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虹と翼と  作者: 零式章
2-3 紫龍 ユカリ
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挿話 忘れ形見と教育とドロップキック

「あいたたた、まさかあっしの能力を利用して落としに掛かるとはっす」


崩れた山とハンニバルだった瓦礫の一部を重力操作で吹き飛ばし、ユカリが姿を現す。落下と崩壊の衝撃からか、全身傷だらけではあったが戦闘には問題ないようだ。


「本当なら逃げた方が良いって分かるっすけど……彼等は絶対おってくるっすから、ここで迎え撃つしかないっすね」


その表情は決意に満ち、そして何処か悲壮なものだった。


「この命ある限りあの子は、あっしが守るって約束したっす……マスター」



ユカリがマスターと契約したのはもう数十年前の事になる。出会った当時、人間界にいたユカリは魔術師として最強の名を欲しいままにしていた。魔力切れを起こさない自らの能力で連射していたので当たり前といえば当たり前だが。

そんなユカリだが、ある時ジャイアントに襲われた村を訪れる。理由は特になく、生き残りはいるかな?程度の気持ちでふらりと村を見て回っていたのだ。

持ち前の重力操作で瓦礫をどけ、死体を確認しては一所に集めていく。そうしてるうち、運良く(悪く?)瓦礫の隙間に重傷を負った生存者を見つけた。

しかし彼女はもはや虫の息、ここまで生きていたのもただ苦しみが伸びただけじゃないのかと言う有様であった。ユカリが「あんた、どうして生きてるっすか……もう村人は皆死んだっすよ?」と尋ねると、か細い声で彼女は「死にたく、ないから……それ、だけ……」とこたえた。


「それが、苦しむ時間を延ばしてるだけだとしてもっすか?」

「少しでも、可能性があるなら……頑張るの」

「絶望した途端死ぬっすよ?そこまでの努力も水の泡になるんっすよ?」

「それでも……君が、笑ってくれるまでは……生きてるよ」


その言葉で知らず知らずのうちに自分が泣いていた事に気づく。理由なんてよく分からない、ただ、目の前の子が死ぬのが悲しくて涙が止まらなかった。でも、次の一言でその理由が分かった。


「私は、忌み子だから……誰かを、悲しませて、死ぬのは、やだ」


息も絶え絶えでようやく開いた眼、その瞳は紫色に変色していた。そうか、この子が、私のパートナーになれる人、初対面の相棒なんだ。ずっとジャイアントに襲われた村を探し続けたのは……ジャイアントに襲われる忌み子を探す為だったんだ。


「じゃあ…泣き終わるまで死んじゃ、ダメっすよ?」

「大丈夫……だから、もう泣かないで」


血塗れの少女を抱きしめてただ涙を流し続けるユカリ。ユカリがただの人間なら、ただの魔術師ならば間に合わなかっただろう。しかしユカリは龍だ、回復系列には『龍の涙』と呼ばれる回復魔法がある、龍にしか使えないため知名度は低いがその効果は眼を見張る者がある。効果対象を広げるリョクに『一滴あれば町ひとつの怪我人癒せると思う』と言わせるほどだ。

しばらくして、女性の全身から淡い光が放たれ魔法の発動を確認する。


「これで、大丈夫っすね」

「今のって……」

「今後とも、よろしくお願いするっすよ、マスター。あっしはユカリっす」

「マスターって……まぁいいか、よろしくね、ユカリ」



そして時は流れ、あの子――ユリが生まれた。ユカリとマスターのように強いならともかく、ただの忌み子の娘が生きるには人間界だと不安が残り魔界に移住した。

魔界では強ければそれだけで娘に手を出す者がいなくなる、とマスターは笑っていた。ユカリもマスターが笑ってるのが嬉しかった。

しかし、3人が魔界での生活にもなれた頃、マスターがクエストに出かけた先で流行り病により死んでしまう。

同じパーティの剣士から、マスターからの遺言だと一つの封筒を届けられた。先に逝く事への謝罪やこれからのことが書かれていたがユカリが記憶出来たのは次の一文だけだった。

『娘をお願いね』

この一言が、ハンニバルを生み出す事になるなんて誰が予測できただろう。あるいは、コウの取説なら書いてあるかもしれないが。



ユカリがハンニバルを動かしはじめたのには二つの理由がある。

一つはマスターの娘(ユリ)を人質に取られ、様々な村での強奪を強要されている事。

もう一つは単純にいくつもの物資を運ぶより巨大な入れ物にいれて纏めて重力操作するほうが楽だからだ。

要求を満たす限りユリの安全は確保すると言う約束、力量の差から見て一人で相手の組織を壊滅させる事は可能だがその間にユリを傷つけられては意味が無い為、仕方なくしたがっている。

