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何でも屋  作者: ポテトバサー
第五章・拝啓万屋御一同様
32/56

救った気になるな

重「大体は決まったかな?」


知哉「そうだな、あとは実行に移すだけだな… いやー、それにしても珍しく会議室に行かないまま会議しちゃったな」


椎名「そう言われればそうだね」


修「ま、急にアツく話し始めちゃったからな」


 そのとき、事務所の引き戸が進之助の手によってカラカラと音を立てた。進之助は疲れた表情で引き戸を閉めると、トランクを静かに置いてソファーに座り込んだ。


進之助「はぁー、ひどい目にあった」


渡「なにどうしたの?」


進之助「え? いやな…」


 進之助はハットを上手く投げてコート掛けに掛けると、一つ伸びをしてから話し始めた。


進之助「これだよ?」


 進之助はスーツの内ポケットからサングラスを取り出すとローテーブルの上に置いた。


修「あ? サングラス?」


進之助「おう、なんかいい喫茶店…… 喫ちゃ…」


修「お前いい加減に…」


進之助「わかったわかった、言い直さない、言い直さない!」


修「んで?」


進之助「したらよ、大宇宙? んでそのあとになんちゃらかんちゃらつーのが書いてある店でよ?」


知哉「あぁ、ピロピロか」


進之助「そう! それだよ、もうね、ひどい目にあった。んで聞いたら昔からあるっていうじゃねぇか、よく続いてるよあの店は」


知哉「あそこは慣れりゃ良い店なんだけどなぁ」


 進之助は知哉の話を聞きながら、足元に置いていたトランクに手をのばすと、そのトランクの大きさからは想像できないサイズのCDラジカセを取り出した。


進之助「なるほどなぁ、慣れりゃ良い店なのか、へぇー」


 適当な返事をしながらCDラジカセを持ち、コンセントを探し歩き回る進之助。


知哉「………な、なにしてんだ?」


進之助「でもなぁ、慣れりゃ良い店って言われてもなぁ」


 テキトーに返事をする進之助はようやくコンセントを見つけた。


進之助「おっ、あったあった、コンセントをさして… これ誰の机?」


椎名「あ、僕の机だけど……」


進之助「あ、椎名さんのですか、ちょっとお借りしますね」


椎名「う、うん、かまわ…」


進之助「んーっと、『開く』ボタンを押してぇ? あっ、CDCD…」


 早歩きでトランクへ向かいCDケースを取ると、ラジカセまでの短い距離をスキップしながら戻り、頬を緩ませながらCDをセットした。


進之助「んで、フタ閉めて… 再生を押して完了!」


 CDラジカセはなかなかの音量で曲を流し始めた。何とも軽く、キャッチ―なイントロで、アイドルらしい曲だった。


ラジカセ『また君にぃ~ 逢えたならぁ~ ワタシのぉ~ エキゾースト音がぁ~ 高鳴るぅ~ ブルルルンッ!!』


 進之助は曲とまったく噛みあっていない掛け声を上げながら、阿波踊りを始めた。


進之助「なんちゃらイェイ! かーんちゃらイェイ!!」


 修は半笑いのまま進之助に近づき、知哉も半笑いのままラジカセに近づいた。そして計ったようなタイミングで修は進之助の頭を叩き、知哉はラジカセを止めた。


進之助「イテッ!!」


 叩かれた進之助も笑ってしまっている。


