挿話 覚悟と羨望と守りたい者
「本当はこんな事はしたくないっすけど……やらないとあの子が危険な目にあうっす。怨むなとは言わないっすよ、あっしはあの子を守るためなら魔王にでも勝つって決めたんっすから」
ハンニバルに乗って上空から西の村を見下ろす、紫色の髪を揺らす少女。
大事な者を盾に取られ、その才能を利用される彼女は今日も大空を飛ぶ。
「あの村が今回のターゲットっすね、祭の準備も終わって後は開催の合図を待つばかりってとこっすか?なんとも賑やかっす、これからあっしがぶち壊すと思うと罪悪感があるっすね……。
いや、迷ってちゃダメっす、ここで迷えば足元をすくわれるっす!」
雲に身を隠したハンニバルの上から一歩踏み出し、空中にその身を投じる。
落下すると思われた体はすぐに降下を止め、雲の隙間を見えない手に引かれるように滑っていった。
町の様子を更に細かく観察しようと少し高度を下げると、銀の少女と緑の少年(兄妹っすかね?)が大勢の男に囲まれているのが見えた。助けようかと片手をあげかけ、そこで手を止める。
「ここで助けても後で襲うんっすよね、じゃあ今助けても意味は……」
躊躇するうちに兄妹を囲む男達の包囲は小さくなっていく。兄妹はお互いに逃げろというように言い合ってるように見えた、といっても上空からなのでただの推測に過ぎないが。そのうち、数人の男達が二人に飛び掛る。反射的に手を翳して飛び掛った男達を地面に打ちつけた……そしてはっと我にかえって頭を抱える。
「ついやっちゃったっす。この距離だと加減が難しいっすから上手く手加減できてたらいいっすけど」
あわわわ、と真っ青になりながら自分の力の犠牲者を見やる少女、そこに広がっていたのは地獄絵図だった。たった数秒目を離しただけ、なのにもう周囲の男達が全滅していた。
「な、何が起きたっすか?魔法にしたってたった数秒……人間技じゃないっすよ?!」
少女が混乱してる間に妹が兄に抱きついて頭を撫でられていた。妹の甘えた表情と兄の少し困ったような表情が少女の胸を痛ませる、あの子が人質にされてなければ今頃自分もあぁしていただろうという羨望。
兄が周囲を見回して途方にくれていると二人の連れらしき4人組(赤髪に赤マントの青年、黒髪に黒いガントレットの少女、特に特徴も無い20くらいの若者、何処か怒ったような顔で拳を固める少年)が現れた。なぜだろう、赤と黒のペアには見覚えがある気がする、主に嫌な方面で。
なんにせよ今回はいつも以上に警戒が必要かもしれない、得体の知れない兄妹やなぜか見覚えのあるその連れ、イレギュラーが多すぎる。自分が負けてそのまま処刑されるのは別に構わない、しかし、大事なあの子が酷い目にあわされることだけは阻止しなければならないのだ。
「誰が相手でも守りたいものはあっしの力で守って見せるっす……喩え悪魔と呼ばれようともっす」
……その決意が完膚なきまでに打ち壊される事を、この時の彼女が知る由もなかった。