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何でも屋  作者: ポテトバサー
第一章・廃工場の謎
3/56

理由その1

 何でも屋を開業しようとしている修・知哉・渡・重の四人は、事務所の候補となっている物件へ向かうべく、八番亭を後にした。

渡「それで?」


 歩き出してすぐ、渡が口を開いた。


渡「場所はどこなの?」


修「あれだよ、大通りの和菓子屋あんだろ? そこの道を入っていったところ」


渡「あぁ、あそこの道? 近くていいねぇ」


修「だろ? さっき知哉とも話してたんだけど、なっ?」


知哉「おう」


重「ねぇ、ちょっといい?」


修「ん、どうした?」


重「いやね、和菓子で思い出したんだけどさぁ」


 話す重の表情はどこか嬉しそうだった。


重「妖怪の形をした和菓子を作ってる店を発見してね」


修「妖怪?」


重「そうそう」


渡「でも大先生、そういうの嫌いじゃなかったっけ?」


知哉「俺はあくまで妖怪が好きなんであって、とか言ってたじゃん?」


重「いや、最初はさぁ、そう思ったんだけどね。これがすごいクオリィティなんだよ」


知哉「リアルってこと? まぁ、妖怪にリアルも何もねぇんだろうけど」


重「まぁ、そうだけど、すごいんだよ。あとで画像を見せるけど、尻目(しりめ)とか……」


修「尻目!? なんで尻目だよ?!」


 修は重との中を「幼稚園の時からのくされ縁」と言っていた。つまり、嫌でも幼馴染が好きな妖怪の知識が身についてしまう。


渡「なんとなく予想はつくんだけど、どんな妖怪なの?」


重「えーっとねぇ、こう…… お尻の真ん中に大きな目が一つある妖怪」


渡「謎だねそれは。修の言うとおりだよ。なんで尻目を選んだかなぁ……」


重「だけど、すごいんだよ? 味はもちろんだけど、良い作りなんだから。そのお尻の目なんか活き活きしてたもん」


修「ケツの目なんか活き活きさせなくていいんだよ!」


重「そうかねぇ? 目はケツほどにものを言うって‥」


修「口だろ! ケツは喋ってもプーとかくらいなんだよ!」


知哉「でもあれだな、和菓子って雅やかなもんしか作らないと思ってたけどよ、そういうのも作るんだな」


重「その妖怪和菓子を作ったところは老舗なんだよ。まぁ妖怪和菓子を考案して作った次男

は店から追い出されちゃったけどね」


知哉「ダメじゃねぇかよ! 妖怪はやっぱダメなんだって」


修「いや、尻目がダメなんだろ!」


重「飛躍しすぎたのかねぇ……」


 他愛もない話をしているうちに、四人は和菓子屋の近くまでやってきていた。


修「おっ、あそこ、あそこ。あそこを右だよ」


渡「あぁ、最近『風流』の水まんじゅう食べてないなぁ」


修「風流?」


渡「あの店の名前だよ。知らないの?」


修「知ってたら名前出して説明してるよ」


渡「それもそうか」


知哉「つーか、水まんじゅう有名なの?」


渡「別に有名ってわけじゃないんだけど、(うち)にくるお客さんがよく持ってきてくれてたんだよ。これからの季節なんか、冷やした水まんじゅうとか水ようかんなんか最高でしょ?」