進之助「フフッ…… オ、オイ! 何すんだよ!!」


修「何すんだじゃねぇよ! ツッコミどころが多すぎんだよお前は!」


進之助「な、何がだよ、ふるーつミントの『恋する11000RPM』を聞いてたんじゃねぇか!」


知哉「11000って何馬力だよバカ!」


進之助「聞きながら踊ってただけじゃねぇか!」


知哉「踊ってただけじゃねぇだろタコ!!」


進之助「ブサイクはお前だろ!?」


知哉「ブサイクなんて言ってねぇだろ!!」


 笑って見ていた重は急に真顔になった。


重「いや、知ちゃんはブサイクだよ?」


知哉「何だってんだよ!!」


 それから全員、半笑いのまま罵り合いが始まり、三十分ほどしてようやく騒ぎが落ち着いた。


修「ったくよ、なんだっつーんだよ?」


進之助「いやぁー、偶然にもさぁ、会っちゃったんだよなぁ」


渡「誰に?」


進之助「アバーラインで会ったあの店員の子にだよ。椎名さん覚えてますでしょ?」


椎名「あぁ、千代子ちゃんのこと?」


進之助「そうそう千代…… あれぇ? 何で名前知ってるんですか?」


椎名「実はね…」


 椎名は驚愕のスピードで健一の依頼内容など洗いざらい喋ってしまった。


渡「ちょっと椎名さん! しゃべっちゃだめですよ!!」


椎名「え? あっ!!」


進之助「……………」


 ソファーに深く座る進之助は、自分の足元を見つめながら黙っていた。その目には少しの迷いが見て取れた。


進之助「へっ、青年は勝手に諦めろって言ってんだろ? 勝手によ?」


修「そうだ、自分勝手にだ」


進之助「千代子ちゃんはなぁ、本当に直向きな気持ちでアイドルを目指してんだよ」


渡「そりゃわかってる」


進之助「わりぃけど、お前らの邪魔になっちまうかもしれぇねぇけど、俺は千代子ちゃんを応援させてもらう」


知哉「んなこと言われなくてもわかってるよ」


進之助「……そいじゃ、俺行くわ」


重「うん」


進之助「それじゃ椎名さん失礼します」


椎名「う、うん、気をつけてね…」


進之助「はい…」


 日も暮れ、いっそう冷え込んだ外へと消えていく進之助。


椎名「えっと…… マズかったかな?」


修「まぁ、言っちゃったものは仕方ないですよ。それより、下調べをビシッとしないと…」


椎名「そうだね……」


 それから何でも屋達は調査を十日ほど行った。調べれば調べるほど出てくる黒い情報に、何でも屋達の嫌悪感は増していった。それと同時に何としても解決しなければ、という使命感のようなものも増していった。

 調査を終えた何でも屋達は事務所に健一を呼んだ。調査内容を報告し、依頼について話すためである。


健一「それで……」


渡「うん、僕達で調べたところ、健一君の言った通りの事務所だったよ。ヤクザや暴力団じゃなかったけど、どうしようもない奴らだったよ」


知哉「どいつもこいつも野郎の風上にも置けないクソッタレでな」


渡「ほとんど売春だね、やってることは。アイドルや芸能界を目指してる娘《こ》、お金に困ってる女の子を事務所に入れるんだ」


重「それでいろんな形でファンを獲得していくんだ。でもあんまり有名になりすぎない程度にね。本当の芸能界に少しでも気付かれるとやっかいだからねぇ。とにかく、普通の娘たちに『アイドル』っていう付加価値をつけていくんだ」


