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何でも屋  作者: ポテトバサー
第七章・夏と合宿とワサビと雨と 第1シーズン最終章
44/56

夏風に稲がゆれて

【あらすじ】


 とんでもない悪路を走破して汚苦多魔村へたどり着いた一同。チェックインを済ませ、部屋で一息入れている何でも屋たちのもとに「一階の会議室で合宿所の教官を待つように」と米田から連絡が入った。何でも屋たちはさっそく会議室に向かった。

 一階に着いたエレベーターは何でも屋たちを降ろすと、他の客に呼ばれて上がっていった。


重「えーっと、会議室はどこかな?」


 重はエレベーター乗り場の脇に設置されていた館内マップに目をやった。


重「今はここにいて…」


知哉「どこかわかったか?」


重「……あぁ、わかったわかった、すぐそこだ。そっちの突き当りを右に行って二番目の部屋だよ」


 重の言う通りに進んでいくと会議室4と書かれたドアがあった。


修「これ、中で待っててもいいのか?」


重「いいってよ」


修「それじゃ入るか」


 修がドアを開けて中に入ると、残りの四人もゾロゾロと後に続いた。


椎名「あ、何でも屋(ウチ)の会議室みたいになってるんだね」


 部屋には会議用の長机が数列あり、大きなホワイトボードもあった。


知哉「なにが何でも屋(ウチ)なんですか。もう部外者なんですから、気安くウチなんて言わないでくださいよ?」


 知哉は自分の冗談に笑いながら、近くのイスに腰を掛けた。


椎名「………エイッ!」


 椎名はどこからともなくカラーボールを出現させて知哉に投げつけた。


知哉「イテッ!」


 痛みは無かったものの、知哉は驚きのあまり声を上げてしまった。


知哉「何ですかもう!」


椎名「はははっ、ビックリしたでしょ?」


修「すごいですね椎名さん、マジックのレベルもかなり上がってきてますね」


椎名「そうかなぁ? まぁこの一週間でもっと上がると思うよ?」


 椎名は少し照れながらイスに座り、修と渡も空いている席に座った。


重「パントマイムにジャグリングにマジック…… 椎名さんも覚えなきゃいけないことがたくさんあって大変ですねぇ」


 重は知哉に当たって床に転がっていたカラーボールを拾うと椎名に渡した。


椎名「あ、ゴメン。拾うの忘れてた、ありがとう」


 重は一番近くのイスに座ろうと思ったが、くだらない考えがよぎった。


重「椎名さんには負けてられないですねぇ…」


 重はわざとらしい口調で話しながら修の上に座った。


修「おい、なんだよ!? お決まりのヤツやんなよ!」


重「バカだねぇ、お決まりだからやるんでしょうが」


修「ったく、いいからどけよ!」


渡「バカやってないで早く座んなさいよ! そろそろ、教官の人が来るんだから!」


重「全く、妬くんじゃないよ」


渡「妬いてないよバカ!」


修「いいから、どけよ!」


 三人の言い合いを知哉と椎名が笑ってみていると、会議室のドアをノックする音が聞こえてきた。同時にドア越しから女性の声も聞こえてきた。


女性「合宿所から来た者です!」


修「おい、シゲ! 早くどけ!」


 ふざけていた重も素早く動いて他のイスに座った。それを確認した渡は女性に返事をした。


渡「はい、どうぞ!」


女性「失礼します!」


 ドアが開くと一人の若い女性が入ってきた。女性はドアを閉めると、何でも屋たちのほうへ振り返り姿勢を正した。


女性「皆さん初めまして! 汚苦多魔合宿所から来ました高野(たかの)(あい)です! 藍と呼んでください!」


 はつらつと声を出した藍だったが、何でも屋たちが返事を返すにはほんの少し時間がかかった。理由は藍の服装にあった。

 オリーブドラブのミリタリーブーツ、MARPATウッドランドのカーゴパンツには黒のタクティカルベルトを締めており、カーゴパンツと同色のタクティカルハーネス、その下に着ている白のロングTシャツには藍色で汚苦多魔とプリントされていた。右手首の時計は頑丈そうなつくりで、左手首にはパラコードのブレスレット、そしてポニーテールの頭に目深にかぶっているキャップには()()()()とあった。


