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何でも屋  作者: ポテトバサー
第五章・拝啓万屋御一同様
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拝啓何でも屋御一同様 (終)

 ワゴンに乗り込んだ一同は清の家へと向かっていた。道中、進之助を家まで送るだけなのに何で全員で行かなきゃならんのだ、と言い争いが始まったが、決着のつかないまま清の家の近くについた。


進之助「それじゃ、すぐ終わるからよ? 人様の邪魔にならないとこで待っててくれよ」


知哉「わーってるよ」


 言い終わるとワゴン車はゆっくり走りはじめ、進之助は母に書いてもらった地図片手に歩き出す。そして十字路にさしかかったその時、進之助を呼ぶ懐かしい声がした。


清「おい、アニキ!」


 進之助が声の方に顔をやると、二階建てのアパートの前に立つ清の姿があった。が、清は進之助とは逆方向に向かって手を振っていた。


清「おーい! アニキ! こっちだって! ったく、聞こえてないのか?」


 清は手にしていた携帯電話を操作して進之助へと電話をかけた。当然、進之助の携帯電話は震えだし、進之助は電話に出る。


進之助「もしもし?」


清『もしもしじゃねぇって、人が呼んでんのに。後ろ振り返ってみろよ、俺が電話してるのが見えるから』


進之助「…あのな、いま清君が見ているその人間は、携帯電話で話しているのかい?」


清『え? あっ、してないや』


進之助「当たりまえなんだよ! 振りかえんのはお前だバカ!」


 言われた清は振り返った。


清『んー、振り返っても頭の悪そうな男しか見えないけど?』


進之助「わるかったな!」


 二人は笑いながら電話を切り、久しぶりの再会を果たした。


進之助「男らしくなったな!」


清「それはこっちのセリフだよ。とにかく元気そうで何よりだ」


進之助「お前もな」


清「ほら、このアパートが家で、二階の一番奥がウチの部屋だよ」


進之助「へぇー」


清「トランク貸しなよ」


進之助「おっ、悪いな」


 トランクを受け取り歩き出す清、ついていく進之助。それなりの重さがあるトランクを片手に、アパートの階段を上っていく清の後姿に、進之助は男らしさを感じ嬉しかった。弟はいつの間にか夫となり、父親になった。その過程を見ることは出来なかったが、結果には大満足であった。


