何でも屋の日常 その壱
夏のある日の午後、知哉と渡はホームセンターで買い物をしていた。
渡「あっ、知ちゃんあったよ角ハンガー」
知哉「あった?」
手招きする渡のもとへ近づいていく知哉。
渡「この角ハンガーでしょ?」
知哉「そうそう、これがいいんだよ」
渡「普通のと何が違うの?」
知哉「引っ張るだけで簡単に洗濯物が取れんだよ」
渡「ふーん、洗濯バサミの部分が違うのか」
知哉「おう。大したことじゃないけどさ、一回つかってみると便利なんだよ」
渡「へぇー。それじゃその角ハンガー買って、あとは…… ホウキとジョウロかな?」
知哉「だな。ホウキはひとつ前の通路にあったぞ」
渡「あ、ホント? じゃ先にホウキを見るか」
知哉は歩き、渡は大きなカートを押しながらホウキ売り場に移動する。
渡「大先生が買ってきたホウキ使いづらいんだよね」
知哉「あぁ、あれな。毛が柔らかすぎんだよ」
渡「そうなんだよ。屋外用のホウキを頼んだのにさ、あれじゃアスファルトとゴミに負けちゃうんだよね」
知哉「いま思い出したけど、大先生が買ってきたとき嬉しそうに言ってたよ」
渡「なんて?」
知哉「見てよこのサラサラ柔らかストレートヘアー、って」
渡「まったく、自分がフォサフォサ天然パーマだからって勘弁してよ。っていうかコレなんかどうよ?」
渡は手に取ったホウキの毛先を知哉に向けた。
知哉「うーん、いいんじゃねぇか、これだけしっかりしてりゃ。日本製か?」
渡「もちろん」
知哉「なら決まりだな。それでさ教授さん」
渡「うん?」
知哉「ちり取りも買おうぜ?」
渡「ちゃんと使えるのがあるからいらないよ」
知哉「いいだろ一つぐらい、この持つところが長いやつ買おうぜ?」
渡「えぇー?」
知哉「いちいちしゃがまなくていいんだぞ? 立ったまま使えて… ほら、幅も広いし…」
渡「うーん……」
知哉「しかも丈夫で、受け口が曲がって隙間もできないしよ。しかも…」
渡「しかも?」
知哉「柄の部分は…… おぉっ! 最大五メートルまで伸びる! 二階から一階のゴミだって取れるぜ」
渡「…はい、買うの却下ね。このホウキ買ってジョウロみて帰りましょ」
知哉「ゴメンゴメンゴメン! くだらないこと言わないから頼むよ!」
渡「経費を節約してるんだからね!」
文句を言いながらもカートにちり取りを入れてやる渡。
知哉「サンキュー!」
渡「サンキューだあ?」
知哉「……ベ、ベリーマッチ」
渡「………いい、でしょう。じゃあ、ジョウロ見に行くよ」
二人はジョウロのある園芸売り場へと歩き出した。
渡「ジョウロさぁ… まっ、ほかのプラスチック製品もそうなんだけどさ」
知哉「おう、それが?」
渡「ちゃんと保管してないと割れちゃうんだよねぇ」
知哉「あぁ、パリパリになったりベトついたりな」
渡「加水分解だとか紫外線だとかで、経年劣化しちゃうじゃない?」
知哉「やっぱちょっと高くてもさ、ケチらないで良いの買ったほうがいいんだよ。ジョウロなら金属製のあるだろ? ブリキとか銅とかステンレスとか……」
知哉が話している間に渡は踵を返してカートを押し出した。
知哉「ん? おい! どこ行くんだよ!?」
渡「角ハンガーとちり取り戻して、浮いた分で良いジョウロを買う」
知哉「ちょっと! どっちかは勘弁してくれよ! なぁ教授!」
同じ頃、何でも屋の倉庫では、修と重が作業をしていた。
修「よし、これで動くはず」
重「大丈夫なんだろうね?」
修「大丈夫だよ。まぁ、江古棚さんからもらったやつだから信用ならねぇけどな」
重「じゃ、コンセント差し込むよ?」
修「おう、頼む」
重が手にしたコンセントを差し込むと、二つの大型扇風機は動き始めた。
修「あ、スイッチを『入』にしたままだった…」
重「ちょっと、ちゃんと確認しなさいよ!」
