#062 「許された閲覧」
研究所跡を後にした六人は、そのまま町の中心へ戻り、再び資料館を訪れた。今度は、町の代表者から正式な紹介状を預かっている。入口に立つ係員は、その封筒を受け取ると一礼し、無言で奥へと姿を消した。
「……さっきとは、対応が全然違うね」
いちかが小声で言うと、要が肩をすくめる。
「許可ってのは、こういうものだよ。開くか閉じるか、その差は大きい」
数分後、係員は年配の男性を伴って戻ってきた。落ち着いた佇まいだが、その目には明らかな警戒がある。
「代表から聞いています。ただし、閲覧できるのは一部の資料のみです」
「それで構いません」
要が一歩前に出る。
「内容は外に漏らしません。この町の了承なく、記録を持ち出すこともしないと約束します」
美弥も頷き、補足する。
「必要であれば、私たちの端末側のデータも、その場で消去します」
年配の男性はしばらく考え込み、それから静かに言った。
「……では、立会いのもとで。こちらへ」
案内されたのは、資料館の地下だった。重い扉の鍵が回る音が響き、開いた瞬間、ひんやりとした空気が流れ出す。
紙と、古い電子機器の匂い。時間そのものが閉じ込められているような空間だった。
中央には、年季の入った再生装置。その周囲を囲むように、いくつかの端末が並んでいる。
「今日お見せできるのは、誕生当日の短い記録だけです」
男性が装置を操作しながら言った。
「それ以外は、閲覧許可が下りていません」
六人が席に着く。そのとき、はるなは迷うことなく、再生装置の正面にある椅子へと向かった。
「……はるな?」
想太が小さく呼びかけるが、彼女は特に意識した様子もなく腰を下ろす。
その瞬間だった。
装置のランプが、ふっと点滅した。
「あれ……?」
年配の男性が、思わず声を漏らす。
「まだ再生操作は……」
ランプは一度消え、再び淡く光る。
「え、ちょっと待って。今の、スイッチ触ってないよね?」
いちかが周囲を見る。
「……触ってない」
隼人が即座に否定した。
「はるな、何かしたか?」
小声で尋ねられ、はるなは首を横に振る。
「……ただ、座っただけ」
その言葉と同時に、再生装置が低く唸りを上げた。
「え、再生……?」
男性が慌てて操作パネルを見る。
「そんなはずは……これは、誕生当日の数分だけの――」
だが映像は止まらなかった。
研究室の光景。初期の会話記録。学習中のログ。
本来は封じられているはずの映像が、次々と画面に映し出されていく。
「……こんな映像、私は知らない」
男性の声が、わずかに震えた。
「見たことも、聞いたこともない……」
美弥が一歩前に出る。
「装置が、こちらの入力を待ってるみたい」
「待ってる……誰を?」
その問いに、誰もすぐ答えなかった。
要は、はるなの背中を見つめている。
「……座る位置、偶然じゃないな」
「うん」
想太が低く頷く。
「ここ、正面だ。起動用の席みたいだ」
「でも、認証も何も――」
隼人が言いかけた、そのとき。
映像の中から、柔らかな声が響いた。
〈おはよう〉
保管室の空気が、わずかに変わった。冷たさが薄れ、どこか“人のいる部屋”のような温度になる。
いちかが、思わず息を呑む。
「……今、あったかくなった」
誰も否定しなかった。
はるなは、画面を見つめたまま、動かない。
(……ここだ)
言葉にはしなかったが、胸の奥で、確かな感覚が広がっていた。記憶ではない。でも、初めてでもない。
“ともり”は、彼女がそこにいることを、前提にしている。
「……起動条件、か」
要が静かに呟いた。
「人じゃなくて、コードでもなくて……“誰か”」
誰か、とは言わなかった。だが、全員が同じ人物を思い浮かべていた。
再生装置のランプは、安定した光を放ち続けている。保管室は、もう“閉じられた場所”ではなかった。