清「…ん?」


 清は後ろの気配がきになり、顔だけ振り向いた。


清「なにニヤニヤしてんだよ?」


進之助「けっ、急に大黒柱みたいな顔しやがって!」


清「いいだろ別に! ホラ付いたぞ!」


 清はドアノブを回し、玄関の戸を開けた。家の中から温かい空気が外へと出ていき、その温かい空気に進之助は鼻をひくつかせた。


清「なにボーッとしてんだよ? 早く上がってくれよ寒いんだから」


進之助「ん? あっ、わりぃわりぃ」


瑠璃子「あっ、お義兄さん!」


 二人の話声に気付いて玄関に近づいていた瑠璃子が嬉しそうに声を出した。


進之助「やぁ瑠璃子ちゃん! 元気そうでよかった!」


瑠璃子「お義兄さんもお元気そうで… お体の方はもう大丈夫なんですか?」


進之助「そのことじゃ、瑠璃子ちゃんにも余計な心配をかけちゃったけど、もうすっかり良くなってね」


清「何を二人で話し込んでんの? 早く奥に行ってもらえる?」


瑠璃子「え? あっ、ゴメンゴメン。それじゃお義兄さん、奥へどうぞ」


進之助「それじゃ失礼します…」


 奥に通された進之助は、瑠璃子がひいてくれたイスに腰をおろした。


進之助「瑠璃子ちゃん、ありがとう」


瑠璃子「いえいえ」


清「アニキ、トランクここに置くよ?」


進之助「おう、ありがとな」


 清に返事をしていた進之助であったが、視線は清に向けられてはおらず、なにかを探していた。そして目的のものを見つけると、進之助はイスから立ち上がった。


進之助「あれ? もしかして、あれ? そうだろ清?」


清「なにがだ?」


進之助「その、ちーちゃなベッドだよ、ねぇ瑠璃子ちゃん、俺の甥っ子でしょ! 秀隆(ひでたか)でしょ?」


瑠璃子「はい。顔を見てやってください」


 進之助は緊張していた。それはとても懐かしい緊張感であり、進之助はなかなか思い出せないでいたが、甥の秀隆が寝ているベッドの前に来たときにようやく思い出した。父に連れられ、病院で初めて清を見たときの緊張感に似ていたのだ。


進之助「…………初めまして」


 秀隆に挨拶をしながらベッドを覗き込む進之助。


進之助「か、かわいい…」


 目を大きく見開いた進之助は清の方を向いて言った。


進之助「かわいい。えっ! かわいい!!」


清「わかったってば!」


 進之助は再びベッドを覗き込み、まじまじと見つめた。小さな手を握りしめ、すやすやと寝息を立てている甥っ子の秀隆。目を細め何度か頷くと、進之助は瑠璃子の方へ振り返った。


進之助「瑠璃子ちゃん、おめでとう」


瑠璃子「えっ? あ、あの、本当にありがとうございます」


進之助「それに、瑠璃子ちゃんも秀隆も元気そうで良かった」


瑠璃子「ありがとうございます」


進之助「礼を言うのは俺の方だよ。命がけで秀隆を産んでくれたんだ。出産てのは生半可な物じゃない、男の俺が言えた立場じゃないけど… それに、産んでくれたと言ったけど、別に俺のためじゃないし、瑠璃子ちゃん自身、そして清の為に産んでくれたことはわかっているのだけれど… それでも、瑠璃子ちゃんがいなかったら、俺は今、こんな幸せをかみしめることは出来なかった。本当にありがとう。何か困ったことがあったら何でも力貸すから、瑠璃子ちゃん、清と秀隆三人で仲良く過ごしてください」


 急に自分の想いを伝えた為、しっちゃかめっちゃかな話し方になってしまった進之助。


進之助「えっと、それじゃ、そろそろ…」


清「えっ? なに?」


進之助「いや、おいとまするよ」


瑠璃子「いま来たばかりじゃないですか!」


進之助「いやね? 俺ももう少しいたいんだけど、人助けしてたら時間が無くなっちゃってさ、それに中国四国のほうで仕事があるんだよ」


 説明をしながらトランクを持つ進之助。


清「オイオイ、本当に行っちゃうのか?」


進之助「まぁ心配すんなよ、今度からはマメに顔出すからさ」


 最後に秀隆の顔を見た進之助は玄関へ歩き出す。清と瑠璃子は顔を見合わせながらも後についていく。


進之助「それじゃ瑠璃子ちゃん、秀隆と清を頼みます。瑠璃子ちゃんも体を大事に、無理をしないでね。何かあったら俺の両親だとか八高の何でも屋を頼って構わないからね?」


瑠璃子「はい、お義兄さんもお気をつけて」


進之助「うん、ありがとう、それじゃ。清、お前は下まで来な?」


清「言われなくてもついていくよ」


 進之助は玄関の戸を開け清を引っ張り出すと、寒い空気が家に入らないように素早く戸を閉めた。


清「なんだよもう!」


進之助「早く閉めないと、瑠璃子ちゃんと秀隆が風邪ひいちゃうだろ!」


 外からの声にクスクスと笑う瑠璃子は、ベッドで眠るわが子を覗き込んだ。その顔は幸せそうだった。


進之助「よし! それじゃいくぜ?」


 アパート前の道で格好をつけて言った。


清「何で格好をつけたの?」


進之助「こういうことぐらいしか格好をつけられないの俺は。じゃ、しっかり家族を守って、元気にやるんだぞ?」


清「あぁ、アニキも元気にやってくれよな!」


進之助「おう!」


 進之助は笑顔をみせながら清の肩をポンっと叩くと、踵を返し歩き出した。清は遠ざかっていく背中にあの日を思い出した。男になって帰ってくると旅に出たあの日、兄は一度も振りかえらなかった。そんな背中に憧れていたなと、清が少し恥ずかしい気持ちでいると、進之助はハッと振りかえり、足早に近づいてきた。


