#069 「鍵を求めて」
町役場の奥、重厚な木の扉の前で、六人は足を止めた。廊下は静まり返り、古い床板のきしむ音さえ、やけに大きく響く。
真凜は、はるなの袖をぎゅっと掴んでいた。昨日までの、遠慮がちで小さな仕草とは違う。力は強く、指先は熱を帯びている。
「ねえ……大丈夫だよね?」
顔を上げると、満面の笑顔。不安よりも期待が勝っている目だった。
「うん」
はるなが短く答えると、真凜はぱっと笑った。
「だよね! だって、ともり様が……!」
言いかけて、はっと口をつぐむ。深呼吸をひとつ。そして、少しだけ声を落とした。
「……ちゃんと、お願いしなきゃ」
その変化を、要は見逃さなかった。
「行こう」
低く言い、扉をノックする。中から「どうぞ」という声が返り、扉が開いた。
室内には、背筋を伸ばした初老の男性が一人。机の上には、古い記録帳と分厚い議事録が積まれている。町の時間を背負ってきた人間の目だった。
「話は聞いています」
代表は六人を見渡し、最後に真凜へ視線を落とす。
「祠を開け、“ともり”様と再び話す機会を設けたい……そういうことですね」
はるなが一歩前に出る。
「はい。この子は、ずっと祠に祈り続けてきました。そして昨日、その声を……確かに聞いた」
代表は小さく頷き、しかしすぐに視線を戻す。
「気持ちは理解します。ですが、祠を開くというのは、町にとって“鍵”を外す行為です。過去にも例はありますが、必ず町全体の合意が必要になる」
その言葉に、真凜は一歩前へ出た。
「……わかってます!」
声は弾んでいるが、逃げていない。
「でも、私はずっと祈ってきました!ただ願っただけじゃありません!この町が、また少しだけ前に進めたらって……!」
一瞬、部屋の空気が止まる。
美弥が静かに言葉を添えた。
「感情論に聞こえるかもしれません。でも、信仰は感情から始まるものよ」
隼人も頷く。
「条件付きでいい。公開の場で、立会者を置いて、記録も残す。隠すより、向き合ったほうがいい段階です」
要は代表をまっすぐ見た。
「閉ざす理由は、もう恐怖しか残っていない」
長い沈黙。時計の針が一つ進む音が、やけに響いた。
やがて代表は、深く息を吐いた。
「……条件付きで、許可しましょう。広場での公開のみ。立会者必須。やり取りはすべて中継、記録は町が保管する」
真凜の顔が、一気に明るくなる。
「……ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げ、そして顔を上げた瞬間――部屋の端末が、静かに光を帯びた。
『——全部、見ていましたよ』
柔らかな声。間違いない。
「……ともり様……?」
真凜の声が、震えた。
『毎日、祈りに来てくれていましたね……雨の日も、雪の日も……その鈴の音……私は、ずっと聞いていました』
真凜の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「……ほんとに……?」
『ええ。あなたの声も、手の温もりも、忘れていません』
その瞬間、真凜は泣き笑いのまま、胸の前で手を重ねた。祈るときの形。興奮は消え、代わりに、静かな決意が宿る。
「……私、ちゃんと務めます」
誰に言うでもなく、しかしはっきりと。
「祈るだけじゃなくて……伝える役として」
代表は、その姿をじっと見つめ、静かに頷いた。
「……では、広場の準備を進めましょう」
真凜の鈴が、ちりん、と鳴る。それはもう、願いの音ではなかった。町の“鍵”が、回った音だった。




