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何でも屋  作者: ポテトバサー
第七章・夏と合宿とワサビと雨と 第1シーズン最終章
42/56

予想はしていたが

【あらすじ】

 何でも屋を辞めた椎名も合宿には参加。行先も修からの発表で奥多摩とわかり、一日かけて準備を整えた何でも屋たちは出発の朝を迎えた。

 朝の五時。夜明けの青さが残る中、出発準備の整った何でも屋たちはワゴン車に乗り込んでいた。ナビを務める修は助手席に座り、運転席には知哉、残りの三人は後部座席に座っていた。


修「戸締りは俺と教授で二回確認したし…… みんなも忘れもんねぇな? 簡単には戻れないんだから、頼むぞ?」


渡「大丈夫でしょ? しおりの持ち物リストで確認したんだから」


修「それもそうだな。よし、それじゃ出発の前に、コンビニで買ってきた飲み物を……」


 膝の上に置いたビニール袋を修はまさぐる。


修「えーっと、椎名さんのレモンティー…… ちょっとシゲ、椎名さんに渡して」


重「あいよ…… はい、椎名さん」


椎名「はい、ありがとう」


修「それで、シゲのオレンジなんちゃらと、教授さんのウーロン茶ね」


重「どうも」


渡「サンキュ」


修「それで合ってんだろシゲ?」


重「うん、合ってる合ってる」


修「んで、知哉の…… ほい、コーヒー。これでいいんだろ?」


 修は大容量タイプの缶コーヒーを手渡した。


知哉「そうそう、このくらいの量が欲しいんだよ俺は」


修「カフェインの摂りすぎは良くないらしいぞ?」


知哉「わかってっけど、別に毎日この量を飲んでるわけじゃないんだから大丈夫だろ?」


 知哉はフタを開けてコーヒーを飲みだす。


修「うーし、それじゃ……」


知哉「修は何を買ったんだ?」


修「それ聞いてどうすんだよ」


知哉「別に何もねぇけど、どうせあれだろ? アルギニンのやつだろ?」


修「いい加減名前覚えろよ。アルギニンMAXmillonプラスBCAAダイナマイトだ」


知哉「ほんっとにネーミングセンスないよな、それ造ってる会社」


修「バカ、そこも売りなんだよ」


知哉「なんて会社名だっけ?」


修「蕪四季快者(かぶしきかいしゃ)株式会社」


知哉「もうツッコミいれんのも面倒な名前だな」


 二人がくだらない話を始めると、渡は後部座席から身を乗り出した。


渡「いいから早く車を出しなさいよ!」


知哉「わかったわかった」


修「よし、それじゃあ出発!」


 こうして何でも屋たちは、若松から奥多摩へ向けて出発した。

 事務所を出発してからは五人の他愛もない会話が続き、和気あいあいとしていた。が、それも重が何気なくしおりを開いて、大きな声をあげるまでのことだった。


重「ちょっとぉー!」


 あまりの声の大きさに知哉は少し驚いてしまった。


知哉「バカ! 急にでけぇ声出すなよ! 運転してんだから危ねぇだろ!」


重「ゴメンゴメン。大きい声を出すときは前もってお知らせするよ。はい、じゃあ大きい声を出します。ちょっと、ちょっとぉー!」


渡「うるさいよ! 何なの!?」


重「違うんだよ! 修がいけないんだよ!」


修「あ? なんで俺だよ?」


重「しおりだよ! しおりに『車内の暇つぶし係・大先生』って書いてあるのに何で黙ってるの!」


