってやつだろ?」


 重は修の言葉を聞くと、一つ大きく息を吸い込んだ。


重「ふぅー、しぜんと歌が出てくるね。The other day I met a bear A great big bear…」


修「何で森のくまさんを英語で歌ったんだよ?」


重「諸事情ありと言っておきましょうか」


修「なんじゃそりゃ?」


重「にしても、本当にとんでもない熊さんに出会っちゃったね」


修「まあな。とんでもなく出来る人、ってのは何となくわかるんだけどよ、どうもなぁ…」


 修は自分の後ろを歩く藍の方を一瞬だけ見た。


修「藍さん」


藍「はい」


修「やっぱり、熊さんってすごいんですよね?」


藍「それはもうすごいですよ! 私の師匠ですから!」


 また笑顔を見せる藍。


修「あぁ…… どおりで……」


藍「はい?」


修「いえ、何でもないです…」


重「っていうかさ修」


修「ん? どうした?」


重「マットレスのやつと、飲み水の確保はわかってるんだけど、夕食に必要な道具集めってのは何を集めればいいの?」


修「クッシーとサッラーだよ」


重「なに?」


修「……串と皿だよ。焚火をしたら、囲炉裏みたいにして魚とか肉を焼くんじゃねぇの?」


重「あぁ、なるほどね。でも串ならさ、そこら辺の棒を削ってキレイにすればいいんじゃない?」


修「まあな。けど、臭いが強い木もあるだろ? 松とかさ」


重「そっか、そういうのは避けないとダメか。臭いを嗅ぎながらやれば大丈夫かな」


修「あっ、わかったぞシゲ!」


重「なにが?」


修「竹だよ! 竹を見つければ串にもなるし、皿にもなるだろ!」


重「確かにね! あとあれだよ、水筒にもなるんじゃない? そしたら余分に水を持ち歩けるよ」


修「よし、竹と飲み水の確保だな。あとロープの代わりになるやつも探しておいた方がいいな。あればあるだけ役に立つだろ」


重「それにしても、苔が見つかんないねぇ」


修「ニワトリがいれば見つけやすいのにな?」


重「は? ニワトリ?」


修「そうだよ。ニワトリがいれば、苔を見つけたときに教えてくれるんだよ。『苔コッコー!』ってな! あははは!」


重「……何でも屋反省会の際に報告をさせていただきます」


 何でも屋反省会。月一回行われる会で、最も反省すべき行為を行ったものは、雑用の上に夕食を一度だけ奢らなければならないのだ。


修「いや、ちょっと待ってくれよ! こういうサバイバルでさぁ、荒んだ心持ちをだ、少しでも和らげようと、楽しくしようと思って言ったんだよ俺は! そこを加味してくれよ!」