藍「これから一週間、よろしくお願いします!」


 敬礼する藍。イスから立ち上がり慌てて敬礼を返す何でも屋たち。


藍「ありがとうございます! それでは皆さん、お座りください」


 何でも屋たちは互いの顔を見合いながらイスに座った。


藍「これから、事前に頂いた情報をもとにいくつか確認させていただきます。今回、久石様より連絡をいただきましたが、久石様はどなたで…」


修「あ、俺です」


藍「わかりました! えー…… 前日にお知らせした際に、合宿所の所長がお迎えにあがると申しましたが、皆さまの合宿がより良いものとなるよう最終調整をしておりますので、代理で私がうかがいました!」


修「あ、そういうことでしたか…… あっ、それじゃ、俺達も自己紹介をしましょうか?」


藍「ぜひ、お願いします!」


修「えーっと、右から… 品があるのにどこかバカそうなのが大塚渡です。横の仕事が出来そうなのになんかバカそうなのが椎名源二で、俺の横にいる眼鏡をかけた毛むくじゃらの妖怪バカが水木重。最後のどっからどう見てもバカそうなのが寺内知哉です」


知哉「お前に言われたくねぇんだよバカ!」


渡「本当だよ、バカの一番搾りのくせに!」


修「……とまぁ、こんな具合です」


藍「私たち合宿所の教官と良い勝負ですねぇ!」


椎名「え? 何がですか?」


藍「まぁ、それは追々…… それで、本来なら合宿内容の説明および質疑応答の時間なのですが、先ほど言いましたように最終調整中ですので、前倒しの形になりますが汚苦多魔観光をしたいと思います!」


修「あっ、はい、すぐに出ますか?」


藍「では、十分後に旅館の入り口に集合ということにしましょう!」


修「十分後ですね、わかりました」


藍「それでは失礼します!」


 藍は再び敬礼すると部屋を後にした。


重「なんかあれだね、藍さんの服装だと、合宿所というより訓練所って感じがするんだけど……」


修「まぁ、俺が言うのもなんだけど… おい、いいか? いま言ったからな? 俺が言うのもなんだけどって言ったからな?」


重「いいから早く言いなさいよ!」


修「合宿とは別のとこでも疲れそうだけどよ、ここは開き直って皆で楽しくやりましょうよ」


重「よし修! 歯を食いしばれ!」


修「なんでだよ!」


重「なんでだじゃないよ! 修が言えるセリフじゃないだろ!」


修「だから、前もって言っておいたろ!」


知哉「前もって言っておけば何を言っても許されるわけじゃねぇだろ!」


修「オイ知哉、今から右のストレートをお前めがけて放り込むから、左によけろよ?」


知哉「右ストレート?」


修「よし、いくぞ? ほりゃ!」


 知哉は言われた通りに左へよけた。


修「……………なっ?」


知哉「何が『なっ?』なんだよこの野郎!」


修「前もって言っておく大切さが分かったろって言ってんだよ!」


渡「んな事どうでもいいんだよ! 十分後に集合なんだから、早くしなさいよ!」


 何でも屋たちは一度部屋に戻って支度を済ませると、待ち合わせ場所の旅館入り口に移動した。


椎名「あれ? 藍さんいないけど、どこだろ?」


重「本当ですねぇ…」


 何でも屋たちは辺りを見回したが、藍の姿は見当たらなかった。


修「あの格好は街中じゃ目立つと思うんだけどな」


渡「旅館の入り口って言ってたよね?」


修「おう、言ってた」


 その時だった。土産物屋の中を見ていた女性が何でも屋たちに近づいてきた。スニーカーにダボついたダメージジーンズを履き、ネルシャツを着た女性。一瞬、誰だか分からなかった何でも屋たちだったが、腕時計にブレスレット、そしてネルシャツの隙間から見えた汚苦多魔の文字で女性が藍だということが分かった。


藍「お待ちしてました」


 髪をおろした藍は爽やかな笑顔を見せた。


修「あれ、藍さん着替えたんですか?」


藍「はい、あれは訓練着なので街中では目立ちますから。それでは皆さん、本日の観光ルートを説明したいと思います。まず、目の前にあります商店街を抜けて、切左ェ悶記念公園に向かいます。その後、近くの定食屋さんにて昼食を取ります。昼食後は村内を散策後、モダン通りを抜けて、私がオススメするトレジャービレッジで楽しい時間を過ごしたのち、骨休めへと戻ってきます」


知哉「トレジャービレッジ? 何ですかそれ?」


藍「それは行ってからのお楽しみです!」


椎名「こう、自然とはもっと触れ合わないんですか?」


藍「明日からの合宿で、信じられないほど、驚嘆の声を漏らすほど自然と触れ合うことになるのでご安心ください」


重「それはそれで安心できないんですけど……」


藍「では、出発いたします。はぐれないようについてきてくださいね」


 歩き出す藍の後に続く何でも屋たちの足取りは、朝からの騒動で疲れているとは思えないほど軽かった。山奥の見知らぬ温泉街という不思議な魅力が、何でも屋たちの好奇心をあおっていたからだろう。