修「いま気が付くってどういう事なんだよ! しおり読んどけって言ったろ! それに、どのみち今は暇じゃねぇんだから暇つぶし係さんはいらないんだよ」


重「はぁ!? まったくもう!」


 重は足元に置いておいたバッグの中からポータブルミュージックプレイヤーを取り出すと、身を乗り出して修に手渡した。


重「早くコレ繋いで!」


修「あぁ? あぁ、わかったよ、適当に曲を流せばいいんだろ?」


重「大声出します。違ーう! 違う、違う、違ーう!」


 ツバを飛ばしながら声を張る重。


修「(きたね)ぇなコノ!」


知哉「こっちまで飛んできたぞバカ!」


重「まだ曲をかけちゃダメでしょ! 曲紹介もしてないのに!」


知哉「なんだよ曲紹介って!」


 重は知哉の質問をあっさり無視すると、腕時計に目をやり、何やらかしこまった口調でしゃべり始めた。


重「若松の何でも屋が五時三十八分をお知らせします。ピッ、ピッ、ピッ、ポーーンッ!」


 付き合いの長い三人は、重の行動に感づいてウンザリしたが、付き合いが二年足らずの椎名は、何が起こるのかとワクワクしていた。


重「お待たせしました、水木重と!」


 重は言いながら渡のことを見つめる。


渡「………えっ、なに?」


重「水木重と!」


 二回目で重の意図が分かった渡はすぐに拒否をした。


渡「うわ、ちょっと嫌だよ俺! 嫌だからね!」


重「水木重と!!」


 コイツ折れる気ないな、渡はそう思いながら嫌々声を出した。


渡「………大塚渡の」


重「あなたのプレイリスト・パクッとベストテーン!」


 重は高らかに即席ラジオ番組のタイトルコールを済ませると、渡に拍手をするように促した。乗り気ゼロの渡はダラダラと拍手をする。


重「はい、どうも。パーソナリティを務めます水木重でございます。そして……」


 重は渡に手で合図を送る。


渡「あ、えーっと大塚……」


 重は渡がしゃべるのを遮ると小声で話しかけた。


重「フリーアナウンサーの(てい)で……」


渡「…………フリーアナウンサーの大塚渡です」


 ようやく状況がつかめた椎名は嬉しそうに笑い出す。渡はそんな椎名を恨めしそうに見つめる。椎名はそんな渡を見てさらに笑い出す。


重「いやー、どうよ渡ちゃん、フリーになってからは?」


渡「え? いや、そうですねぇ……」


重「フリーになってから十年経つけど?」


渡「だったら慣れたもんだよコラ! 十年やってきた奴に今更聞くんじゃないよ!」


 ウンザリしていた修と知哉は、自分たちに被害が及ばないとわかると笑い始めた。


重「なるほどねぇ。あ、そういえば三、四日前だったかなぁ」


渡「……なにかあったんですか?」


重「あのー、ほら、何だっけ? あー思い出せない、さっきまで覚えてたのに! あぁ記憶が!」


渡「急にどうしたの!?」


重「あぁもう! どうしても思い出せない! さぁ、それでは聞いていただきましょう。プレイリスト第十位、チーポンカンズで『記憶を辿って』です。どうぞ!」


渡「くだらないんだよ!」


 修が重からの合図を受け取り再生ボタンを押すと、スピーカーから曲が流れだした。曲名と全く関係のないチーポンカンズ特有の激しいサウンドは、五人の耳には妙に心地よかった。


