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何でも屋  作者: ポテトバサー
第七章・夏と合宿とワサビと雨と 第1シーズン最終章
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寝床はA型フレーム

【あらすじ】


合宿初日、旅館を後にした何でも屋たちは合宿所へ向かった。

そこで何でも屋たちを迎えたのは、壮大な自然と、子供たちの拍手だった。

 合宿初日の朝。何でも屋たちは荷物を手に部屋を出ていくところだった。


椎名「しかしあれだね、急に日常へ戻された感じになるね」


渡「えぇ。朝早く起きて、部屋の普通の風呂に入るとそう感じますね」


知哉「まぁ、そうだな。もうちょい集合時間が遅けりゃ、大浴場に間に合ったんだけどな」


重「俺はね、朝飯が効いたね」


知哉「あぁ、朝飯な。お茶とおにぎりだもんな。もうちょい集合時間が遅けりゃ、ホテルの朝飯を食えたのにな」


渡「でも、わざわざ米田さんが用意してくれた朝食だからね?」


知哉「それは感謝してるけど、おにぎりがあんなにウマかったんだから、朝飯はもっとウマいだろ?」


重「そうそう、それを言いたかったんだよ。っていうか修! まだトイレ終わんないの?!」


修「はいはい、いま終わるよ!」


 そう言った修はトイレから出てくると、洗面台で手を洗い始めた。


修「いやぁ、出る出る…」


知哉「朝から(きたね)ぇんだよ!」


修「夜ならいいのかよ?」


知哉「朝よりマシ…」


渡「うるさいよバカ二人。いいから行くよ。藍さんが来ちゃうでしょ?」


修「わかったよ」

知哉「うーい」


 五人は名残惜しそうに部屋を後にすると、エレベーターに乗って一階に向かった。


渡「そういえば、チェックアウトは?」


修「さっき済ませた」


渡「もう? あぁ、さっき朝食をもらいに行ったとき?」


修「おう。だから、そのまま出ちゃっていいって」


渡「そうなんだ」


重「それにしても、米田さんには随分お世話になっちゃったね」


 重が一言お礼でもと考えていると、エレベーターは一階に到着してドアが開いた。


米田「皆さま、おはようございます」


 エレベーターを出たすぐ脇で、米田は何でも屋たちを出迎えた。


重「あ、おはようございます。どうもお世話になりました」


 重は米田に近づき会釈をする。


米田「いえ、こちらこそ、ご利用いただきありがとうございました」


椎名「ご飯もお風呂も、お部屋も良かったです」


渡「もちろん、米田さんたち、スタッフの皆さんも」


米田「ありがとうございます」


知哉「今度は合宿じゃなくて、普通に泊まりに来ます」


米田「それでは、首を長くしてお待ちしております」


修「それじゃ、行ってきます」


米田「では、お見送りを…」


修「あ、旅館の前で待ち合わせなので、ここで結構ですよ?」


米田「さようでございますか。では、皆さまお気をつけて」


 米田と別れた何でも屋たちは、旅館の入り口前で藍を待った。


椎名「修君、いま何時かな?」


修「えー、15分前です」


椎名「あれ、じゃあ少し待つね」


渡「修、車はどうするの?」


修「えーっとね、合宿所(むこう)の駐車場に止めるらしいけど」


渡「あ、そうなんだ。帰りは?」


修「帰りはあれだよ、また米田さんに…」


知哉「えぇ!? また死ぬ思いすんのかよ!?」


重「米田さんには断りを入れて、藍さんの言ってた遠回りの道を運転して帰ればいいじゃない!」


修「…わかったよ、後で連絡しておくよ。じゃあ、藍さんに道を聞かないとな」


藍「なんの道ですか?」


修「うわっ! いつからいたんですか!?」


藍「いま来たところです」


 藍は昨日と変わらない笑顔を見せながら言った。


藍「それでは、合宿所に向かいたいと思いますが、お車は?」


修「あ、まだ旅館の駐車場なんで、いま持ってきます。教授さん、俺の荷物頼むわ」


渡「うん、わかった」


 修は荷物を頼むと、車のもとへ走っていった。


藍「今日はお天気に恵まれて良かったですね」


渡「えぇ、そうですね」


知哉「でもあれですか、やっぱり山っていうのは天候が変わりやすいんですか?」


藍「様々な原因によって変わるのですが、簡単に説明すれば風によって変わりますね」


知哉「そうなんですか」


藍「そういった詳しい話も、後程、たっぷりと所長から聞けますよ」


 また笑顔で話す藍に、椎名は素直に好感を持った。


椎名「いやぁ、藍さんは笑顔が絶えなくて素敵ですね」


藍「えっ? あ、ど、どうもありがとうございます…」


 藍は照れながら礼を言った。


知哉「ピエロがなにチャラついてんだよ?」


椎名「えぇ!? いや、別にチャラついてるわけじゃ…」


渡「ナンパして浮気かピエロ?」


椎名「いや、そういう意味で言ったわけじゃなくて…」


重「もう麻美には飽きたのかよピエロ?」


椎名「なんで麻美って呼び捨てなの?!」


 同棲相手のいる椎名が、独り身の三人にイジられていると、修が車をまわしてきた。


修「はい、どうも、お待たせしました」


 修は車から降りてきた。


修「あれ、なんだよ、どうした? 椎名さんが藍さんをナンパでもしたか?」


椎名「なんでわかるの!?」


渡「やっぱり…」


椎名「違うよ! そうじゃくて、話してた内容がどうして…」


修「はいはい、わかりましたから椎名さん。三人が独り身の焼きもちジョークを言ったんでしょ」


椎名「そうなの! ちょっと藍さんを褒めただけなのに、妬いちゃってさぁ」


修「どうしようもないですねぇ、それは。ま、んな事はどうでもいいから、さっさと荷物を車に入れろよピエロ! ぬくぬくと同棲なんぞしやがって!」


椎名「一番妬いてるじゃないの!」


修「アハハ、冗談ですよ。じゃ、荷物入れて乗ってください。ほれ、お前らも。藍さんは助手席に乗ってください」


藍「はい、わかりました」


 ほどなくして、車は合宿所へ向かって走り出した。後部座席の四人は、情緒ある村の景色を名残惜しそうに見つめていた。


修「このまま橋を渡って真っ直ぐでいいんですか?」


藍「はい。駐車場まで一本道なので」


修「わかりました」


渡「あの、ここからは近いんですか?」


藍「駐車場までは車で15分ぐらいです。そこから少しだけ歩いたところに合宿所があります」


渡「そうなんですか」


 藍の言う通りに15分ほど車を走らせていると、駐車場が左手に見えてきた。そしてすでに、辺りの景色は一変しており、壮大な自然だけが続いていた。


藍「あそこの億乃玉自然公園と書かれている駐車場に入ってください」


修「わかりました。これは… 手前が入り口ですね?」


藍「はい」


 修は看板と路面に書かれた矢印に従い場内を徐行していき、開いているスペースに車を駐車した。


修「はい、到着。それじゃ降りますか」


藍「はい」


 何でも屋たちは荷物を手に車から降りた。すると、数台の観光バスが停まっていることに知哉が気付いた。


知哉「観光バス…… やっぱり、俺たちが通った道以外にも道はあるんだな……」


渡「そうだね……」


重「藍さん、朝早くから観光バスが来てますけど…」


藍「はい。本日は村外の小中学生を対象にしたアウトドア教室を開いていますので、そのバスです。あと、数グループの社会人の方達が合宿所を利用されていますので、そのバスと車です」