藍「こちらが商店街、村のメインストリートになります」


重「あ、こういう商店街なんですか!」


渡「日本家屋で… 町屋が並んでるんだ。あそこも蔵造りだよ」


 ひと昔ふた昔まえには、まだ見かけた宿場のような作りの通りには、何でも屋たちの他にも観光客が見受けられた。


修「なんかあれだな、成田の参道みたいだな」


知哉「えぇ!? 参道で言うなら帝釈天じゃねぇか?」


修「帝釈天じゃ、道幅が足らないだろ?」


藍「私は川越に似てるなっと思ったんですけど」


修「川越? あぁ、確かに川越にも似てますねぇ…」


知哉「いやいや、帝釈天に似てるって言わなきゃ、ここから一歩も(とお)参道(さんどう)!」


修「くだらねぇんだよ。椎名(さん)(どう)思います?」


椎名「どれか一つの意見に参道(賛同)しなきゃダメかな?」


重「まったく、ダジャレばっかり言ってるんじゃないよ、優しい僕だってさすがに怒るよ? 仏の顔も参道(三度)までってね?」


渡「言ってるお前が四度目だバカ! いいよもうダジャレは! どうもすみません藍さん」


藍「いえいえ、皆さん良いチームワークですねぇ。でも合宿所の教官たちも負けてませんよ?」


渡「…………先を急ぎましょうか」


藍「あ、そうですね! えー、それでは、商店街の中を通りますが、すべてのお店を紹介していると、本日の予定が終わりませんので、一軒だけご紹介します。後のお店は自由時間に覗いてみてください」


