色無き龍 霧と指輪と共鳴変化
爆発するように魔力が噴出したのを感じて振り返るリョク、正直に言ってしまえばツバサ達が気になる、今すぐにでも走ってさっきの場所に戻りたいくらいに。でも、ここでユカリを放っていけばツバサに嫌われる。
……なんでこんなにツバサに嫌われるのが怖いんだろう?緑の忌み子はカルトのはずなのに。カルトだったらどうでもいいことが、ツバサだったらこんなにも怖い。
ふと疑問に思ったが何種類もの解毒を同時に行ってる状態でユカリが血を吐き、深く考えている余裕はなくなった。ただ今の主の無事を祈り、自分に任された命令をこなすことだけが彼にできることだった。
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夥しい量の血の海に倒れた餓鬼が、ピクリと動いた気がした。視界の端で、しかも微かすぎる動きだから気のせいかとも思った。しかし、体を牙で貫かれ、毒が全身に回り、血も足りてない餓鬼は確かにその足で立っていた。
何故動ける?そもそもなぜ生きている?その手に持つ金色の本は何だ?何故傷口から血ではなく光の粒がこぼれている?
俺の頭にはそんな疑問が現れては即消え去る、いや、置いておく余裕がなかった。頬の涙を指で拭い呟いたかと思えば、振り返った餓鬼と服の傷が一つものこさずかき消され、まるで爆発するように魔力が膨れ上がったのだから。
「『龍の涙』が間に合ったか。しかし、毎度誰かが助けに入れる状況ってのもすげーよなぁ…?
どんなご都合主義とか絶対幸運持ってるんだっつの」
首を鳴らしてこちらを射抜くように見た餓鬼の目は、どこまでも透明で透き通った瞳をしていた。先程までの餓鬼とは違う「誰か」だ、同じ姿形をしているがこちらを殺すことに何の躊躇いもない目をしている。その眼に威圧されて一歩下がると、狙ったかのように濃霧が周囲を包みこみ、付近の全ての生物の視界を奪い取った。
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視界を覆い尽くすように湧いて出た濃密な霧の中で、小さく聞こえた話し声。その発生源には小さな障壁に包まれた空間と一人の影が存在した。
『こんなちゃちな時間稼ぎで何秒持つやらね』
「さぁな、だが日色。どうして俺が出張れるような事態になるまで放っておいた?」
『異常な契約耐性の原因が君だってわかってたしね』
それはツバサの顔でしゃべりながら、ツバサがしないようなけだるげな半目で睨む「誰か」。それに答えるのは金色の取説…否、魔導書というべきもの。
ページにさらさらと文字が現れては消えていく。何も知らない人が見ればそれに驚き、狼狽えるだろう、しかし「誰か」は微塵も気にすることなく書かれた文字を目で追っていた。
『この程度のことで僕を頼ってたらきりがないよ、この先の見込みもない。それに僕が出なくてもリュウちゃんやるでしょ?今みたいに』
「あぁそうだな。でもあいつらぶっとばしたら俺また戻るわ」
『せっかく出れたのに戻る方が乗り気なんだ?』
「あぁお前がやらんのなら俺が殺る。…心配すんなよ、これからはすぐ出れる。ほら、発動媒体の指輪さっさとだせ」
楽しそうに喋る魔導書に呆れるような溜息を吐くツバサ、顔を上げて魔力を込めると魔導書が淡く光り十個の指輪を吐き出した。それは宝石や鉱石から削りだしたかのような繋ぎ目のないもので、その色はそれぞれ赤、青、緑、黒、白、銀、虹、紫、金、そして…無だった。
「俺がこいつに埋め込まれた時に願ったことは識ってるだろ。俺はこいつを通して見るだけで十分なんだよ」
『じゃあ久々だけどちゃんと戦い方覚えてる?』
「覚えてなきゃ戦わねぇよ、お前こそ最近何もしてねぇんだろ」
その時一陣の風が吹き、視界を奪っていた濃霧が一斉に大空へと旅立った。警戒するように大空を飛ぶ飛龍が一匹、そして周囲にもいくつかの気配を感じる。
「さて、相手も痺れを切らしたみたいだぜ?……つか、飛龍が俺達に敵うとでも思ってやがんのかね?」
『へぇ…なら叩き潰して理解させてあげなくちゃ。格の違いってやつを、ね』
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「おいおい、ここまできて時間稼ぐのかよ?」