椎名「へぇー、社会人の方も利用してるんですか!」


修「…………俺たちも社会人ですよ」


椎名「あ………………」


修「完全に修学旅行気分じゃないですか!」


椎名「まぁまぁ……」


修「何がまぁまぁなんだか…」


渡「少しくらい静かにできないの? おたくらは」


修「あ、すみません」

椎名「あ、すみません」


渡「まったく、あっ、藍さんどうぞ」


藍「はい。それでは合宿所本部に向かいたいと思いますので、はぐれないように付いて来てください。それでは出発します」


 藍を先頭に一列に並んだ一同は、合宿所の本部へ向かって歩き始めた。

 本部へ続く道の途中には、ヒヨドリバナやヤマシロギクといった可愛らしい白い花や、個性的な青色のツルリンドウが花を咲かせており、紅紫色のハギの花なども時折り見えた。


修「いろんな種類の花が咲いてるなぁ」


知哉「修は花とかも詳しいだろ?」


修「いや、人並みだよ。なんとかギクとか細かい名前まではわかんねぇよ」


知哉「それでもいいじゃんか。俺なんか桜とかバラとかチューリップとかさぁ、ホントに有名なのしかわかんねぇよ」


藍「久石さんはお花も好きなんですね」


修「えぇ、まぁ。母親が好きでして。子供のころから出かける先々で教えてもらっているうちに、好きになったといいますか、詳しくなったといいますか……」


重「じゃ、あれは? あの黄色い花」


修「あれは…… たぶんミズヒキだと思うけど」


重「それじゃ、そのアゴに生えてんのは?」


修「ヒゲだよ!」


重「はい、はずれぇ。正解はモウセンゴケでした」


 その解答に、藍は耐え切れずにクスクス笑ってしまった。


修「俺のヒゲは虫を食わねぇんだよ!」


重「あれ? モウセンゴケって、こう、普通の苔じゃなかったっけ?」


修「食虫植物だよ! 緑色のしゃもじみたいなやつにピンク色のブラシみたいのがついてるやつだよ! こう、モジャモジャっと…」


重「あぁ、はいはい! あれか!」


修「ったく、サルオガセみたいな髪の毛してるやつに言われたかねぇんだよ!」


 藍はそれを聞いてまた笑い出す。


重「知らないよ! 何だよサルオガセって!」


修「緑色をしたシゲだよ!」


重「くそー、気になるなぁ……」


 くだらない話に笑いながら歩き続けていると、大きなログハウスが前方に見えてきた。


知哉「あっ! 藍さん、合宿所本部ってあれですか?」


藍「はい、そうです。所長ご自慢のログハウスです!」


知哉「うわー、住みてぇー!」


渡「…最近、バカみたいな物の言い方しかしてないけど、なんなの?」


知哉「バカって…」


重「まぁ、来世でマンモスにやられちゃうような奴ですから」


知哉「占い箱の結果なんて、よく覚えてたな…」


椎名「ねぇちょっと皆、あれ見てよ」


知哉「どうしました椎名さん?」


 椎名が指さしたログハウス前の開けた場所には、藍が先ほど言っていた小中学生の一行が地面に座っていた。


修「おっ、子供たちがいっぱいいるな」


 一人の教官が子供たちに説明をしており、子供たちは真剣な表情で説明を聞いていた。


藍「ただいま戻りました」


 藍は子供たちの横で待機していた中年の教官に話しかけた。


教官「おかえりなさい藍ちゃん。あ、ということは、後ろにいる方々が何でも屋さんですか?」


藍「はい、そうです」


教官「そうですか!」


 教官は何故か嬉しそうに声をあげた。


教官「初めまして、合宿所教官の安部(あべ)と申します」


修「こちらこそ初めまして、何でも屋の久石と申します」


 藍のすぐ後ろに立っていた修が何でも屋を代表してあいさつすると、他の四人は安部に会釈をした。


安部「すいません、ちょっと失礼して……」


 安部はそう言うと、説明をしている若い教官のもとへ走っていった。


藍「あの久石さん、受付の方で手続きをしていただきたいのですが…」


修「はい、わかりました」


藍「他の皆さんはここでお待ちになっていてください」


 藍と修がログハウスの中へ入っていったちょうどその時、安部に耳打ちされた教官の木口(きぐち)が子供たちに向かって声を出した。


木口「みなさーん! 先ほど説明した地獄コースに挑む何でも屋さんたちが到着しました!」


 そのセリフに子供たちは驚いた様子で、何でも屋たちの方へ向いた。そして何でも屋たちを見るなり拍手を始めた。


椎名「な、なんだろうか?」


渡「さ、さぁ……」


 子供たちの拍手にどう反応すればいいか分からない四人は、苦笑いのまま何度も頭を下げたり、照れくさそうに首の後ろをさすった。


重「…ていうか、地獄コースって言わなかった?」


知哉「え、言ったか?」


椎名「言ったと思うよ、地獄コースって」


知哉「藍さんの言ってた『明日から地獄です』ってそういうこと?」


渡「どうだろうね……」


 四人が対応に困っていると、手続きを終えた修が藍と一緒に外へと出てきた。すると、子供たちは修にも拍手を送り始めた。


修「ん、なんだ?」


 何の拍手か分からない修は、拍手に一応の反応を示しながら四人のもとへ近づいて行った。


修「なんの拍手?」


渡「あそこの教官の人が俺たちの事を説明したら、この拍手が始まったんだよ」


椎名「それとね、地獄コースに挑むとかなんとか言ってたよ?」


修「地獄コース? あぁ、俺たちの受けるコースが地獄コースだから拍手をしてくれてるのか」


渡「え? 俺たち地獄コースなの?」


修「あったりまえだろ? 当分の間は椎名さんが抜けた分を補わなきゃいけねぇんだし、椎名さんは椎名さんで、これからは一人で頑張んなきゃいけねぇんだし」


渡「それはそうだけどさ… 大丈夫なの?」


修「死にはしねぇだろ?」


藍「それでは皆さん、地獄コースのキャンプ地へ出発します!」


 藍と何でも屋たちは、子供たちの拍手に見送られながら、キャンプ地へと歩き始めた。


重「キャンプ地ってことは…」


椎名「あれだね、テントかもしれないね」


渡「いやぁ、バンガローかコテージみたいなのはあるんじゃないですかね、さすがに。どうなの修?」


修「さぁ、どうだったか…」


渡「何と何を知ってて、何と何を知らないんだよ!」


修「心配すんなよ。地獄っていったって合宿なんだからよ?」


