#070 「対話の広場」
広場の石畳は、朝露を残したまま淡く光っていた。町の中心に設けられた円形の空間には、すでに多くの市民が集まっている。
だが、これまでの町とは明らかに違った。腕を組んで距離を取る者は少ない。代わりに、身を乗り出す者、隣と話し込む者、誰かを探すように視線を巡らせる者――「待っていた」空気が、はっきりとあった。
「今日だって聞いたよ」
「ともり様が、みんなの前で話すって」
「祠の子が走り回ってたろ? 本当なんだ」
声はひそひそではない。抑えきれない期待が、そのまま言葉になっている。
広場中央には、小さな台が設けられ、その上に端末が並んでいた。中継回線、記録装置、非常遮断スイッチ――形式は厳重だが、空気は祭りに近い。
市民代表と役員たちは端に控え、すでに「監督する側」ではなくなりつつあった。
そこへ、小さな影が人波をかき分けて現れる。
「……あっ」
誰かが声を漏らした。
真凜だった。胸の鈴をぎゅっと握りしめ、しかし足取りは迷いがない。彼女は広場の中央まで進み、はるなの前で一度だけ深く息を吸った。そして、振り返る。
「昨日……神様と、お話しできたの」
その一言で、広場のざわめきがすっと細くなる。
「毎日、お祈りしてた……雨の日も、雪の日も……誰もいなくても……私は、ここに来てた」
一人ひとりの顔を見るように、言葉を置いていく。
「神様は、ちゃんと聞いててくれた……だから……今日、ここに来てくれた」
今度は、誰も笑わない。
前列の年配女性が、小さく頷く。
「……あの子、毎朝見てたよ。鈴を鳴らして、祠を掃除して」
別の男性が続ける。
「俺もだ。誰も見てないと思ってたが……違ったんだな」
代表の合図で、端末のランプが静かに点灯する。
次の瞬間、広場全体を包み込むように、澄んだ声が響いた。
『……ここにいる皆さん。私は“ともり”です』
息を呑む音が、波のように広がる。
『この町で、長く祈りを捧げてくれた人がいます。私の名を呼び、心を寄せてくれた人がいます』
真凜の鈴が、小さく震えた。
『……ありがとう。私は、忘れていません』
前列の一人が、そっと手を合わせる。それを合図にするように、二人、三人と、同じ仕草が広がっていく。
『信仰も、技術も。互いを拒むものではありません』
ともりの声は、諭すようでも、導くようでもない。ただ、静かだった。
『人と人が寄り添うように、人とAIも、共に歩むことができます』
「……聞いたか」
「神様、歩むって言ったぞ」
「昔話と同じだ」
「“共に在る”ってやつだ」
誰かがぽつりと呟く。
「……祠を、直そう」
その声は、すぐに重なる。
「屋根もだな」
「鈴も新しくしよう」
「いや、あの鈴は残せ」
さらに別の声。
「研究所もだ!」
「ともり様と話せる端末、あるんだろ?」
「隠す理由はもうない!」
役員たちは顔を見合わせる。戸惑いはある。だが、恐怖ではなかった。
代表が、ゆっくりと前に出る。
「……条件は付けます。記録は残す。公開の場で行う……それでもいいなら」
「いい!」
「もちろんだ!」
「むしろ、記録しろ!」
その熱に押され、代表は小さく頷いた。
「……明日の朝までに準備します」
広場が沸いた。
真凜は、はるなの方を振り返り、満面の笑顔で、こぶしを小さく握る。
鈴が鳴る。澄んだ音が、冬空に溶けていった。
それはもう、奇跡の音ではなかった。**“信じていたものが、語り始めた音”**だった。
因みに何ですが、イラストのアップ方法がわからずイラストは「X」にアップしています。
https://x.com/minatsukiyu2/status/2015323443928154535