進之助「アハハハハ! 危ねぇ危ねぇ、忘れるところだった。渡したいモンがあるんだよ、オイ!」


 スーツの内ポケットから何かを取り出すと、進之助は清に手渡した。


清「んん? 通帳?」


進之助「おう、清と瑠璃子ちゃんのためにと貯めておいたんだけどよ、あっという間に結婚しちまったろ? だからそれは秀隆の通帳」


清「秀隆の!?」


進之助「そうそう。かわいい甥っ子の成長の足しにしてくれ、じゃな!」


 再び踵を返すと、速足で歩き出す。そそっかしいとこは相変わらずだなと、清は何となく通帳を開けてみた。


清「なっ!」


 預金額に驚いた清は、進之助を呼び止めようと顔を上げたが、すでに姿はなかった。


清「ただいま」


 家に戻った清は、すぐに通帳を瑠璃子に渡すと、経緯を説明した。


瑠璃子「えっ! こんなに!?」


 金額に驚く瑠璃子は、清にグッと近づいた。


瑠璃子「ダメじゃない! こんなにもらえませんって言って返さなきゃ!」


清「俺もそう思ったんだけどさ… 一度出したものを兄貴がさぁ、な?」


瑠璃子「そっか… お義兄さんが受け取るわけないもんね…」


清「だろ? まっ、俺のアニキらしいよ、こういうの…」


 瑠璃子は少し照れている清に微笑みを返すと、秀隆の方を見つめた。


瑠璃子「秀隆には見本になる男の人がたくさんいて良かったね…」


清「ん? 何か言った?」


瑠璃子「ううん。それじゃ、ちょっと早いけど、ご飯の支度しよっか?」


清「よーし、いっちょやるか!」


 同じころ、清のもとを足早に去った進之助は、何でも屋のワゴン車に乗り込むところだった。


進之助「うぃー、待たせたな」


修「おう早いな? もういいのかよ?」


進之助「うん。あの二人なら、じゃなくて、あの三人ならうまくやっていけるだろうよ」


修「いや、そうじゃなくって、別れのあい…」


進之助「大丈夫だよ、ちゃんと済ませました」


修「ならいいけどよ」


進之助「よし! そいじゃ知哉君、駅に向かってもらえますか?」


 知哉は車を出そうとしたが思いとどまり、後部座席の進之助の方を振り返った。


知哉「駅ってどこの? こっからなら市川真間か?」


重「国府台じゃないの?」


渡「市川でしょ?」


椎名「進之助君、どこの駅が良いの?」


 聞かれた進之助は照れ臭そうに答えた。


進之助「それでは、柴又で…」


修「なんでだよ! なんで江戸川を一回渡らなきゃいけねぇんだよ、しちめんどくせぇ!」


進之助「男のくせにグチグチうるさいね修も! いいでしょ別に! 出発したいの俺は柴又からいつだって!」


修「うる、わかったよ、うるせぇーな! おう! 柴又だってよ運ちゃん!」


知哉「ったく、タクシーじゃねぇんだぞ?」


 仕方なく柴又に向かった一同は、有料駐車場に車を止め、出発前に帝釈天でお参りをすることにした。


進之助「…………けぇってきたぜ」


 故郷でもない柴又に帰ってきた江戸っ子でもない進之助は、帝釈天の門前で浸るようにつぶやいた。脇では何でも屋達が面倒くさそうな顔をしている。


進之助「あ! これはどうも御前様!」


 ハットを取り、頭を下げる進之助。


男「え? いや、あの…」


進之助「あれ? 今日は洋服なんですか?」


男「いや、ですから…」


修「バカ! その人は御前様じゃねぇんだよ!」


進之助「へっ?」


