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何でも屋  作者: ポテトバサー
第七章・夏と合宿とワサビと雨と 第1シーズン最終章
45/56

明日から地獄

 修はトンボを目で追いかけているうちに、自分が五人から離れてしまっていることに気が付いた。


修「あれ? なんだよ、後ろ歩いてると思ったら……」


重「歩くのが早いんだよ、というか急にテンション上がりすぎなの」


 近づいてきた重は呆れた口調だっだが、その目は風情ある風景に活き活きとしていた。


修「そりゃテンション上がるだろ。だって見ろよ大先生、カエルがこんなにいるんだぜ?」


重「おっ!」


 水路や田んぼの隅に、カエルたちがゲコゲコと鳴いているのが重にも見えた。


重「やってますなぁ…」


修「だろ? 水路もコンクリートじゃないから、トノサマガエルとかダルマガエルも喜んでるぞ多分」


重「いいですなぁ…」


 勝手に動くなと注意しにいった重は、修と一緒になって小動物たちの観察をし始めた。


椎名「あら? 重君も一緒になっちゃったけど…」


渡「何をやってんだか…」


知哉「つっても、特に自然が好きな二人だからなぁ、しょがないだろ? 俺達も行ってみようぜ」


 三人は豊かな自然の香りを楽しみながら、バカ二人のもとへ歩き出した。先頭からアッサリと後尾になってしまった藍であったが、なぜか嬉しそうに三人の後に続いた。


知哉「なんだよ座り込んで? なんかいんのか?」


修「あ? カエルだよ。ヤゴだなんだもいるぜ?」


知哉「あぁホントだ。いっぱいいんなぁ」


修「おい、教授さんよ?」


 渡は修の声が聞こえてるのにも関わらず、ゆっくりと椎名の後ろに回った。


修「なに椎名さんの後ろに隠れてんだよ? こっちきて見てみろよ?」


渡「いいよ俺は」


椎名「あれ、渡君、カエルとかダメなの?」


修「いえ、両生類とか爬虫類は大丈夫なんですよ。ただ水生昆虫が苦手なんですよ」


椎名「あ、そうだったの?」


渡「そうなんですよ…… 彼らには何の非も無いんですけどね。トンボとか蝶々とか、よく見る昆虫はいいんですけど、どうも水生昆虫とかは…」


重「ミズカマキリとかね」


渡「名前を言わないでもらえる?」


知哉「タイコウチとかタガメとか」


渡「言うなって!」


修「ヒヨケムシとかサソリモドキとかな!」


 渡は背筋をゾクゾクといわせながら修の尻をポンッ蹴り上げる。


修「オウッ! なんだよ、なにすんだよ」


渡「なにすんだじゃない! 言うなって言ってんだろ! もう水生昆虫でもないだろヒヨケムシとかは!」


 修は笑いながら藍に話しかけた。


修「藍さんはヒヨケムシ知ってます?」


藍「はい、知ってます。特徴的な顔で…」


渡「ハアァッ! 藍さん! 言わないでくださいよ!」


藍「あ、ごめんなさい」


 藍は楽しそうに笑う。


渡「全く悪いと思ってないじゃないですか」


藍「でも大塚さん安心してください、この辺りは居てもカマドウマぐらいで…」


修「藍さん、その話はヤメましょうか?」


藍「えっ?」


 修は先ほどの渡と同じようにして背筋をゾクゾクと震わせた。


渡「……人に散々言っておいてカマドウマがダメってのが訳わかんないよね」


修「いや、本当にごめんなさい」


藍「オオマダラカマ…」


修「ドウマの話はヤメてください」


藍「オオマダラのほうもダメなんですか?」


修「そりゃ、キャマドゥーマがダメなんですから、他のキャマドゥーマも…」


渡「やめろそのキャマドゥーマ! 訳のわからない!」


修「いや、正規の発音で言われたらヤツがフラッシュバック…」


椎名「あ、ヒキガエルかなぁ…」


 キャマドゥーマ話に興味のない椎名が漏らしたその一言に、修は話題転換の好機と見て大げさに反応した。


修「どれどれ! どれですか椎名さん!」


 椎名の肩をがっしりと捕らえた修。


椎名「え、あっ、そこにいるカエルなんだけど……」


修「あぁ、あれはウシガエルですよ」


椎名「ウシガエルっていうの?」


修「外来種のカエルで、厄介者扱いされてる可哀想なやつでして」


知哉「あぁ、気持ちわかるなぁ……」


 修は一瞬だけ知哉の顔を見た。


修「……ま、外来種に指定されている動植物は大抵は可哀想ですよ。例えばこのウシガエルなんてのは、アメリカから食用で持ち込まれまして『おい、なにすんだよ!』なんてゲコゲコ文句言ってたら日本ですよ。そいでもって『俺達食われちまうらしい』って噂きいて命からがら逃げだした。しかし、アメリカに帰るっていってもカエルに海は渡れない。仕方なく日本の水辺で生活してたら『在来種に手ぇー付けやがってべらぼうめ』ってなもんですよ。しまいには害獣呼ばわりですからね?」


知哉「そう、しまいにはデクノボウ呼ばわりですからね?」


修「……ブラックバスだニジマスだアカミミガメだカミツキガメだと色々いますけど、一番の害獣は人間ですからねぇ。在来種を守ることも大切ですが、同時進行で外来種に関する根本的な問題を解決していかないとダメですよねぇ」


知哉「そう、バカだボケだ色々言われますけど、一番頑張ってるのは俺ですからねぇ。俺のもっと本質的な部分を見定めてくれないと」


修「……子供たちに害獣なんて言い方で教えたら、勘違いしてウシガエルそのものが悪いと思って『うわ、ウシガエルだ、石でもぶつけてやれ』なんて浦島太郎に出てくるしつけのなってない悪ガキみたいなことをしかねない。子供ってのは時に残酷ですから。一筋縄じゃいきませんが、取り組んでいかないとダメですよね」