修「わりぃわりぃ。でも動いたんだから良しとしよう」
重「まったく……」
重は呆れながらも扇風機の前へと歩いて行くと、目を閉じて両腕を広げた。
重「あぁ、あぁー、涼しいもんねぇ、涼しいもんねぇー」
重のフォサフォサ天然パーマは風を受けて荒々しくなびく。
修「走ってるオスライオンみたいだな…」
修はボソッとこぼしながら清掃道具を並べてある壁に向かって歩き出した。
修「おいシゲ、いつまでやってんだよ。道具の整備すんぞ?」
重「修君」
修「急に君付けで呼ぶなよ、気持ちわりぃ」
重「私の前世は風だったのかもしれない」
修「……………あ?」
重「そう、春の便りを届ける春風だったのかもしれない」
修「わかったから早く手伝えよモンスーン」
重「誰が季節風だ!」
重は文句を言いながらも洗剤が置いてある棚へと近づいた。
重「修、モップスプレーも使う?」
修「うーん、使ったほうがいいな。あと絞り器も洗うからその洗剤も頼む」
重「あいよ」
重はいくつかの洗剤を両手に抱えて歩き出した。
重「はいスプレーと洗剤」
修「おう、サンキュー」
その後、二人は黙々と作業を続けていたが、全体の半分の作業が終わったころに修が口を開いた。
修「最近よぉ…」
重「うん?」
修「なんかチャラついて小汚い奴が多くねぇか?」
重「チャラつくねぇ… 例えば?」
修「例えば? ……小銭をそのままポケットに入れてる奴とか」
重は持っていたモップの柄で修をつついた。
修「イテッ」
重「チャラつく意味が違うだろ!」
修「冗談だよ。なんつーかさ、芸能人とかアーティストとかもチンピラみたいな格好してんじゃん? ツーブロックとかにして気持ちわりぃ七三にしたり金銀何でもありの坊主とかよ? なんでか知んねぇけど日焼けしててさ」
重「あぁー、確かに多いねぇ。品のないスーツとか着てるよね。真面目に学校とか行ってなかった匂いがプンプンのさぁ」
修「そうそう、気持ちわりぃヒゲを生やしてよぉ」
重「……おたくのヒゲは違うの?」
修「バッカ、俺のヒゲは男らしいだろ? 俺の事を見た瞬間に『お侍様!?』って言いたくなるだろ?」
重「ふーん……………… テメェよぉ!」
一瞬で修の胸ぐらを掴む重。
修「アハハ… どうもすみません」
手を放してやる重。
重「それで?」
修「あぁ、だからさぁ、なんつーか、大した奴でもない小せぇ男で二流三流のくせによ、自分をでかく見せてんのが腹立つ」
重「でもさ、カリカリヒョロヒョロ男のほうが気になるねオレ様なんかは」
修「それ何なんだよ! アタイだのオレ様だの最近よく言ってるけどよ! つーか、大先生もカリヒョロ男だろ?」
重「見た目はそうかもしれないけど、脱いだら筋肉ピッシピシですからねアッシは」
修「だから、うるせぇって!」
重「いい体してるよ俺は」
修「まぁ確かにな。だから、まぁそのなんだよ、硬派が少ないんだよ硬派が」
重「あ、硬派ねぇ…… ブラシ」
修「あ?」
重「そこのブラシ取って」
修「あぁ、はいよ」
重「はい、どうも。それで硬派ってどんなタイプの硬派よ?」
修「硬派って聞くとさ、不良だの応援団だのイメージする人多いけどさ、そういう事じゃないんだよ」
重「だからどんなの?」
修「さっきポケットに小銭を入れてっていう話したろ?」
重「うん」
修「硬派は違うんだよ。小銭なんてシケたもんいれてない」
重「小銭がシケてるって考えがよくわからないけど、じゃあ何を入れてんの?」
修「砂利」
重「硬派でもなんでもないだろバカが! バカがよぉ!」
修「じゃーさ、ガムをクチャクチャやってる奴いるだろ?」
重「…………いるけどさ、砂利聞いた後になんかなぁ」
修「いやさ、その砂利入れ先輩もさぁ、なんかクチャクチャやってんのよ」
重「あれ? チャラついちゃってるじゃない」