渡「心配にもなるでしょ! 昨日一日だけでテンテコマイだったんだから!」


 一同が話しながら歩いていると、数軒のコテージが見えてきた。そのコテージの前では、教官が社会人グループを相手に説明していた。


知哉「おっ。藍さん、このコテージですか?」


藍「いえ、ここは上級コースのコテージなので、もう少し先になります」


知哉「あ、そうなんですか……」


 そのとき、藍と何でも屋たちに気が付いた教官が、説明を中断して藍に話しかけた。


教官「藍ちゃん! もしかして後ろの皆さんは…」


藍「うん、何でも屋の皆さん!」


教官「本当に!?」


 教官は何でも屋たちに走り寄った。


教官「どうも皆さん初めまして、教官の島塚(しまづか)といいます」


修「あ、どうも……」


 先ほどと同じように、修が代表してあいさつをした。


島塚「地獄コースを選択されたそうで…」


修「え、えぇ、まぁ……」


 島塚は社会人グループの方へ顔を向けると、ハツラツとした声を出した。


島塚「皆さん! 先ほど説明をしました、あの地獄コースを選んだ、あの何でも屋の皆さんです!」


 感嘆の声と共に拍手が起こると、修は渡の方へくるっと向きを変えて小声で言った。


修「大丈夫かなぁ、地獄コース…」


渡「知らないよ! 地獄コースを選んだのはどこの誰なんだよ!」


 修は可愛らしい笑顔を見せながら、恥ずかしそうにして渡を指さした。


渡「……折るぞ?」


修「すみませーん… もう、しませーん…」


 それから歩き続けること十数分。荷物を抱えて歩き続ける何でも屋たちは、じわりと汗をかいてきた。


椎名「ず、ずいぶんと歩くね……」


渡「少し前から、道も舗装されてないですし……」


椎名「しかもこれ、道に草が伸び放題ということは、人も動物も全く使ってないってことだよね?」


渡「そうですね。誰もこのコースを選ばないんじゃないんですか?!」


 それは明らかに修に対しての言葉だった。


修「あ、藍さん? このコースは好評なんですよね?」


藍「はい、大好評ですよ!」


 修は歩きながら渡の方へ向くと、『聞いたかコノ野郎』という表情を浮かべて一瞬だけ指をさした。


藍「私たち教官からは大好評です」


修「はい?」


藍「すごくスキルアップできるので、私たち教官はオススメしているんです」


修「あの、地獄コースを選択した方々はなんと……」


藍「それが分からないんです」


修「…………………」


藍「未だ、地獄コースを最後までやり遂げた方はいませんので……」


修「えっ!? 一人もいないんですか!? 今までどのくらいの人が参加したんですか?」


藍「3グループ17名です。いずれも精鋭の方々だったんですが……」


修「精鋭って何のですか?」


藍「これ以上はちょっと申し上げられません…」


 その後、修は一切振り返ることもなく歩き続けた。というより、振り返ることなど出来るはずもなかった。

 それから更に五分後、ようやく地獄コースの合宿地へと辿り着いた。


藍「皆さん、到着です!」


 立ち止まった藍はそう言ったが、辺りは鬱蒼(うっそう)たる木々が生えているだけで、他には何もなかった。


修「…ここですか?」


藍「はい、この左手に見える坂を上った先にキャンプ地があります。では上りましょう」


 藍は言うなり、草木をかき分けて坂を上っていく。どうしようもない何でも屋たちは、仕方なく藍の後ろについていく。そして、坂を上りきると、再び藍が声を出した。


藍「はい! ここが皆さんのキャンプ地となる広場です!」


 何でも屋たちの前には、土を押し固めただけの狭く貧相なキャンプ地が広がっていた。


渡「何もない………」


 焚火の跡がいくつかある程度のキャンプ地の東側には、広大な森が広がり、西側には雑木林が続いていた。また正面は急斜面になっていて、遠くの山々まで良く見えた。しかし、何もないキャンプ地にも、一つだけ、いや、一人の人物を確認することができた。


重「誰だろ…」


知哉「所長じゃねぇの…」


 何でも屋たちに背中を向けて立つ迷彩服姿の男は、後ろで手を組んだまま微動だにしていなかった。


藍「皆さん、ついて来てください」


 藍は何でも屋たちを男のもとへと連れて行った。


藍「所長! 何でも屋の皆さんをお連れいたしました!」


 報告とともに敬礼する藍。


所長「ご苦労」


 所長と呼ばれた男は、ゆっくりと振り返った。


所長「皆さん、どうも初めまして。(わたくし)が汚苦多魔合宿所の所長です。どうぞよろしく」


 筋骨隆々な所長は、顔にはいくつかの古傷があり、精鋭部隊の隊長のような風格があった。だが笑顔やオーラは、どこまでも胡散臭かった。ちなみに、何でも屋たちはその臭いに敏感である。


藍「所長、お名前を…」


所長「ん? あぁ、そうだった。皆さん、(わたくし)網焼(あみやき)(くま)といいます。どうぞよろ…」


修「ウソつけ!」


 臭いに耐え切れなくなった修が、熊の挨拶を遮った。


修「ウソをつけウソを! なにが網焼熊だ!」


 修の横に並ぶ他の4人も、うんうんと頷いた。


熊「なにがと言われましても、これが(わたくし)の本名なのですよ」


修「………その小芝居は何なんですか?」


熊「はい?」


 語尾上がりの『はい』ほどムカつくものはない。これは修の言葉である。


修「なにが『はい?』なんだよ! いいから小芝居をやめろ!」


熊「…………………」


 初対面の修に好き勝手言われていた熊は、表情を一変させて修を睨み付けた。


熊「………やっぱりバレました?」


 藍が見せたような愛嬌のある笑顔を見せた熊は、楽しそうに笑い出した。


熊「いやー、久しぶりの地獄コースなのでね、ちょっとこう『頼もしい鬼軍曹』みたいな感じをやってみたかったんですけど、そりゃバレちゃいますよね? アハハハハ……」


 拍子抜けするほど軽いノリの熊に、何でも屋たちは『もう、どうとでもなれ』と思っていた。


熊「えー、私の名前は本当に網焼熊なんです! 歳は三十ウン歳で、好きな食べ物は麺類です! えーっと、これから皆さんとは六日間のお付き合いとなりますが、楽しく真面目に地獄を乗り切りましょう! どうぞ、よろしくお願いしまーす!」


