血と肉は、憤怒を知らず、ただ冷たく零れるのみ
右目を狙われているのに気付いたのは、こちらの拳が届くほどの近距離による奇跡だった。だが、その偶然の察知が、危機的状況を変えるひとつの発想を生んだ。
「――今度こそ、効いたみてえだな! 血が出て――」
「いや!? なんだ、その顔は!?」
目が潰され、頭蓋骨を抉る攻撃が、血肉を飛ばす。しかし、その返り血には、細工が施されている。
「グアアッ!? 飛び散った返り血が――刃物のように、刺さる!?」
しばらく黙っていた世界樹が、慌てた様子で声をかけて来た。こちらの頭部の変化が、現実離れしていたからだろう。
「おい! クソチビ、どうなってんだ? その頭は!?」
砕けた刀身の破片の鋭さを付与した返り血を受けて、両手の武器を落として、叫びながら頭部を守り、後退する。
「今度こそ、やったはずだった。なのに、なんだてめえは!?」
あの瞬間、どうあがいても回避は不可能と悟り、それまでは、思いつかなかった、防御法を取った。
「本当に死ぬかと思ったよ。だけど、狙いが完璧すぎたのが、仇になったな」
「その顔……! 前任の凍血将配下のリザードマンのもの! なんで、てめえの顔が!」
爬虫類の頭骨と、人間のものは、亜人種とはいえ、構造が異なる。本来の人の頭の上に、無理やり糸に変わったトカゲ頭の頭部を被せた。
「頭のてっぺんから、血まみれで、生臭い肉の中で、酷い気分だよ」
役目を終えた頭部が消え、肩にまで染み込んだ血も、徐々に無に帰って行く。
「トカゲと、人の頭は、目のつき方が違うだろ? 生の被り物なんて、やるもんじゃないな! だけど、そのおかげで逸れた攻撃が、俺本来の目には当たらなかった!」
頭部を覆う、防御姿勢を解いて、こちらを激しく罵る。
「何なんだ、てめえは! 死体の被り物だと!? 正気とは思えねえッ!」
「その言葉、そっくり返すよ。そんな状態になっても、まだ続けようとしている。お前も、魔王軍の一員なんだろ? そこまでして、戦う意味があるのか?」
飛び散った返り血は、上半身のほとんどを、鋭く突き刺し、衣服が真っ赤に染まっていた。
「残念だけど、お前の傷は、作り物じゃないから、消えはしない。そのまま続ければ――」
「黙れッ!」
「俺は、栄えある魔王軍、四天王が一柱! 凶獣将イグニッ!」
落とした武器は、紐で手首と繋がれていて、触りもせずに、腕を動かした反動で、跳ね上げ、するりと両手に収まった。
「いわゆる野戦昇進ってやつでなァ! 今は、肩書を引き継いだだけの、借り物だが! この区域で暴れた人間をぶっ殺せば、魔王城にて、晴れて正式な将軍に任命される!」
血まみれで震える手があげられ、武器の先端がこちらを向いた。
「てめえで、間違いねえな。大当たりだったぜ!」
「人間を、殺して、昇進だと……?」
傷を負って、弱気になったのか、こちらの怒りを感じ取り、後ずさる。
「俺の一族は、魔族の中じゃ、新参者でな。立場がよくねえ。だがよ、俺が四天王として、凱旋すりゃ、一族全体が、魔王軍に認知され、多くの者に、出世の道が開かれる!」
血を地面に垂らしながら、自らを鼓舞するように、踏み出した。
「そのためなら――そのためなら! このくらいの苦痛など、蚊に刺されたのと変わらねえよ!」
「仲間のためなら、人間の命なんて、どうでもいいのか!?」
「ああ、そうだ。野心を叶えるための、引換券みてえなもんだよ。てめえの首はなッ!」
目に……、力が戻った!
間違いない! こいつは、まだやる気だ!
「てめえは強え。なおかつ、異常なほど肝が据わってやがる。普通にやっちゃ、これ以上は追い詰められねえ」
何だ……? 何か、含みがあるような。何か狙っているのか……?
「俺の武器について、何も知らねえんだろ? 教えてやるよ」
「何が狙いだ?」
「ハハ! 知った所で、どうにもなんねえ情報をくれてやる! そうやって対処法のない戦術で迷い、混乱の中で死ね」
「大袈裟だな。そんな大仰な秘密があるとでも?」
世界樹の声が敵の動きを知らせる。
「おい! ソイツ、左の筒に裏から、何かを突っ込んでるぞ! 筒が途中で折れてる!」
「まさか、さっき言ってた、リロードってやつか!?」
こっちから見ても目隠しになる角度を狙ったのか……!
