魔王と四天王たち
暗い室内で、人骨を模した悪趣味な装飾に囲まれた目深なフードの側頭部から、鋭く武骨な角が伸びた女が、手元に置いた水晶玉を覗き、驚愕の声をあげる。
「馬鹿な! このように信じ難い凶事に見舞われるとは……! 無敵の魔王軍が」
椅子を押しのけ立ち上がった女は、急ぎ足で部屋の入口へ向かった。
「一刻も早く、魔王様にご報告を」
延々と続く、幅広で巨大な階段の頂点に、天井がくり抜かれ、何階層もの吹き抜けになった空間から光が射しこみ、真下にある玉座を包み込んだ。
常人ならば、その階段の山のような高さに身がすくみ、屈みこんでしまうだろう。しかし、その人影は、玉座を囲いはためく御簾の向こうで鷹揚とした態度で、座していた。直接は見えない黒いシルエットが、威圧感と荘厳な雰囲気を放つ。
そこへ、如何にも口惜しいと言いたげな、声が響いた。
「魔王様。まことに遺憾ではありますが、ご報告が」
階段の根元に並んでいた近衛兵が、手に持った槍を交差させ、燃え盛る炎のような姿をとった男の侵入を阻む。
「……何のつもりだ? この穂先は? 俺が誰か知っての狼藉か?」
穂先をつまんだ指先から、炎が広がり、溶けだした金属が液体になり、柄を伝い、握られた手を焼く。
「誰であろうと、事前の申請なしには、お目通りは叶いませんぞ。炎獄将ブローア閣下」
近衛兵は、自らの手指が焼かれる苦痛にも構わず、頑なに侵入を阻む。
「ほう。貴様、続ければ片手を失う事になるが、それでも構わぬと言うのだな?」
脅しにも屈さず、頑として交差された槍は微動だにしない。
「……覚悟は出来ているのだな。いいだろう! その骨肉に至るまで灰燼に帰すがよい!」
炎獄将の身体は、更に燃え上がり、階段に引かれた絨毯が焼け焦げる不快な音と匂いが立ち昇る。
「もうよい」
争いを制する、冷たく力強い声が頂点から階下の根元までを貫いた。
「お、おお! 魔王様! 何と覇気の在るお声か! 揺さぶられた鼓膜までもが、貴方様の威光に慄いておりますぞ……!」
炎は小さくなり、交差された槍がどけられた。
「いつから口先を弄する小物に堕ちた? 余の望みを知りながら、手間取らせるつもりか?」
炎獄将は慄き、その場で片膝をつき、平伏する。
「滅相もない! 私めに、貴方様の覇道を阻む意志など微塵もございません」
「良い。手短に申せ。そのために来たのであろう?」
「しかしだ。余は許可なしでの侵入は禁じていたはず。何人たりとも例外は許されぬ。それが、規律と言うものだ」
「グアアァ――!」
苦痛に満ちた悲鳴と共に、炎で出来た腕が宙を舞い、床の上で独楽のように回り、火の粉を散らす。
「も、申し訳ございません。し、しかし、火急の要件にて、禁を破る事もやむを得ず……」
沈黙の中で、焦げた絨毯が燃え上がり始めた。
「四天王の一柱であった、凍血将バコーツが、戦死しました……!」
「……何?」
御簾が俄かにひらめき、階下へと見えざる圧力が走り、階段に亀裂が入る。
「聞き捨てならぬな。まことであるならば、無論、その咎人も分かっているのだろうな?」
居並んだ近衛兵の中心の二人も、背後から受けた圧力で膝をつき、重圧に呻いた。
「で、伝承にある世界樹の如き巨木を操る奇妙な人間にございます。とても戦士とは思えぬ柔弱な外見に見合わぬ異様な力を持っております」
「……世界樹とな? 良い、続けよ」
はためいていた御簾は、何事もなかったかのように動きを止め、炎の広がった絨毯だけが、その場の異様な雰囲気を映していた。
「バ、バコーツは、その者の配下と思しき世界樹に、一撃で潰され絶命したようです」
「今、何と申した?」
頂点へ向かって並ぶ、幾つもの窓が、弾け飛び、ガラス片を撒き散らし、鋭い高音が響き渡る。
「ひっ!」
跪いていた炎獄将は、もげた腕の中心から激しい炎を噴き出し、恐怖のこもった悲鳴を上げた。それに呼応するように、床を燃やしていた片腕も、燃え上がる。
「余の、大願を引き寄せる呼び水である。その一柱が、どこの馬の骨とも知れぬ輩に、一撃で……」
「ただの一撃で敗れたと言うのか!?」
落ちていた片腕が、また回り始め、周囲に火の粉を散らし、物言わぬ恐怖を雄弁に語った。
「も、申し開きもございません! かくなる上は、私めが、この手で直接――!」
「良い。謁見の残余は尽きた。早々に退室せよ」
慌てた様子で顔を上げたが、御簾の裏の影は、もはや階下に目を向けてはいなかった。
「去ね。余の時は万金にも勝ると心得よ。うぬに、費やす価値はない」
拾い上げた片腕と共に、床を滑るように吹き飛び押しやられ、ひとりでに開いた扉の外へと消えていった。
「壊れた物は、片し、代わりを見繕え。以前より質の高い物に代えよ」
できなければ、その中の誰かの命で贖ってもらう。言外に、そう続いた気がした。
「魔王様のご様子は如何……?」
「フリアナ! 貴様、自らお目通りを願う胆力も無き者が! この俺に問うのか!?」
フリアナと呼ばれた目深なフードを、角が貫いた女は、心底おかしそうに身をよじらせた。
「貴様……!」
険悪な雰囲気に、巨大な手が差しはさまれた。武骨で切り出した岩石のようなその手が、宙を切り、床に触れた指先から、亀裂が走る。
「まあよいではないですか。あやつは、我ら四人の中でも最弱。どのような死を迎えても、笑い話にしかなりませぬぞ」
炎獄将とフリアナは、岩石の手に阻まれ、お互いに鋭い視線を交わす。
「そうですわね。所詮、代わりなどいくらでも効く、その程度の男でしたわ。……それよりも、問題は」
「ああ。そうだな。世界樹の人間だ。……どういうことだ? 人間どもの最大戦力は、勇者とその従者たちであったはず。このようなイレギュラーは、想定外だ」
挟まれた岩石の手がどかされた。
「まあまあ。急ぐ必要もありますまい。おいおい考えればよいのですよ。人間など、短い命しか持たぬ。放っておけばいつの間にか朽ちている。その程度の存在ですぞ」
「うむ。それもそうだな。我らが焦慮する必要もあるまい。バコーツは死んだが、あの区域はこれより、激戦区となる。新たな四天王を指名し、指揮官として前線に送り出そう。その者に任せておけば問題なかろう」
その言葉に、全員が頷き、各々が自らの目的のために散って行った――。
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