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因果の始まり

第一話、念のため注意書きを。

この小説はフィクションです。冒頭の展開に自殺を肯定・推奨する意図は一切ありません。

「人の世に倦んだ。命脈を絶つ」


 誓ったのは、いや、祈ったと言うべきか。

 その祈りは、長らく聞き届けられる事もなかった。


「今宵もまた、性懲りもなく、幾度目の試行だろうか……」


 もはや、この因果に欠かせぬ場所となった、大木の枝に縄をかけ、括りつけた首に軋みを感じ、重力に迎え入れられる。


「……何故だ。何故、失敗する」


 かけた縄は、いつしか朽ち、ほどけた首筋が自由になり、力なく地に伏す。


「幾度くりかえそうとも、朽ち果てるのは縄ばかり、やり方が間違っているのか?」


 どんなに太く丈夫に縒り合わせた縄も、朽ち、跡形も残らない。


「……そうか。鎖だ。素材を更に頑強にすれば、我が大願は叶うはず」


 それからしばらく、様々な材質の鎖を首にかけ、ありふれた光景となった因果の糸を撚る。

 そうして、耳慣れた鎖の砕ける音と共に、地に伏す。


「……どのような素材を用いても、先に壊れるのは鎖の方だ。必要なのは、物理を超越した不壊の――」


「お困りのようですね。私にお任せ頂ければ、相応しい素材を見繕いますが。如何か?」


 唐突に響いた声に、自分でも驚くほどに素早く首をひねり、姿を確認する。


「おや、驚きました。先ほどまで鎖にかかり、軋んでいた首とは思えない。見惚れるような鋭敏さ」


 夕暮れの町はずれの森で、暗がりの中に、闇よりも濃い黒のローブを着た人影が、こちらを見ていた。


「……見ていた。とは言いづらい、その仮面は何かの仮装か? 新年を祝う祭りには、まだ時があったはずだが」


 愉快そうに笑い、肩が揺れ、ローブの裾がはためく。


「思考と言葉が地続きなのでは? 奇妙な物言いだ」


「……そちらこそ、先の口調とは似ても似つかぬ。まるで古くからの知己の様だな」


 奇妙な木目の様な歪んだ人面を象った仮面は、白く塗られ、暗がりの中で、そこだけが浮かび上がり、幻と話している心持になる。


「しかし、良いのですか? 近くの街では、新年を迎える準備で忙しない。貴方もそこの住人なのでは?」


 口調は元の慇懃無礼なものに戻っていたが、仮面の下に薄笑いを浮かべた姿を想起する。


「……もはや、他に望みなどあらぬ。いや、皆が地に足をつけ、新たな年に希望を見出す。それこそ絶好の機会と言えよう」


「おや、これは異なことを。自分だけが、その場にいないかのように、宙に浮きたいと? それなら、浮遊呪文でも代用できるのでは?」


「……話にならんな。用がないのなら失せろ」


 またくぐもった笑いが響き、ローブの内を探った手に金色に光る糸がぶら下がっていた。


「……それは?」


 大仰で芝居がかった動作と共に、その糸の出自が語られる。


「これはグレイプニルといわれる、魔法の金糸ですよ。遥か昔、神話の時に、忌まわしき大狼を縛り付けた、いわくつきの品でございます。お客様」


 揺らめいた金色の軌跡が、闇の中でたゆたう。


「どのような力でも千切れる事はない。そうです、人の力では望むべくもない、神ですら抗う事は叶わないでしょう」


「……妙だな。その話では、最後に千切れたはずだが」


「ははは! これは一本取られましたな。――だからこそ、ですよ。既に破られた実績を持つ、故にその力は遥かに増しているのです。……この説では、納得いただけませんかな?」