 無表情の何でも屋たちの横で、藍が楽しそうに拍手をしていた。


藍「あ、それでは、何でも屋の皆さんも自己紹介してください!」


 無表情の何でも屋たちは、一瞬にしてウンザリとした顔になった。


藍「では久石さんからどうぞ!」


修「……久石修です。よろしくどうぞ」


熊「私と同じようにやってくださいよぉ!」


修「……………久石修です。 歳は二十ウン歳で、好きな食べ物は蕎麦とチーズです。動物の熊は好きですが、人間の熊は嫌いです。よろしくお願いします」


熊「はーい、修さん、よろしくお願いします!」


渡「えー、大塚渡です。歳は二十ウン歳で、好きな食べ物は鳥のから揚げとプリンです。熊に対する印象が変わりました。よろしくお願いします」


熊「渡さんですね! よろしくおねがいします!」


椎名「し、椎名源二といいます。三十ウン歳で、好きな食べ物はナポリタンとお菓子です。人の事は言えませんが、最近は変な人が多いなぁと思ってます。よろしくお願いします」


熊「源二さんは同年代なんですねぇ! よろしくお願いします」


重「どうも水木重です。二十ウン歳で、好きな食べ物は冷やし山菜の三色茶そばです。人の熊を食べる妖怪を探そうと思います。よろしくお願いします」


熊「水木重さん! 覚えやすいお名前ですねぇ! よろしくお願いします!」


知哉「寺内知哉です。二十ウン歳で、好きな食べ物はチャーハンとピザです。人の熊に関してはこれっぽっちも知りたくはございません。よろしくお願いします」


熊「知哉さんですね! 安心して下さい、私が優しくお教えします! さて!」


 熊はポンッと手を叩いた。


熊「それでは、簡単に合宿の説明をします。皆さんには、個々の力とチームワークを使って、これから六日間、サバイバルをしてもらいます。私が考えたシックスデイ・サバイバルを乗り越えた暁には、皆さんの体力・精神力は大幅に向上し、人としても成長していることでしょう」


 熊は何でも屋たちの前を行ったり来たりしながら説明を続けた。


熊「それではサバイバルに使用する道具を支給したいと思いまーす! 少々お待ちください!」


 そういうと、熊は藍と共に、西側にある大木横の物置へと走っていった。


知哉「あんなとこに物置があったんだな」


修「あぁ。つーか、本当にあの物置ぐらいしか人工物がないぞ?」


重「だね。電線も見当たらないしね」


椎名「ねぇ皆? 一つ懸念してることがあるんだけど」


渡「なんですか、政治家みたいな言い回しして」


椎名「いやね、蛇口が見当たらないのが不安なんだけど」


 椎名の言葉に、他の4人は辺りを見回した。


渡「本当だ、蛇口がない……」


知哉「飲み水とかどうすんだ?」


修「どっかに汲みに行くのかもしれないな。汚苦多魔(ここ)は銘水で知られてんだからさ、山の湧水かなんかがあるんだろ」


渡「来る途中の川の水も透き通ってたし、湧水が貯まってる小さな沢があるのかもね」


知哉「水を飲むにも一苦労ってことか」


 五人が話していると、大きな段ボール箱を両手に抱えた熊と藍が戻ってきた。


熊「お待たせいたしました! えーっと、まずはコレです!」


 熊は地面に置いた箱の中から、オレンジ色のサバイバルウェアを取り出した。そのウェアのオレンジは蛍光色で、眩しいくらいに陽の光を反射していた。


重「すごい色ですね」


熊「良い色でしょう! 豊かな自然には不釣り合いかもしれませんが、万が一の時には、目立つ色の方がいいですからねぇ!」


 熊は話しながらサバイバルウェアを配っていく。


熊「これは私たちのオリジナルウェアでして、これがまた丈夫ながら優れた着心地なんですよ! フリーサイズで男女兼用、夏は涼しく冬は暖かく、色はオレンジ・イエロー・ライム・スカイブルー・ピンクと5種類もあるんですよ! あ、ちょっと背中のところを見てください!」


 何でも屋たちは受け取ったウェアを広げ、背中の部分を見た。


修「なんじゃこりゃ……」


 背中の部分には合宿所のロゴと『汚苦多魔合宿所―地獄道』と大きくプリントされていた。


渡「パッと見た限り、すごく頭の悪そうな印象を受けるんだけど…」


知哉「あぁ。バカなのかな? って一瞬思うよな」


熊「見事、六日間を乗り越えましたら、『地獄道』の後に『生還者』と追加プリントされたものを、後日お送りいたします! では、着替えは後にしまして、藍ちゃん、お願いしまーす!」


藍「はい!」


 藍は段ボールから何かを取り出すと、5人に配り始めた。


椎名「水筒に……」


重「サバイバルナイフ……」


熊「そうです。この水筒とサバイバルナイフもオリジナル商品なんです。水筒は本体にチタンカップがはめてあるので、カップの部分で湯を沸かすことも可能でしてね! また、サバイバルナイフの(さや)には砥石が、柄の部分には着脱式の火打石がついてまーす!」


 熊はナイフを手にすると、真剣な面持ちで説明した。


熊「ただし、ナイフと火打石の取り扱いには十分に気をつけてください。後程詳しく説明するので、それまでは使用を控えてください」


 何でも屋たちも、真面目な内容の話には素直に返事をした。そして、自分たちがどれほど危険で面倒な状況に置かれているのかを、しっかりと把握することができた。


熊「そして、以上の道具を入れておくための…… こちら、小型のバックパックでーす!」


 熊の話すタイミングに合わせて、藍はバックパックを配り始める。


熊「もちろん‥」


渡「オリジナル商品なんですか?」


熊「さすが渡さん、その通りです!」


 山の朝に、熊の声が嫌というほど響き渡る。


熊「バックパックの中には、この辺り一帯のマップ、コンパス、赤ペン、救急セットが入っているので、有効に活用してくださーい! では藍ちゃん、少しの間、向こうを見ていてください!」


