記憶の彼方にあったもの 渦巻く風と空中戦と概念毒
風がツバサの周囲を渦巻く。ハクオウの契約効果は風系列の魔法による魔力消費を極端に減らすこと。
ツバサの時間経過による回復を考えればその消費は無きに等しくなる。
渦巻く風が脚防具へと集中していく、軽く足を振って感触を確かめ、空を舞う飛龍を見据えた。
メシッと足元で岩盤に罅が入るのが分かる。今こそ、あの空へ…自分達が空にいる限り安全だと勘違いしてるあの馬鹿に教育してやる。
「いくよ、ハクオウ!」
『調整は私がします、思う存分やってください!』
全力で大地を蹴る、風を切って大空を貫き、世界を穿つ砲弾のように飛龍へと突進した。風が空が、大気が僕の味方をする感覚。
「ははっ、馬鹿の一つ覚えか、跳ねて落ちるだけじゃねーか!」
流石に距離がありすぎた、砲弾のような突進もあっけなく起動を読まれて躱される。
落ちるだけの無防備なツバサに追撃を仕掛けようと空中を探す飛龍。
しかし……
「どこを見てるのさ、僕はこっちだよ」
声に振り向いた飛龍が見たのは、空中を踏みしめて回し蹴りを放つツバサの姿だった。
●
「ハクオウの装備効果は大気を固める、言ってしまえばただそれだけのことだが空中戦には恐ろしい能力と言えるだろうな。あいつ個人は正々堂々戦う決闘者の誇りに関して一番煩いから飛龍への扱いは推して知るべし」
「たしかに龍対飛龍なら圧倒的に龍の方が強いから、本気の龍相手じゃ飛龍に勝ち目はないです……」
「さてさて、問題はここの飛龍がどんな毒を使えるかなんだよな」
水晶玉を磨きながら眉を寄せるコウに、お茶を並べるクロガネが苦笑する。
「火山の近くに住むんじゃ、強力な毒ではあろうが…ツバサには効かんじゃろう」
「ただの猛毒、ならな」
「他にあるんですか?神経毒とかしかないと思いますけど」
「世界最強の毒がある。『概念毒』ってのがな」
「概念自体を弱らせる類じゃったか?そうそう使えるものはおらんと思うが……」
「飛龍の王がいる地域だ、いても不思議じゃないさ」
お茶をすすり、周囲にいた人間が怖気立つほど冷たい目で飛龍の巣の方角へと目をやる。
――このぐらい乗り切れるよな、相棒…。
●
「…まだ、やる気があるのかな?」
飛龍からの返り血に塗れ、余裕ぶって空中で撃ち破ったやつを見下ろすが…先のダメージで今にも意識が途絶えそうだった。でもまだ倒れることはできない、下がったとはいえまだ近くでユカリを解毒しているリョクと人質が残っているんだ。ここで弱みを見せたらまた逆転される。血を吐きながらも飛龍が嘲笑った。
「へっ、強がっちゃいても、足が震えてんぜ…がふっ」
意識朦朧とはいえ怪力を持つツバサの蹴りを何度も浴びたのだ、息も絶え絶えで後は気を失うのを待つばかり、といったところか。
とどめの一撃を下そうと一歩踏み出した途端、ツバサは膝から崩れ落ちた。
「力が、抜ける…っ?」
「ようやく効いてきたみたいだな…ここらに住む飛龍の血は…どんな化けもんも弱らせる概念毒の塊だ。
俺もそろそろあぶねぇだろうが、やられたふりしてもう一人残ってんだよな、こっちには」
「さっき瓦礫の中に蹴りこんだやつか…」
「御名答…あー…あとは任せたぜー」
そこで気を失ったのかそいつが目を閉じるのと共に、瓦礫の中からもう一匹の飛龍が姿を現した。
「窮屈だったぜ~、呆れるほどに暇だったしな~」
『ツバサ!私が相手をしますからその隙に逃げてください、リョク達が近くにいるはずです、せめてそこまででも!!』
シロガネが龍に戻り起き上がってきた飛龍へと突進をかけた。少しでもツバサから距離を取らせるためか尻尾で小柄な飛龍の体を打ち上げ空中戦へと持っていく。
なんて、のんきに観戦してる場合じゃない!さっきリョク達が下がったのは――
「……なんてな」
思考を中断させる激痛、背筋を凍りつかせる声と共に肩から発した相反する灼熱感。
ずぶりと、気持ちの悪い音を立てて体に綺麗に並んだ牙が突き立てられ猛毒であろう液体が体内に流し込まれた。
「~~っぐ、っぁあアアあァ嗚呼ああぁあアあ!!??」
口から洩れるのは獣じみた絶叫だけ。牙が傷を抉る痛み、毒が直接体を蝕む痛み…牙が引き抜かれた時には力なく倒れることしかできなかった。
「気絶したふりすら見抜けないとは、相当余裕なかったんだなー」
「っく、あぁ…ぐっ」
体が痙攣する、少しでも逃げようと伸ばした腕は頼りなく震え、地面を引っ掻くだけ。飛龍が何か呟くのは聞こえるが、痛いに眩む頭ではなにを言ってるかすら解らない。
このままじゃ、死ぬ。今までの「やばいかも」なんていう冗談じゃなく身近に死の気配があった。
『……が……る…だ』
…不意に聞こえるどこか懐かしい声、なんて言ってるの…?
『お…は……まも…ん…』
…君は、誰だっけ、コウ達よりも”もっと前から”知ってる、懐かしい、君。
『お前は!俺が守るんだ!!』
…あぁ…そっか、君は…
「君」が誰か思い出した途端、溢れる涙が頬を濡らし、僕の意識は深い、とても深い闇に落ちて行った。
次回予告
「ツバサ、いってた、「君」、誰、だろ?」
「俺とは逆の龍らしいぞ」
「この劣勢を覆せる力を持っておるのか?」
「次回、虹と翼と47話、色無き龍、っす!」
「なお、次回予告は変更なく変更される場合がありますよ」
「ご了承ください♪」