渡「身近なアイドルとして親近感を与えつつ、越えられない壁を作るってわけ」


健一「なるほど……」


知哉「んでもって、最終的にその女の子たちを金と交換で、てな具合なんだ」


健一「……………」


修「そう心配そうな顔すんなよ健一君。不幸中の幸いじゃねぇが、しあさってのクリスマスライブにクズ共が事を起こしそうなんだよ」


渡「そうなんだ、奴らがライブハウス代わりに使ってる倉庫で、ふるーつミントのクリスマスライブが行われる。そこに俺達全員で乗り込む」


健一「乗り込むって、それじゃ千代子を助けるっていう依頼を受けてくれるんですか!?」


知哉「受けるぜ、けど千代子ちゃんだけじゃなく、ほかの女の子達も助けるけどな? あぁ、あと、何でも屋としてじゃなく、男として受けるよ」


健一「ありがとうございます!! 皆さん本当にありがとうございます!!」


 健一は全員に何度も頭を下げながら叫んだ。


修「気がはぇーよ健一君? まだ成功したわけじゃねぇんだからさ、あと教授さんよ?」


渡「ん?」


修「作戦はもう出来てんだろ? 本番は三日後なんだから早めに練習しとこうぜ?」


渡「そうだね。よし、それじゃ会議室で説明するよ」


 全員は会議室へと移り、渡はホワイトボードの横に立ち、他の者はイスに座った。


渡「それじゃ説明するね、あっ、椎名さん説明します」


椎名「べ、別に敬語に直さなくてもいいよ?」


渡「胸クソ悪い奴らから千代子ちゃん含め、夢見る女の子たちを助けだす作戦、その名も!!」


 渡はスラスラと作戦名をボードに書き始めた。


知哉「なんで恋文ペン字の書体なんだ?」


渡「文句言うならwingdings2で書くぞ?」


知哉「……すんません」


 渡は作戦名を書き終えると爽やかに振り返った。


渡「作戦名… その名も、胸クソ悪い奴らから千代子ちゃん含め、夢見る女の子たちを助けだす作戦!! どうだ!!」


知哉「どうだじゃねぇ!」


重「長いし、まんまじゃないの!!」


渡「ったく、考えもしない奴らが文句ばっか言って…… じゃ、略して胸女作戦で…」


修「卑猥だバカッ!」


渡「じゃ修は何か考えあんの!?」


修「あったりめぇーだ。その名も、クソだす作戦!」


知哉「略す能力ゼロかおのれは! 便秘に悩む人助けんのか!!」


修「文句ばっか言いやがって、デクはなんか考えがあんのか!?」


知哉「ばか、ここは依頼主の健一君にビシッと決めてもらおうじゃねぇか」


修「ほぉ、明日は大雪だな、良い案だ、それじゃ健一君どうぞ」


 ふられた健一は懸命に考え絞り出した。


健一「悪い奴ら夢見る作戦!」


渡「………ピークはクソだす作戦だったな」


重「だね」


健一「なんかすみません」


椎名「いや、最後にふった知哉君が悪い」


知哉「何だってんだ!!」


修「もういいから、作戦内容を説明してくれよ」


渡「そうだった、ほいじゃ説明するよ? あっ、椎名さん説明します」


椎名「い、いやだから…」


渡「まず、三人ずつ分かれて二チームにする。αチームには修、大先生、健一君。βチームには俺と椎名さん、それに知ちゃん」


重「チームの役割は?」


渡「αチームにはファンに扮して潜入してもらって、βチームは闇の商売人として事務所社長の雨宮に接触する。闇の商売人を装う準備はもう整えてある。ま、不真面目な商売で成金になったアイドルオークションの上等な客っていう設定でね」