藍「はい!」


 藍は返事をすると、何でも屋たちに背を向けた。


熊「それでは皆さんどうぞ!」


修「えっ? どうぞって……」


熊「サバイバルウェアに着替えてください!」


修「あ、そういうことですか」


 何でも屋たちは素早くサバイバルウェアに着替えた。熊の言った通り、なかなかの着心地だった。


熊「着替え終わりましたね? 藍ちゃん、もう大丈夫です!」


藍「はい! うわー、皆さんお似合いですねぇ!」


知哉「アハハ、褒められても嬉しくないこともあるんですねぇ……」


渡「一番似合ってるやつが言うんじゃないよ!」


重「本当だよ!」


 一番似合っていない重が渡の意見に賛成した。


熊「それにしても皆さん、良い靴ですねぇ。サバイバルには持ってこいですよ!」


重「いやぁ、私たち釣りをかじっているもので、こういった場所に適した靴を持っているのですよ」


 重は何故かかしこまった口調だった。


渡「なんで急にやる気を見せ始めたんだ?」


修「さぁな。まぁ、感化されやすいからなシゲは……」


熊「さて、準備も整いましたので、本題に入りたいと思います」


 熊の表情は、また真剣なものに変わっていた。


熊「サバイバル、つまり窮地に立たされたときに、大きく分けて4つの大切なことがあります。それを優先順位の高い順に説明します。まずは『身を守ること』です」


 熊は再び何でも屋たちの前を右に左にと歩き始めた。


熊「これは基本中の基本です。例えば、真夏の炎天下に長時間いたら、熱中症や脱水症状に見舞われてしまいます。また、真冬の中、軽装備で外にいても危険です。つまり、危険な状況下から脱することが、生き抜くための第一歩なのです」


