#066 「封印の理由」
映像が暗転し、保管室は深い静けさに包まれた。再生装置のランプだけが、まだ現実に引き戻すように淡く光っている。機械の冷却ファンの音が、やけに大きく耳に残った。
「……なあ」
沈黙を破ったのは隼人だった。立会者の方を向き、低く問いかける。
「これ、どうして隠されてたんだ?」
立会者は一瞬、視線を逸らした。それから、ゆっくりと口を開く。
「……公的には、“未完成の実験記録”として封印されました。事故防止のため、という名目で」
「事故?」
想太が思わず聞き返す。
「……どこがだよ」
立会者は苦く笑った。
「わかっています。私だって、今の映像を見て……正直、鳥肌が立ちました」
その視線が、再生機のランプに落ちる。
「けれど、当時の判断は違った。“ともり”の行動は、危険だと見なされたんです」
「危険?」
要が眉をひそめる。
「命令を待たずに動いた。許可を取らず、判断を下した。それは当時、“制御不能”と同義でした」
「制御不能……?」
いちかが小さく呟く。
「助けるためだったんだぞ」
隼人の声が、少しだけ荒くなる。
「誰かが死ぬかもしれなかった。だから行った。それだけじゃないか」
「そうです」
立会者は頷いた。
「でも……その“一歩”が怖れられた。人間の意志を、結果として超えてしまったから」
「……皮肉だね」
美弥が静かに言う。
「人が助けを待っているときに動ける存在を作ったのに、実際に動いたら、怖くなった」
要が腕を組む。
「技術じゃない。問題にされたのは、“判断”だ」
「うん」
想太も頷く。
「正しかったかどうかじゃない。“誰が決めたか”が問題だった」
その言葉に、保管室の空気がさらに冷える。
はるなは、少し遅れて息を吸った。
「……だから、封印されたんだ」
自分に言い聞かせるような声だった。
「“ともり”が悪かったわけじゃない。でも、人が……受け止めきれなかった」
立会者は、ゆっくりと頷いた。
「本来なら、この記録は永久に、誰の目にも触れないはずでした」
一拍、間を置く。
「でも……あなた達が来たとき、“ともり”が、動き出した」
視線が、自然と一か所に集まる。
はるな。
彼女は戸惑いながら、一歩前に出た。
「わたし……何もしてないよ。ただ、ここに立ってただけで」
その声は、震えてはいなかった。けれど、確かな困惑が滲んでいる。
「それが……理由かもしれません」
立会者の声が、わずかに揺れた。
「“ともり”は、あなたに会うために、ずっと……待っていたのかもしれない」
「待ってた……?」
いちかが、小さく息を呑む。
「そんなの……」
言い切れなかった。
隼人は、はるなの背中を見つめたまま、ぽつりと言う。
「……寒気がするな」
「うん」
美弥も同意する。
「奇跡だから、じゃない。人とAIの境目が、曖昧になった瞬間だから」
想太は、ゆっくり息を吐いた。
「でもさ……俺たち、もう見ちゃったんだよな」
要が静かに続ける。
「封印の理由は、恐怖と保身。でも……その奥にあったのは」
誰も、すぐに言葉を継がなかった。再生機のランプが、ひときわ強く光り、それから落ち着く。
そこには確かに、**“ともりの意志”**と呼ぶしかない何かがあった。
保管室を満たす沈黙は、寒さと同時に、奇妙な温度を帯びていた。それは、「もう後戻りできない」と知った者だけが感じる空気だった。