 藍はそう言うと、一軒の店の前に立った。


藍「ご紹介するのはこちら、浜野(はまの)工芸さんです。汚苦多魔村に古くからあるお店なんですよ」


 浜野工芸は二階建ての味わいある店構えで、壁や柱に付いた傷や染みは、移り変わりゆく歴史の残り香のようだった。


修「立派なお店ですねぇ…」


藍「なんといっても創業三百年以上の老舗ですから」


修「さ、三百年!?」


椎名「今日は朝から驚かされっぱなしだね」


修「本当ですねぇ」


 一同が店先で話していると、店の中から一人の男性が出てきた。


藍「あっ、浜野さん! おはようございます」


浜野「おはよう藍ちゃん」


 浜野と呼ばれた七十代ぐらいの男性は、物腰の柔らかそうな人だった。


浜野「こちらの皆さんは?」


藍「合宿所のお客様です。これから村をご案内するんですが、まずは浜野さんのお店にと思いまして」


浜野「それはどうもありがとうございます。えー、皆さま、ようこそ汚苦多魔村へいらっしゃいました」


 手を前にそろえ、深々とお辞儀をする浜野に、何でも屋たちは一度姿勢を正してから同じようにお辞儀をした。


浜野「つまらない店ですが、お帰りの際にでも見てやってください」


修「つまらないだなんて、とんでもありませんよ!」


重「必ず立ち寄らせていただきますので」


浜野「ありがとうございます」


藍「あれ? あの浜野さん、奥に見えるあの壺って……」


浜野「うん、ようやく完成してねぇ。あ、皆さん壺に興味はおありですか?」


重「いやぁ、もう、壺といったら、ねぇ? 知哉はちょっとうるさいよねぇ?」


知哉「……あぁ?」


椎名「寝るときはいつも壺だもんねぇ?」


知哉「俺は(たこ)か!」


浜野「そちらの方は蛸なんですか!?」


知哉「いえ、蛸じゃないですよ! 足は八本も無けりゃスミも吹きませんし…」


修「でも擬態は得意だろ?」


知哉「岩にサンゴに何でもござれ…… おう、バカじゃねぇのか! 誰がミミックオクトパスだこの野郎!」


修「……えー、以上でございます」


渡「何がだよ! さっきから何なんだよまったく! 浜野さん、藍さん、どうもすみません」


浜野「いやいや、良いチームワークで…」

藍「いえいえ、良いチームワークで…」


渡「…………もう、好きにしてくれ」


知哉「カリカリすんなよ?」


渡「呆れてんだよ。それじゃ藍さん行きましょうか?」


藍「はい。それでは浜野さん、失礼します」


浜野「お気をつけて」


 一同は浜野工芸を後にして歩き出した。藍としては商店街を最後まで抜けてから記念公園に向かうつもりだった。だが思わぬ障害があった。


肉屋「やぁ、藍ちゃん! お客さんかい?」


藍「はい、そうなんです」


肉屋「そうかい、どうも皆さん、ようこそ汚苦多魔へ」


修「あ、どうも……」


肉屋「私ね、品切れを起こしたことがないんですよ、だってそんなことしたら肉屋だけにミート(みっと)もないでしょ! あはははは!」


修「あははは……」


 次は魚屋の主人。


魚屋「おっ、藍ちゃん、お客さんのご案内かい?」


藍「はい、そうなんです」


魚屋「そうかいそうかい。どうも皆さん!」


重「あ、おはようございます……」


魚屋「私ね、今までいろんな仕事をしてきたんですがどれもダメで不幸続き。けどね、魚屋を始めてから人生()向き! なんつってね!」


重「あ、さようなら……」


 その次は八百屋の主人。


八百屋「おっ、藍ちゃん、仕事頑張ってるねぇ!」


藍「はい、おかげさまで」


八百屋「あら、合宿所のお客さん? 楽しんでますかぁ!」


椎名「えぇ、楽しんでます……」


八百屋「そういや、この間、魚屋と釣りに行ったんだけど、八百屋だけに釣れるのは青物ばっか! がははははっ!」


椎名「やっぱり楽しめてません……」


 商店街の主人たちによる連続持ちネタ披露会に、さすがの藍も予定を変えた。