重「…………では報告させていただきます」


修「ゴメンって! 大先生!」


 二人は話しながらも、警戒を怠らずに森を進んでいく。すると、少しずつ空気が湿りはじめ、シダや苔の(たぐい)が多くなってきた。


重「このエリア一帯は苔だらけだね。向こうまでずっと続いてるよ」


修「…………」


重「あれ、聞いてる?」


修「………ん? あ、わりぃ、地図にここの事を書いてて聞いてなかった。で?」


重「いや、苔だらけだなっていう話」


修「おう、いろんな種類のが生えてんな」


重「マットレスの代わりになるようなの探さないとね」


 重が言い終わるや否や、藍のホイッスルが響いた。もちろん、二人は驚きのあまり体をビクつかせた。


藍「藍のワンポイントアドバイスです!」


重「その笛システムどうにかならないのかな……」


 重はボソッとつぶやいた。


藍「街中でもよく見かける苔ですが、絶滅危惧種に指定されている苔もあるんです」


修「えぇ!? そうなんですか!?」


藍「日本には1600種類以上の苔が生息していますが、約200種類は絶滅危惧種に指定されているんです」


修「そんなに多いんですか…」


重「じゃあなんで苔を集めさせようとしたんですか?」


藍「何事も経験ですよ! ただ単に苔の説明を受けるより、苔を実際に探してから説明する方が皆さんの心に留まりますからね!」


重「そう言われたらそうかも…… ねっ修」


修「うん、そうだな。じゃあマットレスの代用品は雑草かなんかの葉っぱにするしかないな」


重「なんの葉っぱが… いい… かね…」


 森を抜ける風の向きが変わると、重は何かに気が付いた。


修「どうしたんだよ?」


重「水の匂いがする……」


修「は?」


 重は鼻で大きく息を吸った。


重「やっぱり、水の匂いがする……」


修「覚醒でもしたのか?」


 匂いのする方角を探して、辺りをうろつく重。


修「変なモン拾って食ったんじゃないだろうな?」


重「ちょっと、集中してるんだから、邪魔しないでよ」


修「………はいはい」


 修が腕組みをしてしばらく見ていると、重はある方向を指さした。


重「こっちだ。ほら修、行くよ?」


修「本当かよ?」


重「もしこの先に湧き水がなかったとしても、水だけに、水に流して?」


修「はい、報告します」


重「なんでよ! 苔コッコーよりマシでしょ!」


修「似たようなもんだろ! 百歩譲って相殺だよ」


重「えぇ!? なんで相殺…… ん? 修、いま足元でなんか動いたよ?」


修「あ? 動いた?」


 修が足元を見ると、ヤツがいた。


修「ひっ、ちょっ、いや、きっぐぅ…」


 恐怖に(おのの)いている修をあざ笑うかのように、ヤツは修めがけて宙に舞った。


修「キャマドゥーーーマッ!」


 山に響き渡る修の恐怖の叫び声は、北西にいるアルファチームにも鮮明に聞こえた。


知哉「………修だな」


渡「そうだね……」


椎名「……出会っちゃったんだね」


渡「そうみたいですね……」


 アルファチームの三人と熊は、森の緩やかな斜面を下っているところだった。


知哉「こんだけ大自然が広がってりゃ、キャマドゥーマの一匹や二匹はいるよな」


椎名「まぁ、修君の気持ちもわかるけどね」


知哉「確かにそうですね。虫が急に飛んで来たら誰だって驚き…… あれ?」


渡「どうしたの?」


知哉「川の音が聞こえなくなってんぞ?」


 渡と椎名が耳を澄ませてみると、知哉の言うとおり、先ほどまで聞こえていた川の音が聞こえなくなっていた。


椎名「本当だね」


渡「ということは……」


 渡は手にしていた地図を見た。


渡「今はこのあたりにいるんだな…」


知哉「どのへん?」


 歩みを緩めた知哉は、渡の横について地図を覗き込んだ。


渡「ここだよ。ほら、川が大きくカーブしてて、離れていってるから音が聞こえなくなったんだよ」


知哉「あぁ、だからか…… あっ、熊さん、質問いいですか?」


熊「はい、いいですよ」


 三人の少し後ろを行く熊は、ニコッと笑顔を見せた。


知哉「この川の水は飲むのにはどうなんですか?」


熊「まぁ、上流ということもあって、水質はかなり良くて、飲めないこともないです。ですが万が一を考え、ろ過をして煮沸したほうがいいですね」


知哉「ろ過して煮沸ですか。やっぱり水に菌か何かいるとマズいですもんね」


熊「そうですね。それに川の水を飲料水とし……」


 話を途中で切った熊は、慌ててホイッスルを吹いた。当然、三人はホイッスルの音に驚き、立ち止まった。


熊「熊さんのワンポイントアドバーイス!」


 高らかに声をあげる熊。


椎名「心臓に悪いですよ!」


渡「藍さんのホイッスルにも驚かされたんですから」


知哉「忘れてたなら吹かなくてもいいですよ熊さん…」


熊「いえいえ、師匠として、愛弟子に教えたことを自分でやらないわけにはいかないですよ!」


 三人は『あぁ、やっぱり、この人が師匠だったんだ』と納得がいったようだった。


熊「それで…… 何の話でしたっけ?」


知哉「川の水は飲…」


熊「あぁ、そうでした。川の水を飲料水として使用しなければならないときには、水をくむ場所の上流に動物の死骸がないかどうかを確認した方がいいです。その死骸に触れた水を飲んでしまう可能性がありますから」


渡「それは危ないですねぇ」


熊「ワンポイントアドバイスは終了ですので、どうぞ先に進んでください」


 促された三人は再び歩き出した。相変わらずの下り坂だったが、次第に緩やかになっていった。


渡「もう少し行けば、開けた場所に出ると思うんだけど」


知哉「つーかさ教授さん。大学を首席で卒業したんだからよ、なんかこう、役立つ知識ないわけ?」


渡「役立つ知識?」


知哉「そうだよ。椎名さんだって超一流企業に勤めてたんですから、こういった状況で役立つ知識無いんですか?」


椎名「うーん、そう言われてもねぇ…」


渡「別に大学を首席で卒業したからって、サバイバル術まで勉強してないよ」


知哉「例えば何を勉強したんだよ?」


渡「例えばって… アダム・スミスだとかマルクスだとかエンゲルスだとか… エンゲルスはエンゲル係数のエルンスト・エンゲルじゃないからね? スが入ってるから」


知哉「お、おう…」


渡「とにかく経済学は勉強したよ。特に一年生の時はね。不完全競争・完全競争とか。進化経済学もやったし、戦略計画書なんて何枚書いたことか。でもまぁ、何でも屋をやる上で一番役に立ってるのは人的資源管理だよ」


椎名「それはそうだろうね」


 椎名は渡ではなく、知哉の顔を見て言った。


知哉「そ、そうなんですか?」


渡「まぁ、自分なりに解釈して、人材四態みたいに分けて考えてないけ…」


知哉「あっ! 椎名さん、見てくださいよ! 池がありますよ!」


椎名「本当だ! 結構大きいね!」


渡「もういいのかよ! 俺の話は!」


知哉「あ、ゴメンゴメン。それで珍的無限論理がなんだって?」


渡「なんだよそのアインシュタインでも理解できなそうな論理は? 人的資… もういいから、池を調べよ」


 アルファチームの前に現れた池はなかなかの規模で、植物たちは生き生きとしていた。


椎名「風景画家が描いたような綺麗な池だね」


渡「そう… ですね… ウィリアム・ターナーが… 描いたような…」


 水生昆虫が確実にいる池に、渡は少しばかりたじろいでいた。


知哉「どれ、どんな具合だ?」


 知哉は近くに落ちていた棒を拾うと、慎重に足元を確認しながら池を覗き込んだ。


知哉「すーーーーんごいキレイな水! ヤゴだなんだが丸見え!」


渡「………へぇー」


知哉「椎名さんも見てくださいよ」


 椎名は知哉に掴まりながら、池を覗き込んだ。


椎名「本当に綺麗な水だね… でも、なんかプール掃除を思い出すよ」


知哉「プール掃除?」


椎名「ほら、学校のプールって一年たつとさ池みたいになっちゃうじゃない。ミズカマキリだっけ? ああいうのがいてさ」


知哉「屋外のプールだとそうなりますよねぇ」


渡「もう気がすんだ? 先を急ごうか」


知哉「なんでだよ。池があるんだから、インレットがどっかにあるだろ? それをたどれば湧き水が見つかるかもしんないだろ?」


渡「…じゃあ早いとこインレットを見つけようよ」


 三人は手分けして、池への流れ込みを探したが、どこにも見当たらなかった。


椎名「二人とも見つかった?」


渡「見つからないです」

知哉「ダメっす」


椎名「もしかしたら、地中から水が湧き出てるのかな?」


渡「これだけ探して無いってことは、椎名さんの言う通りかもしれないですね。もっと標高の高い場所から地中を抜けてきてるんですよ」


知哉「どうする?」


渡「とりあえず… 地図に池の事が書いてないから、いま書き足すよ」


 渡は赤ペンで地図に池の情報を書いていく。


渡「最終手段としての飲料水だね… 湧き出てるところを特定して、一時的にその周りを小さく板かなんかで囲って、水をくめばいいんじゃない? あとは熊さんの言うとおりにしてさ」


知哉「最終手段かぁ…… ブラボーチームが湧き水を見つけてくれるのに賭けるしかないな」


 そんな三人の様子を見て、熊は少し驚いていた。最終手段とはいえ、池の水を飲むことをあっさり受け入れた三人の対応は、熊の頭の中に一つの考えを過らせた。


熊「これはプランBに変更するべきなのか……」


椎名「あの、熊さん?」


熊「あ、はい、なんでしょう?」


椎名「このガマの穂を一、二本もらってもいいでしょうか?」


熊「えぇ、構いませんよ」


 熊の許可を得た椎名は、手早くガマの穂を取ると、知哉に渡した。


椎名「僕のバックパックに入れてくれる?」


知哉「いいですけど、ガマの穂なんてどうするんですか?」


椎名「あれ、知らないの?」


渡「人に『役立つ知識はないのか』とか言っておいて、それはないでしょ」


知哉「だってガマの穂なんて何に使うんだよ?」


 知哉の質問に、椎名が優しく答えた。


椎名「あのね知哉君、その穂の部分を手で押してほぐすと、フワフワした綿状になるんだよ。知らない?」


知哉「あぁ… 随分前にテレビで見たような…」


椎名「それならもう分かるでしょ? ガマの穂を何に使うか」


知哉「えーっと……」


渡「俺たちには火打石を使うしかないんだよ?」


 ほぼ答えの渡のヒントに、知哉は閃いた。


知哉「あ! そうかそうか、火口(ほくち)になるのか!」


渡「……火口を知ってて、なんで気づかないかね」


 知哉は「なるほど」と頷きながら、椎名のバックパックにガマの穂を入れた。


椎名「さて、あとは……」


渡「マットレスの代用品と夕食の道具ですね」


椎名「うーん、マットレスの代用品はさ、ロープ代わりの蔓を見つけて、寝台部分にもっと巻きつけるとかしかないんじゃない? あとは雑草と分かる植物を集めて敷くしかないと思うんだけど」