知哉「子供たちにデクノボウなんて言い方で教えたら、勘違いして俺そのものが悪い…」


修「おめぇはおめぇそのものが悪いんだろバカ! さっきっから黙ってりゃ横でバカ言いやがって」


知哉「あっ、カマドウマ!」


修「ざぁーいっ!」


 訳の分からない叫び声をあげ、一瞬にしてその場から距離を取る修。


修「やめろよ!」


知哉「なにがだよ?」


修「なにがだじゃねぇよ! まったく……」


 修は腰に手を当てて、椎名のほうへ視線を戻した。しかし、椎名はもとより、他の四人の姿はそこになかった。


修「あれ?」


知哉「おい修、みんな先に行っちゃってるけど」


修「は?」


知哉「ほら、あそこ」


修「ホントだ」


 二人は先を行く一同のもとへ駆け足で急いだ。


椎名「はぁ、それじゃ学校は億乃玉を使ってるんですか」


藍「はい。さすがに汚苦多魔を学校名に使うのはどうかという事になったらしくて…」


渡「それはそうでしょうね。どんなに真面目な学校でも汚苦多魔中学校じゃ不良で溢れてそうですもんねぇ」


重「不良学生ねぇ、当時の修と知ちゃんを思い出すよ」


渡「ホントホント」


椎名「あぁ、やっぱり…」


 腕を組んで頷く椎名は、後ろから来た二人の不良に絡まれてしまった。


知哉「何がやっぱりなんですか?」


椎名「い、いや、ガンとかつけてませんから!」


修「え? いや、そんなこと聞いてませんけど?」


椎名「お金は勘弁してください!」


修「おい、椎名さんになに言ったんだよ?」


重「別に、不良だったってことぐらいだよ」


知哉「誰が?」


重「おたくら二人がだよ」


修「はぁ!? 誰が不良だこの野郎!」


重「ほら、その粗暴な口の利き方!」


知哉「大先生が不良呼ばわりするからだろ!」


重「ほら、その顔!」


知哉「顔関係ねぇだろ!」


重「顔は関係ないって言ってるだろ!」


知哉「なんで大先生が怒ってんだよ! 訳わかんねぇな」


 重のくだらなさに笑いながらも文句を言う知哉。その隙をついて椎名は渡の後ろへと逃げこんだ。


椎名「ふぅ、まったく、不良はヤダねぇ」


修「だから! 不良じゃないですよ俺たちは!」


椎名「本当なの渡君?」


渡「ま、ガラは悪かったかもしれないですけど、不良じゃなかったですよ」


修「そうそう、毛むくじゃらの妖怪バカの話を鵜呑みにしちゃいけませんよ」


渡「ただ……」


椎名「ただ?」


渡「俺たちが中学にあがってから、学校にいた不良どもは萎靡(いび)してましたよ」


椎名「えっ? それは修君と知哉君が理由で?」


渡「八割はそうですねぇ」


椎名「………二人を怒らせないようにしよう」


修「インテリ二人で何を勝手に話してんだよ?」


 インテリ二人はワザとらしい動きを見せながら、ヒソヒソ話を続ける。


藍「……あの皆さん?」


修「はい?」


藍「皆さんが何でも屋さんという事はわかってるんですが、どういったご関係なんですか?」


修「関係ですか? えーっと、俺と重は幼稚園から一緒で、渡と知哉は小学校からの付き合いなんです。それで小中高は全員一緒で、大学は渡だけ別なんですよ」


渡「それで紆余曲折ありまして何でも屋を開業したんです」


藍「あの、椎名さんは?」


渡「椎名さんは何でも屋開業してからの付き合いですから… 二年くらいの付き合いですかねぇ」


藍「そうだったんですか。私、椎名さんも幼馴染かと思ってました」


椎名「え、そうなんですか?」


藍「はい」


椎名「まぁ、僕もまだ二十代ですからね!」


知哉「ウソをつけピエロ! 三十路越してるだろ!」


藍「おいくつ離れてるんですか?」


椎名「五歳だっけ?」


修「そうです」


藍「それじゃ、兄弟みたいな感覚も少しあるんですかね?」


椎名「いやホント、出来の悪い弟達で……」


重「……出来の悪いアニキがなんか言ってるよ?」


修「あぁ、そうだな」


渡「不法侵入で警察に電話するか?」


知哉「よし、そうしよう」


椎名「ちょ、ちょっと! 冗談だよ冗談!」


藍「不法侵入?」


椎名「いや、何でもないです! 何でもないんですよ!」


重「何でもないってことはないでしょう? ねぇ皆さん?」


修「あぁ、もう、そりゃ重さんの仰る通り」


 このパターンはマズイ、そう思った椎名は必死で話題を変えようと辺りを見回した。が、逆転を狙えるようなものはなかなか見つからない。


椎名「いや、まぁ、ねっ? あの……」


 椎名があきらめかけたその時、椎名自身も驚いてしまうものが視界に入ってきた。あまりに衝撃的なものに、椎名はあんぐりするしかなかった。


修「おっ、なんだ? 新しいパントマイムでも始まるのか?」


渡「最近はすぐに芸に逃げるんですから…… あれ、椎名さん?」


 黙ったまま何かを見続ける椎名に、何でも屋たちはデジャブを感じていた。そしてそのデジャブにウンザリだった。


重「はぁ…… どうしました椎名さん?」


椎名「え、えき!」


重「な、なんですか?」


椎名「え、駅! あそこに駅があるんだよ!」


修「んな訳ないでしょ? 電車で来られるなら電車で来てますよ」


 まったく自信のなかった修だったが、椎名の言う方向を見ず虚勢を張った。


知哉「いや修、『電車で来られるなら』じゃなくてよ? もう駅のホームに電車が来てるぜ?」


 修が言われた方向を見てみると、椎名の言う通り駅があり、知哉の言う通りホームには電車が来ていた。


修「あらぁ…………」


 修は恐る恐る渡の方を向いてみた。もちろん、渡は腕を組みながら修のほうを睨み付けていた。そして修は言った。


修「あぁ、やっぱり?」


渡「何が、『あぁ、やっぱり?』なんだよ? どういう事なんだよ?」


修「いや、どういう事なんだって言われてもわかんねぇよ! あの、藍さん」


藍「はい、なんでしょう?」


修「汚苦多魔村には駅が…」


藍「はい、あちらにある四岳山(よんたけさん)鉄道の汚苦多魔駅がありますけど、ご存じないという事は、皆さん車で?」


修「あ、はい……」


 同僚の厳しい視線を受けながら修は答えた。


藍「それじゃ私と同じですね」


修「藍さんもあの危険な道を通って?」


藍「危険な道? いえ、普通の道路を路線バスで…」


修「路線バス!?」


 厳しい視線を送っていた修以外の四人も、その言葉に驚き目を丸くした。


渡「路線バスがあるんですか!?」


藍「はい。まぁ田舎なので一日に数本しか通っていないんですけどね。それに、崖などを避けた迂回ルートなので、かなりの時間が掛かるんです。その分、安全ですけど」


 驚いた四人はその顔のまま修の方へ向いた。すると修は独り言を言いながら何やら考えていた。そして何かを閃いたようだった。


修「うーわ! そういう意味で米田さんは俺に聞いてたのか! だから送迎バス()ないって言ってたんだ。なるほどね、念入りに何度も確認を取るはずだよ! そりゃ無料だわな! あはははは……」