藍「あの皆さん、このまま商店街を進んでしまうと大変な気疲れをしかねないので、十字路を左に曲がりまして、商店街を避けて記念公園に向かいたいと思います」


知哉「ナイス判断! ナイス判断ですよ藍さん!」


藍「ありがとうございます!」


修「まだ三分の二は残ってましたからね。それじゃ、早いとこダジャレ商店街を抜けちゃいましょう」


 一同は早めに商店街を切り上げると、細い路地を抜けて切左ェ悶記念公園へとたどり着いた。


藍「さぁ、皆さん。到着しました、切左ェ悶記念公園です!」


 青々と芝生が広がる記念公園には何種類もの花が植えられていたが、白く咲き誇るサルスベリの花が何でも屋たちの目を驚かせた。


重「きれいな公園ですね」


藍「はい。今はサルスベリが綺麗で……」


知哉「あれ? あの奥にあるのって切左ェ悶さんの像ですか?」


藍「はい! 近くに行って見てみましょうか」


 花の香りの中を進んでいくと、切左ェ悶の姿がしだいにハッキリと見えてきた。台座の上に立つ切左ェ悶、その立ち姿は清々しく、眼差しは遠い平和の世を見ているようだった。


藍「どうですか皆さん。当時の資料をもとに再現した姿なんですが」


知哉「いやー、年下には見えないよな修?」


修「そうだな、やっぱりこの時代の人は違うな」


重「ちょっと、こっちに来て!」


 いつの間にか切左ェ悶の後ろに回った重がやかましく叫ぶ。


渡「なに?」


重「いいからこっちから見てみなさいよ!」


 しつこい重に仕方なく後ろに回る他の四人。気になった藍も後ろへ回る。


修「で? なんだっつーんだよ?」


重「この背中を見てごらんなさいよ? 仁徳が滲み出てるもん」


椎名「うわー、ついていきたくなる背中だねぇ」


知哉「最近の安っぽい野郎どもとは月とスッポンだな… これが男の背中ってやつなんだよ」


渡「うーん、確かにその通りだね。知ちゃんの背中と見比べるとわかりやすいね」


修「おっ、マジか? 知哉さ、ちょっと台座の横に立ってくれよ?」


知哉「……お前ら」


修「いいから立ってくれよ! 間違っても台座の上に立つなよ?」


知哉「そこらのバカじゃねぇんだよ俺は! ったく…… ほら、立ったぞ」


重「………うーん、寂しい背中だねぇ」


渡「あぁ… みっともない背中だよなぁ」


椎名「なんだろうね、見てて可哀想になるね……」


修「本当ですね…」


知哉「本当ですねじゃねぇんだよ! お前らだってしみったれた背中してんだろーが!」


修「あぁ、まあね。けど、可哀想じゃないから…」


知哉「うるせぇっての! 藍さん、もう次行きましょう!」


藍「もう、よろしいんですか?」


知哉「いやぁ、朝飯が早かったもんですから、お腹空いちゃって」


修「途中で磯部もち食ったし、部屋でゼリー食べて、変に胃を刺激しちまったからな」


藍「それではですね、川沿いにあります定食屋の『案山子(かかし)屋』さんに向かいたいと思います」


 一同はあっさり記念公園を後にすると、案山子屋に向かって歩き始めた。知哉と同じく腹を空かせていた椎名は、歩き始めてすぐに藍に質問をした。


椎名「案山子屋さんは何がオススメなんですか?」


藍「それは、着いてからのお楽しみです! けど、さっきからそればかりなのでヒントを出しますね」


椎名「ヒント? あ、お願いします」


藍「ヒントはですね、汚苦多魔の特徴を思い出してください。それがヒントになります」


椎名「特徴? はぁー、特徴ねぇ……」


修「はい、わかりました!」


重「えっ!? もう分かったの?」


修「ったりまえだろ? あれですよね藍さん……」


 修は歩きながら藍に耳打ちした。


藍「あ、久石さん正解です! よくわかりましたね」


修「ほら見ろシゲ! 正解だよ!」


重「フンッ、セクハラ野郎が」


修「あぁ!? 誰がセクハラ野郎だ!」