修「だから聞くんだよ、何を食べてるんですかって。そうするとこう答えるんだよ」
重「なんて?」
修「小石」
重「うわぁ硬派ですねぇ! ってなるかよバカが! バカが!」
修が重にモップで何度も突かれている頃、ホームセンターの二人は買い物を終えて喫茶店にやってきていた。帰りがけの一服である。
渡「いやー、駐車場空いててよかったね」
知哉「そうだな、アバーラインはいつも駐車場いっぱいだからな」
渡「にしても久しぶりだよねアバーラインに来るの」
知哉「そういやそうだな。ごたごたがあって以来だもんな?」
二人は話をしながら店内に入っていく。
千代子「いらっしゃいま… あっ! 寺内さんに大塚さん! いらっしゃいませ!」
二人に気づいた千代子は相変わらず愛嬌ある笑顔を見せた。
渡「いやぁ、久しぶり。ごめんね、ご無沙汰しちゃって」
知哉「元気そうでなによりだよ」
千代子「はい、おかげさまで! あの、今日はお二人なんですか?」
渡「うん、買い出しの帰りに寄ったもんだから」
千代子「そうだったんですか。あ、それじゃ席にご案内しますね」
知哉「あ、一休みしたらすぐ出るから、ここのカウンター席で構わないよ?」
千代子「わかりました」
渡「それじゃ、アイスコーヒー二つお願いします」
千代子「はい、かしこまりました」
千代子は笑顔で一礼するとカウンターの奥へと入っていった。
千代子「店長、アイスコーヒー二つお願いします!」
千代子のさわやかな声が店内に響いた。すると呼応するかのように暑苦しい男どもの声が店内に響いた。
知哉「なんだ?」
渡「さぁ……」
気になり二人が店内を見回すと、オタクっぽい男たちが複数のテーブルに座っていた。
渡「今のため息はあの人たちかね?」
知哉「……じゃねぇの?」
すると、カウンターから出てきた千代子がオタクっぽい男たちのテーブルをまわり始めた。千代子は何やらまわるテーブルの先々で、カウンターにいる二人のことを指さし話をしている。
知哉「なんかこっち指さして言ってんぞ?」
渡「なんだろうね?」
二人が怪しんで見ていると、男たちは席から次々と立ち上がりカウンター席へと近づいてきた。あっという間に十数人の男に囲まれてしまった二人。するとその中の一人が清々しい声を上げた。
男「僕はふるーつミントEX親衛隊長の苦林と申します。先の騒動では我らふるミンEXがお世話になりました。
苦林が頭を下げると他の男たちも続けて頭を下げた。
渡「……………ど、どういたしまて」
知哉「……………ど、どういたしまして」
たじろぎながら言葉を返す二人に千代子が近づき説明を始めた。
千代子「苦林さんたちはふるーつミントEXになる前からのファンの皆さんで、ミルキーっていうんです。あの騒動の時も、警察の方と協力して私たちのためにいろいろと動いてくれていたんです」
知哉「そうだったんですか!?」
渡「それはご苦労…」
苦林「いえいえ、皆さんのご活躍がなければ今頃どうなっていたことか!」
苦林は話しながら何かに気づいた。どうやら知哉の近くに置いてあった伝票が目に入ったらしい。
苦林「今日は僕らミルキーにおごらせてください!」
素早く伝票を手に取る若林。
渡「いや、そんなダメですよ!」
知哉「そうですよ、俺たちは当然のことをしただけなんですから」
苦林「そういうわけにはいかないですよ! あ、そうだ! あの時の武勇伝を聞かせてくださいよ! 僕たちミルキーは外で待機していたので皆さんのご活躍を見れてないんですよ! なぁ、みんな!」
問いかけに熱く答えたミルキーたちは二人を取り囲んだ。
渡「武勇伝と言われても……」
知哉「そうですよ。アハハハ……」
持ち上げられたしまった武勇伝ズは、まったく休むことのできない一休みをとる羽目になってしまった。