渡「おい、コラ」


修「はい、すみません」


渡「どーゆーことなの? これは?」


修「はい、すみません」


渡「いやいや、すみませんとかじゃない…」


修「いや、本当にすみません。申し訳ありません。もう、それしか言えませんよね、こうなっては。月に叢雲(むらくも)花に風と言いましてねぇ…」


 本気で謝ってるかと思いきや後半になってふざけだす修に、ここで笑ったら負けと、渡は笑いを必死に我慢した。


渡「クッ……」


 すでに渡以外の三人はクスクスと笑っており、修は好機と見てバカな話し方を続ける。


修「いやなんか、マジ申し訳ねぇし、むしろスミマセンみたいな? とことん、とことん申し訳ねぇってやつ?」


渡「おまえ…」


修「いや教授、わかってからお前の想い。あっちぃ魂ガンガン来てっかんね? いやマジでピプペポ、マジでピプペポだわ」


渡「あぁ?」


修「いや、パねぇってやつ?」


 勘違いしたままのラッパーのように、時折アゴを入れながら話す修。


渡「次アゴ入れてみろ? 砕いてやるからな?」


修「はい、すみません……」


渡「今回はホントにひどいぞ?」


知哉「修にさぁ、おんぶにだっこで甘えた俺達も悪いけどよ? 肩持ってやれねぇもの」


修「いや、おれもちょっと、忙しさにかまけて適当じゃなくテキトーに決めちゃった所があるから、ホントごめんなさい」


椎名「まぁ、僕が急に辞めちゃったから、忙しくなっちゃったんだろうし…」


修「いやいや、椎名さんのせいじゃないですよ」


渡「いやね、修ね、計り知れないよ汚苦多魔村(ここ)は。だからもう結束をさ…」


重「そうだそうだ、チームワークだ。ここでチームの輪が無くなったら一大事だよ?」


知哉「恨みっこなしで、助け合いで行かないと」


椎名「そうだね」


藍「………度々申し訳ありません、もう、よろしいですか?」


修「こちらも度々すみません。もう、大丈夫です。オールクリアです」


藍「わかりました。それでは、これから私が一押しするトレジャービレッジに向かいましょう!」


 藍の一言はあっさりと何でも屋たちのオールクリアを白紙に戻した。


渡「おぉ、忘れてたよトレジャービレッジ…」


修「大丈夫だろ? 藍さんの一押しなんだから」


 一同はあぜ道を通り抜けて街の中に戻ってきた。そしてモダン通りと呼ばれる道を歩いていると、前方右手に三階建ての大きな建物が見えてきた。


藍「あちらに見えるのがトレジャービレッジになります」


知哉「あれがそうなんですか」


重「なんか普通そうだね」


修「おう、そうだな」


 一同はトレジャービレッジの正面に回り込んだ。


藍「こちらがトレジャービレッジです。村唯一のアミューズメント施設なんです」


渡「どうりで…」


 入り口上部に設置された虹色の看板を見ていた渡が声を漏らした。その横では修が胸をなでおろしていた。


修「いやぁ良かった良かった。普通のトコで」


藍「ここでは、中にある様々なものを使って皆さんの実力を確かめさせてもらいます」


椎名「実力?」


藍「はい。合宿終了後には不足している能力は補われ、良いところはより強化されていることでしょう!」


 そう言って藍は楽しそうにトレジャービレッジの中へと入っていく。何でも屋たちは互いの顔を見ながらも藍の後に続いた。


藍「さて、まずは一階のスポーツエリアでテストをします」


椎名「うっ…… スポーツ……」


藍「あちらにあるバッティングコーナーでバンバンとボールを打ってもらいます!」


修「うっ…… バッティング……」


藍「それでは、トレジャービレッジ内で使用するカードを買ってくるので、少し待っててくださいね」


 藍はまた楽しそうにしながら、カードの販売所へ向かった。


渡「椎名さん、スポーツ苦手なんですか?」


椎名「うん…… 通知表も体育だけは悪くて。というか、修君も何か嫌そうにしてたけど、スポーツは苦手じゃないでしょ?」


知哉「いや違うんですよ椎名さん。(コイツ)は野球が死ぬほど嫌いなんですよ」


椎名「死ぬほど!? な、なんでそんなに嫌いなの!?」


修「いやぁ、話せば長くなるんですけど、一言でいえば、俺の周りの野球に携わる人たちと馬が合わなかっ…」


重「すぐケンカですよ」


椎名「ケンカ!?」


重「すぐ言い争いが始まって、毎回止めるのが大変だったもんですよ」


知哉「ホントホント。すーぐ竹村(たけむら)と…」


修「おい、その名前を出すんじゃねぇよ! あの猫かぶり野郎!」


椎名「あらぁ… 相当嫌いなんだねぇ……」


知哉「つーか、名前出すなって、お前のお隣さんも竹村さんだろ?」


修「お隣さんの竹村さんは世界でも一、二位を争うほど良い竹村さんだ」


重「なんだそれ?」


修「とにかく、俺の同級生の竹村のせいで、俺は死ぬほど野球が嫌いになったんですよ。しかも、お隣の竹村さんの顔にまで泥を…」


渡「塗ってないだろ。そう思ってんのは修だけだよ」


修「なんであんな奴が部長をやってんだよ!」


椎名「根が深いんだね……」


渡「ったく、修は心が狭いんですよ」


修「バカ言うな! 話を詳しく聞いたら万人が俺の味方… あっ、戻ってきたぜ藍さん」


 修がアゴで指した方向から藍が戻ってきた。


藍「お待たせいたしました! はい、こちらがカードです。施設内の全てのゲーム機・アクティビティで何度でも使用できますので無くさないようにお願いします」


 藍は何でも屋たちにカードを手渡した。知哉は渡されたカードを物珍しそうに見た。


修「カードを初めて見たのかお前は?」


知哉「えぇ、まぁ」


修「うるせぇよ」


 くだらないことを言った知哉の肩を小突く修。


藍「では、さっそく始めましょうか」


 一同はバッティングコーナーに入り、何でも屋たちは準備体操を始めた。すると藍も同じく体操を始めた。


渡「あれ? 藍さんもやるんですか?」


藍「はい、もちろん!」


知哉「それで藍さん、何キロでやるんですか?」


藍「そうですねぇ、120キロのストレートにしましょうか」


椎名「えぇっ!? 120!?」


渡「ピエロが無理そうなので100キロでいいですか?」


藍「わかりました、それじゃ100キロにしましょう。では、見本と言っては何ですが、私からやりたいと思います」


 藍は備え付けてあったバット数本のうち一本を手にすると、ネットをくぐってバッターボックスに入っていった。


藍「先ほど渡したカードを… この機械に差し込んでスタートボタンを押せば始まります」


 藍はボタンを押すと、ピッチングマシーンに向かってバットを構えた。すると、ピッチングマシーンは音をたてて動き始め、軟式の野球ボールを放り出した。


藍「よっと!」


 藍が素直なスイングでボールを打ち返すと、ボールを弾き飛ばした金属バットが独特の音を響かせた。


椎名「上手ですねぇ」


知哉「本当に、上手いもんですねえ」


藍「ありがとうっ! ございますっ!」


 礼を言いながら打ち返していく藍。結果は九球を打ち返し、一球だけファール球になった。


藍「お粗末様でした」


 藍はほんの少し恥ずかしそうにしながら、中から出てきた。


渡「いやぁ、すごいですね藍さん。経験者なんですか?」


藍「いえ、兄に少し教わったくらいで…… さて、それでは皆さんの番ですが、どなたから…」


知哉「俺から行きましょう! なんていったって八高の四番ですからね」


重「下からな」


知哉「何だってんだ!」


渡「いいから、早く中に入んなさいよ」


知哉「よーし、それじゃやるかな?」


 知哉はネットをくぐってバッターボックスに立った。


渡「お前は素手で打つのかよ!」


知哉「あ、忘れた…」


 渡からバットを受け取る知哉。


重「ったく、さすが八高の四番だよ」


知哉「うるせぇな」


藍「ではでは、十球中どれだけ打てるかを見ますので」


知哉「わかりました。じゃ、始めてもいいですか?」


藍「はい、どうぞ!」


 知哉は機械にカードを入れるとスタートボタンを押した。


知哉「よし、やってやらぁ!」


 知哉がバットを持って構えると、ピッチングマシーンはボールを撃ち出した。


知哉「おりゃ!」


 力任せに打ち返す知哉の打撃音は、耳をつんざくようだった。


椎名「うわ、豪快だねぇ」


渡「雑なんですよ雑」