知哉「でも、熊さんは苔なんかいいですよって言ってましたよね?」


椎名「と思ったんだけど、池の周りの日陰にある苔は小さいし、あっちの木が密集してるとこあるでしょ?」


知哉「えぇ」


椎名「あそこに生えてた苔、たぶんミズゴケだよ? たしか絶滅危惧種に…」


 椎名の言葉に、熊は慌ててホイッスルを吹いた。腰を抜かしそうになる三人。


知哉「ちょっと熊さん! 勘弁して下さいって!」


渡「心臓に悪いですよ!」


椎名「サバイバルうんぬんの前に、ホイッスルの音にビックリして死んじゃいますよ!」


熊「どうもすみません。では今度から先にお知らせしてから吹きますね」


知哉「いや、そうじゃなくて……」


熊「それで苔の事なんですが…」


 熊は知哉の言葉を遮り、藍がブラボーチームにしたような苔の説明をした。


熊「…という訳なんです」


渡「確かに、いい経験にはなりましたね。それにしても、かなりの種類が絶滅危惧種なんですね」


熊「苔以外の動植物を含めるとかなりの数になります。種類によってレベルは違いますが」


知哉「人間は利便性を追い求めすぎて、自然を犠牲にしすぎていたんですね」


 知哉は難しい表情でつぶやくように言った。


渡「……知ちゃん、バカなんだから、無理しなくていいよ?」


知哉「誰がバカで無理してんだよ! 素直な感想を言っただけだろ! ったく、それで夕食の道具って何なんだよ?」


渡「串とお皿だって。串に食材を刺して、焚火起こして、遠火でじっくり焼くんじゃないの? 遠赤外線でさ」


知哉「なるほどな。じゃあ…… 竹だな! 竹なら串にもできるし、半分に割れば皿みたいに使えるし、ナイフで少し加工すれば水筒にもなるだろ」


渡「他にもいろんな道具になりそうだしね」


椎名「よし、それじゃもう少し先まで竹を探しに行こうか」


 それから数分間、アルファチームは黙ったまま竹林を探して歩いていたが、知哉がボソッと声を漏らした。


知哉「地獄コースの割には、そこまでって感じだよな……」


 その言葉に、熊はすぐに反応した。


熊「おそらく、皆さんの経験や体験が、そう感じさせているんだと思いますよ」


 熊は三人との距離を詰めると話を続けた。


熊「やはり、皆さんは何でも屋さんですから、多種多様な経験をしてきたのではないでしょうか?」


渡「まぁ、そうですねぇ……」


知哉「言われてみれば…」


熊「普通の方なら、3つ4つの道具を渡されて『これで一週間生き延びろ』と言われたら、驚きますし、ウンザリしますよ?」


知哉「ウンザリはしてるん… イテッ!」


渡「余計な事を言うんじゃないよ」


 知哉は渡に肩を(はた)かれた。


熊「それに、大自然の中、テントも無しで過ごすんですから。それなのに、皆さんは活き活きと活動しています。それを可能にしているのはやはり経験でしょう!」


 そう言われた三人は、開業してから今日までの事を色々と思い出した。


椎名「そうですねぇ。開業の時なんか大変だったもんね?」


知哉「椎名さんがそれを言います?」


椎名「あ、どうもどうも」


知哉「何が、どうもどうも、なんですか!」


渡「でも、熊さんの言う通りかもしれないです。だってFYEの時はすごかったでしょ?」


知哉「FYEね、FYEはすごかったな」


熊「FYE? なんですかそれは?」


椎名「FYE、Flying Yellow Eggplantの略でして、つまり『空飛ぶ黄色いナス』ってことなんですけど……」


熊「えぇっ!?」


 熊は大きな声を出して驚いた。


熊「それって、1、2年前に話題になったUFOのことですよね!?」


椎名「あ、ご存知ですか?」


熊「ご存知も何も、テレビで見ましたよ! 皆さん、あの騒動に関係してるんですか!?」


渡「まぁ本来、依頼内容について詳しくは話せないんです。ただFYE騒動はニュースとかでバレちゃってるんでお話ししますけど…」


熊「えぇ」


渡「元大学教授でUFO研究家のある方からの依頼で、一か月の間、FYEを探してたんですよ」


熊「そうだったんですか!」


知哉「でも、あんときはビビったよな?」


渡「あのまま連れ去られるかと思ったよ」


椎名「僕は金縛りにあったのが怖かったねぇ」


知哉「あの金縛りには驚かされましたよね」


熊「相当すごかったんですね……」


椎名「でもさ、あれも怖かったよね?」


 椎名は歩きながら腕を組んだ。


椎名「江古棚さんとこの日本人形。あとあの雨宮が拳銃を出した時は、また別の意味で怖かった」


熊「日本人形に拳銃!? また、すごそうなお話しですね…」


知哉「明らかに日本人形の呪いを受けてるリサイクル・リペアショップの店長さんから依頼がありましてね。で、拳銃っていうのは、雨宮芸能事務所っていう悪徳事務所から、アイドル達を救い出す依頼の時の話でして」


渡「まぁ、何でも屋として依頼を受けた訳じゃないんで、タダ働きですけど」


熊「ちょっと待ってください! 雨宮芸能事務所って、つい最近あった事件じゃないですか!?」


椎名「あ、ご存じで?」


熊「いや、ご存知も何も、ニュースで何度も放送されて、新聞なんか一面を飾った事件ですよ!? 確か、アイドルの名前はトルティーヤ・ミステリー……」


知哉「ミステリーなのは熊さんですよ! ふるーつミントです!」


熊「あ、そうでしたそうでした。で、その事件にも皆さん関わっていたんですか!?」


椎名「えぇ、まぁ」


知哉「でも、雨宮が拳銃を出してきたときは、どうしたらいいか分かんなかったですよ」


渡「日本じゃ本物の銃を見ることなんて、まず無いからねぇ。俺も怖かったよ」


熊「それは事務所でその……」


知哉「違うんですよ、アイドルをオークションにかけるなんていうクズ共がいまして、そのオークション会場になったライブハウスに殴り込んだんですよ。それで偶然、潜入調査をしていた若松警察署の方々と協力しまして、悪徳事務所の奴らと大乱闘ですよ」


