ヘルシー夏御膳
[あらすじ]
依頼で留学生の彼女を持て成すデートコースを依頼された何でも屋。二手に分かれ、知哉と重は同級生の職場へとやって来ていた。
一方、地元にいるクラスメート数人の連絡先が分かった知哉と重は、話を聞くために街へと出かけていた。
知哉「なんで直接聞きに行くんだ?」
重「直接聞きに行ったほうが絶対にいいんだよ。絶対にね!」
知哉「…………まぁ、いいけどよ。それで大先生、最初は誰んとこ?」
重の少し前を歩いていた知哉は、少しだけ振り向き、だらしのない声で聞いた。
重「智明ちゃんとこだね、ショッピングモールの化粧品売り場で働いてるって」
知哉「へぇ化粧品ねぇ。そうえば中二の夏休み明けさぁ、化粧すごかったよな?」
重「席が隣だったからよく覚えてるけど、すごかったね確かに。中学高校あるあるだよね」
知哉「けど一・二か月したら普通に戻ってたよなぁ?」
重「それはね、一つ上の先輩、あの…… ほら、バスケ部のカッコいい人」
知哉「あぁ、あの先輩な」
重「その先輩に『黒髪で薄化粧のほうが可愛いよ』って言われたから戻したらしいよ」
知哉「……やっぱし恋が絡むのか」
うだる夏の暑さと蝉の声に昔のことを思い出していると、いつのまにか二人は目的のショッピングモールに到着した。平日の昼近くだったが、オープン間もないショッピングモールは人で賑わっていた。
知哉「一階のちょっと行ったところにあるってよ、化粧品売り場」
入り口すぐの案内図をのぞき込んだ知哉が言った。
重「よし、それじゃ行こうか」
化粧品売り場へ歩き始めた二人は、久しぶりに会う同級生に少しだけ緊張していた。同級生が同性ではなく異性と言うことが余計な緊張を生んでいた。
重「ここみたいだよ?」
知哉「おう。んで、智明はいんのかな?」
化粧品売り場でキョロキョロする男二人組はかなり目立ち、二人が智明を見つけるよりも先に、智明のほうが二人に気が付いた。
智明「ちょっと二人共! こっちこっち!」
聞き覚えがある声だったが、以前よりも大人びたその声に、二人の緊張はさらに増した。
知哉「よ、よう」
重「ひ、久しぶりだね、智明ちゃん」
二人のぎこちない再会の挨拶に智明は微笑む。
智明「なによ? トイレでも我慢してんの?」
朗らかに笑う智明に、二人は何に緊張していたんだろうと呆れてしまった。
知哉「相変わらずだなぁ智明は」
智明「そりゃそうでしょ、二人だって相変わらずなんだから。知哉は変わらず顔にバカ出てるし」
知哉「………………」
智明「大先生は…… あれ? だいぶ男前になってるじゃない!」
重「え? あ、ど、どうも……」
智明「アハハ、照れるな照れるな」
すっかり大人の女性になっていた智明を見て、知哉は自分の事が子供っぽく思えてならなかった。ただし、中身の方は大して変わらないと安心もしていた。
智明「それで、何か聞きたいことがあってわざわざ来たんでしょ?」
知哉「あぁそうなんだよ、実はさ……」
智明「はいはい、ちょっと待って。ウチの商品をなんか買ってくれたら答えてあげる」
重「えっ!?」
重が驚くのも無理はない。化粧品売り場で男が買うものなんて何もない。まぁ買う人もいるだろうが、女性用の化粧品しかない売り場には、知哉と重に必要なものない。
重「何かって、どうする知ちゃん?」
知哉「だから直接聞きに来ないほうが良かったんだよ!」
智明「なに?」
知哉「なんでもないっす! えーっと………… あっ!」
ひらめきの声を出した知哉は、ニヤニヤしながら智明と重の顔を交互に見つめる。しつこく繰り返す知哉の顔は智明の右の平手、重の左の平手で挟まれるようにして砕かれた。
知哉「いってぇ! 何すんだよ!?」