渡「なるほど、確かに……」


熊「では源二さん」


椎名「はい、なんでしょう」


熊「真夏の炎天下、椎名さんならどうされますか?」


椎名「そうですね… まずは日陰に行きますね。なんといっても太陽の光とアスファルトの照り返しが一番危ないですから」


熊「なるほど…… では、渡さん、真冬の場合はどうされますか?」


渡「えー、体温を維持しなければならないので、雨とか雪とか、あと風、そういったものを防ぐために屋内に入りますね」


熊「お二方共いい答えです。つまり、これからサバイバルをするにあたって皆さんに必要なものは、身を守るためのシェルターなんです!」


 気が付くと、熊の表情は胡散臭いものに戻っていた。


熊「これから皆さんには、それぞれ自分用のシェルターを作ってもらいます! そしてそのシェルターが皆さんの寝床となりまーす!」


知哉「えっ!? テントじゃないんですか!?」


熊「シェルターもテントも似たようなものですよ! それではバックパックからマップを取り出してください!」


 何でも屋たちはマップを取り出し広げた。


熊「現在地点はAと書かれた場所です! このAから西に行ったDエリアに、シェルターを作るための材料が様々な場所に散らばっています。なのでこの……」


 熊は1枚のメモ用紙を修に渡した。


熊「材料リストを差し上げますので、まずは材料を人数分集めてきてください!」


 材料リストを見た修は、その量の多さに気後れをしてしまった。


熊「では、荷物を一時的に物置へ入れて出発してくださーい!」


 こうして何でも屋たちは、押し出されるようにしてシェルターの材料集めへと出かけた。もちろん、万が一に備え、藍が同行した。


修「いきなり大忙しだなぁ……」


渡「マップとコンパスは修と俺で見る?」


修「そうだな。じゃ、椎名さん、リストを預かってもらっていいですか?」


椎名「うん、任せて」


 一同は慎重にDエリアの林の中を進んでいく。


重「それでリストには何て書いてあるんですか?」


椎名「うーんとね、約二メートルの棒を7本、ロープやその代わりになるものをあるだけ、柔らかい葉や苔などを適量」


重「適量って……」


知哉「でも7本だけで大人5人のシェルターが作れるんですかね?」


椎名「あ、7本っていうのは一人当たりの本数だよ」


知哉「え!? じゃあ全部で35本も集めるんですか!?」


椎名「リストに従えばそうなるね」


知哉「サバイバルってのはやっぱり重労働なんだな……」


修「大丈夫かよ知哉、一人で35本も運べるか?」


知哉「何で俺が一人で担いでんだよ! 自分の分くらい持てよ!」


修「ジョーダンだよ。でも2メートルの木を7本も持った上に、ロープと葉っぱを5人分持てるのか?」


知哉「俺が皆のも運んでやるって一言か言ったか俺が?」


修「知哉!」


知哉「な、なんだよ?」


修「足元にロープが落ちてる」


知哉「えっ?」


 知哉が足元を見ると、修の言う通り、ロープが落ちていた。


知哉「こんな雑に落ちてんのか?」


修「ちゃんと見てないと見逃がしちまうな」


渡「だったらフザけてないで、ちゃんと見なさいよ」


修「わかっ…… はーい! 手ごろな棒を発見!」


 修は棒が落ちている場所まで小走りで近づくと、棒をひょいと持ち上げた。するとその時、ホイッスルの音がこだました。


修「なんだ!?」


 音のする方へ何でも屋たちが振り返ると、藍がホイッスルを吹いていた。


藍「藍のワンポイントアドバイスです!」


修「ワンポイントアドバイス?」


藍「はい! このような自然の中で何かを拾うときには、対象物の周りに危険な生物がいないか、対象物までの間に危険な物がないかを確認してから行動に移りましょう」


修「先に言ってもらえると助かるんですけど……」


藍「何事も経験ですよ!」


 木を持ち上げた修は、渡に近づき小声で言った。


修「大丈夫かなぁ、地獄コース……」


渡「だから知らないよ! いいから、さっさと材料集めるよ!」


知哉「よーし、そいじゃ、素早く安全に集めようぜ?」


 そのとき、藍のホイッスルが再び鳴り響いた。


藍「藍のワンポイントアドバイスです。作業に集中するあまり、水分補給をおろそかにしてしまうことがよくあるので、皆さん小まめに水分を補給してください!」


知哉「なるほど。言われてみれば仕事してるときとか、たまにやってるかも……」


重「特に椎名さんは一度集中しちゃうと周りが見えなくなるんですから、十分気をつけてくださいよ?」


椎名「そうだね、気をつけるよ。それじゃ、素早く安全に、水分補給を忘れずに集めようか」


 その後、何でも屋たちは慎重かつ迅速に材料を見つけ出し、木材の方はすぐに集まった。が、ロープはイマイチ足らず、柔らかい葉と苔はなかなか見つからなかった。


重「うーん、どうしましょうか?」


椎名「先に棒だけ運んだほうがいいかな?」


修「たぶん、葉っぱと苔は屋根とか床とかになると思うんで、棒だけ先に運んじゃいますか」


渡「藍さん、ロープはこれだけだと少し足らないんですよね?」


藍「そうですね、もう少し必要ですね」


知哉「結構探したつもりだけど、見落とし、うわっ!!」


 知哉が急に大声を出して驚き、その場から急いで距離を取ったため、他の4人もつられてその場から離れた。


修「なんだよ!」


知哉「ヘビみたいな、なんか長いのがいた! 太いやつ、太いやつ!」


修「どれだよ……」


知哉「あ、あぁ、アレアレアレアレ!!」


 知哉が指さした地面には、綱引きで使うような太いロープが乱雑に落ちていた。


修「…………」


知哉「…………」


修「楽しそうでいいな、お前は」


知哉「…………」


渡「でも、このロープ使えるよ」


 渡は安全を確認すると、ロープを手に取ってまとめ始めた。


知哉「でも太すぎなんじゃねぇの?」


渡「細いロープを編んで太くしてるんだから、解けば大丈夫だよ」


知哉「あ、そうか」


修「気楽でいいよな、お前は」


知哉「うるせぇな! 未確認物体から大事を取って危険回避行動をとっただけだろ!」


修「わかったわかった。じゃあ、キャンプ地に戻るか」


重「あのね……」


 ずっと黙っていた重が、まとめて置いておいた木材に近づいた。


重「これ、どうやって運ぶ? これだけあると一筋縄じゃいかないよ?」


渡「うーん、見つけたロープで数本ずつまとめるしかないんじゃない? 取っ手をロープで作れば半分の量は二人で持てるでしょ?」


椎名「じゃ、余った一人が残りのロープを持っていけばいいんだね?」


渡「そうですね。ま、若い4人で棒を担当しますから、椎名さんはロープをお願いします」


椎名「了解。でもその、結び方って知ってるの?」


 待ってましたと藍のホイッスルが響き渡る。


藍「藍のワンポイントアドバイスです。クローブ・ヒッチがいいんじゃないでしょうか?」


渡「クローブ・ヒッチですか?」


藍「はい、見本をお見せします。とっても簡単なんですよ」


 藍は渡からロープを受け取ると、数本の棒をまとめて地面に置いた。


藍「このように、一周させて、ここを通せば完成です」


渡「へぇ、早いですね!」


藍「更に摩擦力を高めたい場合は、もう一度ここで絞めてあげれば… はい、完成です。これはダブル・クローブ・ヒッチと言います」


渡「なるほど、それじゃ……」


 渡は別のロープを使って、半分の量の木材をまとめ上げた。


渡「それで、もう一回ダブル・クローブ・ヒッチを少し離れた場所に作れば…… はい完成! どう、皆?」


知哉「おっ、いい感じだな。大先生、ちょっと一緒に持ってくれよ」


重「はいよ」


 知哉は左手に、重は右手に取っ手を握り、そのまま上に持ち上げてみた。すると、結びめはズレず、渡がバランスを取った個所に取っ手を作ったので、宙に浮いている材木も安定していた。


知哉「こりゃいいぞ教授さん!」


渡「ロープを二重にしたから、それほど手に食い込まないでしょ?」


重「うん。これは楽だよ。それにさ、取っ手と手の間に、木の皮かなんかを挟めば、手の平を保護できるしさ」


修「それじゃその方法で結んで、キャンプ地に戻るか!」


 5人は残りの材木もまとめ上げると、知哉・重ペア、修・渡ペアに分かれて材木を持った。椎名は使用しなかったロープをまとめて、肩にかけた。


椎名「この太いロープはどうやって持てばいいかな?」


修「そんなもんは………」


 修は太いロープを椎名の自由が侵されないように巻きつけていった。


修「はい、出来ましたよ」


椎名「お、重い… ロープもこれだけ持つと、結構な重さになるんだね…」


修「よし、それじゃ出発!」


 シェルターの材料を手に入れた何でも屋たちは、水分補給を忘れずに歩き続けた。ちょっとした達成感からか、足取りは軽く、予想よりも早くキャンプ地へ戻って来れたのだった。


重「あれ、もう着いた?」


修「おう、意外に早く着いたな」


 キャンプ地に戻ってきた一同を、熊が笑顔で出迎えた。


熊「おかえりなさい!」


修「ただいま戻りました」


熊「おっ、材料は見つかったようですね!」


渡「えぇ。でもまだ柔らかい葉っぱと苔は見つかってないんです」


熊「大丈夫ですよ、その2つは太陽が落ちる前までに見つけられればいいので…… あら?」


修「どうしました?」


熊「いえ、源二さんが……」


修「えっ?」


 熊に言われて、4人が椎名の方を見てみると、ロープというロープにがんじがらめにされ、もがいている椎名の姿があった。


知哉「大丈夫ですか椎名さん!?」


椎名「あっ…… えーっと、助けてもらえる?」


知哉「何やってるんですかもう」


 近くにいた知哉と重が、椎名を締め付けるロープを解きにかかった。


重「じっとしててくださいね」


椎名「うん。なんか面倒かけちゃって…」


知哉「気にしないでくださいよ」


 知哉は答えながら一本のロープを引っ張った。


椎名「グエッ!」


知哉「うわ、すみません椎名さん! 大丈夫ですか!?」


椎名「う、うん、大丈夫……」


重「やみくもに引っ張るんじゃないよ! 危ないでしょ!」


 知哉に注意をしながら、重は強くロープを引っ張った。


椎名「アヒッ!」


重「あれ!? すみません椎名さん!」


椎名「ちょっと、重君、そのロープ緩めて!」


知哉「椎名さんの尻に食い込んじゃってんだよバカ!」


重「えっ! あ、すみません! あーあ、こんなに割れちゃって…」


知哉「くだらねぇこと言ってんなよ!」


渡「いいから、早くしなさいよ!」


 渡が加わったことで、ようやく椎名はロープから解放された。


熊「大丈夫でしたか?」


椎名「どうもすみません、どうぞ、続けてください」


熊「いいですねぇ皆さん! その調子ですよぉ!」


 サムズアップしてみせる熊。


渡「は、はぁ……」


熊「えー、では、早速シェルター作りに取り掛かりたいと思います!」


 熊は何でも屋たちが集めてきた材料を調べながら説明を続けた。もちろん、表情はすでに固い。


熊「まず、シェルター作りで大切なことは立地です」


渡「つまり、作る場所を考慮しないといけないんですね?」


熊「そうなんです。この北側の急斜面の下には川が流れているんですが、そういった川辺や水辺の近くにテントやシェルターを設置するのは大変危険です。特に、川幅が狭く、崖や急斜面で囲まれた上流地帯ですと…」


