誰も知らないあの日の事(後) ツバサと涙と血の契約
「まだ喋れたか、生きてても辛い目にあってるのにか?」
「憎まれて、殺されるなら……よかった、でも僕が死ぬから……泣かれるのは、嫌なんだ。死ぬ時は……孤独で、誰にも関わらずに……悲しみが無いまま死にたかったのに」
少年は血を吐くように、と言うより実際に血を吐きながらそう言った。誰も信用出来ず、命を狙われ追い掛け回され、誰もいない崖に落ちて死にかけてなお、コウが泣く事を嘆いている。
……この子になら、コウを任せてもいいかな。それに息子のパートナーを殺すわけにもいかないね。
「コウ、僕の血を使おう。天然種の龍の血を浴びれば不死身になるとか言う噂は知ってるよね?」
「血の契約だっけか、龍が相手を強いと認めて自分の不死性の一部を分け与える、とか」
「今の僕だと九十九種としての契約効果も出ちゃうだろうけど、頑丈になるくらいなら日常生活に問題は無いしね」
「……なんだろう、僕のあずかり知らない所で化物になってく予感がするんだけど」
「君はコウが泣くのが嫌なんでしょ?君が死んだらもっと泣くから諦めて生存しなさい」
「まあそういう事だ、化物になってでも生きてて欲しいから、諦めてくれ」
コウの涙に触れた部分からゆっくりと傷が消えていく中、少年はきょとんとした顔で生きてて欲しいなんて初めて言われた、と涙を流す。僕はそんな二人をせかし『龍の涙』を発動させる。それを確認してナイフを出した。コウの魔法が終わったら僕の血を少しだけ分ける、やることとしてはそれだけ。でも僕達にとってはそれ以上の意味を持つ。
もともと金龍を元に作られた九十九種は、金龍の血に惹かれやすい。子供が親を求めて彷徨うように九十九種ドラゴンは金龍に関係したものを好むのだ。つまり金龍との血を介した契約は、他のドラゴンと強制的に関わることを決定付ける事に等しい。
ある意味呪いをかけるようなものだね、と呟いて少年の傷口とナイフでつけた自分の傷口を触れさせる。あとはお互いの血が交じり合えばソレで終わり。血をぬぐってコウに向き直る。
「これで大丈夫、あとはしばらく安静にさせておけば大丈夫」
「そうか……よかった」
「簡単に言うと、僕はどうなったの?」
まだ目立つ傷が治りきっておらず顔をしかめながらこちらに聞いてくる少年。
「ヒトとしての君は死んだことになるかな、金龍もどきになったようなもんだしね」
「じゃあ、龍になった…ってこと?」
「ソレも厳密には違うかな、龍のような特性を得た人の様なもの、って言うのが正しくなると思う」
「よくわからんがひーちゃんの祝福と頑丈さが少しだけ移ったって事か?」
「それでも人間から見たら大幅に頑丈になってるけどね」
二人とも苦笑してる。まぁそれも当然、少年にとっては死に欠けたら人間やめさせられましたと言う事だし、コウにとっては親が少年を助ける為だけに一度もした事の無い血の契約をしたのだから。
「まだ傷が塞がりきってないからしばらく動いちゃダメだよ……えーと虹の忌み子君」
「ツバサ、だよ」
「じゃあツバサって呼ぶよ。僕はひーちゃんって呼んでね、そっちのでっかいのはコウ。
で、話を戻すけど今コウの魔法は身体の内側を優先的に治してるから外傷が治るのはもう少し先になる、治るまでに動いたら傷口が開くから気を付けてね?」
「わかった、ところでひーちゃん」
「何かな?ツバサ」
必要な魔法の術式を編んでいると、いまだコウに抱えられたままのツバサがこちらを射抜くような目で見てくる。そんな敵意を向けられる事したっけ?してないよね?
「その手に持ってる禍々しいの、何」
「……なんで魔法の術式の時点で見えるの君は。契約の副作用で魔眼の回路でも開いたのかな」
「ひーちゃん、禍々しいって一体何の魔法編んでるんだよ……」
コウも呆れたように半目でこちらを見てくる。いや、だって…ねぇ?軽く二人の額に触れて編み上げた術式に魔力を流し込む。
「ちょっと二人の記憶を書き換えようかとね。僕と契約してるなんて知られたらジャイアントから真っ先に狙われるし、忘れといた方がいい」
「俺まで巻き添えかよ」
「君はツバサの傍にいる事になるんだから二人の間で齟齬が起きたらばれちゃうじゃない。だからコウも記憶操作するの、レジスト禁止」
「はいはい、あんまり過剰に書き換えないでくれよ」
「それぐらいは心得てるよ」
触れた指先から魔力が漏れでて淡い光を放つ。3人はそれを眺め、もし記憶が変わってコウを警戒したらどうするのさとツバサが笑い出す。君たちならきっと問題ない、そう笑い返して再び真剣な表情で二人を見た。
「……覚えてられないだろうけど僕から伝えられる事は二つ。
まず僕との契約がある限り、他のドラゴンと契約したら君と言う概念がどんどん頑丈になる。ただしあんまり増えると『ツバサ』の概念が固定されて傷つく事は愚か歳を取る事すらとまるから気をつけて。
二つ目はコウと契約した場合、コウの契約効果で『身体が耐えられる限りの怪力』になる。それだけなら問題ないんだけど僕の効果と合わせたら、頑丈さに比例してどんどん怪力になるからね。
……コウ、この子をよろしく。ツバサ、コウを頼んだよ。僕はいつでも君達の傍にいるけど、滅多に出てこないからね」
二人が頷いて、同時に意識を失う……魔法が完成したみたいだ。きっと魔法に耐性があるコウの方が先に目を覚ますだろうけど、ツバサの傷を見てまた泣き出すかもなぁ。ほんとに、心配性で泣き虫な子を持つと大変だ。
金龍はくすくすと笑って姿を消す。後に残されたのは倒れた二人とコウ、そして……風に揺れる取扱説明書だった。