熊「ドラマみたいな話ですね…… でも、皆さんよくご無事でしたね?」


椎名「雨宮が拳銃を向けた時、いま修君と一緒に行動してる重君がですね、硬水を飲んで、フォルス・スタートマンに変身しまして、それですぐお色気レモンタルトマンに名前を改めまして…」


 それから三人は、自分たちの体験談を熊に話し続けながら、竹を探して歩きまわった。


熊「いやぁ、皆さんすごい体験をされてるんですねぇ… 知哉さん、それはこの地獄コースが物足りないと思っても仕方のないことですよ」


知哉「いや、あの、物足りないとは言ってないんですけど…」


熊「知哉さんの言う通り、生ぬるいですよね、この地獄では」


知哉「いや、あの、生ぬるいとも言ってないんですけど…」


熊「プランBを用意しておいてよかった」


 プランBという単語に、三人は顔を見合わせた。


渡「あの、プランBっていうのは……」


熊「あ、それは夕食の時に説明しますよ」


 本日、何度目か分からない笑顔を見せる熊。


渡「知ちゃんが余計なこと言うから…」


知哉「えぇ!? 俺のせい?」


椎名「そうだよ? デク哉君のせいだよ?」


知哉「知哉ですよ! なんですかデク哉って!?」


椎名「なんですかって… あれって竹じゃないの?」


知哉「はい?」


椎名「ほら、あそこだよ! あれって竹だよね?!」


 椎名が指をさした先には、真っ直ぐに伸びた竹が何本か生えているのが見えた。


渡「あぁ竹ですね。しかも、奥までずっと竹が続いてるんじゃないんですか?」


知哉「じゃあ、ちょっと行ってみようぜ」


 足元に注意しながら進んでいくと、渡の言った通りに竹林が続いていた。森のざわめく風音とは違い、竹の葉どうしが擦り合うサラサラとした風音はどこか涼しげだった。


知哉「おー、なんか雰囲気が全然ちがうなぁ」


 知哉は竹林の中へ進もうとしたが、渡に止められた。


渡「ちょっと待った。そこの小さい看板見てみな」


知哉「看板?」


 竹林の手前には、木製の小さな看板が設置されていた。とても丁寧な作りで、一つの工芸品のような出来だった。


椎名「立ち入るのにも、竹を取るのにも許可がないとダメらしいよ。まぁ、当然のことだけど。あと、浜野工芸ってとこに連絡してくれって書いてあるよ?」


知哉「浜野工芸? 浜野工芸って汚苦多魔村の商店街にあった店じゃん!」


渡「っていうことは、浜野さんに連…」


 その時、渡の言葉を遮るようにして、熊のホイッスルが鳴った。三人はとてつもなく驚き、同時に少しだけイラついた。


熊「あ、すみません! 先に吹くって言うの忘れちゃいました!」


渡「ホントにもう……」


熊「それで、熊のワンポイントアドバイスです! この辺り一帯が合宿所の私有地と言いましたが、この竹林は浜野さんの私有地なんですよ。つまり、浜野さんはここの竹を使って工芸品を作っておられるんですねぇ」