重「ふーん、どういう理由で分けたの?」


渡「大先生は妖怪にアイドルとジャンルは違えどオタク感が出てるから、健一君はなるべく千代子ちゃんの近くにと思って、修は何となく」


修「なんとなく!?」


知哉「だーっはっはっは!! 所詮おまいはにゃんとにゃくなんだよ!」


修「うるせぇな!」


渡「βはだねぇ、まぁ、俺は一応エリートだし? 椎名さんは知的な雰囲気があるので秘書・相談役という設定でやってもらいます。知哉はボディーガード…」


知哉「どんな理由で? どんな理由で?」


渡「図体デカくて腕っぷししか役に立たないバカって感じだから」


修「だっ…… だっはっはっはっは!! 所詮、おまいさんは、おデクノボウさんの、おバカさん、おデクバカさんなんだよ!!」


知哉「うるせぇな!!」


渡「ほらほら、当日まで時間が無いんだから、いろいろ練習しておかないと!」


修「なんだよいろいろって?」


渡「作戦をスムーズに進める練習もそうだけど、αチームは『ふるーつミント』の踊りとか掛け声とか合いの手とかマスターしてもらわないといけないんだから」


修「はぁ!?」

重「はぁ!?」


 ようやく治った右足を酷使しなければならなくなった修は、重、健一と共に必死に練習を繰り返すこととなった。その頃、進之助は千代子に呼び出され、アバーラインの横の公園にやってきていた。始めはアバーラインにと千代子が言ったのだが、変な噂が立つといけないからと、隣にある公園へと進之助が場所を移したのだった。


進之助「それで? 俺に話ってのは?」


 淋しさを増す寒空の下、ベンチに腰掛ける二人。


千代子「これなんです」


 千代子は一枚のチケットを手渡した。外灯の明りに照らされた千代子の白魚のような指が美しく進之助の目に映った。


進之助「ん? これ………」


千代子「ふるーつミントのクリスマスライブのチケットです。もし進さんのご都合がよろしかったら来てもらえませんか?」


進之助「ライブねぇ、そういうのは経験ないけど、うん、ぜひ行かせてもらうよ」


千代子「本当ですか!? 嬉しい!!」


 千代子の屈託のない笑顔、進之助が彼女のことを応援する理由である。


進之助「それで何時からなんだい?」


千代子「夜の九時です」


進之助「九時!? 随分と遅いんだね………」


千代子「えぇ、何ていったってクリスマスライブですからね!」


進之助「そ、そうだよね、クリスマスだもんね… それで場所は?」


千代子「アブネーナ倉庫近くにあるキーケンナライブハウスです!!」


進之助「………アブネーナ倉庫? あのー、全く人気のなくて、外灯も一つもなくて、夜になると目の前の建物もろくに見えなくなるアブネーナ近くのライブハウス?」


千代子「はい、キーケンナライブハウスです。表向きは倉庫なんですけど、社長が中を改造してライブハウスになってるんです!」


進之助「表向きは倉庫ねぇ……」


千代子「でも進さんが来てくれることになって良かったぁ。私のさ…」


男「おーい! 千代子ちゃーん!! そろそろいいかなぁー!!」


 アバーラインの店長が店先から千代子を呼んだ。


千代子「はーい!! 進さん、私そろそろ仕事に戻らなきゃ。お店でコーヒーでも…」


進之助「あ、いや、ちょっとこれから行くとこあるから」


千代子「そうなんですかぁ、なんかごめんなさい、私が進さんの事を呼んだのに……」


進之助「気にすることないよ、それじゃ楽しみにしてるね」


千代子「はい! ライブ会場で待ってます!!」


 千代子は笑顔で手を振り、店へと戻っていった。その姿を見ながら進之助は椎名が話してくれた事を思い返していた。


進之助「はぁーあ、どこ行ってもくだらねぇバカがいるんだよなぁ、ったくよ」


 ライブの開始時間、場所、事務所の噂と完全に黒なだけに、進之助の気分はダラダラと落ちていった。が、進之助はフッと息を吐きベンチから腰を上げると、ある場所へ向かった。