重「バカなんですよバカ」


知哉「外野がうるせぇぞ!」


 文句を言いながらも軽快にボールを打ち返し続ける知哉は、いまだ一球も外していなかった。


椎名「すごい、あと二球でパーフェクトだよ?」


渡「まぁ、単に打ち返すだけならちょっと練習すれば出来るようになりますよ。ストレートしか来ませんし」


椎名「でも自信ないなぁ…」


知哉「よーし! パーフェクト! どうだよ!」


 意気揚々と出てくる知哉は、自慢げにバットを重に渡した。


渡「どうだって普通だよ」


知哉「うわ、なにその反応? これだから平成生まれは…」


渡「ギリ昭和だよバカ! お前も同じだろ!」


知哉「はいはい。それで、どうでしたか藍さん?」


 藍は満面の笑みで拍手をしていた。


藍「すごいです! あんなにユニークなフォームで打ち返すなんて!」


知哉「い、いやぁ、照れるねぇ。やっぱり平成生まれの反応は良いねぇ」


渡「おい大先生、コイツ(知哉)でボールを打ち返してやれ… あれ、椎名さん、大先生どこ行きました?」


椎名「うーんとね、バッターボックスで唸ってるよ?」


 渡がバッターボックスに目をやると、椎名は天然パーマを振り乱しながらバットを握りしめていた。


重「ちきしょうめ! ちきしょうめってんだ!」


知哉「なんだあれ? 妖怪か?」


渡「あれは『ちきしょうぱーま』ってやつだね」


 重は飛んでくるボールを打ち返すものの、捉えきれずにそのほとんどの行方がファールだった。


椎名「あれはあれですごいのかな?」


知哉「まぁ、あれを続けられたらピッチャーは肩を使い切りますからねぇ」


渡「先発中継ぎ抑え軒並み潰されますよねぇ」


 意思とは関係なく投手殺しを続けていた重だったが、最後の最後で会心の一撃を放ち、ようやく金属バットが気持ちよく音をたてた。


重「イエスッ! 見たか、見たかコノ!」


 興奮冷めやらぬまま重は出てくると、渡にバットを渡した。


重「イエスッ!」


渡「いやノーだろ!」


重「なんでよ!?」


知哉「最後だけだろまともに打てたの!」


重「それは難しい問題だね」


知哉「簡単だろ!」


重「知ちゃんの審査結果はいらないの、藍さん、どうでしたかねぇ?」


 藍は腕を組んで小さく何度もうなずいていた。


藍「ああいった戦法もあるんですねぇ、勉強になりました」


 藍に褒められると、重は知哉の耳に向かって叫んだ。


重「イエスッ!」


知哉「うるっ、何すんだよ、うるせぇな!」


渡「ちょっと、騒いでないで俺の打つ(さま)を見てなさいよ!」


 すでにバッターボックスに立っていた渡は言い終えるとスタンダートに構えた。


渡「さぁやるぞ?」


 自分の体を上手く使ってボールを打つ渡のスイングは、腕だけに頼るような粗雑なスイングとはかけ離れていた。


椎名「はぁ、キレイに打つね渡君は」


知哉「こういうとこでね、いけすかないエリート感を出すんですよ教授は」


重「知ちゃん、それはね、その通り。鼻につくんだよねぇ」


渡「うるさいんだよ! ここぞとばかりに文句言いやがって!」


知哉「って言いながらも華麗に打つ… ね、椎名さん、ああいう奴なんですよ教授さんは」


重「見てくださいよ椎名さん、あの背中。『俺は通知表オール5以外取ったことない』とかシケたことしか言えないような背中してますでしょ? はぁヤダヤダ」


 渡は全てのボールを打ち終えると、すごいスピードで出てきた。


渡「俺の時だけ文句の内容が違うだろ!」


知哉「そうですぅ?」

重「そうですぅ?」


渡「なにが『そうですぅ?』なんだよ! まったくもう。あっ、どうでしたか藍さん、俺の結果は?」


藍「まさに見本となるような打撃でした!」


渡「いやぁ、藍さんはわかってますねぇ。はい、椎名さん」


 バットを渡された椎名は急激に緊張し始めた。


椎名「う、打てるかなぁ…」


渡「大丈夫ですよ。イメージの問題ですから、こういうのは」


重「そうですよ、まぁとりあえず中に入って構えてくださいよ。俺たちがアドバイスしますんで」


椎名「…それじゃ、やってみるよ」


 椎名は中に入って機械にカードを通すと、バットを構えた。


渡「椎名さん、相手はたかだか時速100キロのボールです。肩の力を抜いて…」


椎名「いや、その100キロのボールが怖いんですけど…… あぁ、もう最初の一球が来ちゃうよ!?」


 椎名があたふたしている間に、一球目は椎名を通り越し、後ろのマットに当たって床を転がっていた。


椎名「速っ! どうしよう、二球目が来ちゃうよ!?」


渡「じゃあ、ボールとは思わないでください! 時速100キロの…… そう、時速100キロのチーターが向かってくると思ってください!」


 次の瞬間にはボールは椎名を通り越して、後ろのマットに当たっていた。


椎名「いや怖いよ! ボールよりチーターの方が怖いでしょ!」


渡「あぁ、そうか……」


椎名「うわ、次が来る……」


重「じゃあ、ダチョウが時速6、70キロぐらいなんですから、パワーアップしたダチョウが突進してくると思って…」


次の瞬間にはボールは椎名を通り越して、後ろのマットに当たっていた。


椎名「だから怖いよ! 乱暴でしょ、パワーアップしたダチョウが来るって! もう、頭の中じゃすごいダチョウが(せま)ってきてたよ!」


知哉「じゃあ、あれですよ、サイとかが50キロくらいで走るんですから、二頭のサイが向かってくると思って……」


 次の瞬間にはボールは椎名を通り越して、後ろのマットに当たっていた。


椎名「危ないよ! いまスレスレで通っていったよサイが! だいたい、二頭のサイがいても時速100キロにならないでしょ!」


知哉「もう、どうすればいいんですか?」


椎名「もう皆静かにしててよ! 怖くなるようなことばっかり言うんだから!」


 椎名はそう言ってバットを構えると、飛んできたボールにバットを目一杯に振った。するとわずかではあったが手ごたえを感じた。


椎名「よし、チーターとサイに比べたら、ボールなんて怖くない! あとはよく見て丁寧に振れば……」


 椎名は飛んできた六球目を見事に打ち返した。そのことに椎名は自分で驚いていた。


渡「おぉっ! やりましたね椎名さん!」


椎名「やったよ、やったよ皆!」


知哉「良かったじゃな… あっ、次来ますよ椎名さん、気を付けてください!」


椎名「え? あぁそうか、よしやるぞ!」


 椎名は残り三球の芯をとらえ、合計で四球を打ち返した。


椎名「やったよ皆!」


 嬉しそうに椎名は出てきた。


重「いやー、打てたじゃないですか!」


渡「これも俺たちの恐怖心克服アドバイスのおかげですね」


椎名「えっ? 克服アドバイス?」


渡「そうですよ、実際のものより過剰な例えを出すことによって恐怖心を和らげる…」


知哉「そうそう」


椎名「皆が言うとちょっと胡散臭いなぁ…」


重「それで藍さん、椎名さんはどうでした?」


藍「この短時間で苦手なものを克服したのはかなりポイント高いですよ!」


重「……ポイント?」


 重が疑問に思っていると、今まで黙り続けていた修が元気よく声を出した。


修「よし、全員やったから、次行きましょうか?」


椎名「そうだね、次は修君の番だね?」


修「いや、そうじゃなくて」


椎名「嫌いっていっても修君は運動神経はいいんだから打てるんでしょ?」


修「人がやらずに済まそうと画策してるのに…」


 修は椎名からバットを受け取ると、あからさまな態度で中に入っていった。


修「もうバットを持つことはないと思ってた……」


重「男のくせにグチグチうるさいねぇ修は」


修「男だ何だは関係ねぇんだよ、嫌なモンは嫌なんだよ!」


重「いいから、さっさと構えなさいよ。ほら、ボール来るよ?」


修「わかってるよ」


 修はバットを握りしめて身構えた。


椎名「なんか殺気立っちゃってるけど…」


知哉「アイツ、バットでボールを斬るつもりですかね?」


 他の五人が見守る中、第一球が飛んできた。修はタイミングを合わせてバットを振ろうと動きを見せた。


修「くっ……」


次の瞬間にはボールは修を通り越して、後ろのマットに当たっていた。


椎名「あれ? 見逃しちゃったけど…」


渡「あぁ、あれはたぶん、嫌な思い出がフラッシュバックしてるんじゃないですかねぇ」