知哉「それのどこがワンポイントアドバイスなんですか! プチ情報でしょ!」


熊「あ、それでは、熊さんのプチ情報ということにしていいですか?」


知哉「好きにしてくださいよ!」


熊「では、熊さんのプチ情報その2! すでに浜野さんから許可を頂いているので、竹を必要な分だけ持って行ってください!」


 面倒になった知哉は「それはプチじゃないだろ」という言葉を飲み込んだ。


熊「さらに、プチ情報その3! 竹林は手入れの為に、若い竹を残して古い竹を伐採します。その伐採した竹を一か所に集めてあるので、これからその場所に案内いたします!」


 歩き出す熊の後を、なんだか疲れてしまった三人がついていく。


熊「はい、ここになります!」


 竹林のちょっとしたスペースに、切り取られた竹が何本も積まれていた。竹の長さはまちまちだったが、長い一本のままの竹と、半分の長さに切られた竹に分けて積んであった。


熊「この中から好きな竹を持っていってください」


渡「あ、わかりました。それじゃ、どうしようか?」


椎名「そうだねぇ」


 三人は積まれている竹を調べ始めた。


椎名「キャンプ地まで運んでいかなきゃならないから、半分のやつがいいかな?」


知哉「そうですね」


渡「真ん中より下のを一本と、上のを二本でいいんじゃない?」


知哉「三本もいるか?」


渡「俺の先見の明を信じなさいよ」


知哉「別に構わねぇけど。で、どれにすんだ?」


渡「うーん、そうだねぇ」


 渡が竹を何本か動かした時だった。竹を掴む渡の手の甲に、腹の部分が足の親指ぐらいあるクモが落ちてきた。


渡「クゥモォさぁーーーんっ!!」


 何故クモにさんをつけたのかはわからないが、その叫び声は山に響き渡り、ブラボーチームの耳にまで届いた。


重「な、なんだろうか?」


修「ク()さんじゃなくて、ク()さんだろ?」


重「でも、あれだけ教授さんが叫んでるってことは、クモが出たんじゃないの?」


修「あー、そうかもしれないな…」


 渡の声に立ち止まったブラボーチームは、飲み水確保のために、再び歩き出した。


修「それで? 水の匂いは濃くなってんの?」


重「なってるよ。順調にね」


修「いやー、早いとこ見つけないと、またキャマドゥーマに襲われるからな。頼むぞ大先生」


重「任せてよ、バキッと見つけるから! あ、ちょっと待って!」


 重はそう言って立ち止まると、目を閉じ、耳に手をそえて、音に集中しはじめた。


重「…………………」


修「…………………不明瞭な政務活動費についてなんですが」


 重は自分のポージングがポージングなだけに、思わず笑ってしまった。


重「記者の声を聞いてるんじゃないんだよ! くだらないこと言ってないで、静かにしててよ! 水の音が聞こえたんだから!」


修「水の音!? おい、マジかよ?」


 修も重と一緒になって、耳を澄ましてみた。すると、わずかにではあったが、水の流れる音が聞こえてきた。


修「本当だ、水の音だ。よく気が付いたな」


重「なんか聞こえたんだよ。合宿初日にして、ホントに覚醒したのかも」


修「よし、じゃあ、早く行ってみようぜ」


 水の音に向かって二人は歩き出した。後ろにいた藍は、持っていた衛星電話で熊に連絡を入れると、二人の後について行った。

 耳を頼りに森の奥へ進んでいくと、次第に水の音が大きくなっていき、重と修の期待も大きく膨らんでいった。


修「だいぶ近づいてきたな!」


重「もうそろそろだと思うんだけど… あ、修、あそこ見てよ」


修「ん、どこ?」


重「ちょっと下の方。岩とか石とかあるところ。苔とかシダっぽいのが生い茂ってるよ!」


修「つーことは、あそこから水が湧き出てるのかもしれないな! 気をつけて行ってみるか!」


重「うん!」


修「行きますよ、藍さん!」


藍「はい!」


 三人は緩やかな斜面を下りていき、苔の生えた岩や石がいくつもある場所に近づいていった。そして、大きな石を跨いだ重が、歓喜の声を上げた。


重「ぬぉぉぉぉーっ! 水だぁーーいっ!」


修「オイオイオイっ! 水が湧き出てるよオイっ!」


 二人は男らしく抱き合い喜び合う。


藍「おめでとうございます!」


 藍は嬉しそうに笑い、二人に拍手を送っていた。それに気が付いた修は、嬉しさのあまり、ガラにもなく藍の手を取り喜んだ。


修「ありがとうございます! やりましたよ藍さん!」


 修は藍の手を優しく離すと、湧き水の流れる小さな沢をまじまじと見つめた。


重「見てよ修、この石の横から水が湧き出てるよ!」


 湧き出た水は、すぐ下に溜まり場を作っており、その溜まり場の許容量を超え、溢れ出た銘水たちが、小規模な小川を形成していた。


修「おう大先生、手ですくって飲んでみろよ!」


重「いいの!?」


修「そりゃ、大先生が見つけたようなもんなんだから、最初に飲んでくれよ」


重「それじゃ、遠慮なく……」


 重は両手で湧き水を受けると、スッと口の中へ流し込んだ。冷たい湧き水のほのかな甘さは、重の口いっぱいに広がっていき、飲み込むと同時に体の隅々にまで染み渡っていった。


修「どうだよ大先生、湧き水の感想は?」


重「……生き返るとは、こういうことを言うんだねぇ」


修「なんだよその感想は!? 俺も生き返るぞ!」


 重と同じようにして、修も湧き水を口にした。すると修の目はパッと開かれた。長い冬を耐え忍んだ蕾が、春を迎えて花開くように。


修「……俺は今まで死んでいたんだな。そして今、生き返った、いや、生まれたんだ」


重「なに言ってんだよバーカ」


 バカにはバカと言ってやったほうがいい時もある。


修「随分と俺の感想を踏みにじってくれるじゃねぇか」


 自称「いま生まれた」男の修は、笑いながら言い返した。


重「いいから、地図に書き込んでよ、忘れないうちに」


修「わかってるよ」


 修は沢から少し離れたところで地図を広げ、重は水筒に湧き水を汲み始めた。


藍「……はい、飲み水を確保しました」


 藍は再び衛星電話を使用して、熊と連絡を取っていた。


藍「はい、了解しました」


 藍は衛星電話をしまうと、地図に湧き水の位置を記入していた修に話しかけた。


藍「あの、修さん」


修「はい、何ですか?」


藍「記入が終わりましたら、こちらに来ていただけますか?」


修「あ、はい。今ちょうど終わりました」


 修は地図をしまいながら、藍と重の所へ歩いて行った。


修「それで……」


藍「はい、重さんもよろしいですか?」


重「はい、大丈夫です」


 重は水筒のフタを閉めながら答えた。


藍「えー、サバイバル時に、4つの大切なことがあると言いましたが、残りの三つを説明したいと思います」


修「あ、そういえばそうでした」


重「えっと、一つ目は『身を守る』でしたよね」


藍「はい。身を守ることが最優先になります。次に優先順位の高いものは『救助されること』です」


 藍の真剣な表情に、二人の表情も自然と真剣みを帯びた。


藍「サバイバルの最終目標は助かること、つまり救助されることです。窮地に立たされた人がいると分かれば、救助隊が探しに来てくれます。ですから、いかに自分の存在を救助隊や他の人々に知らせられるか、そこが大切になります」


重「助けを求めている事が伝わらなければ、誰も助けに来てはくれないですもんね…」


藍「そうなんです。例えば、シェルターを作ったキャンプ地のような開けた場所なら、空からも見えます。なので、石や木を並べて大きなSOSを作れば、ヘリから確認することができます。また、火を起こせる状況なら、狼煙のように煙を使って合図を出すことも可能です。さらに…」


 藍は自分のサバイバルナイフを取り出した。


藍「このナイフや鏡、スマホなどの画面で光を反射させて合図を出すことも有効です。皆さんは釣りをやってらっしゃるのでご存知かと思いますが、ホイッスルも救難者を探し出すのに有効です」


 そのころ、竹林にいたアルファチームも熊から説明を受けていた。


熊「ただ、ヘリや小型機が通らず、捜索されている様子が全く見受けられない場合には、自らの力で脱出をしなければなりません。しかし、あくまでも最終手段なので、その場が安全なのであれば、出来るだけ動かずに様々な方法で救助要請をした方がいいでしょう。また……」


 熊は胸のポケットから一枚の紙を取り出した。


熊「山へ出かける際には、登山届・入山届を記入し、登山ポストや、事前に山の管轄をしている地元警察署の地域課などへ送ることが大切です。日本では一部でしか義務化されておりませんが、万が一救助が必要になった場合に、役に立ちます。これは、合宿所本部で、久石さんに記入していただいたコピーになります」


 熊は紙を一番近くにいた知哉に渡した。


熊「それは、合宿計画届です。ごらんの通り、皆さんの氏名や性別、人数や装備など細かい情報が書かれています。また、日程も細かく書かれていますが、変更があれば、私や他の教官が本部に連絡を入れて、情報を更新しています。ですから先ほどのプランBの変更は連絡済みです」