重「言われても無いのに耳打ちなんてしてさ」


修「はぁ!? しょうがないだろ? 藍さん、今のセクハラだなって思いました?」


藍「いえ! まったく思ってませんよ!」


修「藍さんは思ってないって言ってるぞ?」


重「本人目の前にして『セクハラです』なんて言えないだろバカ」


修「答えがわからねぇからって絡むんじゃねぇよ!」


渡「はい、わかりましたぁ」


修「おっ、教授さんもわかった?」


 渡は修に耳打ちした。


修「はい、教授さん正解!」


渡「はい、どうも」


 渡は重に向かって小さくガッツポーズをして見せた。


重「はぁ!? 分かったの?」


椎名「あっ! 僕分かった!」


知哉「俺も分かった! 分かったぞ!」


 椎名は渡に、知哉は修に耳打ちした。


渡「椎名さん正解!」


椎名「はい、来た!」


修「知哉、不正解!」


知哉「ほい、来た! えっ!? 蕎麦じゃないの!?」


修「考え方は合ってる。銘水があるってところから蕎麦が出たんだろ?」


知哉「そうそう。なんだ蕎麦じゃねぇのか……」


 知哉が再び考え出そうとしたその時、重は嬉しそうに声を出した。


重「はい! はいはい!」


修「あ? 分かったの?」


 重は先ほどの自分の発言など忘れて修に耳打ちした。


修「おっ、大先生大正解!」


重「はい、どうも、ありがとうございます」


修「あとはデクだけだぞ?」


知哉「うるせぇなぁ…」


藍「あの… クイズ形式にしておいてなんですが、あそこのT字路を右に曲がると案山子屋さんの看板とノボリが見えてしまうんですけど……」


椎名「あっ、正解がノボリに書いてあるんですね?」


藍「はい、そうなんですよ」


知哉「えっ、ちょっと……」


重「じゃあ大ヒントね?」


知哉「おう、頼むわ」


 重は何かを食べる仕草をすると、鼻をつまんで眉間にシワを寄せた。


渡「あぁ、良いヒントだね」


椎名「知哉君ね、これはわかりやすいヒントだよ?」


知哉「鼻をつまんだってことは… あっ、臭いの?」


修「違うよ」


知哉「あ、あぁ、水の中に潜る?」


修「なんでだよ?」


知哉「じゃあ… えぇっ!? 鼻をもぎ…」


修「取るわけねぇだろバカ! もういいよ」


 一同が角を右に曲がると、数軒先に案山子屋の看板が見え、鮮やかな緑色のノボリも見えた。


知哉「あぁっ、なるほどね、ワサビね! はいはい……」


藍「そうなんです、案山子屋さんでは汚苦多魔産のワサビを楽しめるんです」


修「ワサビかぁ、採れたてのおろしたてを食べられるんですか?」


藍「はい! ワサビ丼というのがあるんですけど、すごく美味しいんですよ」


 藍のワサビ丼の説明を聞いている間に、一同は案山子屋に到着した。藍は引き戸をカラカラと開けて中に入っていくと元気な声を出した。


藍「こんにちは!」


 藍の声が店内に響くと、奥の席で接客をしていたおばちゃんが入り口のほうに振り返りながら返事をした。


おばちゃん「はーい!」


 おばちゃんは声を出したのが藍だとわかると、足早に近づいていった。


おばちゃん「あら藍ちゃん! いらっしゃい!」


藍「予約しておいたお客様なんですが…」


おばちゃん「あらぁ、じゃあ後ろの人たちが何でも屋さん?」


修「あ、どうも、何でも屋です……」


 おばちゃんは五人組が何でも屋とわかると、ぐっと近づいて様々な方向から見始めた。


おばちゃん「あらぁ、若い男の子ばっかりで… 何でも屋さんといい、合宿所の皆さんといい、目の保養になるわねぇ」


藍「もう、おばちゃん!」


おばちゃん「はいはい、目の保養タイムは終了ね!」


 そのやり取りはよく見るような光景だったが、二人の仲の良さだったり、藍がここの常連客であったりという情報を何でも屋たちに与えた。そして何でも屋たちは一瞬だけ地元の若松が懐かしく思えた。