重「怒りが満ちるあまり体が動かないんですよ、あのバカは」


椎名「根深いねぇ…」


 第二球、第三球と、修は体をびくつかせるだけであった。


知哉「なんかもうバットを握りつぶす勢いだな」


重「イボ痔だなぁ」


修「意固地だろ!」


 修が振り返り言い放った瞬間、マシーンから飛んできたボールが修をかすめた。


修「ウオイッ! あぶねっ!」


重「ちゃんと前を向いてなって」


修「シゲがバカ言うからだろ! こっちは毎回打とうとしてんだよ!」


渡「あれ、そうなの? でも打とうとしても振らなきゃ意味ないでしょ?」


修「いま振るよ、うるせぇ」


 が、何の葛藤だかわからないが、修はバットを振れずに最後の一球をむかえてしまった。


渡「いやー椎名さん、これ三位はありますよ?」


椎名「そうだねぇ、まさか運動音痴の僕が三位を狙えるとは思わなかったよ」


知哉「運動音痴って割には大道芸も出来るしパントマイムも得意じゃないですか?」


椎名「なんだろうね、やっぱりこう、無理強いされてないってとこが違うのかなぁ」


知哉「あぁ、なるほど」


椎名「難しくてもやる気とか楽しさとかが上回っちゃうんだよね」


 その時、修の耳がかすかに動いた。


修「上回ればいい、か……」


 修がそう呟くと、ピッチングマシーンは最後のストレートを放った。


修「たぁけぇむぅらぁ!」


 修は憎き野球部部長の名前を叫ぶとバットをフルスイング。渾身の一撃をボールに見舞った。


修「オラッ!」


 修の振った金属バットは軟式ボールを破裂させた。同時に、とんでもない破裂音が場内に響き渡り、その場にいた人たちの度肝を抜いた。


知哉「お、お前……」


 少しだけ変形してしまった金属バットを持つ幼馴染に、知哉はそれしか言えなかった。


修「見たか! やってやったぞコラ! ざまぁねぇな竹村!」


 修はやりきった顔をして出てくると、満足そうにバットを元の場所に戻した。


修「いやぁ、椎名さんのおかげで吹っ切れましたよ! 嫌いな事でも、憎しみと怒りが上回れば乗り越えられるんですね!」


 修はそう言いながら椎名にハイタッチを求めた。


椎名「そ、そんな事を言った覚えはないんだけど……」


 椎名は答えながらハイタッチに応えた。


渡「っていうか、ボールを破裂させるって… どんなバカだよ?」


修「こんなバカだよ」


 その時、蛍光色のジャンバーに身を包んだ係員のおじさんが驚きの表情でやってきた。


係員「なした!?」


修「あ、いえ、すみません、ちょっとボールを破裂させてしまったみたいで……」


係員「破裂!? あれまぁ…」


 係員のおじさんは中に入っていくと、修の破裂させたボールの残骸を拾って戻ってきた。


係員「いやぁ、たまげた」


修「あの、本当に申し訳ありません。弁償はしますので…」


係員「弁償? いや、とんでもない。()()()はね、機械が壊れたかと思っで来だだけだがら。それに、たまーにいるんだわ、ボールを破裂させでしまう人がぁ」


修「えっ、そうなんですか?」


係員「まぁ、大抵はボールの経年劣化で打った拍子に破裂しちゃうんだげどねぇ。だがら弁償は大丈夫大丈夫」


 係員のおじさんは笑いながら行ってしまった。


渡「面倒を起こすんじゃないよ」


修「偶発的なんだからしょうがないだろ? それで藍さん、俺はどうでしたか?」


藍「ポイントはかなり低いですが、トラウマを克服したのはすごいですよ! 潜在ポイントはかなり高いですよ!」


重「……潜在ポイント?」


藍「それでは第一戦の結果発表です。トップは大塚さん、二位は寺内さん、三位は私で…」


修「あれ、藍さんもランキングに…」


藍「もちろんですよ! それで、四位は椎名さん、五位は水木さん。六位に久石さんとなりました」


渡「まぁ、順当かな?」


修「最下位と言われなかったあたりに、藍さんの気遣いを感じる……」


渡「気を遣わせるんじゃないよバカ」


修「うるせぇ、そのうち教授さんも気を遣わせるハメになるんだよ。それで藍さん、次は何ですか?」


藍「はい、次はアキュラシーを競っていただきます!」


重「アキュラシー? 内に秘めた情熱って意味だっけ?」


修「どうやって内に秘めた情熱を競うんだよ!?  精度って意味だバカ! 」


重「あっ精度ね… 何の精度を競うんですか?」


藍「制球力、つまりボールを投げての対決となります!」


椎名「あっ、それじゃまた修君が不利になっちゃうねぇ」


修「やべぇなこりゃ」


藍「いえ、投げるのは野球ボールではありません」


椎名「えっ、じゃあ何を?」


藍「見ていただければすぐにわかりますよ? ではバッティングコーナーのさらに奥の所にありますのでついてきてください!」


 一同はバッティングコーナーを後にして、一階の一番奥のスペースまでやってきた。


知哉「おっ、なんだんなんだ?」


重「フットボールコーナーって書いてあるよ?」


 重の一言に修は感づいたようだった。


渡「フットボール? でも投げるって言ってなかった?」


修「本当に大学を首席で卒業したのか? フットボールで投げるって言ったら…」


 修は素早く渡に近づき、耳元で声を上げた。


修「アメフトに決まっ…」


渡「うるさい! このっ!」


 渡は素早く修のわき腹を(つつ)いた。


修「アッツゥ! やめろよぉ!」


渡「嬉しそうに言うんじゃないよ! アメフトってわかった瞬間ニヤニヤと気持ち悪い!」


修「いやー藍さん、アメフトですか」


藍「久石さんはアメフトお好きなんですか?」


修「もちろんですよ! それでそれで、どういうやつなんですか?」


藍「えー、レシーバーの代わりとなる動く的に向かってボールを投げて、クォーターバックを疑似体験できるんです。そして、これがその『ポケットパサー2』です」


 藍が指す方には、先ほどのバッティングコーナーほどのスペースがあり手前はポリカーボネート製の透明な壁とドアが設置されていた。中にはカードを差し込む機械があり、その横にはアメフト用のボールがきれいに並べられていた。また、奥にはレシーバーの形を模した的が複数設置されていて、壁には電子スコアボードがあった。


知哉「おぉ、すごいですね!」


修「本格的な感じだ。これで競うんですね?」


藍「はい。このポケットパサー2には何種類ものルールがあるのですが、今回は一番シンプルなルールでやりたいと思います」


椎名「それは助かります。僕はアメフトのルールとか全く知らないので。修君が詳しいのは知ってるけど、他の皆はどうなの?」


知哉「学校の授業でフラグフットボールってのをやってて、今でもたまにやりますし…」


渡「それに、頼みもしないのに修がしつこく説明するもんですから、基本的なことは覚えちゃいましたよ」


修「何言ってんだ、俺の家で楽しそうに試合の録画観てんのは誰だよ?」


椎名「あれ、そうなの?」


渡「……………いや、まぁ、ルールがわかると面白くなっちゃうんですよねぇ、アメフトってやつは」


藍「そうなんですよね。私も先輩の教官から教えてもらってハマっちゃいました」


修「まぁ、少し複雑に感じる人もいるかもしれないですね。毎年ルールの見直しとかもありますし。でもシンプルなルールで出来るんですよね?」


藍「はい。あっ、それではルールを説明しますね」


 藍はそう言うと、ドアを開けてフィールドに入っていった。


藍「えー、今から実際にプレイしながら説明します。まずは先ほどと同じように機械にカードを差し込んでください。すると十秒後にブザーが鳴り的が動き出します」


 藍がカードを差し込むとブザーが鳴って複数ある的が左右に動き出した。どれも規則的に動いていたが移動速度はまちまちで、遠くなればなるほど、小さくなればなるほど速い速度で動いていた。修は動く的を見ると笑顔で重に言った。


修「すでにもう楽しそうなんですけど」


重「なんで俺に敬語を使ったんだよ?」


 藍は的が動き始めたのを確認すると、機械脇のボールを手に取った。


藍「的にはランダムにTD(タッチダウン)と表示されますので、このように…」


 藍はTDと表示された的めがけてボールを投げた。しっかりとスパイラルが掛かったボールはライナーで的に当たった。するとTDを知らせるブザーが鳴り、スコアボードに加算された。


