龍をも倒す毒 ピンチと王と白き風
飛龍の巣にたどり着くまでは順調だった。……攫われた少女を探してるうちに先に飛龍達に見つかっただけで。蜂の巣でも突いたかのように大騒ぎになる飛龍の巣の一角、ツバサ達がとった行動は「逃げながら各個撃破して攫われた子を探す」だった。
結果から言うなれば作戦は概ね成功したといえる。ただ一点、攫われた少女がいた場所に飛龍の王がいたことを除けば、だが。
「このようなところに客人か…皆まで言うな、主らの狙いは分かっておる、我らが元から大切な宝を奪おうというのだろう」
何かの魔法の残滓を感じて部屋に飛び込むと、そこにいたのは苦笑するように目を細めてこちらを見る飛龍王、そしてその足元でぐったりとしてる少女。何があったのかはわからないが無傷ということは分かったので、改めて飛龍王に向き直る。目の前に侵入者がいるのに飛龍王はそれがどうしたといわんばかりの余裕でもってこちらを出迎えた。立ち上がって向かってくるわけでもなく、誰かを呼ぶわけでもなかった。ただ小さく「そうか、主らがきおったか」と呟いていた。
お互いすでに戦闘態勢だが、こちらは飛龍王の足元に少女がいるので動けない。助けてすぐに逃げるにも飛龍王が少女を庇うように尾を伸ばしている。
膠着状態、しかしただでさえ他の飛龍が僕らを探している、無駄な時間をとるのは致命的だ。
そんな時、口を開いたのはユカリだった。
「あんたは話が通じそうっすから一応聞くっす……素直に返してもらうわけにはいかないんっすか?」
「いかんな、宝を奪う輩を退治するのがボスの役目だ」
「じゃあ、取引、しよう?他の、飛龍、下がらせて、僕達と、奪い合い」
「一番奥の部屋まで来たんだからボスを倒せばそれで終わり、それでいいでしょ?」
「ふむ、久方ぶりの客はなかなかに面白い、唐突に入ってきたうえ物怖じせずに取引とは……よかろう、ただし主ら3人も龍の端くれ、わしらも3人でならばその勝負を受けようぞ」
飛龍王が目を細めて小さく笑った気がした、そうなるのを待っていたかのように。でも何か企んでいるという気がしないのはやはり王としての威厳なのだろうか。
「勝負は簡単だ、全員がギブアップするか死亡で負け。それでよいな?」
「もちろん、ほんとに話が分かる相手でよかったよ」
「無駄な、戦いは、避けられた」
「問題は最強と戦うことっすけど、あっしらなら何とかなるっすよね」
ふん、そう簡単にやられはせんぞ、と飛龍王が笑って二匹のワイバーンを呼んだ。
どちらも他のワイバーンと比べて少し小柄(といっても人間と比べたら相当でかい)だが、フレア直々の指名なのだ、何か隠し玉があるとみていいだろう。
「それじゃあ、始めようか!!」
●
「えと、コウさん、クロガネさん……?」
「どうしたコタロウ?流石に村までくるほど飛龍も馬鹿じゃないから心配ないぞ?」
「それに突っ込んできたとしてもわし等がおる、案ずるでない」
「あの、それよりもあの3人は……」
村はずれの一軒家、コタロウ少年宅に通された二人。ツバサ達が心配でソワソワしてる二人よりも、輪をかけて落ち着かないコタロウに苦笑するクロガネ。
だが、コタロウ少年は救助に向かった3人が飛龍に挑むことを危惧していたようで遠慮がちに大丈夫なのかと聞いてくる。
「確かに見た目はただの子供だが、今いる中で空中戦になるならあの組み合わせが一番いい」
「飛龍は障壁を使わんのじゃ、わしの出番はないじゃろう。それに、コウの魔法障壁も同じじゃな」
「火炎程度ならあいつら蹴り飛ばすしな。ただ問題があるとすれば」
「あるとすれば……?」
首をかしげてコウを見つめるコタロウ少年に、無性にこみ上げる笑いを無視してコウは続ける。
まず、と言って人差し指を立て真剣な表情で告げた。
「今回の面子は素直な奴らだから、絡め手が来ると弱い」
「ほう、例えばどういった事態じゃ?」
「単純な強さで言うならツバサ達の方が強い。だから今頃飛龍王は倒されてるだろう」