奇襲を警戒し空から見下す飛龍がうんざりしたように呟く。突然傷が治って別人のような振る舞いをしたから思わず気圧されたが何のことはない、傷が塞がろうとも毒は確かに体内にあるのだ。時間を稼げば勝手に自滅するだけの相手のなにを恐れることがある。そう思いながら霧が晴れるタイミングを待っていた。あるいは、この時逃げていれば彼は助かったかもしれない。
吹き荒れた風が霧を捕まえていった後には、触れるだけで壊れそうで、そして逆に触れた途端にさくりと軽く真っ二つにされそうな気を纏ったリュウガが立っていたのだから。
「まだ倒れねぇとは思わなかったが、あれだけ毒を使ったんだ、死ぬまでもう少し遊んでやらぁ」
「お前“ら”なんぞと遊んでる時間はねーよ、10秒で終わらせてやる」
「じゃあレアの焼死体で勘弁してやるよ!!!」
叫びを合図に突如左右の瓦礫を吹き飛ばして飛龍の援軍が現れ、餓鬼に向け炎弾のブレスを撃ち放つ。餓鬼は欠片も避けようとせずにただ炎弾に両手を向け…
「いや、俺しっかり焼く方が好きなんだわ」
緑・銀の指輪が輝く、指先に触れた途端炎弾が青く変色し大きく膨張した。つーことでウェルダンで頼む、そう言ってそのまま術者である飛龍達へと押し返す。瞬時に直撃、爆発を巻き起こしあっけにとられる俺も爆風へと対処することになった、はやく立て直せ今あいつを見失ったら……。爆風によって荒れ狂う風の中、体勢を立て直し不意に聞こえたのは、6…7…と数字を数える餓鬼の声。どこから聞こえてくる?わからないただ、近い!
「8」
「ど、どこだっ!」
「9」
慌てて見回し消えた餓鬼を視界にとらえた時に見えたのは、黒紫光を纏って回転しながら墜ちてくる遠心力を最大まで利用した踵落としだった。
「首狩り…風車!!」
…最後の一瞬、死の鎌は振り下ろされる光景を焼き付けて、飛龍の意識を完全に奪い取った。
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空中で蹴倒した飛龍をクッションのように着地して周囲を見渡せば、出るわ出るわ、どこにいたのかというくらいの群れが獰猛な唸り声をあげていた。先程まで相手にしていたのが毒に頼る小賢しい連中だとすれば、ここに残っているのは己の爪を、牙を、強靭な肉体を自慢とする野生に近い成長を遂げた者だった。
『はっはっは!見ろ、飛龍が蟻のようではないか!!』
「まだいんのかよ…鬱陶しいな、ヒイロ、力貸せ。一発で終わらせるぞ」
『リュウちゃんってば世話が焼けるんだからーもう♪』
「気持ちわりぃからその口調やめろ。無・金の共鳴変化・ジョーカー。刃の青」
金と水晶の指輪が光り、黄金で作られた柄が空中に現れる。リュウガが目を細めて柄を握り、見えない鞘から青い水晶の刃が引き抜かれた。飛龍の、否、魔界の誰もが知るはずのないその武器の危険さは、知能よりも強さをとる進化をした飛龍達を素早く反応させ、野生の本能から咆哮をあげて襲い来る。
――だがもう手遅れだ。
「この刃はどこにでも存在し、逆にまたどこにも在らず。刃の概念そのものが俺の意思と共に存在する。
疾風・零式」
高速で空振りしたように見えた無色の刃、だがそれを縁取るような金の軌跡が何百、何千と輝いて空を走る。さぁ、大空を翔けろ星の雨。
「魂喰矢射・龍星雨」
決して大きくはない、だがその場を支配するように呟いた言葉が決着の合図となった。呟いた瞬間に星のような輝きが光の矢となり、飛龍達をの瞬く間に撃ち落としてしまったのだから。……苦戦した勝負の、それはあまりにもあっけない終わりだった。
「あ」
『どうかしたの?リュウちゃん』
「ハクオウ巻き込んじまったかも」
『……かっこよく決めたと思ったら締まらないねぇ』
「…………うるせぇ」
不貞腐れたように言って金色の柄から手を離すと、まるで初めから存在しなかったかのように刃はその姿を消した。それはコウが使う「存在の概念を打ち消すことによる防御」とは真逆に位置する「不存在の概念を打ち消すことによる複数の九十九を収束した武器」。
一番最初の九十九種ドラゴンの力を体現した物だった。
「さて、他の奴ら拾って帰るぞ」
『ってまだ戻らないんだね』
「帰るまでが遠足ってことだ、村に戻ったら消える。指輪は残すから後頼むぜ?」
『ほんとに世話が焼けるねぇ、リュウちゃんは。わかったよ』
「共鳴変化?またわけのわからんのが出てきたな」
「ただでさえブレスとかもあるっすのに」
「次回、メモ帳、だって」
「リュウガと、共鳴に必要なシンクロなどが主になりそうじゃな」
「ではまた次回、お会いしましょう。またね♪」