おばちゃん「それじゃあね、川がよく見える外の席を用意してるので、そちらに座ってくださいね! 藍ちゃん、案内してもらえる?」


藍「はい。皆さん、こちらです」


 藍の案内についていくと、おばちゃんの言う通り、川がよく見える席があった。


渡「なんか、金谷(かなや)のお店みたいだね」


修「あぁ、目の前が海のとこな?」


渡「そうそう」


 一同は川を見ながらも席に付いた。


藍「さぁ皆さん、こちらがメニューになります」


修「あ、どうも…… えーっと……」


重「やっぱりワサビ丼かな?」


椎名「でも重君、ワサビ丼セットっていうのが何種類もあるよ?」


重「え?」


知哉「裏だよ裏」


重「あぁ、こっちね…… うわっ、どれにしよっかな……」


渡「俺はね、ワサビ丼B定食かな」


重「Bは何がついてんの?」


渡「冷やしたぬきうどんが付いてるやつ」


重「うーん、サッパリでまとめたのか」


修「俺はAかな? ざる蕎麦ついてるやつ」


重「蕎麦! ワサビだもんねぇ……」


椎名「僕と知哉君はCで一緒!」


知哉「冷や麦がついてるやつな。それと川エビのから揚げも頼もうぜ? 食べるだろ皆?」


修「川エビか、よし頼むか」


渡「藍さんは決まりましたか?」


藍「はい! お決まりのがあるんです!」


椎名「常連さんは何を頼むか気になるね」


渡「そうですねぇ」


修「よーし、それじゃおばちゃんを呼ぶかな?」


おばちゃん「後ろにいるわよ?」


修「うわっ! ちょっと、驚かさないでくださいよ!」


おばちゃん「それで、何になさいますか?」


 おばちゃんは手に持っていた盆から水とおしぼりを配りながら聞いた。


渡「それじゃ、ワサビ丼のB定食一つ」


おばちゃん「Bを一つ…」


修「A定食を一つ」


おばちゃん「はい、Aね?」


椎名「C定食を二つ」


知哉「それと川エビのから揚げ二つ」


おばちゃん「C二つにエビから二つ」


藍「私はいつものお願いします」


おばちゃん「はーい、いつものね… ご注文は以上…」


重「ちょっと待ってください!」


修「まだ決まってねぇのかよ?」


重「早いんだよバカ! えーっと、えーっと、よし! ワサビ丼単品… 御御御付けは付ますよね?」


おばちゃん「付きますよぉ」


 渡と修は急な御御御付け発言に重をチラッと見た。


重「それじゃワサビ丼単品に茶碗蒸しを一つ」


おばちゃん「単品ひとつに茶碗蒸し一つね…… ウチの茶碗蒸しは美味しいんですよぉ? お目が高い」


重「あ、どうも、ありがとうございます」


おばちゃん「それでは少々お待ちくださいね。あとこれ……」


 おばちゃんは言葉を途中で切ると速足で一度席を離れ、またすぐに戻ってきた。


おばちゃん「お通しね! ウチはお通しからお金取るような事しないから、味わいながらお待ちになってね」


 おばちゃんはニコニコしながら席を離れた。


修「お通しか」


知哉「勝手にお通し出して金取るスットボケなとこあるよな? ウチの親父がいっつも文句言うんだよ……」


渡「ウチの姉貴もそんなようなこと言ってたな」


重「普通は取らないけどねぇ」


修「よう、金の話はいいよ。それよりお通し見てみろよ? キノコの焼き浸し旨そうだぞ?」


椎名「ホントだねぇ。隣の卵焼きも…… あっ、甘いタイプだ! 好きなんだよ僕」


渡「俺もです!」


藍「その隣のひじきの煮物も美味しいんですよ?」


渡「あ、本当に美味しい! 修はすっごい好きな味!」


修「どれ……… うっわ、べらぼうに旨い! これはレシピを教えてほしいなぁ」


重「…ホントさ、中華料理屋の息子なのに、修が言ったようなこと言わないよね知ちゃんは」


藍「ご実家、中華料理屋さんなんですか!?」


知哉「えぇ、まぁ……」


渡「でも、味音痴な上に不器用と来てますからね? もう親父さんが可哀想で」


知哉「うるせぇな」


修「うーわ、焼き浸しのつゆ! 焼き浸しのつゆ!」


知哉「つゆつゆうるせぇんだよ。梅雨はとっくにあけてんだよ」


修「はい、川エビのから揚げ没収」


知哉「なんでだよ!」


修「つまんねぇこと言ったからだよ。面白い事言って藍さんが笑ったら川エビはかえってくるぞ? ねぇ藍さん?」


藍「えっ、あ、はい!」


知哉「面白い事? えーっと…… 会社で部長が二人の部下を怒ってたんだよ」


部長『田中に山田! 社会人にもなって遅刻とは何事だ! どうして遅刻したんだ!』


田中『いえ、変な夢を見たんです。友人が海外留学に行くことになりまして、空港まで見送りに行きましてね? それでデッキのところでもって友人を乗せた飛行機が飛ぶのを待ってたんですけど、飛行機のエンジンが無いって大騒ぎですよ! それでまぁ、友人の為にエンジンを探していたら、寝坊してしまいまして……』


部長『まったくなっとらんな! 山田、お前はどうして遅刻したんだ?』


山田『はい、一緒にエンジン探してました』


知哉「だってよ! あはははは…」


 自分で言って自分で大笑いする知哉。黙り続けている同僚に気が付いた知哉は、大笑いから誘い笑いに切り替えるとしつこく迫った。


知哉「あははは! ゲラゲラッアハハハ!」


 何とか川エビのから揚げを取り戻そうと、知哉は藍の顔をわざとらしく何度もチラ見した。誘い笑いだけでなく、時折変な顔を混ぜてくる知哉に藍は耐えきれずに笑い出してしまった。


知哉「はい! 笑いました!」


 黙っていた他の四人も笑い出し、修は笑いながらも知哉に文句をつけた。


修「面白い事を言ってねぇだろ! 誘い笑いと変顔じゃねぇかよ!」


知哉「うるせぇなぁ、重要なことは藍さんが笑うかどうかだろ!? とにかく、からエビの川揚げ、じゃなくて、あの、川エ…」


椎名「はい、知哉君は、からエビの川揚げを獲得でーす!」


渡「おめでとーございまーす!」

重「おめでとーございまーす!」


 寂しげな拍手を送る渡と重。


知哉「ちょっと待ってくれよ! 言い間違え…」


修「どうですか、シーズン序盤でのからエビの川揚げを獲得したお気持ちは?」


 修は目に見えないマイクを知哉に向けた。


知哉「そうですねぇ、先週の試合ではね、ラインを攻略されて、投げ急がされたところをインターセプトという事がありましたのでね? まぁ今回、何がなんでも、からエビの川揚げをと思っていましたので、非常にうれしく思っています」