男「えぇ、そうなんです。私はただの通りすがりの…」


修「そう! 通りすがりのただのハゲなの!」


渡「何を言ってんだこのバカ!」


 見かねた渡が間に入る。


渡「勝手に人違いをしておいて失礼なこと言って! あの、どうも、友人が失礼をしまして…」


男「あっ、いえ…」


渡「ホラ! 二人とも謝る!」


修「もうしわ毛ありません」

進之助「もうしわ毛ありません」


男「毛ありません!?」


修「いえ! すみません! ついピッカリ口を…」


男「ピッカリ!?」


進之助「いえ、あの、本当にすみませんでした」


男「もういいですよ、それじゃ失礼して…」


進之助「どうぞ、お毛をつけて…」


男「まだ言うか!」


進之助「すみません!」


男「まったく… それじゃ、私はこの場をハゲさせてもらいます」


渡「どうぞどうぞ」

修「どうぞどうぞ」

進之助「どうぞどうぞ」


男「ツッコミなさいよ!」


 やりとりを見ていた知哉と重は顔を見合わせた。


知哉「何をやってんだかな」


重「本当にねぇ」


知哉「ねぇ椎名さん?」


 知哉が椎名の方を見ると、腹を押さえ目に涙を浮かべた椎名がいた。


椎名「くっ… くくっ… あーはははははは!」


 大きな声で笑い出す椎名。


椎名「ゲラゲラゲラ!! ついピッカリだってさ! ゲラゲラゲラ! お、お、お毛をつけてだってさ! あはははっ! ヤメて、お腹が痛い!」


 進之助と何でも屋達は通りすがりの男性に謝罪を済ませると、帝釈天にお参りして、すぐに柴又の駅に向かった。


進之助「修のせいゆっくり出来なかったじゃねぇか!」


修「進之助のせいだろ!」


渡「二人のせい… 椎名さん! いつもまでゲラゲラやってるんですか!」


 駅のホームについても笑っている椎名。


椎名「ごめんごめん、大人しく……… ぷっーー! もうしわ毛ありませんだって! ゲラゲラゲラ…」


渡「うん、放っておこう」


 椎名が笑っている間に、ホーム内にアナウンスが響いた。そう、進之助の出発の時はグッと近づいたのだ。


進之助「ふぃー、もう少しで故郷ともお別れか……」


知哉「故郷は川の向こうだろバカ!」


進之助「細けぇこと気にすんなよ。…よし、それじゃ質問を受け付けましょ」


修「ん?」


進之助「ん? じゃーないんだよ修ちゃん。別れ際に小難しい質問をしろっての! あっ、いい、いい、修、知哉に大先生、この手合いに聞いても無駄なんだから、なぁ? よし、ご教授さんどうぞ」


渡「オレ!?」


 急な指名に、指名されなかった三人の方に困った顔を見せる渡。


重「いいから、早くしてあげなさいよ」


修「チョロチョロってのでいいんだからよ? なぁ?」


知哉「おう、チョロチョロっとよ」


 渡が顔の向きを直すと、進之助は満面の笑みを浮かべて待っていた。


渡「そ、それじゃ、えーっと、有名なところで…」


進之助「おう」


渡「我々はどこから来たのか? 我々は何者か? 我々はどこへ行くのか?」


進之助「うーん、どこへ行くのか、ねぇ?」


 進之助が考えているうちに電車はホームに入り、正確かつ静かに停車した。電車のドアが一斉に開くと、行く人帰る人が出入りを始めた。行く人の進之助はトランク片手に電車に乗り込み、すぐに振り返ると、ドアのそばに立った。そして難しい表情を一変させ、笑顔で答えた。