「えぇ!?まだ3時間たってないのにもう!?」
「それだけ桁違いの強さなんだよ俺達ドラゴンってのは…言い方を悪くすればパワーバカだが。
で、続きだ。多分飛龍王は自分が毒性を持ってないから毒性の強い奴をお供として連れてきてるはずだ。…そいつ等は多分始めにツバサの蹴りでやられたふりしてツバサが飛龍王を倒した後、気が緩んだところで」
「後ろからガブリ…か。しかしツバサならきかんのではないかえ?」
「ツバサの頑丈さでもまったく通らないわけじゃない、それにツバサよりも狙いやすいのがいるだろ」
「あの、紫のお姉さん?」
「そのとおり、多分リョクならシロガネから鍛えられてるし直前で気づく。だがユカリは鍛えるやつがいなかったからな」
人間界に行かないで鍛えといたらよかったか…とたらればを語っても今更だ。
「まぁ、あくまで起きそうなこと。だから起きるとは思わないが、というか起きてほしくない」
「うまくやってくれると信じるしかないのじゃな」
●
その頃の3人は悲しいかな、コウの予想通りの展開に陥っていた。ものの見事に絶壁に叩きつけた2匹のうちの一匹の飛龍が、フレアの気絶を狙って奇襲をかけたのだ。
飛龍の王が負けたという話は恥、あってはならぬことならば、勝利した者を王が知らぬところで消し去ればいいのだと、毒の滴る牙で無防備なユカリに襲いかかった。
ぎりぎりで気付いたのか避けようとするも牙が肌をかすめ、その小さな傷から毒が回って全身が焼付くような激痛が走る。あまりの痛みに倒れこむユカリ、それを庇うように立つリョク、そして飛龍と一人対峙するツバサ。
「リョク、急いで解毒を!!見損なった…いや、思った通りっていえばいいのかな?翼あるトカゲ君」
「強ければいい、それが魔界の掟だぜ?それに俺達は降参なんて言ってないしな」
「そう、自分達の王が負けを認めても自分は勝てると…こんな卑怯な手を使ってでも勝てばいいっていうんだね?」
「正々堂々に拘るやつほど……魔界じゃあ早死にするぜ?」
飛龍が軽く息を吸って火炎弾を打ち出せば、ツバサは踊るように蹴りや拳で打ち砕き、リョクは流れ弾からユカリを守るように火炎弾の流れを操ってそらす。ツバサが隙を見て反撃しようにもサイズの差がそのままリーチの差となる上、有効打を与えられそうな頭部にはユカリの力がなくてはまともに到達すらできないだろう…じり貧だ。
「あっしが、不甲斐無いばっかりに……」
「気が、散る、黙ってて。ツバサも、頑張ってる」
手出しできないことにイラついた声で言うリョクと激痛をこらえつつ血を吐くような声で呟くユカリが涙を流していた。
死なない方が逆に厄介なこと…それは痛みや眠りで行動を封じられることである。強力な毒なら人として死に武装の状態に戻る、だが、生半可なものでは強烈な痛みや眠り、麻痺となり行動を封じられてしまう。この状態では武装に戻っても万全の能力が使えない。龍の強靭な生命力が今回は仇となっている。
一心不乱に飛龍と戦うツバサ、毒による激痛で苦しむユカリ、二人に比べ冷静に事態を眺められるリョクも葛藤していた。短時間で解毒ができるのか、例えそれができてもツバサがそれまで持つのか、消耗しすぎて僕等を使う余裕があるのか、そんなことがぐるぐると頭を巡り、焦りだけが加速していく。
一つだけ、この状況を打破できる可能性があった。でも、ツバサがそれを許すとは思えない。
「ユカリ」
小さく、聞こえるかもわからないほど小さく呟いた一言に、リョクを見上げるユカリ。その眼は決意に満ち溢れていた。
「わかってるっす…あっしを殺せ。あっしの紫翼さえあればツバサも対抗できるっす」
「ツバサに、嫌われるかも、知れないよ?」
「あっしがやれって言ったんっすよ言われるがまま仕方なくっす、だから大丈夫…」
激痛をこらえて無理やり立とうとするユカリへ、ツバサの罵倒が降る。
「そんな相談してる暇があったらさっさと解毒!僕だって生身でいつまでも持たないんだから!!