「その通りだ、呑気に敵の口上なんて聞くもんじゃないぜ」
「お前……!」
「おっと、動くなよ? リロードは済んだが、まだ武器について話してねえだろ」
「聞かない方がいい事なんじゃないのか?」
「言ったろ、知っても、どうにもならねえ。こいつは、銃と呼ばれる武器だ、この筒の奥で火薬を使い、弾を高速で撃ちだす。実弾と言われる、物理的な破壊をもたらす弾と、もうひとつ!」
「……もうひとつ?」
破壊を目的としない何かが? 今までこちらを狙ったのは、大方、実弾ばかりなのだろう。
「魔力弾さ!」
「魔法の矢、みたいなものか?」
「ああ、魔力で矢を生み、矢が尽きても弓を使える。そういう魔法も存在するな! だがよォ、魔力弾は、もっと革新的でいいもんよ!」
勿体ぶった話しかたに焦れてくるが、傷が塞がる時間を稼ぐ意図は感じられない。再生能力や、回復魔法は持っていないみたいだ。
「飛ばした場所で、任意のタイミングで、俺と位置を交換できるのさ!」
「つまり……、お前の瞬間移動は、その、魔力弾による技だったと?」
「そうだ! そして、魔力弾のもうひとつの特徴は!」
「物質をすり抜け、術者しかその存在を知覚できねえ所だ! なおかつ、込めずともいつでも撃ちだせる。実弾は殺傷を、魔力弾は、移動を目的とするが、どちらを撃つかは、てめえには分からねえ!」
興奮気味に、一気にまくしたててくる。
「てめえには見えず、止める事も出来ねえ弾が、周囲を飛び回り、俺はその弾の場所に一瞬で移動できる! その意味が分かるか!? てめえは、見えない場所から、一方的に攻撃されるって事だ!」
「こけおどしだな。今までの使い方じゃ、俺に致命傷は与えられない!」
血塗れの唇の口角が、歪な笑みを作る。
「そいつァ、見りゃ、嫌でも分かるぜ」
両手が同時に動き、両方の筒が、こちらを向いた。
「どうだ? どっちから撃つか、それで後の流れも千差万別だぜ? てめえに、見切れるか?」
左の筒の先端が微かに動いた。また目を狙うつもりか!
「ハ! 何処、見てんだ?」
また後ろ!?
「言ったろ、もう、てめえのスピードじゃ、追いつかねえって」
背後へ首をひねる間に、また一瞬で前方に――!
「今の一瞬でも、魔力弾とやらが、俺の身体をすり抜けていたというのか!?」
「そうさ! こうして、何度も周囲を回り、体勢を崩した時を狙うだけのイージーゲームだ」
この距離だ、確実に左で来る! なら、さっき思いついた対処法を試す機会だ!
「顔面に散弾浴びせて、両目とも潰してやるぜ」
自由な左手を使え! 砕けた刀身の破片をイメージしろ、そして、大気だ。左手と目の前の空気の層に、鎧を二分割した、板のイメージを付与し、バラバラの空気を一枚に繋ぐんだ!
幅広の扇のように空気を捉える左手を振り、板と化した空気の層を、思い切り煽り飛ばし、その不可視の流れに、刃の破片のイメージを散りばめる。
「――ッ! バカな! 散弾が――何もねぇ空間に、弾かれただとッ!?」
今の攻撃は防げた! 相手の飛ばした弾よりも、破片の数の方が多かったのか! でも、空気なんてとらえどころのない物に使ったせいか、一瞬で解けたみたいだ!
「お互いに、相手が知覚できない物を操れるのは、同じみたいだな!」
「しゃらくせえ!」
また、一瞬で移動し、腰背部から強烈な衝撃を感じ、宙へ跳ね上げられた。
「地上でなら対処できても、空中戦ならどうだ? てめえは自由に動けず、俺は逆の立場となる!」
「うぐ――」
浮いた身体に、更に斜め下から攻撃が加えられ、次々と空中へ打ち上げられていく。
「ここで、とるぜ!」
確かに、自分の力だけじゃ、空中で動けはしない。
だが――!
「何だと!?」
世界樹の幹に結ばれた糸を手繰り寄せ、樹皮へ足をつける。
「チッ! その異様なデカさの木、てめえの能力だったのか!?」
「ちッげェよ! クソチビ二号! オレは、コイツノ、いんや、オマエラ小さきもののボスだ!」
世界樹の状況に合わない、常軌を逸したマウント欲に、二人とも一瞬固まったが、一寸後には、何事もなかったように動き出す。
「おおい!? クソチビども! 無視してんじゃねえぞ、こら!?」
樹皮に張り付いたまま、小声で意志を伝える。
「ふざけてないで、真剣に聞いてくれ。……俺が糸を引いて、合図をしたら、枝で地面をすくうように、思い切りぶん回してくれ!」
「あ? わりィが、オマエラ、ちょこまか動きすぎで、オレの速度じゃ、まともに当たんねえぞ?」
「いいんだ。とにかく合図をしたら、俺が居ても、迷わず上空へ向かって枝を振り抜け!」
「何をブツブツやってる!? まだ、終わっちゃいねえぞ!」
「頼んだぞ!」
最低限の作戦を伝え、再び死闘へと赴く心は、燃え上がる闘志と、凍てついた憎悪とを、同時に湛え、激しく波立つ水面のようだった――。
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