知哉「こういった事前策が大切なんですね。あの一つ思ったんですけど…」


熊「はい」


知哉「入山届はわかるんですけど、下山届もないと何か不安ですよね?」


熊「えぇ、そうなんです。ですから、私たちの合宿所では『合宿終了届』も書いていただいてます」


知哉「そうなんですか」


熊「さて、身を守り、救助される準備を整えました。ここでようやく水と食料が重要なポイントとして出てきます」


椎名「そういえば、まだ確実な飲み水の確保が出来てないんだよね?」


渡「最終手段の池ですからね」


熊「それならもう心配はありませんよ」


渡「えっ?」


熊「さきほど、衛星電話で藍ちゃんから連絡が来ました。ブラボーチームが湧き水を発見し、飲み水の確保に成功したようです」


渡「本当ですか!?」


 渡は目を丸くさせて驚いていた。


椎名「すごいね修君と重君!」


知哉「やりますね、あいつら!」


 その飲み水を確保したブラボーチームも、水と食料の説明を藍に受けていた。


藍「次に大切なのは『水』です。水の必要性は説明するまでもありませんね」


修「水が無いと生物は死んじゃいますからね」


藍「その通りです。だからこそ、水の確保というのは大変重要なポイントになるんです。水さえあれば、約2週間から約3週間は生き延びることができます。ただし、筋肉や脂肪をエネルギーに変えて生活をするので、個人差があることを忘れないでください。そして最後に『食料』です」


重「最後が食料なんですね」


藍「はい。食料については歩きながら説明しますので、キャンプ地に向けて出発しましょう!」


修「わかりました」


重「じゃあ、修も水筒に水を汲んじゃいなよ」


修「そうだな」


 修の水汲みが済むと、三人はキャンプ地へと歩き出した。


藍「それでは食料の説明です。身の安全を確保し、救助されるための用意、飲み水の確保が出来たら、食料の確保です。さきほど、水だけでも少しの間は生き延びることができると説明しましたが、サバイバルが長期化してしまう場合や、救助が見込めない状況で、自力での脱出が求められる場合は、栄養を補給しなければなりません」


 藍は時折、修と重の顔を見ながら、説明を続けた。


藍「ただ、食料探し自体にも体力を使うので、少ない運動量で見つけられる食物を探しましょう。例えば… 何だと思いますか?」


 藍は修の目を見つめながら問いかけた。


修「例えば…」


 見つめられて何だか小恥ずかしくなってしまった修は、重を見ながら考え始めた。


修「そうですね……」


重「実とかじゃない? そのー、果物とか木の実とか」


修「おー、そうかそうか、体力使わずに採れるもんな。あってますか藍さん?」


藍「正解です! サバイバル下では、果物や木の実、昆虫やその幼虫など、比較的簡単に見つかるものを探すことから始めましょう」


重「昆虫や幼虫ですか……」


藍「ただ、毒を持つ虫や、アレルギーのある人は食べられないものありますので、知らないものには手を出さないようにしましょう」


重「キノコなんかと同じ感じですね」


藍「キノコは専門家でも種類の特定が難しいので、絶対に手を出さないようお願いします」


修「そりゃもう、絶対に手は出しませんよ」


藍「そして、ここからが皆さんに直接かかわる大切なお話です」


 藍は立ち止まると、二人のを方へ向いた。


藍「本日の夕食は私たちが用意していますとお伝えしましたが、明日からは…」


修「明日からは?」

重「明日からは?」


藍「自給自足になります!」


修「自給自足!?」

重「自給自足!?」


藍「はい! 最終日まで」


修「最終日まで!?」

重「最チュー日まで!?」


 修と重は声を揃えて目を丸くしていたが、重に至っては何やらネズミ語が混ざってしまっている。


重「それはまた地獄ですねぇ……」


修「……じゃあ、食べられないときもあるんですね?」


藍「はい! ですが、当合宿所では、カード制の自給自足となっています」


重「カード制?」


藍「はい。実際に植物や魚などは自力でとっていただきますが、その他に、地獄コースのエリアに隠されているカードを見つけることによって、食料が支給されるシステムです」


修「あぁ、そういうことですか」


藍「合宿所内は鳥獣保護区になっていますので狩りは出来ません。もとより、鳥獣保護法により、狩猟には免許が必要です。さらに、狩猟をする各都道府県に登録をし、狩猟税を支払わなければなりません。また、狩猟できる鳥獣の種類も48種類と決まっており、狩猟禁止期間も設定されています。つまり、猟をするためには様々な事柄をクリアしなくてはならないので、カードシステムを採用しています」


 藍はそう言って近くの杉の木に歩み寄ると、3メートルほど上を指さした。


藍「あの幹に付いている白いカードが、食料カードです」


修「あれ? 来るときもありました?」


藍「はい」


重「気が付かなかったね」


修「おう。あの藍さん、これは取っていいんですか?」


藍「はい、どうぞ」


修「じゃあ大先生、俺が肩車するから」


重「うん、わかった」


 杉の木に両手をついた修が体勢をかがめると、重が修の肩に乗った。


修「いいか?」


重「いいよ」


 修は万が一に備え、杉を手でつたい、ゆっくりと体勢を戻した。


修「どうだ?」


 重は手をカードへ伸ばす。


重「ちょ、ちょい足らず……」


修「あぁ? 足んねぇの? じゃ、肩の上に立っちゃえよ?」


重「え、大丈夫?」


修「大丈夫だよ」


重「じゃ、立つよ」


 先ほどの修のように、重は手を使いながら、ゆっくりと立ち上がった。


修「と、届いたか?」


重「いま剥がすとこ…… はい、剥がした剥がした!」


 重の声を聞いた修はゆっくりと、体勢を低くしていった。


重「はい、ありがと」


 修から降りながら、重は礼を言った。


修「おう。それでカードは?」


重「これこれ!」


 重が差し出した白いカードは、トランプを一回り大きくしたくらいのサイズで、黒い字で85と書かれていた。


修「85っていうことは、かなり種類があるんですね」


藍「はい。そしてカードがあった場所に合わせて食材が変わります。つまり、カードが地中にあれば、支給される食材も地中にあるものということです」


重「じゃあ、このカードは木に生る食材がもらえるんですね?」


藍「そういうことになります。さらに、今回は久しぶりの地獄コースということで、色付きのカードも隠されています。色付きのカードは、自然界では手に入らない食べ物を入手することができます」