重「いやー、久しぶりの放送は疲れるなぁ。ね、渡ちゃん?」


渡「うるさいよ」


椎名「いやぁ重君、もう初日から楽しすぎるよ!」


重「あれ? リスナーの方ですか?」


 曲が流れている間も三文芝居を続ける重。


椎名「えっ? あっ、そうなんですぅ!」


 類は友を呼ぶ、同じバカは乗ってくる。


重「あとでリスナー参加のミニコーナーがあるからヨロシクゥ!」


 古いポージングをしながら重は修に合図を送った。合図を受け取った修は面倒くさそうに少しずつボリュームを下げていった。


重「さぁ聞いていただきました。チーポンカンズで『だだすべりマンボウ』でした」


渡「記憶を辿ってだろ!」


重「と・こ・ろ・でワトゥルちゃん?」


渡「電話の呼び出し音一回入っちゃってるぞ!」


重「ワトゥルちゃんの趣味が『思い出』って聞いたんだけど、どいうことなの?」


渡「あぁ、それはですね、バーカ! 知らないよそんな事! 何だよ思い出が趣味って!」


重「あ、ワトゥルちゃんはそういうタイプの女性が好きなんだ」


渡「ねぇ俺いる? 話が噛み合っ‥」


重「さぁそれでは聞いていただきましょう、チーポンカンズで『記憶を辿って』です。どうぞ!」


渡「お前だよ! 記憶を辿れコノ! 今さっき流したろ!?」


 まったくもってくだらない重の即席ラジオは、その後も第三位まで続いた。


重「時間が()つのは早いもんですねぇ、生後三か月で()ちましたからねぇ」


渡「……………………………」


 疲れてしまった渡は返す気力もない。


重「プレイリストも二位と一位を残すのみと…」


知哉「よぉ大先生、ラジオもいいけどよ、もうサービスエリアに着いたぞ?」


重「あら?」


修「時間もちょうどだし、朝飯にすんぞ?」


重「あら?」


渡「サービスエリアに置いていくぞコノヤロウ!」


 渡は重の胸ぐらを掴み乱暴に揺らした。


重「ゴメンゴメンゴメン!」


知哉「車ん中で暴れんなって!」


 サービスエリアに到着した一同は朝食をとりにフードコーナーへと向かった。


椎名「ねぇ、ここはどう? DAIDOKORO-HATIOUJIって書いてあるけど?」


修「いいですけど、台所をローマ字にしてるのがイラつきますねぇ」


重「それわかる」


 修は何も言わずに重を指さすと一回だけ頷いた。


椎名「でもさ、この朝定食おいしそうだよ?」


修「え? どれですか?」


 椎名は店先の台に置いてあるメニューの写真を指さした。


修「うわっ! ワンコインで!?」


重「ウソでしょ!?」


 メニューとショーケースのサンプル品に興奮する修と重。


渡「何をそんなに興奮してんのよ? 子供じゃあるまいし」


修「バッカ、見てみろよこの朝定食。おい知哉、生姜焼き定食も半端ないぞ」


知哉「あ、マジで?」


 渡と知哉は先に見ていた三人と入れ替わり、メニューとサンプル品を覗いてみた。


知哉「うーわ、もう、絶対に生姜焼きにする」


渡「えっ!? 朝定食って魚選べるの!?」


椎名「そうらしいね」


修「どうする? ここにするか?」


渡「いやもうここしかないでしょ!」


知哉「椎名さん、ナイスです!」


椎名「いやいや。重君もここでいい…… あれ、重君は?」


修「アイツ、もう中で食券買ってやがる!」


渡「ったくもう……」


 四人も店内に入り、重の後に続き食券を買い始めた。


知哉「なに先に買ってんだよ大先生」


重「だっておいしそうじゃない?」


椎名「重君は何にしたの?」


重「山菜おこわ定食です」


修「飽きねぇなお前も! どんだけ好きなんだよ」


渡「朝定食でも生姜焼きでもないのか!」


重「いいじゃないの。てか教授さんね、朝定食の焼き魚、シャケ半身アジ半身ってのも食券のとこに書いてあったよ?」


渡「ええっ!?」


 食券を買う修の脇から覗き込む渡。


渡「うーわ、どうし……… よし決めた! シャケ半身アミハンニにしゅる!」


修「噛むなよ! 『アミハンニにしゅる』じゃねぇんだよ!」


知哉「網を半分だけ煮てどうしようってんだよ」


渡「いちいちうるさいねぇもう!」


 その後、期待通りのおいしい朝食を済ませた五人は、店を出ると、修と知哉はトイレへ、残りの三人は売店へ向かった。


知哉「そういやさぁ、オムツはどうすんの?」


修「あー、たっちゃんのとこの出産祝いだろ?」


知哉「そうそう。まぁ、おしり拭きのやつは決まりでさ、あとはオムツケーキにすんのか、普通のを大量に贈るかっていう……」


修「いや、どうすっかなぁ」


知哉「オムツケーキかぶったら付属品のぬいぐるみばっかりになっちゃうしな」


修「うーん、でもあれか、やっぱお祝いっていう雰囲気が伝わりやすいほうがいいか? それであとはホラ、商品券も送るしよ?」


知哉「それじゃ、合宿終わったら頼むか」


修「商品券は俺が買いに行ってくるよ」


知哉「おう、サンキュー」


修「それじゃ…… あ?」


 修のスマートホンが無神経に持ち主を呼び出す。


修「あら、三人はもう車に戻ってるってよ」


知哉「あ、マジで? 飲み物買って戻るか」


修「おう」


 二人は売店で飲み物を買うと、急ぎ車に戻った。


知哉「あれ?」


 車へ近づいた知哉は運転席に渡が座っていることに気が付いた。