進之助「へぇー、味のある良い店じゃねぇか」


 進之助の行くとことは健一の実家の惣菜店だった。店では何でも屋から帰ってきていた健一が働いていた。


進之助「おっ、いたいた、よぉ青年」


健一「はい、いらっしゃいませ! 何にいたしましょう?」


進之助「え? いや、俺だよ俺!」


健一「………すみません、どちら様でしょうか?」


進之助「…………………」


 何かをやられた方は覚えていて、何かをやった方は覚えていないということはよくあるものだ。


進之助「いや、ちょっと前さ、喫茶店で『まだやめてないって本当か?』とか言ってたろ?」


健一「………あっ、もしかして珍之助(ちんのすけ)さんですか?」


進之助「誰が珍しいんだよ!! 進之助だ、進之助!!」


健一「す、すみません!」


進之助「にしても青年、なんで俺の名前知ってんだい?」


健一「いえ、あの、何でも屋の知哉さんから進之助さんのこと聞きまして、それで修さんがそのうち僕のところに来ると言ってたので……」


進之助「そうかそうか、それじゃ話が早い、ちょっと時間いいかい?」


健一「すみません、少し待ってもらえますか? まだ商品が残ってるので……」


進之助「なるほどな、それじゃ残ってる商品が売れちまえば時間が出来るんだな?」


健一「えぇまぁ」


進之助「俺に任せときな」


 進之助はそう言うと、青年にトランクを預けて声を張った。


進之助「さぁ!! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!! 天皇家御用達、王家御用達、セレブ御用達なんつー店はあるが、ここは一般庶民御用達の店でございます! ねぇ! ここの惣菜食べりゃ、ほっぺた落ちて月上がる、月が上がりゃ犬吠えるってなーもん!」


 進之助の即興の口上に道行く人達も足を止めだした。すでに買い物をしていた常連客も楽しそうに眺めていた。


常連客「ちょっと健ちゃん、新しく入った人なの? おもしろいわねぇ」


健一「いえ、そういう訳じゃないんですが、ちょっと手伝ってくれてまして…」


進之助「こうなったヤケ!! ねぇ! ヤケの八つ裂き、人生五分咲き、早くしねぇと売れ残る! もうね、腹切ったつもり! この煮びたし、3〇〇円のとこを2〇〇円、あぁもう面倒くせぇ全品5〇円だ持ってけドロボー!!」


健一「安すぎますよ!!」


 値段の低下を何とか抑えた健一は、進之助のおかげというか何というか、とにかく時間を作ることが出来た。


健一「ふぅ、それでお話というのは?」


進之助「おう、千代子ちゃんについてだ」


健一「千代子ですか……」


進之助「救うんだろ?」


健一「はい!」


進之助「どう救うんだ?」


健一「あの悪徳な事務所の連中を警察に突き出して、それでアイドルをやめさせて…」


進之助「そんな事だろうと思ったよ、いいか? それじゃ千代子ちゃんを救ったことにはならねぇ」


健一「え? どうしてですか?」


進之助「いいか? たとえば、目の前に飛び降り自殺をしようとしてる人がいる。それを青年は救おうと説得する」


健一「……はい」


進之助「人生あきらめちゃいけないとか、バカなこと考えるんじゃないだとか、死んじまったら負けと同じだ、とか言ってよ?」


健一「はい……」


進之助「それで仮にその人が説得に応じて自殺をやめたとする、あぁ良かった良かったって言って、野次馬の奴らも拍手かなんかパチパチパチパチ…… あとで警察から表彰状もらって、はいお終い。 …違うだろ? 自殺を図ろうとしている人間はただ自殺をやめただけなんだよそれじゃ、そうじゃなくて、その人が自殺に追い込まれた原因を取り除いて、これから前向きに明るく生きていこう、そう思えるまでサポートしてやることが救うって事だろ? まぁ、あくまで自論だけどよ…」


健一「…………」


進之助「つまりはだ、千代子ちゃんを青年の言うやり方で救って、そのあと千代子ちゃんがあの笑顔を失ったまま人生を送っちゃいけねぇってことだ。あれだけ純真無垢で真面目な千代子ちゃんだ、人間が生きていくうえで大事な支えとなる夢に裏切られたとしたらどうなる? 一番親しい青年ならわかるだろ?」


健一「……はい」


進之助「わりぃわりぃ、つい説教じみた言い方になっちゃったな。そんなつもりはなかったんだゴメンな?」


健一「いえ、とんでもないです! 進之助さんも千代子のことを思って僕に言ってくれてるんですから」


進之助「いやまぁ、十五、六の時の自分を見てるみたいでな…… とにかく、ここまで言えば、青年なら何とかしてくれるだろ?」


健一「はい! けど、その、一つ問題があるんですけど……」


進之助「なんだい?」


健一「千代子の事は僕も責任もって頑張ろうと思うんですけど、あの事務所には千代子の他にもたくさん女性が所属してまして…… その人たちも救うとなると、僕一人じゃ……」