修「例えば、どんなのが……」


藍「ピザですとか…」


重「ピザ!?」


藍「から揚げですとか…」


修「か、から揚げ!?」


藍「湯豆腐ですとか…」


修「湯豆腐!?」

重「湯豆腐!?」


 突然の鍋料理に、二人は顔を見合わせる。


重「湯豆腐ってのはまた乙だねぇ」


修「夏でも夜の山は冷えるからなぁ、ハフハフしながら食いたいなぁ」


重「そこに銘水をキュッと一杯…」


修「沁みるねぇ…」


 二人は腕組みをしながら、湯豆腐に思いを馳せる。


藍「あとはツイミー汁に…」


重「ツイミー汁!?」


藍「ツセヌンピ汁とかですね」


修「ツセヌンピ汁!?」


 聞いたこともない食べ物に、二人は再び顔を見合わせた。


修「なんかヤバそうなのもあるし、どっちも汁物だぞ?」


重「運悪く、その二つのカードを見つけちゃたら…」


修「そりゃもう、俺たちはタプタプだよ。汁物2連チャンだもん」


重「カードは1枚1枚渡した方がいいかもね……」


藍「それでは、キャンプ地に戻るまでの道中、カードや食材も探してくださいね」


 水と食材になるカードを手に入れたブラボーチームは、キャンプ地を目指して歩き始めた。一方、アルファチームはというと、竹を手にキャンプ地へと戻ってきていた。


知哉「ふいー、到着!」


渡「さすがに、山道で竹を持って歩くとちょっと疲れるね」


椎名「そうだね。というか、あれ? ブラボーチームはまだ帰ってきてないんだね」


渡「本当ですね」


知哉「つーかさ」


渡「ん?」


知哉「竹はどこに置く? シェルターの奥の木の下にでも置くか? あのでっかい木の下」


渡「そうだね。日中は日陰になってて、作業するのにも良いだろうし」


椎名「じゃあ、運んじゃおうか」


渡「はい」

知哉「はい」


 3人は竹を運び終えると、それぞれのシェルターに腰かけた。


渡「それにしても、何がもらえるかね」


知哉「うん?」


渡「食材カードだよ。二枚見つけたじゃない」


 アルファチームも熊からカードについて説明を受け、帰り道に二枚のカードを見つけていたのだ。


知哉「あぁカードか。林の175番と、池で見つけた3番な?」


椎名「池の中っていうことは、水の中で採れるものってことでしょ?」


知哉「そういうことになりますね。つーことは、やっぱ魚ですかね」


椎名「旅館で食べたナガラミって可能性もあるよ?」


知哉「ナガラミ良いですねぇ!」


渡「じゃあ林で見つけたやつは?」


椎名「うーん、木苺とか?」


知哉「野菜じゃねぇの? あれだけ草が生えてた場所にあったんだから」


渡「そうかもね… っていうか、よく池のカードを見つけたよ」


知哉「なんとなく池を見たら、紐につながった袋が浮かんでんのが見えたんだよ」


椎名「インレットを探してるときは無かったよね?」


渡「池を出発した時に、熊さんが設置したんじゃないですかね?」


知哉「つーかさ、熊さん、相当すごい人なんじゃねぇの? たまに熊さんの気配とか足音とか一切なくなる時とかあったし」


椎名「本当に!?」


知哉「はい。でも、気になって見てみると、にこやかに歩いてるんですよ」


渡「そういえば、顔の傷もたぶん本物だよ? 傷跡からして、動物に引っ掻かれた痕だと思うけど」


椎名「熊さんも、壮絶な体験とか経験をしてるのかもしれないね」


渡「間違いなくそうでしょうね」


熊「私もそう思います」


 いつの間にか現れた熊に驚いた知哉は、シェルターから転げ落ちた。


知哉「熊さん! 脅かさないでって言ってるでしょ!」


熊「すみません、驚かすつもりはなかったんですよ」


 知哉は熊の手を借りて立ち上がった。


熊「それはそうと、ブラボーチームが戻ってきましたよ!」


 熊の言う方向を見てみると、ブラボーチームの姿があり、修と重は手を振っていた。


知哉「ホントだ。おーい!」


 知哉も手を振って応えた。座っていた渡と椎名は立ち上がった。


重「いやー、疲れた疲れた」


渡「湧き水を見つけたんだって!?」


重「そうなんだよ。これで飲み水の心配はないよ」


修「大先生が見つけたんだよ」


 修はそう言いながら、帰りがけに採ってきた蔓植物を地面に置いた。


椎名「重君が見つけたんだ」


修「そうなんですよ。なんか急に『水の匂いがする』なんて言い出して」


椎名「水の匂い!? すごいね重君」


重「いやぁ、まぐれですよ、まぐれ」


知哉「まぐれで水の匂いが分かんのかよ?」


 知哉は笑いながら重の肩に手を回した。


重「それで? アルファ小隊は何か収穫あったの?」


知哉「あの木の下を見てくれよ?」


重「木の下? あ、竹があるよ修!」


修「お、本当だ! いやぁ、俺たちも竹を探してたんだけど、見つかんなくてな」


知哉「あと、椎名さんが火口用にガマの穂を見つけて、とんでもなくきれいな池も見つけて。んでもって……」


 知哉は笑顔のまま、渡を見つめた。


渡「ん? あぁ、あれね……」


 渡は自分のバックパックから二枚のカードを取り出した。


渡「3番と175番の食材カードを見つけたんだよ」


修「175!? そんな番号まであんのか!?」


椎名「ということは、修君たちもカード見つけたの?」


修「あったりまえですよ! 俺たちは、74番と85番のカードを見つけたんですよ」


椎名「じゃあ、4つの食材を手に入れたってことだね」


修「そうですね。まっ、夕食は熊さんたちが用意してくれてるんで、カードの食材は明日の朝食分になるでしょうね」


 その話を横で聞いていた熊は、ホイッスルを吹こうとした。しかし、寸でのところで止めることができた。


熊「今から吹きます!」


 宣言後、熊はすぐにホイッスルを吹いた。それでも事情を知らない修と重は少し驚いた。


熊「少し早いですが、陽が傾く前に、夕食の準備を始めたいと思います」


 それから、熊と藍に、火の起こし方、焚火の方法などを教わった何でも屋たち。火の管理をしつつ、ナイフの扱い方も教わり、竹で串と皿を作り上げた。

 準備を始めてから数時間後、合宿所本部に食材を取りに戻った熊が帰ってきた。食材を受け取った何でも屋たちは、すぐに夕食の準備に取り掛かった。


知哉「いやぁ、あの時間に準備を始めて正解だったな」


修「おう。あっという間に日が暮れてきちゃったもんなぁ」


 焚火の前に座る二人は、熊が用意したソーセージなどの肉や野菜を、手製の串に刺しながら話していた。


修「そういやさ、トイレの説明聞いたろ?」


知哉「聞いたよ。あれだろ、水場から十分に距離を取って、穴掘って埋めるってやつ」


修「おう。難しいくないか?」


知哉「いや、もうだから、穴のサイズを大きくするしか…」


重「夕食の準備しながら何の話してんだよ!」


渡「汚いんだよ!」