知哉「よお修、なんか教授さんが運転席に座ってんだけど?」


修「運転を交代してくれるんじゃねぇの?」


知哉「あ、そうか、そりゃ助かる」


 修と一緒に車の反対側に回り込む知哉。修は笑いを必死にこらえながら助手席に乗り込んだ。そんなことにも気づかない知哉は、何も考えずに後部座席へと乗り込んでいった。


知哉「いやいや、どうもお待たせしちゃって……」


 ドアを閉めて座席に座った知哉はようやく異変に気が付いた。が、そんなものは手遅れなのである。


重「ここでスペシャルゲスト、寺内知哉さんでございます!」


 うんざりの完成形といえるような表情を見せる知哉。気が付くことができなかった自分に対しての失望というスパイスが、うんざりを完成に導いた。


知哉「なーん…… なーんで気が付かなかったかなぁ…… 美味い生姜焼きを食ったせいで全部忘れてたわ」


 後悔している知哉の顔を見た渡は、必死に笑うのをこらえながら車を発進させた。


重「いやぁー寺内さん、見ましたよ映画!」


知哉「あぁ? あぁ、どうもありがとうございます」


重「二流俳優の味がにじみ出ていてよかったですよ!」


知哉「二流は余計だろ!」


重「さぁ、それでは聞いていただきましょう。ムカシトンボ絹代(きぬよ)で、『役立たずでも愛してる』です。どうぞ!」


知哉「よーし、わかった。オイ教授車止めろ! この妖怪バカをとっちめてやんだ!」


 知哉の文句などお構いなしに曲は流れてきた。どこで見つけてくるのやら、ムカシトンボ絹代という聞いたこともない歌手の旋律は、重以外の耳を裏切った。


渡「え? 演歌じゃなくてパンクロックなの!?」


重「あったりまえじゃない!」


修「別に当たり前じゃないだろ」


椎名「ねぇねぇ重君。こういう曲をどこから見つけてきてるの?」


重「それがですね椎名さん。ある特別な店がありましてね?」


椎名「あ、そうなの?」


重「それはもう通好みから隠れた名曲まで、とにかくもう、とにかくもうなんですよ」


椎名「じゃあ、そこでいろいろと仕入れてるんだ?」


重「えぇ、まあ」


椎名「何ていうお店なの? 教えてよ」


重「それは勘弁してくださいよ椎名さん」


椎名「いいじゃないの重君」


渡「イチャついてるんじゃないよ! もうまるまる一曲終わっちゃったぞ!」


重「あ、椎名さん、ちょっとすみません。えー、それではお待たせいたしました。第一位の発表です!」


 重は曲紹介をしないまま修に合図を送った。


修「あれ、曲紹介は?」


重「いいから流して、そしたら紹介するから」


 促された修が再生ボタンを押すと、軽快な出囃子(でばやし)が流れてきた。その出囃子を聞いた修は曲紹介も待たずに口開いた。


修「なんで四代目鯛正(たいまさ)なんだよ!」


重「出囃子だけで四代目座山亭(すわりやまてい)鯛正ってわかるなんて、兄さん通だねぇ」


修「うるせぇよ! なんで合宿初日の道中で落語聞かなきゃなんねぇんだよ!」


重「でも…… 四代目の『青菜』と『唐茄子屋政談』だよ?」


修「…………じゃあ、しょうがねぇか」


知哉「なんでだよ!」


 急な落語を聞かされる事になったが、一席たっぷりと笑い、落ちに感動したリスナー四人であった。

 奥多摩へと車を走らせる一同は、落語を聞いているうちに高速道路を降りて一般道を走っていた。


椎名「あれ? 落語で笑ってる間に景色が変わっちゃった」


知哉「本当ですねぇ」


渡「ねぇ修?」


修「ん?」


渡「これさっき確認したんだけどさ、ナビは途中の道の駅で終わってるんだけど……」


修「いや、それでいいんだよ。まぁ休憩も兼ねてさぁ」


渡「あぁ、そうなの? それならいいんだけど」


 渡を含め他のメンバーも修の答えに納得していた。が、椎名は違った。


椎名「……ねぇ修君?」


修「はい、どうしました?」


椎名「今さ、休憩()って言ったけど、ほかに何かあるの?」


修「………………………」


 明らかに聞こえている椎名の声を無視する修。


椎名「あれ? 修君?」


修「はい、なんですか?」


椎名「質問の答えを聞きたいんだけど……」


修「………………………」


 二回目の質問も聞こえないふりをする修。そんな修に渡は静かに口開いた。


渡「やりやがったな?」


修「…………なにがですか?」


渡「やりやがったなって言ってんだよ! なんでそういうことするかね毎回毎回!」


修「まだ何も言って‥」


渡「言ってなくてもわかるんだよ! 道の駅に何の仕掛けがあるんだよ!」


修「何もねぇって!」


渡「ねぇならなして無視しただ!」


修「なんで北の訛りが入ったんだよ!」


渡「知るかそんなこと!」


修「かぁー、まったくよ、俺がぺっこ下手(したて)に出れば…」


渡「北の訛りコラァ!」


 真面目なのか不真面目なのかわからない言い合いに、あきれて笑ってしまう残りの三人。


渡「ぺっこって言ったろ今!」


修「うるせぇな! 好きなんだよ俺は、東北の訛りが!」


渡「だったら何で俺の時は注意したんだよ!」


修「東北生まれでもないのに使ったからだよ! ったくよ、俺が地元の人に『そのお菓子ぺっこけれ』なんて言われたら全部あげちゃうよ! ぺっこけれだぞ!?  なんて可愛らしい響きでしょう」