修「以上、キリマンジャロの頂上からお送りしました」


知哉「どこで何やってんだよ! キリマンジャロの頂上で投げ急がされてんじゃねぇよ!」


 くだらないことを畳み掛けられた藍が腹を押さえて涙を拭いていると、おばちゃんが料理を運んできた。


おばちゃん「はーい、お待たせしました! あら! どうしたの藍ちゃん!」


藍「い、いえ…… 皆さんが笑わせるので…」


 藍は笑い涙を拭った。


おばちゃん「まったく、楽しそうでいいわね、若い子たちは。じゃなくて、はい、A定食とB定食!」


修「おっ、来た来た!」


渡「あっ、自分ですりおろすんですか!」


おばちゃん「そうなの! やっぱりおろしたてのほうが味も香りも違いますからね! いま他のも持ってきますから」


 おばちゃんが席を離れると、何でも屋たちはワサビ丼を覗きこんだ。


椎名「鰹節ときざみ海苔がたっぷりだね!」


重「ワサビは一本ついてくるんだ!」


おばちゃん「はーい、お待たせ! C定食二つになりまーす!」


知哉「ありがとうがざいます! いやー、旨そうだな!」


おばちゃん「それと、単品に茶碗蒸し!」


重「待ってました!」


おばちゃん「はい、藍ちゃんのね! それと川エビのから揚げね!」


藍「ありがとうございます!」


おばちゃん「ワサビのおろし方は藍ちゃんにお任せしても大丈夫?」


藍「はい!」


おばちゃん「お願いね。それじゃ、ごゆっくり!」


 おばちゃんが再び席を離れると、何でも屋たちは藍の注文したものを覗きこんだ。


知哉「藍さんのはどんなやつなんですか?」


藍「鰹節少なめ、海苔多め、ゴマと白髪ねぎ、あと、だし汁が付いていて最後はお茶漬けのようにして食べられるんです。それに旬のサラダも付いてるんです」


修「トッピングもあるんですね」


藍「はい。でも最初に食べるときは普通のワサビ丼がいいですよ。さて、それではワサビのおろし方ですが……」


 藍は鮫皮製のおろし器とワサビを手に取った。


藍「円を描くように優しくすりおろしてください。力を入れ過ぎはダメですよ?」


 何でも屋たちは少し緊張しながらも楽しそうにワサビをおろし始めた。


修「おっ、これは…」


重「なかなか…」


 互いのおろし具合をチラチラと見ながら笑いあう一同。


藍「適量におろせたら、ご飯の上にのせて、後はお醤油をかけてお召し上がりください!」


 その声を合図に、何でも屋たちは意気揚々とワサビをのせ始めた。


藍「それでは、いただきます!」


何でも屋『いただきます!』


 嬉しそうな声は、給食の時間の子供たちに似ていた。


知哉「うまっ!」


重「うわっ、普通のワサビと全然違う」


椎名「やっぱり、違いが出るんだね、こういうのは」


藍「気に入っていただけましたか?」


渡「えぇ、気に入りましたよ! すごくおいしいですね!」


修「川エビも香ばしくて……」


知哉「もうエビ食ってんのかよ!?」


藍「揚げたてですからね!」


知哉「藍さんも食べてるんですか!?」


椎名「あぁ、これは美味しいねぇ」


知哉「あぁもう椎名さんもですか!?」


 何でも屋たちは花より団子で、汚苦多魔の美味しい食事を堪能した。


渡「いやぁ、食べたねぇ」


重「ホントにねぇ」


 会計を済ませた一同は案山子屋を後にして、腹ごなしに村の景色を楽しみながら歩いていた。


藍「三時頃にトレジャービレッジ到着予定ですので… 逆算しながら村の中を散策したいと思います」


修「あぁ、良いですね。明日からは忙しいわけですから、ねぇ椎名さん?」


椎名「そうだね。のどかな景色の眺めながらっていうのは良いよねぇ。ていうか、知哉君は来た?」


修「まだですよ… ったく、あの野郎はトイレが長いんですよ」


知哉「いやいやいやいや、お待たせしちゃって」


修「相変わらず長いな」


知哉「ばっか、トイレぐらいゆっくりさせてくれよ」


藍「あ、寺内さん戻られたんですね? それでは出発しましょう!」


 藍の案内で川沿いの舗装路を上流に向かって何でも屋たちは歩き始めた。

 しばらくは左手にある清流の風景を楽しみながら歩いていた一同だったが、街中を抜けると新しい風景に目が移った。


修「いやぁ……… やっぱりこれなんだな」


重「そうなんだねぇ……」


 一同の前には、若い稲で満たされた田んぼが広がっていた。どこか懐かしいあぜ道は遠く続き、時折吹く夏の風が、稲を揺らしてどこまでも伝わっていくのが見えた。


椎名「こういう田園風景は何でか懐かしく感じるね」


渡「見ていて心地がいいですよね」


知哉「ダメだ、何でも屋を辞めて、ここに住みたくなっちまう」


渡「うん、どうぞ」


知哉「止めろよ! ただでさえこのポンコツピエロさんが辞めて四人体制なんだぞ!?」


椎名「ふっふっふー、ぼかぁレッドスクエアを辞めて何でも屋も辞めて、二回辞めてるんだぁ、相談に乗るよ知哉くぅーん」


重「いいなぁ、知哉君には相談相手がいて」


知哉「うるせぇよ!」


 知哉は文句を言いながらも修のいるほうへ目をやった。いつもならすぐにツッコミまたはボケをかましてくる修がやけに静かだったからだ。しかし、そこに修の姿は無かった。


知哉「あれ? 修のやつどこ行った?」


渡「ん? あれ、ホントだ、どこ行ったんだ?」


藍「久石さんなら先に歩き出しちゃいましたけど」


知哉「へっ!?」


 藍の指さすほうを四人が見ると、あぜ道に咲く野花や昆虫を楽しそうに観察している修の姿があった。


渡「修が一緒に住んでくれるかもね……」


知哉「…………だな」


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