 修たちの反対側に座っていた二人が堪らずに言った。


渡「もっと他の話をしなさいよ!」


修「他の話?」


渡「そうだよ。なんかあるでしょ?」


知哉「なんかねぇ……」


修「っていうか、ぜんぶ終わったぞ。これはそっち側で焼いてくれよ」


 修は食材をのせた竹の皿を重に渡した。


重「はい、どうも。遠火でじっくり焼けばいいんだよね?」


修「そう。ただ、ちゃんと地面に串を刺さないと、倒れて土だらけになるか気をつけろよ?」


重「オッケー」


 重は肉が刺さった串を、グイグイと地面に突き刺していった。


重「いい感じだよ」


知哉「あぁ、確かに。絶対ウマいよな」


 焚火の火は、ゆっくりと肉や野菜を焼いていき、なんとも香ばしい匂いが、辺りに広がっていった。その匂いを深く吸い込んだ知哉は、幸せそうな表情だった。


知哉「いい匂いだ…」


修「っていうかさ、熊さんと藍さんはさっきから何をヒソヒソやってんだ?」


 熊と藍は、四人から少し離れたところで、クリップボードを片手に何やら話していた。


椎名「あれじゃない、プランBについてじゃない?」


修「プランB?」

重「プランB?」


 二人は声を揃えて、椎名の方を見た。


椎名「なんか知哉君が『地獄にしては生ぬるい』って言ったから、明日からプランBに変更なんだって」


 修と重は同時に知哉の方を見た。


知哉「生ぬるいなんて言ってないですよ! ただちょっと、地獄コースの割には、そこまでって感じかなって……」


修「じゃあ、なにか? それを聞いた真面目な熊さんは、俺たちの為にプランBに変更してくれたってわけ?」


渡「ま、そういうわけだね」


修「そりゃさ知哉、いくら地獄コースって言ったって、一日目は慣れるためのもんだろ?」


 その時、熊と藍が五人のもとへとやってきた。どうやら話し合いが済んだらしい。


熊「どうも皆さん、夕食の準備はいかがですか?」


渡「えぇ、いま焼いてます。野菜のなんかはもう焼けてまして…」


熊「そうですか。それじゃ、明日以降の話をするので、食べながら聞いてください」


渡「あぁ、はい、わかりました」


熊「では……」


 熊は手元のクリップボードに目をやりながら話し始めた。


熊「えー、まず、プランBに正式変更となりました。これは知哉さんの要望に応えた形になりますが、アルファチームのお三方から聞いた経験や体験談を考慮した上で変更にしました」


 修と重は黙ったまま、お喋りアルファ三人組の顔を見つめた。三人はそっと顔をそむける。


熊「それでは、プランAからプランBへの変更点を説明します。と言っても、変更点は二つしかありません」


渡「あ、二つだけなんですか?」


熊「はい。ではまず一つ目、二日後にサバイバルナイフを没収します」


何でも屋『!!』


 二つしかない変更点の一つ目で驚き、身を乗り出す何でも屋たち。


熊「二つ目は、最終日の日程が変更になり、イカダを作って、川下りをして合宿所を脱出していただきます!」


何でも屋『!!!!』


 一つ目を上回る変更点に、さらに身を乗り出す何でも屋たち。


熊「プランBについては以上です。それで、夕食後、地獄コース用のシャワー室へ案内しますので、着替えの準備をよろしくお願いします。また夕食後、火はそのままにしておいて結構です。風呂の間は藍ちゃんが管理しますので。ではそうですね… 40分後に出発しますので」


 熊はそう言い残し、藍と共に合宿所本部へと戻っていった。残された五人は、パチパチと音を立てて燃える焚火を静かに見つめていた。


渡「………………」


 渡は香ばしく焼きあがった串焼きを手に取った。


渡「イ、イカダですって皆さん、イカダ」


知哉「イカダなんて野蛮だこと……」


椎名「本当、殿方の考えにはついていけませんわ…」


 気取った口調で話しながら、串焼きを食べ始めるアルファチーム。


椎名「あら、美味しゅうございますわねぇ」


知哉「やだわ、頬にお肉のお汁さんが…」


渡「もう、みっともないでござんしょう?」


椎名「オホホホホ…」

知哉「オホホホホ…」

渡「オホホホホ…」


重「おい3バカ」


 呆れはてた重の声が、3バカの笑い声をかき消した。


重「誰のせいでイカダに変更されたと思ってんだ!」


 渡と椎名は黙ったまま知哉を指さした。


知哉「ちょっと、私のせいだけではなくてよ!」


重「その話し方ヤメなさいよ! イライラする!」


 重はイラつきにまかせて、串焼きの肉を頬張った。


修「でもまぁ、これで私一人の責任ではなくなったことを考えますと、なんだか胸のつかえが取れたようでがす」


知哉「そうでがしょ、そうでがしょ」


重「4バカ!」


 唾を飛ばして声をあげる重。


修「(きたね)ぇなもう!」


重「汚いとかそういうことじゃないでしょ!」


修「わかってるよ! 冗談言っただけだろ?」


知哉「つーか、イカダ作りの前によ、二日後にナイフを没収ってのはキツイよな?」


渡「うーん、だからナイフの代わりを見つけるとか作るとかしないとね、明日明後日で」


椎名「代わりっていうと… 石器?」


修「いや椎名さん、石器作るのって大変なんですよ?」


椎名「修君は詳しいの?」


修「詳しいわけじゃないですけど、中学のときに行った佐倉市の博物館で、石器作りの映像資料を見たんですよ」


渡「あぁ、懐かしいね」


修「あぁ、そうか、教授さんと一緒に見たんだったな」


渡「まぁ、とりあえず、食べるもの食べて英気を養って、地獄コースシャワーとやらを浴びて、明日に備えて早めに寝ようよ」


知哉「あぁ、なんだかんだ言って、今日は疲れたもんな。じゃ、さっさと食っちまうか」


 五人は、互いにエリア探索で起きたことなどを話しながら、串焼きをあっという間に食べ終えてしまった。やはり、疲れた体に『肉』は効いたのだろう。


渡「食べた食べた…」


修「美味かったなぁ… 何の調味料もかかってなかったのにな」


渡「まぁ、疲れてたのもあるだろうし、自然の中で火を囲んで食べるってだけで、なんかやっぱり違うんじゃない?」


修「そうかもな」


 五人が食後の余韻に浸りつつ、シャワーを浴びる準備を進めていると、熊と藍が合宿所本部から帰ってきた。


熊「お待たせいたしました! 夕食の方は済みましたか?」


渡「はい、美味しくいただきました」


熊「それは良かったです! ではシャワーに向かいたいと思いますが、準備はよろしいですか?」


渡「はい、大丈夫です」


 熊と何でも屋たちは、上級者コースのコテージ近くにある、地獄コース専用シャワーに向けてキャンプ地を出発した。キャンプ地に残った藍は、火の番と共に、何でも屋たちの為にあるものを用意していた。

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