渡「うるさいよバカ!」


修「俺は絶対に東北生まれの人と結婚するんだ」


渡「東京生まれのバカなんて相手にされないよ!」


修「バカで結構! 俺なんかはあれだからな? 遠くたって奥さんの実家にはこまめに帰るし、たまには一人で里帰りして羽伸ばしてきなって言ってあげるからね? なんつったって、二人で一人、お互いのことを想い合わないとな」


渡「あっ、それは修ね、大事だと思う」


修「おっ、わかってくれるなぁ、さすがは親友」


渡「アハハハッ!」

修「アハハハッ!」


知哉「アハハハッじゃねぇんだよポンコツコンビ!」


 見かねた知哉が二人の間に割って入った。


知哉「途中から雲行き怪しいと思ってたらこの野郎! 無視した修はともかく、教授は何をしてんだよ!」


渡「いや、修がまたやったと思ったら訳わかんなくなっちゃって、それに……」


知哉「それに何だよ?」


渡「もう道の駅に着いちゃった」


知哉「あぁ!?」


 オバカな言い合いをしている間に、何でも屋たちの車は道の駅の駐車場内に入るところだった。


椎名「うわー、これはまた(おもむき)のある道の駅だねぇ」


知哉「おう、のん気か?」


椎名「いや、だってさぁ……」


重「あ、椎名さん! 小川が流れて…… あっ、水車が回ってますよ!」


椎名「本当だ! ちょ、ちょっと重君! 磯部もちだって!」


重「見ました見ました! 丸いタイプのやつでしたよ! 好きなんですよオイラ!」


椎名「僕もだよ!」


渡「だからイチャついてんじゃないよ! だいたい椎名さんが最初に引っかかったんですからね! ()に!」


椎名「そうだけどさぁ、休憩()兼ねてるんだから、先にお茶屋さんで休憩しちゃおうよ」


渡「なんだかなぁもう。あれだよ修、休憩しながら話を聞くからね?」


修「……わかってるよ」


 車を停めた一同は、磯部もちを売っていたお茶屋『こしかけ』で一服することになった。


椎名「これはうまい!」


 頼んだ磯部もちを早速頬張る椎名はガラにもなく大声を出した。


知哉「声が大きいですよ! はしたないですよぉ?!」


 知哉は旅行気分の椎名を注意すると、磯部もちを一口かじった。


知哉「これはうまーい!」


 バカが大きな声を出すと、重は眉をひそめた。


重「まったくもうブサイクだなぁ」


知哉「いや、顔を注意するなよ!」


 重は呆れながらも磯部もちを口にいれた。


重「……これうまい」


知哉「お、おぉ、声ちいせぇな! かぶせてこないのかよ?」


椎名「やっぱり……」


 椎名は右手で左肘をポンポンと数度たたいた。


椎名「重君はここが違うねぇ」


重「椎名さん、それ肘肘!」


 くだらないやり取りで笑い出す三人であったが、夏には心地良い渡の冷ややかな視線に気が付くと姿勢を正した。


渡「修から話を聞きたいんだけど、いいかな?」


知哉「すいませーん……」

重「あ、どうぞ……」

椎名「申し訳ない……」


 三人が真面目に話を聞く姿勢をとると、渡は修のほうへと向き直した。


修「これうまーい!」


 いつの間にか磯部もちを頬張っていた修が声を出した。


渡「……………お前」


修「ウソウソウソウソ! 違う、違う、なっ? ウソだからな、ウソ」


 幼馴染の怖い表情に必死になる修。


修「ウソウソ、ウソウソウソウ…… ソウソウ…… えっ、ソウって何?」


 渡は無表情になると、店の奥のほうに向かって大きな声を出した。


渡「すいませーん! (きね)(うす)ってありますかぁ?」


修「何する気だよ! おっかねぇな!」


渡「んな事いいから! 早く話しなさいよ!」


 修はよく冷えたほうじ茶を一口飲むと、渋々話し始めた。


修「別にあれだぞ? 大したことじゃないんだからな? その、予約した宿がさぁ、地元の人しかわからないような場所にあるから、案内役の宿の従業員の人とここで待ち合わせてるだけだよ」