 気付けば人影は消え失せ、地面に輝く金糸が残されていた。


「今の……。幻だったか? いや――」


 自らの首筋に手をやり、感触を確かめるようになでる。


「気付いていたのか? 我が真の望みに」


 金糸を拾い上げ、きめ細かな繊維に指を這わせる。


「まるで絹のようだな。……これが、グレイプニルだと? 俄かには信じ難いが」


 日が暮れ、明かりの灯り始めた故郷に目をやる。


「新年まではまだ時があるが……」


 振り返り、大木を根元から先端の枝葉までなぞる。


「お前とも、随分と長い付き合いになったな。……これが、本物であれば、此度の試行で望みは叶うだろう。何も返せるものはないが、今しばらく胸を借りるぞ」


 とてつもなく長い金糸を、大木の幹から結んで縛り付け、太い枝の根本に巻きつけ、結び目を作る。


「……長さが増した? いや。錯覚か? はじめから一定の長さではなかったようにも思える」


 どれだけ絞ろうとしても、垂れ下がった先は、緩んで伸びていく。


「これでは体重を支えられるとは思えないが、むしろその方が好都合か」


 ある想像がよぎり、それを確かめるためにゆっくりと首に輪をかけた。


「……やはり。ただ触れるだけで、締め上げられている。生体に反応して自動で目的を果たすのか?」


 ただの糸が、こちらの意識を読み取ったかのように、ひとりでに動き出し、目的の成就を助ける。


「足をつけたままでも首が自然と締まって行くが、この程度の力では――」


 元より拘束に特化した性能なのか、酸欠に陥る事もない。


 しかし、その状態を維持し続けると、徐々に変化が現れ始めた。


「離れ始めている……」


 遠くでは、街の灯りと思しき揺らめきが、何故か激しい炎の様相を映し出す。その光景を呆然と眺め、霞みが視界を覆って行く。もはや、故郷の異変に気を止める余裕すらない。


「――おお。視界が光に満ちて――」


 浮遊感が増し、背後の大木が遥か下方に見えた。


「――こんな所にまだいやがったのか!」


 だが、その高揚も、悪辣な罵声により押しとどめられた。


「――は!? ……俺は、一体なにを――」


 意識が戻った時には、武装した一団に包囲されていた。


「バコーツ将軍! こいつぁ見るからに弱そうですぜ。人間どもを根切りにするにしても、こんな奴ぁ、将軍の出る幕もありやせんぜ! オイラに、やらせてくだせえ!」


 野蛮な咆哮は掻き消され、目の前で吠えたトカゲ頭の戦士が、頭部から地面へ叩きつけられ、乾いた土を巻き上げ丸いへこみを作る。


「俺様は、天下の魔王軍四天王が一柱! 凍血将バコーツ! 貴様、あの街の者だろう? 仲間が切り刻まれている中、ひとり外れの森へ逃げおおせたようだが、俺様は、卑劣な奴が大嫌いでなぁ!」


 一方的にまくしたてられたが、先の儀式の間に、新年を迎えたどころか、故郷は滅ぼされたらしい。


「……儀式?」


 ふと頭に浮かんだ言葉に腑に落ちないものを感じ、復唱するが、それが何を示しているのか判然としない。


「ああ!? 貴様ぁ! 何だその態度は、俺様の言葉を遮るんじゃねえ。ひ弱な人間如きが! 恐れ慄き、ひれ伏せよぉ! そうすりゃ、出来るだけ苦しまずに死なせてやらぁ!」


 あの街には、確か、当代の勇者が守りの任についていたはず。彼らは敗れたのか……?


「次代の育成に手間取っているとは聞いていたが、まさか――」


「だ・か・ら! 俺様の話を聞け! 四肢の先端から、切り刻まれてえのか!?」


「あぐろばッ――」


 地面が張り裂ける様な、轟音と共に、眼前で口角泡を飛ばしていたトカゲ頭が、深く埋まり、陥没したクレーターの一部になっていた。

 右の肩口を掠める様に伸びたそれを見て、言葉を失う。


「木が――動いたッ!?」


 砕けた甲冑が四散し、血だまりが広がるさまを、周囲の巻き込まれなかった部下たちが、上擦った声で嗚咽にも似た音を漏らす。


「しょ、将軍が……魔王軍の四天王のひとりが……一瞬で、潰されちまったッ!」


 その言葉を終えると同時に、残っていた兵士たちが後ずさる。上空を指す視線につられるように、背後を振り返ると、そこには――。


「世界樹ユグドラシル!?」


 思わず声に出していた。その名は伝承に聞くばかりで、実在を信じた事すらないが、五十メートルはある天を衝く巨大さは、現実感すらも塗り替えていく。


「う、うわあああ――」


 悲鳴を上げた兵たちが、不揃いな退却を始め、幾人かが腰が抜けたのか、尻もちをつき、足をばたつかせる。


「何が起きているのか全く分からないが――」


 とてつもない巨大さだが、恐らくトレントだ! すぐに逃げ出さなければ、潰される!