進之助「知らねぇー!」


渡「はぁ!?」


進之助「知るわけねぇだろ、んな下らねぇことをよ! そんな、グにもつかねぇシケたこと考えてる暇があるなら、家族友人を大事にして人様の役立つことをして、悪事に手を染めることなく真面目に生きろってんだよ! まっ、無理はよくねぇけどな、無理は! あははははっ!!」


 進之助の笑い声をさえぎるように電車のドアが閉まった。そして少しずつ電車は動き出す。


渡「あっ! 待て! この野郎!」


 待ってくれるはずもない電車に向かって叫ぶ渡。


知哉「バカ! 騒ぐなよ、みっともない!」


修「他の人に迷惑だろ!」


渡「止まれチキショー!」


重「ちょっと椎名さん! 止めるのを手伝って…」


 椎名はいつの間にか笑うのをやめており、今度は目を閉じ腕を組んで何度も頷いていた。


椎名「んー、良いこと言うな進之助君は……」


重「そうですか?」


椎名「醤油のツモだよ… あ、間違えた、モチのロンだよ」


重「…………はい?」


渡「二度と帰ってくるなぁー!」


 椎名の頷く声と渡の叫び声が響く柴又の駅であった。

 年始の忙しさもようやく落ち着いてきた頃、何でも屋達は事務所で一息入れていた。


知哉「それにしてもだよ」


椎名「ホント、ホント、日本人形がねぇ」


修「間違いなく見たんですよ俺は。だから驚いて階段で足を滑らせて捻挫したんですから」


 茶をすすりながら説明する修。


修「けどさ、皆してさ、何でそういう大事なことを黙ってるかね?」


知哉「それはだって、あんまり気持ちの良い話じゃねぇし、っていうか、修だって捻挫の話をしたとき、日本人形を見たなんて言ってなかったろ」


修「え?」


渡「なにが、え? なのさ。知ちゃんの言う通り。その時点で人形の事を言ってくれてれば、江古棚さんの依頼は断ってたんだから。日本人形が立て続けになんておかしいもの」


修「なんだと? へっ、何言ってんだ、どうせその時に言ったって信じねぇくせによ! それにだ、俺が言う言わない関係なく、人形の話を聞いて依頼なんか受けてこねぇんだよ! それをなんだ? 物に目が眩んで何でもやりますってか? バカ言うな」


渡「なにコノ!」

修「なんだコノ!」


 二人が言い合いをしていると、コンビニから重がモソモソっと帰ってきた。手にはビニール袋と郵便入れから取り出した郵便物があった。


重「ただい… あっ!」


修「ただい『ま』だろ!」


重「ちがうちがう! 進ちゃんから手紙が来てるんだよ!」


渡「進之助から!?」


重「そう!」


知哉「ほう、それじゃ大先生、ちょっと読んでくれよ?」


重「あいよ。………………」


修「音読をしろバカ!」


重「あぁ、ゴメンゴメン」


――進之助の手紙――


拝啓

 春とは名ばかり、余寒なお去らず、吐く息白い日々が続いておりますが、何でも屋御一同様におかれましては相変わらずバカの事と思います。

 先日は大変お世話になりました。なので、そのことだけ、お世話になったそのことだけには感謝の言葉しかありません。ありがとうございました。

 さて、じつは皆様にお願い事がございます。今後、わたくし寅田進之助から聞いて遠路はるばるやってきた、なんてお客人がそちらへお邪魔することもあるかと思います。その時はどうか親切にしてやっていただければと思います。

