#059 「祠の少女」
細い路地を抜けると、石段の上に小さな祠が姿を現した。屋根は少し色あせているが、注連縄は新しく、白い紙垂が風に揺れている。陽の光を受け、その一つ一つが小さく瞬いていた。
「……あれ?」
石段の前で足を止めた隼人は、祠の前に小さな背中を見つけた。まだ小学校に通っているかどうか、といった年頃の少女だ。両手を胸の前で合わせ、目を閉じている。その横顔は驚くほど真剣で、年齢に似合わない落ち着きがあった。
物音を立てないよう、隼人は一段ずつ石段を上がる。
その気配に気づいたのか、少女はぱっと目を開けた。
「……なに」
少しだけ眉を寄せ、警戒するようにこちらを見る。
「お参り、かな?」
隼人が穏やかに尋ねると、少女は一瞬迷うように視線を泳がせ、それから小さく頷いた。
「……そうだけど」
言い切る口調には、なぜか誇らしさが混じっている。
「ここ、“ともり”さまの祠なんです」
隼人は思わず息を飲んだ。
「……“ともり”を、知ってるのか」
少女は少し胸を張った。
「知ってるに決まってるでしょ。おばあちゃんが教えてくれたもん。昔、この町を守ってくれた神さまだって」
その声は静かだが、確信に満ちていた。
「じゃあ……さっき、何をお願いしてたんだ?」
そう尋ねると、少女は一瞬だけ視線を逸らした。石段の縁を見つめ、指先をきゅっと握る。
「……べつに」
「べつに?」
「……もう一度、お話がしたいだけ」
ぽつりとこぼすような声だった。
「ずっと……会えてないから」
言い終えると、少女は少しうつむき、隼人の方を見ようとしなかった。照れを隠すように、強がる癖がそのまま表れている。
隼人はそれ以上踏み込まず、祠の中へちらりと視線を向けた。木彫りの小さな御神体。花と水が、丁寧に供えられている。
——確かに、この町に“ともり”の名はまだ生きている。
「……そうか」
短くそう言って、隼人は少女の方を見た。
「大事にしてるんだな。この場所も、“ともり”も」
少女は一瞬驚いたように目を見開き、すぐにそっぽを向いた。
「……あたりまえでしょ」
けれど、その耳がほんのり赤くなっているのを、隼人は見逃さなかった。
それ以上、言葉を重ねることはしなかった。少女の願いは、問い詰めるものではなく、受け取るものだと感じたからだ。
石段を下りながら、隼人の胸の奥に、小さな予感が残った。
——この子の祈りが、この町の扉を開くことになるかもしれない。