修「あっ、もしかして鉄砲水ですか?」


熊「その通りです。鉄砲水の危険性があるんです。また水辺には野生動物が餌や水を求めてくるので、遭遇の危険性もあります。まぁ、この合宿所の私有地内に大型動物は生息していないので、遭遇の危険性は極めて低いですけどね」


椎名「なるほど、だからこの高台にキャンプ地があるんですね」


熊「はい。また、その場所が動物の通り道になっていないかも確認してください。足跡や近くの木に爪痕や角の痕、地面に毛や糞があれば、近くに動物がいた証拠ですからね。それではシェルター作りに取り掛かりましょうか。今回、皆さんに作っていただくのはAフレームシェルターです」


修「Aフレームシェルター? あれ、さっきログハウスの中で藍さんに見せてもらった写真のやつですか?」


藍「はい、あの写真のやつです」


熊「いやぁ、藍ちゃんはAフレームシェルター作りの名人でしてね!」


椎名「すごいですね!」


藍「いえいえ。ただAフレームが好きなんですよ。自宅のベッドもAフレームにしてしまうくらいでして…」


椎名「本当にアウトドアが好きなんですねぇ」


 椎名が藍を褒めていると、重が椎名の耳元でわざとらしく声を出した。


重「けっ!」


椎名「え? ちょっとどうしたの?」


重「また始まったよ」


知哉「直接ナンパ出来ねぇもんだから、間接的に褒めにかかったぞ?」


修「褒めてりゃ株が上がると思ったら大間違いだぞピエロ!」


椎名「だから、そういう意味で言ってるんじゃないよ!」


渡「はいはい、わかりました。それで、Aフレームはどうやって作るんですか?」


熊「私が一工程ずつ説明しながら作りますので、同時進行で皆さんも作ってください! それじゃ、材料を分けましょうか!」


 材料を分け、互いに程よい距離を離すと、シェルター製作講座が開講された。


熊「私は一工程ずつ、皆さんの材料を使って説明します!」


修「はい」


熊「まず、二本の棒を地面に置いたままV字に重ね、それをロープで縛り、しっかりと固定させます。縛り方を見せるので、近くに来て見てください」


 何でも屋たちは棒をV字に重ねると、真剣な表情で熊の手元に集中した。


熊「今からお教えするのは、ダイアゴナル・ラッシング、筋交(すじか)い結びと言われる結び方です。先ほど交差させた部分をねじ結びで固定させた後、右側から……」


 熊は慣れた手つきで棒を縛り上げた。


熊「最後は、先ほど木材を縛っていたクローブ・ヒッチで止めて完成です。このV字のパーツを二つ作ってください。では皆さんもどうぞ」


 釣りを趣味にしているためか、結び方を完全に覚えた何でも屋たちは、あっさりと棒を結びあげた。


熊「皆さん早いですね! それに…」


 熊は結び具合を一つ一つ確認していく。


熊「しっかりと結べてますし… いやぁお見事」


知哉「ありがとうございます。でもこの結び方、いろんな用途に使えそうですね」


熊「えぇ。直角に結べばイスやテーブルも作れますし、とにかく便利なんですよ! えー、次は二つのV字のパーツを逆さま、逆V字にして地面に立てます。藍ちゃん、お願いします」


 熊と藍は一つずつパーツを持つと逆V字にして地面に立てた。


熊「先ほど結んだ部分の上に別の棒を通して、二つのパーツと棒を縛って固定させます。フレームの基礎部分がこれで出来ました」


 何でも屋たちは同時進行で作っていく。


修「おぉ、なんか形になってきたなぁ」


重「うん、いい感じだよね」


熊「えー、次は二本の棒をフレームの足へ水平に固定します。地面からある程度の距離を開けて固定してください。風通しも良くなりますので。さらに……」


 熊は平行に結んだ棒の間にロープを渡していく。


熊「このロープの部分が寝る場所になります」


重「あ、横から見たらAに見えるよ」


修「お、本当だ」


 熊の説明を受けながら、何でも屋たちはAフレームシェルターを作り続けた。その様子は工作に興じる子供のようだった。


知哉「うおぃ! 出来たよ!」


修「あぁ、出来たな!」


椎名「これだけですごい達成感があるね!」


修「ホントそうですね! なんかワクワクしますよね!」


椎名「うんうん!」


熊「では皆さん、ここから最後の仕上げです。このままだと、日光や雨が防げません。なので、フレームの間に数本のロープを張り、大きめの葉っぱを下から重ねていき屋根を作ります」


修「そうかそうか、下から瓦屋根みたいに重ねれば、雨が入ってきませんもんね」


熊「そうなんです。ただ、今回は皆さんにプレゼントがあります!」


 そういうと、熊は近くに置いておいた段ボールを開けた。


重「なんだろうね」


渡「なんだろ」


熊「プレゼントはこれです! オリジナルの新商品、マルチアウトドアシートです!」


 熊は得意げにシートを広げて見せた。


熊「先週に出来上がったばっかりの新商品なんですよ! ブラウンとオリーブドラブのリバーシブルで、合宿所のロゴ入りです! なので、今回は葉っぱの代わりにこれを使ってください!」


 熊は嬉しそうにしながら、あっという間にシートを配った。


知哉「熊さんはその… メリハリがすごいんですね…」


熊「え? あぁ、よく言われます! 楽しむときは楽しむ、働くときは働く、そうしないと私のバイオリズムが崩れてしまうんですよ」


 熊は笑顔で話していたが、また真剣な表情に変わった。


熊「ではロープを張ってシートを取り付けてください」


 ここまでの作業をこなしてきた何でも屋たちにとっては、ロープとシートの取り付けは朝飯前だった。


修「よし、取り付け終了! 熊さん、これで完成ですか?」


熊「あとはロープを張った部分に、マットレス代わりの葉っぱや苔をのせれば完成です。ただ、それは午後にまわして、いま作ったシェルターを並べ替えます。休みながらでも話し合いができるようにしたいので」


渡「ということは、放射線状に輪を作ればいいんですね?」


熊「はい。中央が五角形になるようにしてください。またその中央の部分に荷物を置くので、ある程度のスペースを確保しておいてください。それが終わりましたら、荷物が濡れないように、中央にシートを張りますので」


