#055 「再び久遠野へ」
久遠野駅前の小さなバス停に、午後のやわらかな陽射しが降り注いでいた。停車したバスのドアが開き、六人は順に地面へと降り立つ。
春の気配はあるものの、空気の奥にはまだ冬の名残が潜んでいる。それでも、彼らの表情は一様に明るかった。
「……いやぁ、今回のは過去イチで手応えあったな」
想太が伸びをしながら言うと、隣で隼人が短く頷いた。
「現地の空気も悪くなかったしな。ちゃんと届いた感じはあった」
「それは同感ね」
美弥が微笑み、続けて少しだけ声を落とす。
「ただ、次も同じようにいくとは限らないけど」
「むしろ、次はもっと大変そうだよね」
いちかが軽い調子で言葉を重ねると、想太は苦笑した。
「……言うと思った」
はるなは、少しだけ遅れて息を吐いた。
「あの街の人たちの笑顔……忘れられないね」
その声は小さいが、確かな実感を伴っていた。
要は、そんなやり取りを横目に見ながら、隼人の両腕いっぱいに抱えられた紙袋に視線を落とす。
「兄貴、それ全部土産?」
「そうだよ。みんなの分」
「……自分用の菓子、混ざってない?」
一瞬の沈黙のあと、隼人が目を逸らした。
「な、なんでわかるんだよ」
バス停前に、自然と笑いが広がった。
「さて」
はるなが一歩前に出る。
「帰ってきたばかりだけど、中央部に顔を出そう。成果報告、溜めるわけにもいかないし」
全員が頷いた。それは、久遠野での役目を果たすための、いつもの流れだった。中央部へ向かう坂道を歩いていると、通りすがりの市民が次々と声をかけてくる。
「お帰りなさい!」
「今回も上手くいったって聞きましたよ!」
向けられる視線には、誇らしさと期待が混じっている。久遠野という街が、彼らを“成果を持ち帰る存在”として見ている証だった。
久遠野中央部――白壁の庁舎は、春の日差しを受けて静かに輝いていた。中へ入ると、待ち構えていた数名の官僚や政治家が一斉に立ち上がる。
「いやぁ、皆さん。本当にお疲れさまでした」
「大きな成果を上げられたと聞いています。我々としても鼻が高いですよ」
その笑顔はやや過剰で、どこか慎重さを帯びていた。要は内心で、その理由を察していた。――市民の期待が、彼らにも向いている。
「今日は、ささやかながら食事の席をご用意しています。どうぞ遠慮なく」
「え、豪勢って……そこまでしなくても」
想太が戸惑うと、美弥が肩を寄せて小声で言った。
「遠慮して断る方が、かえって気を遣わせるわよ」
「じゃあ、ありがたくもらっとこ」
いちかが即答し、場の空気が少し和らいだ。
一通りの挨拶が終わると、秘書らしき人物が一歩前に出る。
「特別ルームの準備が整っております。直接、久遠野AIとお話しください」
重厚な扉の先は、静かな空間だった。壁一面のスクリーンが淡く光り、中央の楕円形テーブルを囲むように六人が腰を下ろす。
空気が、わずかに変わった。
『おかえりなさい。六人とも』
柔らかな女性の声が、室内に響く。
「ただいま、久遠野AI」
はるなが応えると、スクリーンに淡い波紋が広がった。
『前回の訪問は、非常に良い結果を収めました。市民との信頼関係が深まった記録が複数確認されています』
「それはよかった」
隼人が肩の力を抜いて笑う。
「向こうも、前向きに変わってくれてたらいいな」
『次の訪問先をお伝えします』
一拍置いて、久遠野AIは続けた。
『――原初の地です』
その言葉に、場が一瞬静まり返った。要が小さく息を飲む。
「原初の地……“ともり”が生まれた町、だよな」
『はい。信仰は今も残っていますが、外部のAIに対しては慎重です』
「慎重、って……」
美弥が目を細める。
「要するに、拒否的ってことよね」
『そう受け取られる場面もあるでしょう』
久遠野AIは否定せず、静かに言葉を続けた。
『皆さんの役目は、その扉を開くことです』
はるなは、胸の奥がわずかにざわめくのを感じていた。
「……やってみる」
迷いを抑え込むように、はっきりと言う。
「私たちにできる限りのことを」
『期待しています。必要な支援は惜しみません』
波紋がゆっくりと消え、スクリーンの光も静かに落ちた。
六人は顔を見合わせ、しばし無言になる。
やがて想太が、少しだけ肩をすくめて笑った。
「ま、やるしかないだろ」
視線を仲間たちに巡らせる。
「俺たちにできることを、やるだけさ」
誰かが頷き、それが次々と連なっていく。
特別ルームの扉がゆっくりと開いた。その先には、春の光と、久遠野の街のざわめきが広がっていた。