それに、僕は皆を道具じゃなくて家族だって思ってるんだ。復活できるからって進んで殺したいなんて思わないの!!」
「で、でも…」
「余裕あるな!隙だらけだ!!」
二人に気を取られたツバサに、絶好のチャンスと見たのか空中から巨体を利用したボディプレスをぶちかます飛龍。
大地に叩きつけられ、その巨体に押しつぶされたツバサを唖然と見ることしかできないリョク。
信じられないというように首を振ってツバサの名を叫ぶユカリ。
…戦況は絶望的だった。
●
「という感じでピンチになってる可能性もあるが…」
「……それはわしらがいかんでいいのじゃろうか?」
「つ、ツバサさん死んじゃうんじゃ!?」
コメカミを押し揉むようにしつつため息をつくクロガネと慌てふためくコタロウを見て
苦笑しながらコウは続けた。
「大丈夫だ、今はいい風が吹いてる……」
「風ぐらいいつだって吹くじゃないですか!!心配じゃないんですか!」
「…あぁ、確かにこのいい風なら飛龍の巣にも届くじゃろう」
クロガネも気付いたのか微笑んで空を見上げる。自分達ではいけなくとも遠い遠い地にいるもう一人の仲間がいる。
「それに、あの堅物とツバサのことだ。仮定した不意打ちなんぞしようもんなら待ってる結末は一つ」
「「不倶戴天(ってな・じゃな)」」
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「っっ~~~~~ぉおおおおおおおおおおお!!」
最初は唸り声、続いて気合のこもった叫び声とともに飛龍の巨体がぐらりと揺れる。ゆっくりと地面と飛龍の間に隙間ができ、飛龍を持ち上げるツバサが姿を見せた。ところどころ砂埃や滲んだ血で汚れてはいるが、まだ力強い瞳から見てその心は折れていない。
「流石にこのセリフ言わずに倒れてらんないでしょ。フレアは堂々と真っ向勝負してくれたから言わずに済んだけど…君には遠慮いらないね、不倶戴天だ」
そういって飛龍を投げ捨てるがすでに足がふらつき始めている。出来る限り早くけりをつけないと…。
ユカリの解毒を後回しにして加勢しようとしたリョク。しかし、一陣の風が吹き抜けたことから、ある一言が思い出された。『――風が吹く場所ならどこでも行きますから』そう言ってくれた白いあの人。
白い笛を探す――飛龍が頭を振って立ち上がる。
ポケットを探り…あった!――飛龍が怒りに燃えた目でツバサに狙いを付けた。
大慌てで取り出す。――飛龍がツバサを食い殺さんと毒牙を剥いて突進する。
ツバサを助けて、そう祈りながら世界中に響けとでもいう様に笛を吹き鳴らすリョク。
……何も起きない。飛龍の牙がツバサに襲い掛かり……
一瞬何が起きたかわからなかった。突然ぎしっと軋むような音を立てて飛龍がその場に縫いとめられたのだ。
「これは…ウィンド・ガーディアンズ?」
「ぎりぎりせーふ、間に合ったみたいですね」
ツバサが飛龍の突進が止まった原因を見抜いたところで不意に後ろから声をかけられた。
振り返った先にいたのは眼鏡をかけた真面目そうな、雪よりも真っ白い女性、ツバサにとっては初対面となる白龍だった。
ハクオウは周囲を見渡し、耳を澄ますように目を瞑る。目を開いたとき、その瞳の奥は怒りで燃えていた。
「最近は飛龍もましになってきたとは思いましたが…認識を改める必要があるようですね。やられたふりして後から勝者を消しにかかるなんて狡い真似をするとは」
「ここは魔界だぜ?勝てばいいんだよ勝てば。それともいてぇ目みねぇとわからねぇのか?」
「いまこの瞬間にもあなたの命綱は私が握ってるってことが分かってないようですねぇ」
「ふん、強がりを。ならそこの小僧と一緒に戦って俺達に勝ってからホザケ!!」
ふむ、と顎に手を当てて悩み、リョク達に問いかける。任せてもらってもかまわないか、と
ツバサが頷くのを見て、二人も頷き返し、リョクがユカリを抱えて下がった。
「それじゃ、私も久々に契約と行きましょう。…この間倒れたらしいですが大丈夫ですか?」
「大丈夫、あれから時間がたってるから問題ないよ。でも契約の歌を歌う時間は……」
「大丈夫です、私は歌無しで使えるようなタイプですから。ただし契約のキャパシティはもらいますけどね。じゃあうまく使ってください、私がいれば空中戦なんてハンデになりませんから」
そう笑ってハクオウが光を放ち、溶けるように形を変えてツバサの足に絡みついた。
光が消えて姿を現したのは純白の脚防具。使い方は契約のステータスアップとともに直接頭に伝わってくる。
『あの卑怯者にドラゴンの誇りってものをきっちり叩き込んでやりますよ!!』
「了解、負けを負けと認めることも必要だってこと、思い知らせてやる!!」