重「もったいぶってないで早く言いなさいよ!」
知哉「ったくせっかち野郎が。あれだよ、椎名さんにファンデーションを買っていってあげたらどうだ? ピエロのメイクかなんかに使えるだろ」
珍しく良いアイデアを提案する知哉。重は心の中で『明日は大雨だな』と思っていた。
重「そうだね、そうしようか」
知哉「うーし、そうと決まったら……」
メーカーそして色合い別に陳列されているファンデーションの数々。知哉は棚に近づくと、ピエロが使えそうな色のものを端から調べ始めた。
知哉「大先生、これなんかどうだ? 真っ白も真っ白、こんなのピエロぐらいしか使わないだろ! こんなの女の人が塗ったらオタフクのお面みたいに……」
知哉は言い終えることなく黙ってしまった。というより、言葉が出てこなかったと言ったほうが正しかった。なぜなら、同じファンデーションを持っていたおばちゃんが隣にいることに気づいたからである。
おばちゃん「ピエロにオタフクねぇ……」
知哉「いや、その、なんと言っても、野に咲く一輪の白いユリのようになれますよねぇ! 重君なんかもそう思いますでしょう?」
重「……う、うん、とっても。可憐だよねぇ。大和撫子だよねぇ」
おばちゃん「白いユリに大和撫子…… まっ、いいでしょう……」
おばちゃんはそのファンデーションを買い物かごに入れると、他の棚へと移動していった。
知哉「…………どうも、申し訳ない」
智明「もう! ウチのお客様なんだから、失礼のないようにしてよ!」
知哉「本当にすみません。大先生、助かったよありがと」
重「まったく、ありがとうじゃないよ! もうそのファンデーションいいから」
知哉「え、でも、何か買わないと……」
重「わかってるよ。あの智明ちゃん?」
智明「うん? なに?」
重「智明ちゃんが欲しい口紅とかってどんなの?」
智明「私が欲しいやつ? えーっとね、コレなんだけどぉ……」
重「じゃあ、それ智明ちゃんにプレゼントね」
智明「え、ホント!?」
重「うん。それで話を聞かせてもらえる?」
智明「あ、もう、いくらでも聞いてよ! ありがとね、大先生。知哉も。じゃ、ちょうど昼休憩の時間だから、レジ済ませたらファミレスで話しようよ」
智明の提案でショッピングモール内の和食レストランで話を聞くことになった。
店員「お持たせいたしました。和風おろしチキンカツ定食のお客様」
知哉「あっ、オレです」
店員「冷やし山菜の三色茶そばのお客様」
重「あ、僕です」
店員「ヘルシー夏御膳のお客様」
智明「私です」
店員「それでは、ごゆっくりどうぞ」
変な緊張感を味わったせいか、ものすごく腹を空かせた知哉と重は『いただきます』と勢いよく食べ始めた。
知哉「うーわ、カツうまっ! 大先生ちょっと一切れ喰ってみ?」
重「どれ? あ、旨い! けどね知ちゃん、冷やし山菜の三色茶そばもイケるんだなこれが」
知哉「どれよ…… うまっ! そばも旨いなぁ!」
智明「ね、ねぇ? 何か話が……」
知哉「あ、智明もカツ一切れ食べるか?」
智明「え? あ、じゃあ…… うん、美味しい!」
重「いやいや智明ちゃん、そばも美味しいよ?」
智明「どれどれ…… あぁ、サッパリして美味しい、ってバカ! 話を聞きに来たんじゃないの!?」
知哉「あっ、そうだった。で、なんの話だ?」
智明「こっちの台詞なの!」
知哉「あ、あぁ、わりぃわりぃ……」
智明「それに、カツを食べちゃったらヘルシー夏御膳を頼んだ意味ないでしょ! カツの分で普通の夏御膳になっちゃうじゃない!」
知哉「でも、うまかったろ?」
智明「……うん。じゃないの! 何を聞きに来たのよ!?」
重「実はね……」
知哉と重は交互に話していきさつを説明した。何でも屋をやっている事、風変わりな依頼がきた事、そしてデートコースを決めるために話を聞きに来た事を。