 確かに大したことではないかもしれない。が、修以外の四人はデジャブを起こしていた。


椎名「……なんか江古棚(えこだな)さんの時を思い出しちゃったなぁ」


知哉「俺もです……」


 江古棚の無意味で謎な道案内の事を知らない修はキョトンとしていた。


修「なんで江古棚さんが出てくんだ?」


知哉「いや、実はな……」


 知哉がその時のことを簡単に説明してやった。


知哉「まぁまぁ、そういう事があったんだよ」


修「へぇー、なるほどな…… あの、これだけは先に言っとくけど……」


 修は四人のほうを見て姿勢を正して頭を下げた。


修「なんか面倒があったらゴメンちゃい」


渡「お前は綿か?」


修「えっ?」


渡「軽いって言ってんの謝り方が!」


修「おっ、うまい例えだなぁ」


渡「そんな事はどうでもいいんだよ! なにがゴメンちゃいだ!」


修「今更どうしようもないだろ? それにホラ……」


 修は自分の腕時計を指さした。


修「従業員の人との待ち合わせまで、10分も無いし」


渡「えぇっ! どこで待ち合わせなの!?」


修「トイレの横にさ、でっかい地図の、あれだ、案内板があったろ? その前だよ」


椎名「それじゃ、ささっと食べちゃおうか?」


渡「……そうですね。美味しくいただいて、待ち合わせ場所に行きましょうか」


 五人は磯部もちをすっかりたいらげ、待ち合わせ場所に向かった。


修「あっ、もう従業員の人が来てるよ」


 大きな案内板の前に、二十代の男が立っていた。シャツにズボン姿の男は羽織を着ていた。


修「旅館の名前が入った羽織着て待ってますって言ってたから、たぶんあの人だと思うんだけど…」


 修を先頭に、何でも屋は従業員であろう男に近づいた。


修「あのー、すみません……」


男「はい? あ、もしかして何でも屋の久石様でしょうか?」


修「あ、そうです」


男「(わたくし)、旅館『骨休め』の従業員、米田(よねだ)(つとむ)と申します。電話で応対させていただいたあの米田です。お待ちしておりました」


 米田はそういうと深々と頭を下げた。何でも屋たちも米田につられて頭を下げた。


米田「ここからは、わたくしが運転代行ということで、旅館まで代わりに運転をさせていただきます」


修「あ、どうも、よろしくお願いします。あのー、車はあっちに停めてあるので、どうぞ……」


米田「かしこまりました」


 歩き出した修の後についていく米田。そんな二人に少し遅れて残りの四人は歩き出した。


椎名「なんか普通の人だったね」


渡「そう…… ですね」


重「うーん、ちょいと匂いますなぁ」


知哉「なんだよそのキャラは?」


 四人が車まで来ると、車の横で待っていた米田は再び頭を下げた。


米田「どうぞ、皆さまお乗りください」


渡「あ、それじゃ、失礼して……」


 自分たちの車なのにも関わらず、あらたまって乗車する四人。のそっと車に乗り込む四人を、すでに助手席に座っていた修が急かした。


修「なにをチンタラやってんだよ?」


渡「うるさいねぇ、いま乗ってるでしょ?!」


 米田は四人が乗り込んだことを確認すると、乗車前の確認・点検を済ませてから運転席に座った。さらに、座席やミラーなどの細かな調整や声出し確認を済ませた。


米田「それでは出発いたしますが、皆様よろしいでしょうか?」


修「えぇ、大丈夫です」


米田「では出発いたします」


 米田はそう言うと、滑らかに車を発進させた。

 道の駅を出てからというもの、何でも屋達は妙な緊張感のせいで誰も話せずにいた。車の走行音が車内に響く中、何とか声を出したのは渡であった。


渡「あのー米田さん、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……」


米田「はい、なんでしょう?」


渡「ここからというか、道の駅からは随分と来ちゃいましたけど、どのくらいで旅館には着くんでしょうか?」


米田「三十分強といったところでしょうか、少しばかり入り組んだ道を行きますので、多少のお時間がかかってしまいます」


渡「あ、そうなんですか。あのー、送迎バスとかはないんですか?」


米田「申し訳ありません。送迎バスは諸事情ありまして… 本当はバスを使用したいのですが、旅館からほど近い場所の道幅が大変狭く、急な曲がり角でしてマイクロバスでもちょっと通れないんです。ですから運転代行という形をとらせていただいてます」


渡「そういうことだったんですか」


米田「ですが、その分と言っては何ですが、騒々しい街の音などは一切聞こえてこない美しい自然の中に建っている旅館ですので、自然の音を楽しみながら、旅館の名前の通り骨休めして頂けるかと」