「――は、ハァ、ハァ――どうしてあんなバケモノが俺の背後にいたんだ……!?」


 奇妙ではあるが、逃げ出した兵の背を追うように走り出したが、凹凸の多い森の地面に何度も足を取られ、転びそうになり、そのたびに焦りが喉元から突き上げる。


「おい。――おい! オマエ、何処へ行くつもりだ?」


 何だ!? 背後から空気を震わす声が――。


「何でだ! あんなに巨大なのに、なのに――何故!?」


 先頭を走っていたトカゲ頭が、背後に視線を送りながら、悲鳴を上げた。


「――ッ!? まさか!」


 首をひねり、背後を見やると、先ほどの巨木のモンスターが、足音もなしにぴったりと寄り添うようについてきていた。


「何だとッ!?」


「何だとじゃねえよ。クソチビ。オマエ、自分の状況が分かってねえのか?」


「は!? 俺の、状況だと!?」


 走りながら見上げられるような高さではないが、確かにその声は、巨木から聞こえ、何がどうなっているのか皆目見当もつかないが、この木は……。


 この木は――。


「どうやら、俺についてきているらしい」


 前方で転んだ兵士の一人が、通り過ぎた後で、小さな悲鳴を上げ、潰れるのが見えた。


「ひ、轢き殺したッ!?」


「うわあああ――」


 阿鼻叫喚の兵たちは、故郷の街の入口に半ば転げながら滑り込み、内側から門扉を閉ざした。それにあぶれた数人が、半狂乱で扉を叩く。


「オイ! 閉め出してんじゃねえ!? 同じ魔王軍の仲間だろ!? オレたち、バッ――」


 扉に張り付いていた数人が、巨大な枝の先端で薙ぎ払われ、吹き飛んでいく。その拍子に、頑強な門扉がひしゃげ、内側から悲鳴が聞こえる。


「オイ! 街の備えの攻城兵器があるだろ!? 破城槌でも、投石機でもいい! 早く持ってこい!」


「オマエが行けよ、もう隊長もいないのに、命令してんじゃねえぞ!」


「い、いや! 人間の援軍が使えないように、兵器は解体して、別動隊が運んじまったぞ!?」


「オイオイ!? 誰だよ、そんな指令を出した奴はッ!?」


「ハッ――。しょ、将軍だ……。さっき、森で潰れちまった。あの人は、抵抗の意志がなくなった奴をいたぶるのが大好きだったから……」


「抗戦の手段は、徹底して奪えって――、そうだ! 運搬の任についた隊に、合流してよ! 反撃の機会を窺うんだ! そっちには、まだ隊長も残ってるはず!」


 半壊した門扉の内からの会話は、耳に入ってはいなかった。慣れ親しんだ故郷が、崩れ落ち、黒く焼け焦げた廃墟となった姿を、呆然と見つめる。


「そ、んな……。今日は、新年の祝祭の日だったはず。それが、何故こんな……」


「オイ、オマエ。ショックを受けてる所わりいが、オマエのその身体じゃ、もう人間どもには受け入れられないと思うぜ?」


「どういうことだ!?」


 慌てて身体を探ると、衣服に奇妙な金色の模様が浮かび上がり、それに全身が絡めとられていた。


「これは――!? この先、お前につながっているのか!?」


 金色の糸は、背後の巨木の幹に結ばれ、枝葉の幾つかにも絡みついていた。


「オマエは、よ。もう人間じゃねえんだ。クソチビ」


「何を言って……、この通り、肉体には何も問題はない!」


「地縛霊なんだよ」


 俄かには信じ難い言葉を飲み込めず、硬直する。


「だから、地縛霊なんだって。何故か肉体が残っちゃいるが、その気配は、生身の人間じゃねえよ」


「地縛霊だと!? おかしいだろ。ついてきているのは、お前の方じゃないか!?」


 巨木が埃の塊を落としながら、頭を掻くような奇妙な動作を取り、その振動で大地が揺れた。


「理由なんて知らねえよ。何故か、縛られている土地じたいが、オマエの移動に追従してんだ」


 背後の門扉の裏から、複数の悲鳴が聞こえ、巨木の枝葉に鮮血が伝う。


「お、俺が、地縛霊……。あり得ない!」


「信じようが、信じまいが、現実は変わらないぜ? クソチビ」


 潰されずに掴まれたトカゲ頭の兵士が、目の前に投げ捨てられ、鈍い音を立てて転がった。


「ほれ。ここ、オマエの故郷だったんだろ? 攻めた連中は、こいつを除いて全滅みたいだ。どうするのかは、オマエが決めな」


 瀕死の青ざめた顔でこちらを見据え、震えるトカゲ頭に問いかけた。


「お前たち、魔王軍の者だと名乗っていたな……。何故、この街を襲ったんだ……?」


「ま、魔王様からの直々のご命令よう! 人間の勇者の潜伏する街を滅ぼせってなあ!」


 鼬の最後っ屁か、俄かに強気を見せたトカゲ頭は、腰の剣を抜こうと手をかけた。


「ゆ、ゆるさない。――許さないぞ! 魔王軍!」


「あひゃあ!? 勇者もいなくなった人間に、何が出来るってぇ!? しかも――あばァッ!?」


 身体に縫い付けられるように、密着していた金糸をトカゲ頭の首に結び付け、締め上げる。


「ああ、俺は、確かに弱いさ。だが! 卑劣な所業のツケは、必ず払わせてやるッ!」


 血を吐いて震えていた兵士がぱたりと崩れ落ち、息絶えたのを見下ろし、決意する。


「俺は地縛霊らしい! 何が何だか分からない! だが、今この時、復讐はこの手の中にあるッ!」


「俺に憑いた大地に誓おうッ! 魔王よ! 貴様を必ず殺し、皆の無念を晴らす――!」


 巨大な世界樹と、その根の広がる大地に見守られ、ひとりの男の咆哮が、紅く燃える夜空に響き渡った――。

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