藍「当てることが出来れば見事TDとなります。どの的にTDと表示されるかはランダムで、的に表示される時間もランダムとなってます。なので…」


 説明しながらもボールを投げる藍は、次々とTDを取っていった。


藍「素早く的を判断し、素早くリリースをして、的確に当てていく必要があります。そして持ち球は10球となりま…… す!」


 最後の一球を投げ終えた藍は、満足そうに何でも屋たちのほうへ振り返った。


藍「ボールをすべて投げ終えるか、制限時間の三分を超えるとゲーム終了です」


修「おぉ! 楽しそうだし、藍さんすごいですね! 7TDも取りましたよ!」


藍「本気になっちゃいました…」


 藍が少し照れくさそうにして中から出てくると、何でも屋たちは拍手で迎えた。


椎名「すごいですよ藍さん!」


知哉「説明をしながらあんなに早く判断できるなんて」


藍「いえいえ、とんでもないですよ。それでは誰から…」


修「そりゃもちろん俺からですよ! なんて言ったって八高のシャットダウンコーナーと呼ばれた俺ですから。ねっ、椎名さん?」


椎名「あっ、そ、そうなの?」


知哉「アメフト詳しくない椎名さんにふるなよ! 分かるわけねぇだろ、そのジョークが!」


修「あ、そうか。すみません椎名さん、興奮して忘れてました……」


椎名「今のはジョークだっだの?」


修「そうなんですよ」


知哉「なんでコーナーバックなんだよ、って言ってやれば良かったわけです」


修「そうそう。そいじゃあジョークはここまでにして、俺のクォーターバッキングを見せつけるかな?」


藍「でも久石さん、先に大塚さんが中に入っちゃってますけど……」


修「えぇっ!?」


 修が振り返って見てみると、中では渡がスローイングフォームを確認しているところだった。


修「おいワックン! なんで先に入ってんだよ!」


渡「懐かしいアダ名で呼ぶんじゃないよ! 修がバカ言ってるから先に入っただけでしょ!?」


修「ったく、ワックンはそういうところあるよなぁ…」


渡「だからワックンはやめろっての! もういいから、俺の超絶プレイを見てなさいよ」


重「うわー、曲に合ってないギターソロをやろうとしてる奴と同じこと言ってるよワックン」


渡「だからワックンはやめろって! 黙って見てなさいよ!」


 渡はカードを差し込んでボールを手に取った。開始のブザーが鳴ると、的は忙しなく動き始めた。


渡「実際にやると……」


 渡は丁寧なフォームでボールを的めがけて投げていく。


知哉「あらっ、手前の的に当たったぞ?」


藍「他の的の動きにも注意しないと当たってしまうんですよ」


椎名「なるほど、それじゃ精度だけじゃなくタイミングも重要なんですね」


修「いやぁ、それも確かにありますけど、教授さんロブ気味なんですよ。こう、ちょっと山なりにボールが飛んでってるんですよ」


椎名「あぁ、確かに」


修「あのタイミングでリリースするなら、ライナーで投げないと。球速あげてバコーンっと投げつけてやんないと」


重「なんだろ、すごいバカな説明の仕方だね」


修「うるせぇなぁ、バカじゃなく、直感的と言え直感的と」


重「今の直感的って発言でバカ確定だかんね?」


修「うるせぇって、だから!」


 外野がゴニョゴニョと言っている中、渡は必死になってボールを投げていた。


渡「これは…… ヤバイ! 難し…… すぎる! うおっ、最後の一球も外しちゃった…」


 終了のブザーと共に外へと出てくる渡の表情は疲れ切っていた。


修「ほい、お疲れさん! どうしたよ教授さん?」


渡「もう二度とクォーターバックに文句は言わない」


 悲壮感すら漂う渡のその言葉に修は笑い出した。


修「なんだよそれ? 笑かすなよ」


渡「途中パニックに陥りそうだったよ…」


重「あれ、そんなに?」


渡「うん。いやぁ皆やってごらん、藍さんのすごさがわかるから」


知哉「いや、やんなくてもわかる。だって教授さん2TDだもん」


渡「えぇっ!?」


 渡が驚嘆の声を出しながらスコアボードに目をやると、確かに2TDと表示されていた。


渡「ウソでしょ!? 俺、俺もっとTD取ったつもりだけどなぁ!」


修「つもりじゃダメなのよ、つもりじゃ」


 意気揚々と中に入ろうとした修をまたしても藍が止めた。


藍「あの久石さん!」


修「はい、なんですか?」


藍「お二人で中に入るのは禁止されていまして…」


修「はい?」


 藍が指さす方に修は視線を向けた。すると今度は中で椎名がスローイングフォームを確認していた。


椎名「いや、初めて投げるから、どうすればいいのか…」


修「コラァ! なに先に入ってんだピエロ!」


椎名「そうカリカリしないでよ修君。だって……」


 椎名は言いかけたままカードを機械に差し込み、ボールを手にして構えた。


修「だって、なんだよ! だっての先を言えピエロ!」


 修の声をかき消すかのように開始のブザーが鳴り響いた。


修「ったく、椎名さんはよぉ!」


重「まぁいいじゃないの」


修「なんでだよ?」


重「だって……」


修「だかっ、だからその先を言えってんだよ!」


 修が大声を上げると、知哉は修の腕をグイッと引っ張った。


修「あ? どうしたよ?」


知哉「見てみろよ?」


修「椎名さんがどうし……」


 修の目に、両手で乱暴にボールを投げつけている椎名の姿が映った。


修「あらぁ……」


渡「俺よりひどいな……」


 的に翻弄される椎名はフォームなど気にする余裕などなかった。


知哉「サッカーのスローインを椎名さんにやってもらったら頼もしいな」


渡「それより、ラテラルパスみたいに投げられるんだから、ラグビーのほうがいいのかもね」


知哉「そうだな、ラグビーの方がいいかもな」


 ゲーム終了のブザーと共に崩れ落ちる椎名。


修「大丈夫ですか椎名さん!」


椎名「大丈夫大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけだから…」


 椎名はフラフラとやりながらドアを開けて外に出てきた。


椎名「それで結果はどうだったかな?」


渡「俺負けちゃいましたよ」


椎名「えっ?」


重「椎名さんは3TDだったんですよ!」


椎名「本当に!? やったー、無我夢中でよくわからなかったけど…」


渡「くそー、今度は俺がビリになっちゃうかも…」


椎名「それにしても、渡君の言う通り、藍さんのすごさがわかるよ…… あと、見たことないけどクォーターバックの大変さもね」


修「実際はゾーンだマンツーマンだディフェンスの選手がレシーバーについて、下手したらインターセプト… あのー投げたボールを取られちゃいますからね? しかも、ラインバッ… えーっと、体格の良いディフェンスの選手に襲い掛かられますからね、クォーターバックは」


 修は椎名にもわかるようにかみ砕いて説明をした。


修「ヘルメット被ったら視界も狭くなりますからねぇ…」


椎名「僕には完全に無理な仕事だよ。いやぁ、アメフトの選手ってすごいんだねぇ」


修「いやいや、大道芸に手品にパントマイムにって、ピエロやってる椎名さんもすごいですよ。俺にはアメフトもピエロも完全に無理な仕事ですよって、オイ、コラァ!」


 修は話を途中で切って大きな声を出した。その声の先にはカードを差し込もうとしている知哉の姿があった。


修「何してんだよ!」


知哉「カードを差そうとしてるの」


修「可愛こぶって言ってんじゃねぇよ! 俺の番だろ!?」


知哉「真打は最後だろ?」


修「チッ、心にもねぇこと言いやがって」


知哉「まっ、見てろよ? 教授の記録は抜くからよ?」


渡「やってみな?」


修「いや、たぶんやられるぞ?」


渡「………あ、そうだった、俺2TDだ。ヤバいな」


 渡を見て知哉がケラケラ笑っていると、開始のブザーが鳴った。


知哉「よーし、やるぞ? このっ!」


 勢いよく投げられた知哉の初球は、TDの的に命中した。


知哉「よしよし、いいぞ!」


 知哉の投げた球筋を見た修の表情は険しかった。


修「あの野郎…」


椎名「随分と豪快に投げるね知哉君は」


修「ですから椎名さん、豪快なんじゃなくて雑なんですよ知哉は。よく見てくださいよあのボール。ちゃんと回転をかけないから軌道がおかしくなっちゃって、あんなの本当にやってたらレシーバー取れませんよ」


 修の言う通り、知哉は力任せに投げるので、ボールは好き勝手に回転していた。だがそれでも的には当たっていた。


知哉「ダメだ! ワンテンポ遅れると…… だぁ、良し、危ねぇ危ねぇ! 最後の一球をTDで終わらせる辺りが俺だよな」


 知哉は満足げな顔をして外へと出てくると、嫌味ったらしく渡に話しかけた。


知哉「どうだよ教授さん、俺の腕前は?」


渡「お前も2TDだよ!」


知哉「えぇっ!? ウソだろ!?」


 しかし、スコアボードには2TDと表示されていた。


渡「最初と最後以外は取れてないんだよ」


知哉「えー、5TDは取ったと思ったんだけど…」


藍「寺内さんが投げた瞬間に、TDの表示が切り替わってたシーンが何度かありまして…」


知哉「あぁ、なるほど。的を見つけるのが遅かったんですか。いやでもまぁ、ちょっと判断に手間取ったのはありますねぇ……」


修「んなことより何なんだよあの投げ方! テキトーに投げやがって」


知哉「テキトーに投げたわけじゃねぇよ。ただ、あんなに急かされたら回転も何も間に合わねぇんだって、TDの的見つけんのでいっぱいいっぱいだよ」


修「なんだぁ、そういうことだったのぉ? ごめんね、強く言っちゃって」


知哉「可愛こぶって言うなよ、気持ちわりぃ!」


修「さっきのをやり返したんだよ。さぁーて、それじゃ俺の番かな?」


 修はワザとらしく言うと、壁越しにフィールドへ視線をやった。すると、そこには誰の姿も無かった。


修「…………あぁ?」


 修が口を開けたまま顔を横にやると、重はボケっと立っていた。


重「ん、どうした?」


修「入ってろよ!! なんでこの流れで先に入ってねぇんだよ!!」


重「そう思ったんだけど、普通にいま話を聞いちゃっててさ」


修「聞いちゃっててじゃねぇよ、もう俺は最後でいいから、早くやってくれよ」


重「はいはい、ちょっと待っててねぇ……」


 重は腕を回すと、ドアを開けてフィールドの中に入っていった。


重「えーっと、藍さんが7TD、椎名さんが3TDで、教授さんと知ちゃんが2TDと。まぁまぁ、そうだねぇ、5TDは取りたいねぇ」


修「いいから早くやれっての」


重「番頭さんは口を挟まな…」


修「番頭じゃねぇって言ってんだろ! やれよ早く!」


 重はわかったわかったと機械にカードを差し込んでボールと持つと、開始のブザーを待った。


重「よーし、やるぞ?」


 開始のブザーが鳴り、的が動き始めた瞬間に投げ出す重。


重「はい1TD!」


 初球からTDを取った重は小気味よくパスを投げていった。


渡「おっ、大先生上手いじゃない!」


知哉「ホントだホン…」


 渡と一緒になって褒めようとした知哉だったが、何かに呆れて言葉を止めてしまった。


渡「どうしたの?」


知哉「よく見てみろよ? なぁ修?」


修「シゲのやつ、おんなじ的しか狙ってねぇ」


渡「本当だ。何やってんのアレ?」


知哉「TD狙って下手に散らして投げるより、一つの的がTDの表示になるのを待って投げた方がいいと思ってんだろ?」


渡「卑怯だねぇ」


 外野の声など全く気にしない重は、最後の一球まで一つの的をいやらしいまでに狙い続けた。そして終了のブザーが聞こえると派手にガッツポーズをしてみせた。


重「ハッハー!」


 重はスコアボードを指さし叫んだ。


重「どうだ! やってやったぜ1TD? あれおかしいな…」


修「おかしいのはお前だよ!」


渡「何だったんだよ今の時間は!」


重「いや、ちょっと待ってよ」


 重は納得のいかない様子で外へと出てきた。


重「なによ1TDって?」


渡「こっちのセリフだよ。あんな卑怯な方法で1TDって」


重「戦いに卑怯も何もないの。ルールを破ったわけじゃないんだし、新選組だって一人相手に数人で切りかかったって言うでしょ? それは卑怯な事なの? 京都に火をつけようとしている志士相手に正々堂々とやって負けたらどうするの? 火をつけられて終わりなんだよ? 京都を守るのが新選組の仕事なんだから卑怯も何もないの」