渡「自然ですか、それは良いですねぇ。僕たち喧噪な街に住んでいるもんですから、すごく楽しみです」


米田「きっと気に入っていただけると思います」


 二人のやり取りに緊張がほぐれたのか、今度は椎名が米田に質問を始めた。


椎名「僕も質問良いですか?」


米田「はい、もちろんです」


椎名「あのー、川魚を釣ってその場で焼いて食べるなんてことは……」


米田「可能でございます。釣り具などは無料で貸し出しをしておりますし、川の近くに当旅館と提携している食事処がありまして、そこで炭火焼をご自身で楽しめます」


椎名「うわー、嬉しいな。いやー、修君ありがとう」


修「あ、どういたしまして……」


 緊張感などは全く無くなり、重がずっと気になっていたことを米田に質問した。


重「つかぬことを聞きますが、妖怪パーティーをやってると伺ったんですが…」


米田「えぇ、当旅館の近くの美術館で夏の間だけ開催されております。日本中の妖怪ファンの方々が集まって、今年も盛り上がっていますよ」


重「本当ですか! やっぱり情報に間違いはなかったんだ。修、ナイスチョイス!」


修「お、おう………」


 妖怪の質問も答えてくれた米田に、知哉は思い切って質問をぶつけた。


知哉「あの… 入浴後にお楽しみがあるって聞いてるんですが、何か知ってますか?」


米田「お楽しみ? あー、あのお楽しみですか、申し訳ありません、お楽しみについては秘密となっていまして…」


知哉「そこを何とか……」


米田「まぁ、その、ヒントと申しますか、一つだけお教えできることは、男性には……」


知哉「男性には?」


米田「特にたまらないお楽しみ…… となっております」


知哉「コノコノ! 米田さんもイジワルだなぁ。おい修、恩に着るよ!」


修「いや、まだ何するかもわかってねぇだろ!」


 先ほどまでの車内とはうって変わり、ルンルン気分と言うにふさわしい雰囲気となっていた。


修「それにしても米田さん」


米田「はい、なんでしょう?」


修「峠道で曲がり角が多いかと思ってたんですけど、トンネルが多いんですね」


米田「えぇ。ですがもう少し行きますと、久石様のおっしゃられたように峠道のほうが多くなりますよ」


修「そうなんですか。いやー、いつの間にか高いところまで来てるんですねぇ」


 修は林の中の道から時折見える景色を見て言った。


米田「あの、よろしければ……」


修「はい」


米田「ここから近いところに地元の人間しか知らない絶景スポットがあるんですが、まだ時間にも余裕がありますし、立ち寄ってみますか?」


修「あぁ、もう、それはぜひ! みんなも見たいだろ? 椎名さんも?」


椎名「うん! 見たい見たい絶景!」


米田「わかりました…… あっ」


修「どうしました?」


米田「いま目の前にあるトンネル、日本でも有数の長さを誇るトンネルでして、日本一怖いウワサがないトンネルなんです」


修「びっくりさせないでくださいよ。怖いトンネルかと思ったじゃないですか」


米田「申し訳ありません。あっ、ではトンネルに入りますよ?」


 米田の運転するワゴン車はトンネルに吸い込まれるようにして入っていった。


渡「あ、想像と違った。米田さん、トンネルの中はすごくきれいなんですね」


米田「えぇ、トンネルマニアの方に結構人気がありまして、私たち旅館の従業員や地元の人たちでこまめに清掃しているんですよ。昔はオレンジ色のライトが不気味に光っていたんですが、いまは白色のライトにしたこともあって、よりきれいに見えるんです」