修「あぁ…… いいねぇ、それ」


 修は贈答品のカタログに出てくるような、涼やかな和菓子のページを思い浮かべた。


知哉「おい、修! どこ行くんだよ!?」


修「あっ?」


知哉「ぼけっと歩いてんじゃねぇよ。ここを右に曲がんだろ?」


修「あぁ、そうだった、()りぃ()りぃ」


 一同は風流の手前の道をを曲がり、先に進んだ。


修「ほら、あそこだよ。ちょろっと見えるだろ? グレーとブルーが混ざったような色してる倉庫みたいな建物。その手前にあんだよ」


重「へぇー」


 目的の建物が見えると、四人の足取りはいくぶん早くなった。


渡「いやぁ、早く開業しちゃいたいなぁ」


知哉「ん、どうした?」


渡「いま俺さぁ、姉貴にこき使われてんだよ。『アンタ今は暇なんだから、私の会社で手伝いなさいよ』って言われててさ」


修「あぁ、そうなの?」


渡「うん。で、ほら、姉貴からしてみたら弟だけど、他の社員の人からしてみたらさ、なんかこう、微妙な立ち位置にいるじゃん?」


知哉「まぁ、そうだろうな」


渡「なーんか、お互い変に気を使っちゃって、変に疲れるんだよね。だから早く開業したいんだよ」


修「ま、心配すんなよ。ビシッと今回の所で決まるからよ」


渡「本当? ていうか、修は一回見に来てんの?」


修「当たり前だろ? 伯父さんと一緒に見に行ったよ」


知哉「伯父さん?」


修「前に言ったろ!? 伯父さんは不動産屋なんだって!」


知哉「あぁ、そうだった、そうだった」


修「俺と伯父さんとで探し回って、ようやく思い出したオススメ物件なんだぞ?」


知哉「思い出した?」


修「あ? 俺いま『思い出した』って言った?」


知哉「言った」


修「間違えた間違えた、見つけ出したオススメ物件なんだよ!」


重「期待できるんだね?」


修「あったりまえだろ!? 伯父さんはその道のプロな……」


渡「どこ行くんだよバカ三人!」


 渡以外の三人は、話に夢中のあまり、オススメ物件を通りすぎていた。


渡「ここだろ! グレーとブルーが混ざったような建物って!」


修「あぁ、そうだった、()りぃ()りぃ」


知哉「つられて歩いちまった」


渡「で?」


修「ん? あ、あぁ、この倉庫みたいなのと、左の事務所みたいなのが一押し物件ってわけだ」


重「おぉ! 二つセットかぁ!」


修「前は小さな部品を作ってた町工場だったんだって。だから倉庫の中もそれなりに広いし、事務所らしい作りになってんだよ。しかも、事務所は六畳ぐらいの広さの二階があってよ、仮眠室とかに使えてさ」


知哉「うってつけじゃん。しかも、倉庫の外壁を見る限りは老朽化してなさそうだしな。ま、塗装し直さないと見た目は悪いかもしんねぇけど」


修「良い感じだろ?」


重「うん、かなり良いねぇ! ねっ、知ちゃん?」


知哉「おう」


 重と知哉には印象が良かったらしく、テンションが上がっていたが、渡の方は黙ったままだった。当然、修はそのことに気づいていたが、あえて触れなかった。だが、渡もずっと黙っているわけではない。