進之助「……………な、何人ぐらい所属しちゃってるのかなぁ?」


健一「確か二十五、六人だと思いますけど……」


進之助「そんなに!? おい、えぇ? ちょっと、それーは、厳しいなオイ…… 二十五、六ってよぉ、いや、きび、多いねぇまた」


健一「もちろん、進之助さんも手伝っていただけるんですよね!」


進之助「いや、手伝うけどさぁ、二十……」


健一「良かったぁ! これで安心して千代子や他の人たちも救い出すことが出来ます! 俺、頑張ります!」


進之助「うるせぇな青年! こっちは考え事してんだからよ、はぁ、どうしたもんかなぁ……」


 進之助はあれこれと考えを巡らせ、困った表情のまま健一のもとを後にした。

 ライブの当日、何でも屋達と健一は事務所横の倉庫で準備に追われていた。


渡「動作確認はどう? オッケー?」


修「……おう、大丈夫だ、ちゃんと動くぜ」


重「にしてもこんな小っちゃくて高性能なビデオカメラ、よく準備できたね」


渡「江古棚さんのところで借りてきたんだよ」


重「何でもあるねぇ、あの人のとこは」


渡「あとこれ、αチームの衣装ね」


 渡は足元に置いておいた段ボールの中から三着の洋服セットを取り出し、三人にそれぞれ手渡した。渡された三人は少し悲しい表情で服を見つめ続けた。


健一「……これを着てライブに行くんですか?」


渡「そう、普通すぎる格好でも怪しまれたりしちゃうからね」


修「やだ」

重「やだ」


渡「え?」


修「やだ、これ、着たくない」

重「やだ、これ、着たくない」


渡「だめ、これ、着なさい」


修「いや…」

重「いや…」


渡「ダメ! コレ!! キナサイ!!」


修「リョ、リョーカイ……」

重「リョ、リョーカイ……」


 三人は渋々と着替えはじめ、すっかり「ふるーつミント」のファン『ジューシーズ』になった。


椎名「いやぁ、三人とも似合ってるよ? 特に修君は似合っ……」


 修の怨めしい顔がじっと椎名を見つめる。


椎名「……………渡君? 僕たちの着替えもあるのかな?」


渡「ありますよ、レンタルですから汚さないようにお願いしますよ? 特に知哉はね」


知哉「ガキじゃねぇんだから汚したりしねぇって」


渡「おたくのはねぇ、少し高いのレンタル料が。背は高いし無駄な筋肉はついてるし、日本人にあんまりいない体型だし、その他もろもろで料金が高いの!」


知哉「…はい」


椎名「ちょっと渡君! これバルバーニのスーツじゃない!」


渡「えぇそうですよ、僕のはアルフレッド・スミスです。ま、ある程度は金を持っているということで、一応ブランドものを用意したんですよ。本当なら僕は自前でも良かったんですけど、なかなかバカっぽいスタイルのスーツは持ってなくて…」


知哉「………教授さんよ、俺のスーツのブランドなんだけどさ、これ、何て読むのかな? ラ…… ラパ……」


渡「ラパラ?」


知哉「……あのラパラ?」


渡「じゃないの? わからないけど」


知哉「ルアー以外にスーツも作ってんのか?」


渡「じゃないの? 知らないけど」


知哉「わからねぇだの知らねぇだのなんなんだよ! 大丈夫なのかよこれで!?」


渡「いいんじゃないの? 興味ないけど」


知哉「…………上を向いて歩こう」


 一同は入念な準備と共にライブ時刻を迎えた。

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