 皆様のご活躍、ご健康を、遠く島根の空の下でお祈りしています。

                        寅田進之助 拝




進之助「…………………」


 島根のとある寺で、進之助は手を合わせていた。


進之助「よし。…まぁ、今までいろいろあったろうけど、もう大丈夫、安心だからな?」


 話しかけられているのは木枠のガラスケースに入れられた一体の人形だった。


進之助「髪も元通りになったし、着物も綺麗にしてもらって… これからは住職さんのもとで楽しくやってくれよ、じゃあな」


 赤毛のドレッドヘアーから可愛らしいおかっぱ頭に戻った日本人形は、恩人の進之助ことを安らかな表情で見送るのだった。


女性「アニキィー! アニキィー!!」


 寺を出てすぐ、進之助はそう呼びかけられた。


女性「用事は済んだんですかぁ?」


進之助「あのね、源子(げんこ)ちゃん、アニキって呼ばないでって言ってるでしょ?」


源子「すみません… でも師匠のことを見ると、自然に口から…」


進之助「いや、源子ちゃん、師匠もダメって言ったでしょ? あくまで先輩後輩の関係なんだから、ね?」


源子「すみません、センパイ……」


 進之助はある事に首をかしげつつも歩き出した。源子はその横に続いた。


進之助「悪いんだけどさ、源子ちゃん?」


源子「はい?」


進之助「もう一回さ、先輩って言ってもらえるかな?」


源子「いいですけどぉ… えーっと、センパイ!」


進之助「…………」


 進之助は立ち止ると源子の方を向き、源子も立ち止り進之助の方を向いた。


進之助「先輩…」


源子「センパイ…」


 進之助は首をかしげながら再び歩きだし、源子も続く。


進之助「なんかこう、源子ちゃんの言う先輩ってさぁ…」


源子「ヘンですかぁ?」


進之助「いや、変じゃないよ! 変じゃないんだけど、なんていうか、まだアイドルっぽいというか…」


 源子は先の雨宮騒動のとき、事務所でアイドルをしていた一人で、新しい就職先としてゲーリー山岡一門に入門。そして勉強ということで、進之助と一緒に旅をしているのだ。


源子「そうですかねぇ…」


 源子は立ち止ると、大げさな動きで腕を組み考え出した。


源子「センパイ、センプァイ、セェンパイ、せぇんぱい、んー、シェンパイ! 違うかなぁ?」


一人でいろいろ試している源子を、進之助は渋い表情で見ていた。


進之助「はぁー、大変だぞこりゃ……」


 渋い顔を横に何度か振った進之助は静かに歩き出した。気付いた源子は慌てて後を追う。


源子「もう! なんで先に行っちゃうんですかぁ! 置いてかないでくださいよぉ!」


進之助「いいなぁ虎三郎は、気楽な一人旅で…」


源子「えっ? 何か言いましたぁ?」


進之助「いや、ほら、一人旅もいいけど二人もいいなって…」


源子「本当ですか!? 良かったぁ、迷惑になってないかなって心配だったんですよぉ」


進之助「迷惑じゃないよ。ただ、まだ慣れてないというか…」


源子「はい?」


進之助「ううん、なんでもないよ」


源子「あのセンパイ?」


進之助「どうしたの?」


源子「こんなにのんびり歩いてていいんですかぁ?」


進之助「どうして?」


源子「岡田さんとの打ち合わせの時間、あと三十分もないですよぉ?」


 進之助の脳内カレンダー・脳内手帳・脳内時計は急に激しく動き始めた。パラパラ・ペラペラ・チクタクと音を立てた三つの物は、進之助に驚きの報告をした。


進之助「ギャーーー!」


 バカみたいな大声を上げた進之助は、右手にあったトランクを落とすと、源子の両肩を掴み揺らし続ける。


進之助「ギャーーー!」

源子「ギャーーー!」


 源子は楽しそうにオウム返しをしている。


進之助「だ、大事なことは早く言ってよ! あぁ、急がないと! ひぃーっ!」


 トランクを拾い上げると進之助は走り出す。


源子「ひぃーっ!」


 また楽しそうにマネをしながら後についていく源子。二人の珍道中はまだ始まったばかりである。




拝啓万屋御一同様 終


思いのほか長くなってしまいました。


次回は「太っていることに飽きました」(仮)です。

あくまでも仮です。


それでは。

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