渡「……………いくら?」


修「ん? なに?」


渡「ここ、いくらで借りられるの?」


修「ま、それは追々。うーし、じゃあ中を案内…」


渡「待て待て! はぐらかしたな?」


修「いいえ、別にはぐらかしたわけではないですよ?」


渡「何をかしこまってんだよ! いいから値段を言いなさいよ」


修「値段? そりゃ、あれだよ、三万だよ……」


渡「三万? 四人で一か月十二万? 十二万!?」


重「あぁ、良いね! それなら四人で十分に払える額だし、最初は何かと掛かるからね」


 重はこういう問題には疎いらしい。


渡「いや、安すぎるんだよ大先生! 事務所に倉庫ついてんだよ!?」


知哉「確かに、十二万はおかしいくらい安すぎるな。修、なんかしらのいわくが付いてんだろ?」


修「そりゃ、まぁ、もろもろ……」


渡「もろもろ!? おい待てよ! 何個いわくがあるんだよ!?」


修「そりゃ、まぁ、二つ三つじゃ済まないですよね……」


渡「うんうん、わかったわかった、まずその喋り方をやめろ! さっきから腹が立つんだよ!」


重「またお得意のあれでしょ? 煙に巻こうとか、言いくるめようとしてんじゃないの?」


修「別にそういう訳じゃねぇよ。言われた通り、いわくは何個かあるよ。ただ、どれも頑張れば解決できるいわくなんだよ」


渡「本当に?」


 渡は全く信用していない口調だったが、修は好機とみて動きに出た。


修「例えばだ……」


 修は倉庫左の事務所の前に立つと、ポケットをまさぐって数本のカギがついた束を取り出した。


修「知哉、いまシャッターのカギを開けるから、上げるの手伝ってくれよ」


知哉「おう、わかった」


 修がシャッターのカギを開けると、知哉はしっかりとシャッターを上げきった。


修「サンキュー。んで、一つ目のいわくは……」


渡「ゴメン、いわくってもう言わないで。ゲシュタルト崩壊みたいになってきたから。理由とか問題にしてくれる?」


修「理由か問題? あーっと、一つ目の理由は、入り口の引き戸の窓越しに見れば分かる。だから、見てみ?」


 知哉はシャッターを上げた時からすでに見ており、言葉を失っていた。


重「どれ、理由その1を見ようじゃないの。ほら、教授さん」


渡「……うん」


 二人は引き戸の窓から中を覗いてみた。


重「うわぁ………」

渡「うわぁ………」


 二人は声をそろえ、眉間にシワを寄せた。


渡「汚いし、散らかって……」


 渡は何か違和感を覚えたのか、そこで言葉を切ってしまった。


知哉「その事務机っての? 砂埃みたいなのが……」


重「うわ、ホントだ! あれはすごいねぇ。あ、ちょっと床のとこ見てよ」


知哉「ん? あっ、何だあれ、ガラクタとゴミの間に道みたいにスペースが…」


修「それは俺と伯父さん二人で見に来た時に、奥に行けないからどかしたんだよ」


知哉「あぁ、そうなの?」


 三人が話している間も、渡は違和感を覚えた辺りで鼻をひくつかせた。


重「うわー」


知哉「さっきから、『うわっ』しか言ってねぇぞ大先生」


重「だって見てよ、あそこのカレンダー。左側の壁についてるやつ」


修「いやぁ、シゲ、よく気付いたなぁ」


重「あんだけ切なきゃ気づくよ!」


知哉「切ない?」


 知哉がカレンダーに目をやると、確かに切なかった。何年も前の日付で役目を終えていたカレンダーには、赤いマジックで薄っすらと三月の末日に丸が付けられていた。


知哉「…………春が来ない年もあるんだな」


重「やめなさいよ!」


修「あと一日で、すべてウソに出来たのにな……」


重「やめなって言ってるでしょ! 笑えないんだよ!」


修「別に笑わそうとして言ったわけじゃねぇよ」


重「まったく…… それで? これが理由その1なのね?」


修「まぁそういこと。片づけりゃいいって言っても、一筋縄じゃいかないだろ?」


知哉「壁紙も床のフローリングも張り直さなきゃダメそうだしな」


重「カレンダーの処理にも困るよ? ぞんざいに扱ったら、カレンダーに眠る念が出てきそうだよ」


修「ね、念ねぇ……」


 修は嫌なところを突かれて、少しだけ動揺してしまった。


知哉「つーかさぁ、教授さんはさっきから何をやってんの?」


渡「………え? いや、なんか臭うんだよね」


知哉「それはどっちの意味で言ってんの?」


渡「純粋に(くさ)いって意味で」


知哉「あぁ。でも、なんも臭わないよな大先生」


重「うん、臭わないけど……」


知哉「あれだろ? 野良猫がそこらで用を足しちゃったんじゃねぇの?」