今回、襲撃は失敗したが魔王と危険因子を見つけることは出来た。だから追いついて来たツバサ達を睨んで構えを取る。


「ここであんた等くらいは倒しとかないと、ユリが危ないんっすよ!!」

「んなもん俺達が知った事か(やっぱ黒幕いるみたいだな)」


コウは心底呆れたような顔で応え、後半はツバサ達にだけ聞こえるようにぼやいた。


「よし、いけ、リョク!!」

「了解!!」


ツバサの指示でユカリに特攻するリョク。しかし指示してからのタイムラグで簡単にユカリの重力網に捕らわれてしまった。

さてどうする、とユカリがツバサを見るとコウと揃って苦笑している、ふざけてるのか?

自分の指示で仲間を捕らえられたというのに笑っているなんて。


「ごめんねリョク、すぐ終わるから」

「大丈夫、痛くない、から」

「余裕があるみたいっすけど、なんかしたら容赦なくこの子を潰すっすよ。ユリの命には代えられないっす」

「……余裕あるな、そんな状況でまだしゃべってるなんてよ」


コウが苦笑しながら後ろを指差す、しかし、振り返れない。いきなり背中に氷柱を突っ込まれたような悪寒が走り、溢れ出るような殺気に身動きを封じられたのだ。

深い深い……いや、底の無いような暗い目をしたシロガネとクロガネに刃を突きつけられているのだ。少しでも動けば躊躇なく切り裂かれるだろう。


「リョクは囮だよ、補助は得意だけど肉弾戦は不得手なんだし」

「よし、リョクの拘束を解け、ゆっくりで良い。但し変な動きしたら二人が容赦なくお前を殺すぞユカリ」

「久しぶりに会ったのにコレはあんまりじゃないっすかね?兄さん」

「主が悪いのじゃぞ。ツバサがおったところを襲ったのが運の尽きなのじゃ。というかわしとコウの事忘れておったじゃろ」

「リョク 手 出す お姉ちゃん 許さない」


冷や汗を流しながらリョクの拘束を解いたユカリ。そこでようやくシロガネとクロガネも刃をしまう。ユカリは膝から崩れ落ちるように座り込んでしまいコウがその頭を軽くなでていた。


「い、生きた心地がしなかったっす」

「まぁコレから死ぬしな、仕方ないだろう」

「え?」


さくっ、とコウが隠し持ったナイフを妹の首に突き立てた。ユカリは信じられない物を見るような目で兄を見上げ……事切れる。


「これでハンニバル、討伐完了か。まぁ黒幕も探さなきゃな」

「さっさと片付けて帰るのじゃ……流石にまだ寝たりん」


クロガネが欠伸をしながら元来た道へ引き返そうと振り返る。ガサッと視界の隅の茂みが動いたと思った瞬間、ツバサの額に銃がつきつけられていた。


「全員、止まるである」

「相手からきてくれたみたいだね。ハンニバルの黒幕か」

「いかにも、アイツが余計なことを喋らなければここで出る必要もなかったであるが、聞かれた以上はもろとも死んでもらうのである」


中肉中背、特徴があるわけでもなし、強いて言うなら語尾がであるといったくらい、黒髪に黒の瞳、ドラゴンの使い手でもない、銃をつきつけてきてるから魔法が使えないか発動が遅いタイプである、とツバサは冷静に観察する。黒幕は慌てず命乞いもしないツバサを不気味そうに睨んで引き金に指をかける。

ツバサは薄く笑って黒幕をまっすぐに見返し、口を開いた。


「クロガネ、僕が撃たれたら振り向いて左に三歩、そこの茂みに全力で蹴り」

「了解じゃ……主が撃たれたら我慢する必要も無いしの」

「ユカリ、殺される瞬間、見て、笑ってた、"ユリ"と黒幕の、今どんな気分?」


ツバサが連れの隠れてる場所を言い当て、リョクが先ほどまでのこちらの行動を言い当てたことに寒気がはしる黒幕。種を明かせばツバサは気配で分かっただけ、リョクは小さな本、言うまでもなくコウの取説に書いてることを読んだだけである。


