故郷の廃墟にて、記されたひとつの真実
頑丈な格子状の落とし戸と、見るからに重そうな黒光りする巨大な門扉の二重の入口を通る。
「さっきお前が殴った時に、格子が歪んで壊れたみたいだな。奥の扉は、隙間が開いたままだ……」
「慌てて閉めたから、上手く行かなかったんだろ」
不測の事態の可能性を考え、観察し、挟まれる危険がないかを確かめてふたつの門を抜けたが、少し進んだ所で、頭を抱えたくなる出来事が起きる。
「はあ。お前、もっと慎重に通れないのか? というか! 全部なぎ倒して通っただろ!?」
背後でひしゃげた門と壁が崩落する音と、地鳴りに立ち昇る土煙。
「ああ? 仕方ねえだろ。デカすぎて壊さねえと通行不可だ」
頭痛くなってきた。
「それはそうだが、もう少し穏便に」
「難しい言葉使うんじゃねえよ。壊して通れねえんなら、さっきみてえに飛び越えるか? かなり高さのある壁だ、着地した時にァ、恐ろしい事が起きるぜ?」
「はあ。分かってるよ。分かってても、言わずにはいられない嫌味だ! そういう事ってあるだろ?」
「そいつァ、光合成より大事か?」
街中は舗装された道が、破壊された跡が点々と続き、壊れた石畳は抉れた地面と共に、土や建造物の破片に覆われていた。
「細かい破片が大量に落ちているな。普通なら頑丈な靴がないと、怪我しかねない」
「ん? そうか~?」
自分の靴裏を確かめ、念のため、鎧の防御力を付与して歩き始める。
「うん。かなり歩きにくいが、転ばなければ問題ない」
首をひねって世界樹に注告する。
「お前が地面を揺らさなければな!」
しばらく歩いていると、後ろから呑気な声が聞こえる。
「おい、結構デカい街だよな。オレには劣るが」
周囲に気を配り、また残党が飛び出してこないか、集中する。
「ん? あ、ああ。魔王軍との戦争が、いつから始まったか、知ってるか?」
「いんや」
覚えている限りじゃ、確か。
「俺が生まれる前からさ。もう、百年は経ってるはずだ。爺さんがまだ生きてた頃に、自分が従軍した時の経験をよく話してくれたよ。魔王軍の連中は、血も涙もない。人間をただの動物の一種だと思ってる。もし、この街が襲われたら、お前は何もかも捨ててでも逃げろ! ってさ」
「ん~? アイツラ、そんなに強えのか? 今まで見たのは雑魚ばっかだったよな……?」
「まだ分からないさ。……まあ、普通の人間は、さっきみたいに剣で刺されたら死んでるからな」
「地縛霊だからなァ、オマエ」
庁舎の三階に及ぶ元は立派な建物も、構造が剥き出しの穴だらけの壁に覆われた廃墟と化していた。
「他と比べてデカいな」
「ああ。街の行政区の中枢さ。この街には勇者も駐留してたからな、前線の砦もあるし、軍の管理も、兼ねてたんだ」
「それが、このザマかァ。……そのユウシャとか言うのは、何だ?」
「人間側の最大戦力かな。説明は一言では難しい」
「そいつがいながら、負けたって事かァ?」
庁舎の隣を通り過ぎた所で、ひとつの懸念を思い出し、慌てて振り返るが、時すでに遅し。
「お前! 建物は出来るだけ――壊す、な、よ」
壁が破砕され、吹き飛び崩落し、土煙がもうもうと立ち昇る。
「ああ~! 遅かった! 廃墟とはいえ、好き放題に壊して通るな!」
「あ? オレだけならともかくよ。地面もついて来てんのを、忘れてねえかァ?」
その言葉につられて目を向けた所で、丁度、大地の縁が引っ掛かり、庁舎は弾け飛び、半壊して、残りも崩れ落ちて行った。
「ああ~! クソ! もう無茶苦茶だ!」
「何だよ? 元からぶっ壊れてたんだ、更地になっても、イッショだろ?」
「原型が残ってたら、そのまま直せたかも知れないだろ!」
「無理だって。オンボロ過ぎて、建て直した方がはええって」
魔王軍の侵攻を止めていた、最前線の砦は、山脈による天然の要害を、人工的に補強し、街の反対側の入口を塞いでいたが、その強固な城塞も、壁に穴が空き、巨大な岩が幾つも転がっていた。
「おい、どこまで歩くんだ? オマエの家とかに行くんじゃねえのか?」
「ないよ」
「あ? どういうこった。故郷ってェと、生まれた場所じゃねえのか?」
「昔は住んでたのさ。でも、随分まえに別の街に引っ越した。……さっきの兵士だった爺さんの勧めでな」
「じゃあ。何でオマエは外れの森にいたんだ?」
「何でなんだろうな。俺にも分からない」
「ああ~? 何だそりゃ」
街をほぼ真っすぐに横切り自然がまばらに残った広場に出る。
「着いた。目的地はここだよ」
この場所は、奥が断崖絶壁になっているが、緑が豊かに残っている部分が多く。ここが街のはずれにある理由は。
「ここは墓地だよ。あそこの聖堂、神様を祀ってるけど、魔王軍の連中には壊されなかったんだな」
「おおい。ここは出来りゃ、通りたくねえなァ」
その台詞に驚き、立ち止まる。
「何だ? お前でも、神聖な場所は汚したくないのか?」
「バカ、ちげェよ。同胞が多い、このまま通るとなぎ倒しちまう」
そういう事か。
周囲を見回し、通れそうな空間がないか観察する。
「確かに、ここには草木が多いな。お前にも仲間に対する思いやりがあるんだな」
「あるに決まってんだろう? オレみてえに、ドデかい生物はよ。小さく幼い若い衆にァ、道を譲るもんよ」
「う~ん。お前が言うとデカさマウントにしか聞こえん……」
「ああ? 今なんつった」
比較的、木がまばらな部分を通り、目的の墓碑を目指す。
「確か――この辺りだったはず……」
並んだ墓碑のひとつに目を向け、朽ちかけた碑文を覆った泥はねの跡を拭い去る。
「お? 誰の墓だそれ」
墓前に座り込み碑文の名を読む。
「シルフィ……。兄ちゃんだ。随分と久しぶりだけど、帰って来たんだ。お前は……元気にしていたか?」
在りし日の姿を思い描き、頭を撫でる仕草を取る。
「花も何も、持ってきてないんだ。お前の大好きだった人形も、お菓子も。似たのがあれば、供えて帰りたかったが……」
「いんや。食い物は勿体ねえだろ」
感傷を邪魔するデリカシーのない発言に苦笑する。
「ああ~。ほっんとうに、お前は……。人情の機微が」
「お? 侮辱か? こら? オレは木だ。人情なんぞ知らん。あるとすれば木情? いんや、樹情か? オマエはどう思う?」
「はあ……。ゆっくりと感傷に浸る暇もないな。――シルフィ。兄ちゃんは、しばらく旅に出なきゃいけないんだ。だけど、また必ず墓参りに来るから。その時まで、いい子で待っていてくれ」
座り込んでいた身体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。
「終わりか? しっかしよ。その墓、何か文字が掠れすぎじゃね?」
「ん? そうか? 時間が経てばこんなものじゃないか?」
その、世界樹の違和感は、当然のものだった。シルフィ・ロードウィーバー。碑文に刻まれた故人の没年は、もはや読み取れぬほどに朽ちていたが、確かに彼の妹だった少女の死は、おおよそ千年近くも前の事だったのだ――。
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