渡「へぇー、そうなんですか」


 話を聞いて感心していた何でも屋五人であったが、トンネルを少し進んだあたりで体に異変を感じた。


知哉「んん? なんか、急に眠たくなってきちゃったなぁ……」


重「……あれ、知ちゃんもぉ?」


知哉「大先生もかぁ…… あれ、教授と椎名さんなんかもう寝ちゃってるぞぉ……」


修「だめだぁ、俺も眠くなってきたぁ…… 米田さんは大丈夫ですかぁ?」


米田「はい、私は平気です。皆さん、日々のお仕事の疲れが溜まっていらっしゃったんじゃないですか?」


修「そうですかねぇ……」


米田「若松市からお越しという事でしたから、早朝出発ということも影響あるかもしれ‥」


 修は米田の言葉を最後まで聞き終える前に眠ってしまった。後部座席の四人も寝てしまうと、ワゴン車の走行音だけがトンネル内に寂しく響いた。


米田「あのー、皆さん、絶景スポットに到着しました」


 何でも屋たちが寝ている間に、米田の運転するワゴン車はどこかの駐車場に停まっていた。そこは峠道の途中にある休憩所だった。


米田「あの、皆さん……」


 米田の声にようやく渡が反応した。


渡「……はい? あれ? 僕たち寝ちゃってましたか?」


米田「えぇ」


渡「あ、どうも、すみません……」


米田「いえ、とんでもないです!」


渡「ほれー! みんあ、ろきろぉー!」


 寝起きで口が回らない渡であったが、大声によって他の四人も目を覚まし始めた。


知哉「んんっ、寝ちゃったなぁおい……」


椎名「ふぁー、なんか気持ちよーく寝ちゃった……」


渡「ほら、修起きなさいよ! 大先生も!」


 ポンッと頭を叩かれた二人はようやく目を覚ました。


修「あら…… 着きましたか米田さん?」


米田「はい、到着しました」


修「どうもすみません、寝ちゃいまして……」


米田「お気になさらないでください」


重「うーん、ふぁー!」


 眼鏡を取り、目をこすりながら大きなあくびをする重。


重「もうっ修ちゃん、アタシが寝てる間に何かしなかったでしょうね?」


修「うるせぇよ…… その眼鏡に衣つけて揚げてやろうか!」


重「あ、カラッと揚げてね」


修「うるせぇっての!」


米田「あの…… 絶景スポット……」


修「あ、すみませんすみません、そうでした。近いんですか?」


米田「トイレの裏にですね、ちょっと開けた場所がありまして、そこからの眺めが最高なんです。落下防止の柵もしっかりとありますので、安全に景色を堪能できますよ」


修「あ、そうなんですか。それじゃ、さっそく……」


 何でも屋たちは車を降りると、米田の後に続いた。


米田「こちらです」


 米田が伸ばした手の先を見た何でも屋たち。眠気なんぞは吹き飛んだ。


渡「これは‥… なんと美しい!」


 日常会話で滅多に使われない『美しい』という言葉が、恥ずかしげもなくすんなりと出るほどの景色がそこには広がっていた。


知哉「…………」

椎名「…………」


 知哉と椎名の二人にいたっては、眼福を得たような表情を浮かべ、ただただ拍手をしていた。


修「こいつは本当に……」


重「こんなとこに呼び出して、何の用なのよ修君」


修「………お前をここから若松まで投げ飛ばしてやろうと思ってな」


重「いやん、素敵……」


修「バカかお前は! しつけぇんだよそのネタ! もうやめろよそれ!」


 修は景色に背を向けて、柵に両肘をついてもたれかかった。


修「あれっ……………………」


 修は何かを見たとたん、言葉を失い固まってしまった。


渡「ん? どうした修?」


 その声に反応したのは修ではなく、拍手をしていた知哉と椎名だった。


知哉「どうした教授?」


 知哉と椎名は渡に近づく。


渡「いや、修がなんかさぁ……」


 三人は修に近づいていく。


重「あれ、どうしたの修。修! 聞こえてんの!?」


 すぐ横にいる重の声にもほんの少ししか反応しない修。


渡「どうしたんだよ修?」


 修は目の前までやってきた三人にもあまり反応を示さない。


修「…………………」


渡「さっきから何を見てんのよ?」


 四人が修の見ている方向へ振り向こうとしたその時だった。


修「だあぁぁー!」


 修の急な大声に驚く四人。


知哉「なんだよバカ! 驚かすなよ!」


修「ダメだ! みんな振り返るな! 絶景のほうを見たまま車まで戻れ!」


渡「できる訳ないでしょ、そんな事! 訳わかんないねぇ!」


椎名「そうだよ修君、危ないよ」


 修の制止を聞かず、四人は振り向いた。そして修同様に固まった。


重「えぇっ……」


 重だけが何とか声を出していた。


重「あの、米田さん?」


米田「はい、なんでしょう?」


重「その、米田さんの後ろにある大きな看板。それって…… なんて書いてあるんですか?」


米田はその看板を見ることもなく笑顔で答えた。


米田「()()()()(むら)です。汚く苦しい多くの魔と書いて汚苦多魔村と読みます」


重「奥さんの奥に、多数決の多に、護摩の摩の奥多摩じゃ…」


米田「あぁ、それは東京の奥多摩町ですよね、よく言われるんですよ似てますねって」


重「似てる?」


米田「でもここは、東京じゃない汚苦多魔村というところです。本当に良いところなんですよ!」


 満面の笑みを見せる米田。般若や阿修羅のような表情を見せる知哉、椎名、渡、重。死んだ魚のような目をした修の可笑しな睨み合いはそれから数分続いたのだった。

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