渡「そうだとは思うんだけど…… あ、ゴメンゴメン、いいよ修」


修「それじゃ、いま引き戸の鍵開けっから……」


 修はカギを開けると、引き戸から距離を置いた。渡はそのことに不信感を抱いたが、他の二人は何も、いや、なーんにも感じずにいた。


修「はい、どうぞ」


重「はい、どうも」


 修に促されるまま、重は引き戸を開けた。そしてすぐ、目に見えない何かに襲われた。


重「ハアッ!?」

渡「んぐっ!」

知哉「オエッ!」


 鼻を抑えた三人は、目にもとまらぬスピードで引き戸から離れた。


知哉「くっさ! なんだよ、おい!!」


重「あの、あの三文字の臭いが…… オエッ……」


渡「やっはり、さっひのにほいは、まひがいひゃなきゃった」


 鼻をつまんだまま話す渡は、マヌケなまま自分の勘が正しかったことを主張した。


知哉「なんつー臭いなんだよ! しかも、ちょっと酸っぱい感じも…」


重「やめなさいよ! 余計に気持ち悪くなるでしょ!」


知哉「だって本当のことだろ!」


渡「おおひいこへで、さけふな! へいうか、おたむ!」


 鼻をつまみっぱなしの渡は、怒っているのかどうかもわからない声のまま、修のほうへ振り返った。


渡「………………」


 修の姿を見た渡は、思わず鼻から手を離した。


渡「この野郎!」


 突然クリアになった渡の声に、重と知哉も修の方へと振り返った。


知哉「おい、なんだよそれ!」


修「あ?」


 すっとぼけた声を出す修。


重「なに一人だけマスク着けてんだよ!」


修「だって中が臭いの知ってるもん」


重「そういうことを言ってんじゃないんだよ!」


修「そりゃ俺だって最初にマスクを渡そうかと思ったけど、俺だけしか臭いを体験してねぇのは(しゃく)じゃねぇか」


渡「まったくもう、いいから早くマスクをよこしなさいよ!」


重「ほら早く!」


修「わかったよ、ほれ」


 修がポケットから個別包装されたマスクを取り出すと、三人は瞬く間に奪い取った。


渡「信じられないね。修といい、この臭いといい」


知哉「で、この臭いは何なんだよ!?」


修「理由その2だよ」


知哉「そうじゃなくてだよ」


修「あぁ、原因? 原因がさぁ…」


 修は渋い表情で腕を組んだ。


渡「なに、分かってないの?」


修「いや、思い出すだけで…… まぁ、いいや、話すけどよ」


 修はそう言って引き戸に近づくと、中にある事務机の一つを指さした。


修「あの机の引き出しさぁ、一番下はちょっと大きくなってんじゃん」


渡「うん」


修「その中にレジ袋が入っててさ、んでまぁ、持ち上げてみたら謎の液体が下の方に溜まっててさ」


渡「液体? 液体だけが入ってたの?」


修「……まぁ、早い話がだ、レジ袋の中にキャベツが一玉入ってて、それが放置されて腐って、悪臭を放つ謎の液体がって話だよ」


 その話に、渡と知哉は眉をひそめ、重に至っては嗚咽を漏らしていた。


知哉「なんだよそれ気持ちわりぃな… そんなんなるのかよキャベツって?」


修「中見たらキャベツだったぜ?」


渡「よく中を見たね」


 渡は左右に細かく首を振った。


修「だって確認しねぇとさぁ… つーか大変だったんだぞ! 俺と伯父さんでホームセンター行って、マスクだゴム手袋だ買って、キャベツを処理するのは」


 修は思い出してしまったおぞましい光景を、頭の中で必死にかき消した。


修「……だからもう、その臭いが事務所内に染み付いちゃってるわけなんだよ」


重「じゃ、じゃあ……」


 吐き気が落ち着いてきた重がゆっくりと声を出した。


重「散らかって汚いのと、(にお)いが安い理由なの?」


修「あと……」


知哉「おい、まだあんのかよ!」


修「あるよ。さっき言った二階の部屋、雨漏りすんだよ」


知哉「臭いの後に雨漏り聞かされちゃうと、大した問題に思えねぇわ」


修「理由はそんなもんかな」


渡「じゃあ理由は三つなんだね?」


修「おう、三つだけだよ、事務所は」


 修の『事務所は』という発言に、三人は顔を見合わせた。そして一度だけ頷いたかと思うと、修に襲い掛かった。


修「うおっ!」


 重が素早く修のマスクを取り上げると、知哉と渡が修を事務所の中へ押しやった。隙を突かれた修は、事務所の中央付近まで入り込んでしまった。


修「うっ、パアイッスメンッ!」


 謎の叫び声を上げた修は、事務所から飛び出ると、口だけで息をしながら倉庫の前まで逃げていった。

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