 自らの正当化に向けてまくしたてる重。


知哉「でも結果が1TDじゃ火をつけられたも同然だろ?」


重「…………火をつけるつけないって物騒なこと言って!」


知哉「大先生が言ったんだろ!」


修「ったく、新選組を例えに出してその始末かよ? っていうかよぉ、何なのお前らは? 初めての椎名さんが3TDも取ってるのによ。揃いも揃ってコンポツ、あっ、違う間違え…」


渡「ポンコツは修だよ! なにがコンポツだ」


修「言い間違えただけだろ! っていうか、もういいからさ、黙って俺のプレイを見てろよ?」


 情けない結果となった四人に、修は文句を言いながら中に入っていった。


修「はぁーあ、ポンコツが雁首そろえて何やってんだかよぉ… 藍さんの記録に四人足さなきゃ届かないって。藍さんは俺達みたいなもんにも気を使って、説明をしながらやって7TDに抑えてくれてんだよ? それを…」


渡「やれよいいから、早く!」


修「わかってるよ」


 修はカードを差し込んでボールを手に取ると、笑顔で的を見つめた。そしてブザーが鳴ると、それは楽しそうにボールを投げ始めた。


修「81! 10! 88!」


 的に書かれた背番号を言いながら投げる修のボールは、次々とTDの的へと飛んでいった。1TD、2TDと重ねていく修は、あっさり藍の記録に並んだ。


重「おっ、言うだけあって上手いね」


知哉「あと三球でパーフェクトか?」


椎名「才能あるんじゃないの修君」


渡「いやいや、実際は修が言った通り別物ですから、厳しいですよ」


 四人が話していると、修は2TDを決めて最後の一球を迎えた。


知哉「おい修! あと一球だ、取れよ!」


修「おう! 見とけ!」


 そう言って投げた修のボールは、左奥の小さなTDの的に当たった。


修「イエスッ! イエースッ!」


 ガッツポーズを何度も決める修は子供のようにハシャギながら外に出てきた。


修「どうだよ、パーフェクトだぞ!」


知哉「普段なら茶化すけどよ、これはすごい! なぁ?」


渡「確かにね。いや難しかったもん、これ」


椎名「修君、今度は文句なしのトップだね?」


修「まぁ、そうなりますよね。藍さん、ビリは誰ですか?」


重「わかりきったことを聞くんじゃないよ!」


 何でも屋たちが揃って藍の方を見ると、藍は背中を向け、携帯電話で誰かと話していた。


藍「えぇ、皆さん…… 今のところAマイナスといったところで……」


 小声で話していた藍は二回ほど頷くと携帯電話をしまい、素早い身のこなしで何でも屋たちの方へと振り返った。


藍「あっ…… 修さん、パーフェクトはすごいですね!」


修「え、えぇ、どうも。あのー、今……」


藍「皆さん! 少しだけ時間がおしてしまっているので、さっそく次にいきたいと思います。次は二階のゲームセンターで皆さんの実力をいろいろ見たい思います! では行きましょう!」


 歩き出してしまう藍に、何でも屋たちは慌てて列になってついていく。列の後ろでは渡と修が、話をはぐらかした藍について話していた。


渡「どう考えたって何かあるよ、あれは」


修「完全にはぐらかしたもんな?」


渡「うん。でもAマイナスってことは、俺たちの評価じゃないの? 最初に実力を見せてもらうみたいなこと言ってたでしょ? 今だって」


修「あぁ、言ってたなぁ。けどよ、それを逐一報告するか? ていうか誰に報告するんだよ?」


渡「そりゃ合宿所の所長でしょ? ていうか、本当に大丈夫なんだろうね? 取って食べられたりしないだろうね?」


 その問いに、二人の前を歩く知哉が反応した。


知哉「まっ、藍さんに食べられるなら別にいいけどよ? あはははは…」


 修は右側から、渡は左側から知哉の尻を重く突いた。


知哉「アオッ!」


 痛みではなく、その衝撃に甲高い声を上げた知哉。当然、知哉のさらに前を行く三人は立ち止まって振り返る。


椎名「どうしたの知哉君?」


重「何をやってんの!?」


知哉「い、いやぁ、別に。ちょっと後ろの二人にケツを突かれて…」


重「ちょっと二人とも、知ちゃんはただでさえ声がデカいんだから、余計な事しないでしよ! びっくりするんだよ!」


修「わりぃわりぃ」


渡「知ちゃんがバカ言うからさぁ……」


藍「皆さん本当に仲がいいんですね」


 可愛らしい笑顔を見せた藍は、再び歩き出すとエスカレーターに乗って二階にゆっくりと上がっていった。椎名と重もその後に続いて上がっていく。


渡「変な声を出すんじゃないよ、まったく」


修「感づかれるだろ?」


知哉「なんだよお前らしくもねぇ、気になってんなら聞けばいいだろ。いつもズカズカ何でもかんでも聞いてんだからよ?」


渡「そうだ、聞いちゃいなよ修」


修「だけどよ……」


 三人が少し遅れて二階に着くと、近くに設置されていたゲーム機の前で他の三人が待っていた。


重「団体行動!」


 すべてを集約した重の言葉を聞いた三人は、他の三人のもとへ急いで近づいた。


修「申し訳ない」


知哉「悪い」


重「頼むよホントに」


渡「気をつけるよ」


 その後も、様々なゲーム機やアクティビティで実力を試された何でも屋たちは、汚苦多魔へやってきた理由も忘れて、楽しい時間を過ごした。そして、屋上の『昔遊びコーナー』で最後の実力テストが終了した。


藍「皆さん、これで全て終了しました!」


重「なんだかんだいって楽しかったですね」


椎名「そうだね。久しぶりに『遊んだ』って感じがしたよ」


知哉「確かにそうっすね。ずっと忙しかったから……」


藍「それでは皆さん、あちらのフードコーナーで一息入れましょう」


 一同はすぐ近くにあるフードコーナーへ歩いて行った。すると、売店の大きなメニューを見て、椎名が嬉しそうに声を出した。


椎名「あっ、重君!」


重「どうしました?」


椎名「ラムネが売ってる!」


重「いいですねぇ!」


椎名「知哉君もラムネ好きだったよねぇ?」


 いやらしい口調で聞く椎名。


知哉「好きですよぉ。シュポッンとビー玉やっちゃいますか!」


 いやらしい口調で答える知哉(バカ)