「いやーまさか僕もユリと黒幕がグルでユカリを騙」

「今すぐお前を始末したい気分、であるな。末恐ろしいがきである」


黒幕はツバサが最後まで喋る前に引き金を引いていた、弾丸が額に直撃し仰け反るように倒れるツバサ。

即座にクロガネが指定された茂みに蹴りを放つがそこには何もいなかった。さっきの話が聞こえた時点で逃げるだろうから当たり前といえば当たり前だが。


「動いた奴から死んでもらうのである!」

「クロガネ、伏せろ!!」


黒幕の銃が次に狙ったのは、クロガネが狙われて動揺したコウ。再び響いた銃声とともにコウが倒れる。その場の全員があまりにあっけない仲間の死に呆然としたのを黒幕は見逃すわけもなく、瞬く間に全員が大地に血を流しながら倒れ伏すことになった。


「……存外あっけないであるな。攻撃力ばかりで防御する頭も無い連中であるか」

「あの五月蝿いトカゲも死んだしこれでよーやく自由だね♪」

「せっかくであるからして、景気付けにこのまま魔王も殺すのである」

「ほんと、いつもユリーユリーってウザいんだよあの紫のトカゲ」

「もういなくなった相手に愚痴愚痴言っても始まらないのである、忘れるであーる」


アリアが眠る町へ向かおうとした二人。しかし背後で枝を踏み折るような音がして振り返る。

……何もいない。銀髪の少女、赤髪の青年、黒髪の少女、緑髪の少年が倒れ付しているだけ…いや、最初に撃ち殺したはずのガキは何処に行った!?不意に後ろからの衝撃。倒れこんだ所で更に何かが乗っかって潰される二人。ドロップキックで潰された、と気づいたのは乗ってきたものから声が発せられた時だった。


「もう皆起きていいよ」


二人の首を掴む手、今でこそ軽く弄るように動かしているだけだが少しでも力を入れれば人の首なんて簡単に圧し折れるであろう指、そしてその声は額を銃で撃たれたはずのツバサのものだった。


「ば、化物である!至近距離で額に銃弾を喰らって生きていたであるか!」

「嘘、嘘!!こんなの夢よね、そうでしょ!?」

「おーおー慌ててる慌ててる。今の気分は、恐怖ってとこか」


ツバサの言葉を合図にコウ、シロガネ、クロガネ、リョクも立ち上がる。

そして最後に立ち上がったのは怒りに震える、首をナイフで裂かれたはずのユカリだった。

全員、先ほどまで血を流していたのに今はかすり傷一つ無い


「な、何であんた生きてるの?!確かに死んでたのに」

「先代の子だからと甘やかしたあっしが悪かったっすね……して良いことと悪い事の区別もついてないとはっす。こんな子の為にいくつも村を潰してきたと思うと情けなくなるっすね」

「ドラゴンは武具・人・龍の3形態を同時に滅ぼさないと生き返ることも知らなかったなんて、馬鹿だなぁ」


ユリが慌てて逃げようとすればユカリが重力で身動きを封じる。ツバサはけらけらと笑ってユリを解放し黒幕を掴みなおした。


「さて、ツバサ。今回ようやく言う相手がきたぞ」

「じゃあ全力でいこうか。リョク、シロガネお願い」


二人に微笑みかければ二人も力強く頷き返す。


「不倶戴天……ってことで!!」


ツバサが"全力をもって"黒幕の体を大空に蹴り上げる。

そしてシロガネとリョクが何かしたのか、夜空で花火のように投げ上げた男が爆発した。


「「たーまやー」じゃな」

「打ち上げ、成功」

「リョク 手伝う お姉ちゃん 制御する 完璧!」

「あとは君に任せるよ。色々思うところがあるだろうし」

「分かったっす…では教育してやろう、っす!!」

「いやぁあああああああああああああああああああああああ!!」


ユリの悲鳴が響き渡ったが町の人達はハンニバルの騒ぎでざわつき、ツバサ達は全力で聞かなかった事にしたので誰の耳にも入る事はなかった。


「しかし、ツバサも頑丈になったよなぁ銃弾が負けるとか」

「ツバサ、どんどん怪力、なってる、普通、体が先、壊れる」

「それでも 平気 頑丈になってる 当たり前」

「単純に今までの倍の契約じゃからの。さっきも加減しておらんかったから相当上まで飛んでいったのじゃ」

「あ、因みにさっきの男の組織は既にアリアの差し金で潰されてたらしいよ。ハンニバル退治と共に裏で進めてたって……あの魔王結構有能だね」

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