 言われた何でも屋たちが協力してシェルターを並べ終えると、熊があっという間にシートを取り付けた。


重「あれ? 熊さんが取りつけちゃっていいんですか?」


熊「あ……… ま、まぁ、サービスということで……」


渡「それにしても、こうして見ると基地みたいだね」


知哉「あぁ、子供のころに作った秘密基地みたいだな」


修「団地の敷地内の木に作って怒られたやつな」


重「怒られたね、そういえば」


椎名「しょっちゅう怒られてるね皆は」


修「だから俺はハナっから教授さん()の広い庭でグー…」


渡「なんだよ『庭でグー』って」


修「…腹の音だよ。だってもう昼だぜ?」


 修は身につけていた腕時計を見ながら言った。


渡「あれ、もうそんな時間?」


知哉「集中してると時間が早く過ぎるよな」


重「あの熊さん、お昼はどうするんですか?」


熊「今日の昼と夜の食事は、我々が用意してるので安心してください。で、お昼ですが、藍ちゃんお手製のおにぎりと卵焼きになります!」


 朝食に続けて昼食もおにぎりとなってしまったことに、何でも屋たちは少し気を落としたが、『藍のお手製』という言葉がなんとか支えになった。


修「そうなんですか。藍さんが作って…… あれ、藍さんは?」


椎名「え? あ、本当だ、藍さんがいない」


熊「藍ちゃんなら、フレームを立てる作業の後、皆さんの昼食をログハウスに取りに帰りましたけど?」


修「そうなんですか!? 全然気づきませんでしたよ」


熊「あ、ほら、戻ってきましたよ」


 熊の指さす方向には、両手にバスケットを持った藍の姿があった。


重「あの距離をもう戻ってきたの?」


修「早すぎる……」


 驚いている何でも屋たちのもとへ、藍は笑顔でバスケットを持ってきた。


藍「お待たせいたしました! お昼ご飯ですよ!」


 藍はバスケットを下に置くとフタを開けた。中にはたくさんのおにぎりと、卵焼きを入れたタッパーが入っていた。藍はこれだけの量を持ちながら歩いたのにもかかわらず、汗一つかかず、息も切らしてはいなかった。そのことに何でも屋たちはさらに驚いていた。


藍「はい、それではお配りしますね。はい、椎名さんどうぞ」


 一人分のおにぎりと卵焼きのタッパーを手渡す藍。


椎名「ありがとうございます。うわぁ、美味し…… あの皆、今から言うのは感想であって、ナンパだとか株を上げようとか、そういう類いの…」


修「じゃあ、さっきのは『そういう類いの』だったってことですね?」


椎名「違う違う! さっきのも違うんだってば!」


 藍は笑いながら昼食を配り、他の物は笑いながらやり取りを見ていた。


修「んなムキにならなくてもわかってますよ、同棲野郎」


椎名「ちょっと待ってよ修君! 同棲は… だってするでしょ普通!」


修「いや、俺なんかモテない人生、『あいつばかりが何故モテる?』人生を送ってきましたからね、普通って言われても……」


 その言葉に、藍から昼食を受け取っていた重が反応した。


重「でも中二の夏、修は沙耶先輩…」


修「まてコラァ!!」


 修の声が山に響いた。


修「いつまでその話を持ち出すんだよお前は!」


熊「あれ、なんですか、気になりますねぇ!」


 すっかり楽しそうな熊。


修「いやいや、気にしないでください!」


藍「沙耶先輩と何かあったんですかぁ?」


 意地悪な口調で聞く藍。


修「何もないですよ!」


重「あれが何もないわけないで…」


修「うるせぇってんだよ! もういいから、皆で藍さんお手製のお昼ご飯を頂きましょうよ!」


熊「ははっ、じゃそうしますか。皆さん、行き届きましたね? それじゃ、いただきます!」


一同『いただきます!』


 朝から動き続けていた何でも屋は、次々におにぎりと卵焼きを食べていった。


渡「美味しい! おにぎりの塩加減が抜群ですよ藍さん!」


藍「ありがとうございます!」


重「この甘い卵焼き… 修のお母さんを思い出すねぇ」


修「なんで俺のお袋なんだよ?」


重「うちは甘くない卵焼きだったからさぁ」


修「あぁ、そうだったな、そういや」


椎名「それにしても、自然の中で食べると一段と美味しいね」


知哉「いや、ホントそうですね」


熊「ピクニックみたいな感じですよね」


知哉「えぇ、そんな感じですね!」


 何でも屋と一緒になって楽しそうに食事をする熊は、隣にいた藍に肩を突かれた。


藍「所長!」


熊「え? あぁ、そうだった! あの皆さん、午後の予定なんですが」


渡「はい、なんでしょう」


熊「えー、午後からもいくつか作業がありまして、先ほど話したシェルターのマットレスの代用品集め。夕食に必要になる道具集め。飲み水の確保。以上、三つの事をやっていただきます」


渡「やっぱり自分たちで探すのか…」


椎名「いろんな意味で生死に関わるよね…」


熊「また材料のリストを渡しておきますね」


 熊は修にリストを渡した。


熊「では、今のうちに二つのチームに分けておきましょう。そのほうが探索の範囲も広がりますしね」


修「じゃあ、どう分けるかな」


渡「とりあえず俺と修は別の方がいいね。地図見ながら移動するわけだし」


知哉「じゃあ俺は教授さんの方だな。力仕事もあるかもしんねぇだろ?」


渡「そうだね。それに椎名さんも俺のチームに来てください。椎名さんは()()ですから」


知哉「……どういう意味だよ」


椎名「うん、わかりました」


修「よし、じゃあ大先生は俺と一緒な?」


重「も、もう、ハッキリ好きって言えばいいのに…」


 重はいつものくだらない持ちネタをやった瞬間、修にヒップアタックで吹き飛ばされた。


重「イタッ! 何すんの!?」


修「何すんのじゃねぇんだよバカ! これから山奥で作業すんのに、余計な所で疲れさせんなよ!」


重「まったく、しょうがないなぁ」


修「何がしょうがないんだよ。あ、熊さん、チーム分け出来ました」


熊「それでは、渡さんのチームはアルファとして私が同行します。修さんのチームはブラボーとして藍ちゃんが同行します。そうしましたら…」


 熊は取り出したマップを地面の上で広げた。


熊「今度は、ここA地点から東にある森のBエリアに向かいます。そして、Bエリアの南東側をブラボーが、北西側をアルファが探索することにします。では10分後に出発しますので、道具や装備のチェックをしておいてください」


 一同は昼食を済ませると装備の確認を行った。しかし、装備と言っても必要最低限の物しか持っていないため、確認作業はすぐに終わり、ほとんどの時間を休憩にあてることができた。


熊「さて、皆さん準備も整ったようなので、出発しましょう。藍ちゃん、残り三つの説明も……」


藍「了解しました。それでは久石さん、水木さん出発します!」


修「はい!」

重「はい!」


 ブラボーチームはBエリア南東を目指して歩き始めた。


熊「ではチーム・アルファも出発しましょう!」


渡「はい!」

椎名「はい!」

知哉「了解!」


 二つのチームは、材料集めと飲み水の確保という任務遂行の為に、森の中へと入っていった。

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