修「ったく、最年長者が一番はしゃいでるじゃねぇか」


渡「まぁ、一番はしゃげる時に、一番苦労してた人だからね」


修「そうだけど、周りにいる子供たちと同じ目の輝きってのはどうだ?」


椎名「いいじゃないのよ修君!」


 いつの間にか目の間にいた椎名に修は本気で驚いた。


修「だっ!! な、なんですかもう!」


椎名「修君は何にするの?」


修「俺もラムネでいいですよ」


椎名「渡君は?」


渡「俺もそれで」


椎名「二人ともラムネね! 藍さんは?」


藍「え、私ですか?」


知哉「今日は一日、汚苦多魔を案内してもらったんですから、ラムネくらいオゴらせて下さいよ」


藍「いえ、いけませんよ!」


重「遠慮しなくていいんですよ」


椎名「何にしますか?」


藍「えっ、あの、それじゃ……」


椎名「はい」


藍「かき氷のレモンヨーグルトを……」


修「レモンヨーグルト!? 藍さん! 何ですかその美味しそうなかき氷は!」


 結局、椎名と一緒になってはしゃぐ修。


渡「……藍さん、そこのテーブルで待ってましょうか」


藍「そうですね」


 しばらくして、渡と藍の待つテーブルに、はしゃぐ四人がラムネとかき氷を持ってきた。


重「はい、お待たせしました」


椎名「藍さん、かき氷です」


藍「ありがとうございます」


修「はいよ、教授さん」


渡「………ありがと」


知哉「それじゃ、いただきます!」


 知哉と重、そして椎名は軽快にラムネの栓を開けて飲み始めた。


知哉「かぁっ、美味いねぇ」


重「キンキンに冷えてる!」


 午後の日差しを受けながら、二人は美味しそうにゴクゴクと喉を鳴らした。


椎名「このビンの色といい、ビー玉の音といい、涼やかだよね」


 椎名の言うことに共感しながら、渡も栓を開けてラムネを飲んだ。


渡「あぁ、美味しい。この少し重いビンってのが良いんだよな……」


重「なんかそれわかる」


修「バッカ! かき氷も負けてねぇぞ?」


重「そうだ、味はどうなの?」


修「そりゃもう美味しゅうございますよ?」


知哉「はははっ、なんだよそれ」


渡「それにしても……」


 渡は屋上からの景色を見ながら、ラムネを口へ運んだ。


渡「すっかり休日を楽しんじゃって…」


重「そうだねぇ。合宿で来てるのに、いいのかなぁ」


藍「安心して下さい!」


渡「え?」


藍「明日から地獄ですから!」


 藍のさわやかな笑顔とセリフとのギャップに、何でも屋たちは固まってしまった。


藍「明日が待ち遠しいですね!」


修「そ、そうですね…」


知哉「え、えぇ本当に…」


 あまりにぎこちなく笑う修と知哉に、渡は口に含んでいたラムネを吹き出してしまった。


渡「ぷふっ!」


当然、その方向に居合わせた重と椎名が被害に遭った。


重「ちょっ、なんだよ!」


椎名「大丈夫!?」


渡「すみません!」


藍「これ、ティッシュ使ってください!」


渡「あっ、どうもありがとうございます」


知哉「何をやってんだかなぁ」


修「なぁ」


渡「二人のせいで吹いちゃったんでしょ!?」


修「なーにがだよ?」


渡「どっちつかずの中途半端な表情で笑うからだよ!」


修「し、してませんよ…」

知哉「そ、そんなバカな…」


渡「その顔だよバカ! まったくもう……」


藍「あの……」


修「あ、はい、なんでしょう?」


藍「本日の汚苦多魔村のご案内はこれにて終了です。私は合宿の準備がまだありますので、ここで失礼させていただきます」


修「そうですか。今日はありがとうございました」


 修に合わせて、他の四人も藍にお礼を言った。


渡「いろいろとご迷惑をかけてしまって…」


藍「いえいえ、とんでもないです! すごく楽しい一日でした。あ、それで、明日の事なんですが、朝の六時半に旅館の入り口に集合してください」


修「六時半ですね? わかりました」


藍「では皆さん、また明日。それと、かき氷、ごちそうさまでした」


 相変わらずの笑顔を見せて、藍は合宿所へと帰っていった。


渡「すごく爽やかな女性だったね」


重「いつも暑苦しい男どもだけで仕事してるから、すごく新鮮だったね」


修「一番暑苦しい髪型してるやつが言うなよ」


重「やんのかコラァ!」


修「なんだよ急に!? そういうくだらねぇのが暑苦しいんだよ」


重「確かに… まぁ死ぬまで治らないだろうけど」


 重は残っていたラムネをグビッと飲み干した。


知哉「ふぃー、楽しかったけど、なーんか疲れちゃったなぁ」


 ラムネのビー玉をカラカラと鳴らしながら、知哉はつぶやくように言った。


椎名「まぁ、楽しいことって疲れるからね。どうする、ちょっと早いけど、旅館に戻って温泉入っちゃう?」


重「あぁ、いいですねぇ。んで温泉出て一眠りして夕食って感じですかね」


知哉「せっかく来たのに寝ちゃうのかよ?」


重「明日から地獄なんでしょ? 休めるときに休んでおいた方がいいと思うけど?」


渡「大先生の言うとおりだよ。今日は朝も早くて、ヘンテコな騒動もいくつかあって疲れちゃったから、ゆっくりしようよ」


知哉「言われてみればそうだな。明日から地獄なんだもんな」


修「じゃあ戻るか」


 何でも屋たちは真っ直ぐ旅館へ戻ると、すぐに支度を済ませて汚れと疲れを取りに大浴場へ向かった。

 大きな内風呂、眺めの良い露天風呂で身も心も癒された一同。すっかりほぐれてしまった五人は、部屋に戻るなり、夕食の時間までと寝てしまった。

 しばらくして、昼寝から目覚めた五人は、二階の食事処で豪華な懐石料理に舌鼓を打った。どれを食べてもおいしい夕食に、五人の頭の中から『明日から地獄』などというフレーズはどこかに消え去っていた。


知哉「ふぅ、食った食った……」


 部屋に戻ってきた五人はまったりと過ごしていた。


修「飯を食ってる間に布団が敷いてあるってのはいいなぁ」


重「それにしても美味しかったなぁ」


 布団の上に大の字で寝ている重が、幸せそうにつぶやいた。


修「あぁ、美味かったな。また、ナガラミが美味かった」


椎名「僕は初めて食べたけど、あんなに美味しいんだねナガラミって」


渡「美味しいんですよ、ナガラミは。昔はよく大先生の家で御馳走になりましたけど」


椎名「あ、そうなの重君?」


重「じいちゃんばあちゃんが送ってきてくれるんですよ。まぁ、俺は子供のころから食べすぎて嫌いになっちゃいましたけどね」


椎名「あぁ、よくあるよね、そういう話」


重「それにしても、椎名さんは初めて尽くしの一日でしたね」


椎名「うん! もうね、インスピレーションがすごいよ! これでまた、おもしろいパントマイムとか大道芸が創れるよ」


修「ナガラミでですか?」


椎名「うん!」


修「椎名さんは芸術肌なんですね……」


 修はそういうと、枕を抱いて横になった。が、何かを思い出したらしく、上半身だけを起こした。


修「そうだった。あのー、お楽しみはね、延期になりましたからね」


知哉「延期? つーか、お楽しみの事なんかすっかり忘れてたけど」


重「なんで延期になったの?」


 寝ていた重も起き上がってきた。


修「いやぁ、なんか、地元のママさんバレーの都合がつかないとかで…」


重「なんじゃそりゃ」


渡「その『お楽しみ』ってのはママさんバレーじゃなきゃダメなの? というよりも『お楽しみ』ってなんなのよ?」


修「いや俺も知らねぇよ。予約の時、米田さんが『今の季節は、村伝統のお楽しみを開催しておりまして』って言っててさ。どんなもんか聞いても『それはお楽しみでございます』の一点張りでよ」


重「怪しいねぇ」


修「まっ、そんなことより、明日は早いんだ。もう一回風呂に入るなら入る、そうじゃないんなら寝ようぜ?」


渡「どうしようかな、入ってこようかな…」


椎名「僕は行こうかな」


知哉「俺も行きますよ」


 知哉は元気よく立ち上がると、風呂セットを手にした。


修「お前さ、どうでもいいけど、片しとけよ?」


知哉「なにを?」


修「バッグから洋服だタオルだ広げてるけどよ? 明日、朝にチェックアウトしたら旅館には戻って来ないんだからよ、すぐに出られるように準備しておけっつーの」


知哉「はぁ? なんで明日チェックアウトするんだよ?」


修「だから! 明日から合宿だって言ってるだろ!? 残りの日にちは合宿所で寝泊まりするに決まってんだろ!」


知哉「えぇっ!?」

椎名「えぇっ!?」

重「えぇっ!?」


 以上の三人は声を揃えて驚いていたが、渡は修の横でうんうんと頷いていた。


重「教授さんは驚かないの!?」


渡「だって、そりゃそうでしょ。これだけ良い宿に一週間近く泊まるっていったら、俺たちが用意した資金じゃ足らないでしょ?」


重「そう言われればそうだけど…」


渡「合宿だけじゃキツイから、一日ぐらいはと思って気を利かせてくれたっていうことでしょ?」


修「まぁ、罪滅ぼしみたいなもんだよ。明日からは布団で寝れないんだし…」


渡「はぁ? 布団で寝れない?」


修「………みたいなことを風の噂で合宿所の電話予約の時に聞いたような。ま、まぁ、この件に関して、俺は一切関与していませんから…」


渡「してるだろ!! なんだよ布団で寝れないって!」


修「だから、詳しいことはわからない…」


渡「じゃあ、なんなら知ってんだよ!」


 修と渡の押し問答が始まってしまった。


知哉「…風呂に行きますか」


椎名「そうだね…」


重「そうしましょう、そうしましょう」


 こうして、長かった初日が終わり、何でも屋たちは汚苦多魔村での朝を迎えるのだった。

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