智明「なるほどね、それで私のとこに来たんだ?」
食事を終えた三人は温かいお茶を飲んでいた。
重「うん、そういうこと」
智明「デートね…… ありきたりだけどショッピングがいい」
知哉「ショッピングか……」
智明「うん。好きな人といろんなお店行って、いろんな物を見るの好きなの。別に買わなくてもいいの、ただ、今って新商品で溢れてるでしょ? あんなのもある、こんなのもあるってやってるだけで楽しいんだよね私」
知哉「俺と修なんかもホームセンターなんか行ったら同じ感じだよ」
智明「それに、海外の人なら和風の物が買えるとこに連れて行ったらどう? 扇子とか浴衣とか以外にも、最近はUSBメモリーとかスマートフォンのカバーとか色んなの売ってるでしょ」
知哉は何かを思い出すとタバコを取り出して智明に見せた。
知哉「これ、寄木のタバコケースなんだよ、こういうもんみたいな感じか?」
智明「そうそう、ちょっとした物なら留学で来てる学生さんにも買える金額だしね。そうそう、あとコスプレね」
知哉「………………化粧だけじゃ飽き足らず、コスプレにも手を出したのか」
智明「大先生、カツもう一切れ食べていいからね?」
重「それじゃ遠慮なく……」
知哉「あぁ、もう悪かったよ! 冗談だって!」
智明「まったくもう。それでコスプレよコスプレ。侍とか忍者とかさぁ……」
知哉「なるほどそういうコスプレか」
智明「気軽にできるものから、本格的にお化粧したり、お城の中で撮影したりするやつあるじゃん」
重「あぁ、アニメとかゲームの人気もすごいからねぇ」
智明「そういうコスプレとか貸衣装でのスタジオ撮影とかも人気があるんだって。だからその彼女さんがそういうの好きだったらちょうど良いんじゃない?」
重「なるほど、それはいいね。やっぱり智明ちゃんに聞いて正解だったよ!」
意外にいいアイデアを出せたなと、智明は満足げな顔をしてお茶を口に含みながら、ちらっと店内の時計に目をやった。
智明「あっゴメン、もう時間だ」
知哉「ん? そうか、今日はありがとな」
智明「依頼、上手くいくといいね」
知哉「おう」
智明「あ、そうだお昼代……」
持っていた黒の財布を開けようとする智明。
重「あ、いいよ、こっちで払っておくから」
智明「でも、口紅も貰っちゃったし……」
知哉「いいっていいって」
智明「ホントに? じゃオゴってもらっちゃお。じゃあまた連絡してね」
智明は笑顔で売り場へと戻っていった。それを見送り、知哉は爪楊枝をくわえ、重はメガネを拭いていた。
知哉「頑張ってんだな智明も」
重「うん、そうだね。ただ良いアイデアもらったけど、この依頼は赤字だねぇ…… あの口紅だけで依頼料の半分以上超えちゃってるもん」
知哉「まぁな。でもまぁ、信用を買うと思えば安いもんだ。宣伝と言うか営業にもなるんだからよ? ふぅ、それで次は誰のとこ?」
重「えーっと、次は未悠ちゃんだね。このショッピングモールの裏のカリフォルニアロードにある銀行で働いてるらしいよ?」
知哉「銀行員!? まぁ、数字強かったからな。つーかよ、なんでカリフォルニアロードっていうんだろうなあそこは? ひとっつもアメリカ要素ねぇぜ?」
重「そう言われればそうだね。なんでだろ?」
知哉「ま、いいか。うーし、行くか……」
知哉が伝票を手に取ったのに合わせて重は席を立つ。だだ、知哉は伝票を見つめたままでなかなか立とうとしなかった。
重「なに、どうしたの?」
知哉「和風おろしチキンカツ定食よりヘルシー夏御膳のほうが……」
重「ほうが何?」
知哉「800円も高い……」
重「やっぱりお昼代もらっとけばよかったね……」