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何でも屋  作者: ポテトバサー
第二章・よそでイチャつけ!!
14/56

麻衣とは呼べない

修「そろそろ待ち合わせの時間だろ?」


渡「いま姉貴から連絡来たから、もうそろそろだよ」


 久しぶりの晴天の下、二人は駅前のロータリーで麻衣の到着を待っていた。渡の姉である麻衣は自身で会社を経営する多忙の身。なので移動中の車内で話を聞くこととなっていた。


渡「ん? あっ、来た来た」


修「えっ? どの車?」


渡「ほらあれ、白のコールスモイスだよ」


修「コールスモイス!? おい、ヴィンテージ? たっかい車だなぁ……」


 駅前のロータリーには不釣り合いな白塗りコールスモイス。排気ガスを吐き出す鉄の塊とは思えない美しい容姿のコールスモイスは、優雅に旋回してくると、二人の前で華麗に停車した。それは風に吹かれた一枚の葉が水面にふわりと落ち、一つ二つの水紋が広がっていくようだった。

 修が、何でも屋で使用しているポンコツ軽トラと、風に吹かれた一枚の葉との差を感じていると、運転席から五十代前半の男が降りてきた。もちろん、その男は運転手で、仕立ての良いスーツを品よく着こなしていた。


運転手「渡様、お久しぶりでございます」


 運転手は渡に丁寧にあいさつをする。


渡「お久しぶりです」


運転手「これは修様! お久しぶりでございます」


修「……………あぁ! 中学の時、渡の執事さんだった篠塚(しのづか)さん!? お久しぶりです!」


篠塚「どうぞ、ご乗車ください。麻衣様がお待ちです」


 そう言って篠塚がゆっくりと後部のドアを開けると、優しく甘い香りが車内から漂ってきた。ベルガモットの柑橘系の香りの中に、時折、惑わせるかのような甘さがあった。


麻衣「あらぁ修ちゃん、お久しぶり。一段と男らしくなっちゃってぇ」


 香りにのせて麻衣のしなやかな声が聞こえてきた。


修「あ、どうも、お久しぶりです」


麻衣「さぁどうぞ」


 ガラの悪さなど微塵も感じさせない、気品あるグレーのスーツを着こなす麻衣は、修に向かって何度も手招きをする。


修「……し、失礼します」


 渡には、車に乗り込む修の姿が食虫植物に近づいていく虫に見えた。つまり渡には、実の姉が食虫植物に見えているのである。


渡「なに考えてんだか……」


麻衣「渡は前に乗りなさい。はい、聞こえたなら返事」


渡「はい、はい! 言われなくてもわかってますよ! あ、篠塚さん、自分で乗りますから」


 渡が乗り込むと篠塚は運転席に戻った。


篠塚「それでは出発します」


 白塗りのコールスモイスは駅前のロータリーを後にした。


麻衣「それで? 私に何を聞きたいの? 週末の予定かしら……」


渡「実はね姉貴、俺たちがやってる…… ねぇ聞いてる?」


 麻衣は渡の問いかけを無視して修のことを見つめ続けている。


渡「ねぇ姉貴? 聞いてんの?」


麻衣「………あのねぇ渡」


 しつこい弟にうんざりと返事を返す麻衣。


麻衣「私はあなたの姉貴じゃないの。お姉様なの」


渡「まったく…… あの、お姉様! 実はですね!」


麻衣「粗暴な話し方…… 修ちゃん代わりに説明してもらえるかしら?」


 姉に呆れかえった渡は腕を組むと座席にふんぞり返った。


渡「ほら、早く説明してやってよ?」


修「えっと、それじゃ…… あの、今日お伺いしたのはデート‥」


麻衣「渡、今すぐ車から降りなさい」


 麻衣は修の話をさえぎり、ドアを指差しながら言い放った。


渡「え!? なんでよ!?」


麻衣「修ちゃんが私にデートのお誘いをしてるの、空気を読みなさい。ほら、ドア開けて映画みたく飛び降りなさい」


渡「早合点しないで、最後まで話を聞きなよ!」


修「あの、そうなんです、デートのお誘いじゃないんです」


麻衣「あら、お誘いじゃないの? 残念だわ……」


修「すみません…… お、お姉様」


 前に習い、お姉様と呼ぶ修。


麻衣「麻衣でいいわ」


修「へっ?」


麻衣「修ちゃんは麻衣でいいのよ?」


 修の右手を両手で包みながら麻衣は少し身を乗り出した。


渡「あのさ、俺の親友に色目使うのやめてもらえる? あぁ、やっぱいいや、修の手を握ってていいから俺の話を聞いてもらえる?」


麻衣「うん……」


 即答だった。


渡「今ね、何でも屋にデートコースを決めてもらいたいっていう依頼が来てるんだよ。それで、依頼主もそうなんだけどその彼女が海外の人なんだ」


麻衣「うん……」


渡「それで、あね‥ お姉様は大学、大学院とイギリスに行ってたでしょ? その時、お姉様の事だからボーイフレンドの一人や二人いたでしょ? だから……」


麻衣「なるほどね」


 麻衣は修の右手を名残惜しむようにゆっくりと離した。


麻衣「イギリスじゃ私も外国人だものね、英国紳士がどうやって極東の美人をもてなしたかを知りたいのね?」


修「さすが、麻衣お姉様。お察しの通りです」


 親友の姉を名前だけで呼ぶことなど当然できない修は、その呼び方を選んだ。


麻衣「わかったわ、教えてあげる……」


 今度は修の左手を包み込み身を乗り出す麻衣。


渡「だから、俺の親友に色目を使わないでもらえる?」


麻衣「いちいちうるさいわね! ……うーんと、そうね、英国紳士はブレナム宮殿へ連れて行ってくれたの。綺麗な造りの宮殿だった。庭園も二人で散歩して優雅な時間を楽しんだの」


 ブレナム宮殿を知らなかった修は渡に聞くと、麻衣の話の邪魔にならない程度に渡は答えた。


渡「世界遺産の宮殿だよ。たしかバロック建築で、あの… 風景式庭園だったかな、それなんだって。すごーく簡単に言えば、おしゃれなで美しい宮殿って『おきれいでございますねぇ』ってかんじ」


修「ほう……」


麻衣「ブレナム宮殿の次はコッツウォルズ。瞬きをするのがもったいないほど、いえ、瞬きの回数だけシャッターをきりたくなるほど美しい所だったわぁ」


 修が小声で聞く前に渡が答えた。


渡「世界で一番綺麗と言われてる村が点在している丘陵地帯でね、写真で見たけどきれいだったよ」


麻衣「そのままストラトフォード・アポン・エイヴォンに行って……」


渡「ストラトフォード・アポン・エイヴォンってのは……」


修「シェイクスピアの生まれたとこだろ?」


渡「ちょっとでも文学に関係してると詳しいんだね…… というか、本を読んでたらブレナム宮殿くらい分かりそうなもんだけどね!」


修「本読んでても、興味のない情報は一時保存してるだけだからよ、脳内で」


 何でも屋に着くまでの二十分間、イギリスでの優雅で情熱的な麻衣の留学生活の話が続いた。役立つ情報も多かったが、麻衣の振る舞いに二人は疲れてきていた。

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